うそつき
翌日、昨日の出来事について考えながら、ルーシェは縫い物をしていた。離れを覗き込んでいたサミエル家の妖精たちが、ルーシェについてきた妖精の服を見て羨ましそうだったからだ。
リサから分けてもらった屋敷にある端切れで作り終え、三人の妖精たちに渡すように頼んでおいたら、さっそくサミエル家の妖精たちが嬉しそうに服を着て挨拶に来てくれた。
別に恩を売りたい訳ではないが、喜んでもらえるのは、純粋に嬉しかった。
『いいことを教えてやるよ。あの大きな家に住んでる男は、うそつきだから気をつけて』
『そうそう、約束やぶった』
『ひどいよねー』
「まぁ、それは誰のことなの? 名前は?」
大きな家は母屋のことだと思うが、男だけの情報だと使用人にも当てはまって、誰の話なのか分からなかった。
『あなたがウィリアムさまって、よんでいる人よ』
予想もしない名前が出てきて、思わず目を見張って息をのんだ。
「彼はどんな嘘をついたの?」
『キラキラ光るきれいなおかしをくれるって言ったのに、くれなかった!』
『うそつきキライー』
『うそつきには、いじわるするの』
『あいつから祝福、うばっちゃったもんね』
「祝福?」
ルーシェの疑問に答えることなく、妖精たちはいなくなった。
(もしかしてウィリアム様が呪われているって噂があったのは、この妖精のせいかしら?)
彼の目の下に隈があって夜に寝れないのも、そのせいだとしたら、見過ごすことはできなかった。
(でも、キラキラ光る綺麗なお菓子って何かしら?)
貧乏育ちのルーシェはお菓子なんて贅沢な食べ物に詳しくなかった。
(そうだわ。お菓子を取り扱うお店で調べればいいのよ)
「リサ、お願いがあるんだけど、いいかしら?」
さっそくリサを呼び出してルーシェはお菓子について彼女に相談してみた。
それから数日後、ルーシェは屋敷にいたウィリアムにとあるお菓子を手渡していた。
「これはどうしたんだい?」
突然飴が入った透明な瓶を渡されたウィリアムは、不思議そうに首を傾げていた。
「これを食べずにベッドのそばに置いて欲しいんです。人から聞いたんですけど、いい夢を見られるお呪いらしいので」
ルーシェの真剣な顔に何か思うところがあったのか、彼は素直にうなずいてくれた。
「分かったよ」
それから数日後、ダンスの授業のときに彼と出会ったら、明らかに目の下の隈が減っている気がした。
問題は無事に解決したようである。
「ルーシェ嬢、あなたのおかげで私を長年悩ませていた問題が解決したんだ。ありがとう。本当になんてお礼を言ったらいいのか」
彼の声は感極まっていた。
「まぁ、それは良かったですわ。おまじないが効いたみたいですね。寝つきが良くなってなりよりですわ」
妖精が彼を許してくれたようだ。
「でも、不思議なことに、一夜明けたら飴だけがなくなっていたんだが、ルーシェ嬢は何か知っているか?」
「まぁ、そうなんですか? それは本当に不思議ですね。私は何も知りませんわ」
首を捻って知らないふりをした。
きっと妖精が飴を持ち去っただけだと思ったが、彼には話せなかった。
ウィリアムはルーシェを捕まえようとしている騎士だからだ。
「……そうか。知らないなら、仕方がないね」
しばしの沈黙のあと、そう微笑む彼の表情が、いつもと変わらないはずなのに、心なしか怖かった。
そのあとは普通にダンスの練習が始まった。
ところが、前回と違うのはウィリアムの態度だ。
「以前より自然に踊れているね」
「えっええ、ありがとうございます」
彼の笑顔が心なしか近い気がして、後ろに逃げようとするが、彼に腰をガッチリと押さえられて逃げられない。
綺麗な彼の碧眼が間近に迫る。息がかかりそうな距離だ。
「ルーシェ嬢の瞳は、まるで宝石のように美しいね」
彼の目が、以前よりも熱心にルーシェを見つめてくる。
(ひぃ!)
肉食動物に狙われた子兎のような気分に襲われていた。
ハラドキのダンスが終わり、やっと彼から解放されてフラフラと椅子に近づく。ようやく休めるかと思いきや、今度は彼によって腰に手を回された。
「大丈夫かい? 倒れそうだったよ?」
(ひぃ!)
いきなり密着されて、心臓が口から出て来そうだった。
胸が激しくドキドキして止まらない。
まさかフラフラなのはウィリアムのせいだと言えず、オホホと誤魔化し笑いを浮かべる。
「ご心配おかけして申し訳ございません。ちょっと疲れただけですわ」
「そうか。それじゃあ、少し休んだ方がいい」
なぜかウィリアムに抱き上げられる。彼はなぜかお姫様抱っこしたまま、椅子に腰掛けた。
「このままゆっくり休むといい」
「ひぃ!」
ついに口から悲鳴が漏れていた。
「ああ、その怯えた声、とてもいいね」
彼はうっとりと恍惚の笑みを浮かべ、ブルブル縮こまって震えるルーシェのおとがいに指を添える。
クイッと俯いていた顔を持ち上げられ、彼と再び間近で向き合うはめになった。