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これからの幸福<最終話>

 指輪がハイゼン家に戻ってから数日後、ウィリアムが屋敷にいたので、ルーシェは彼と庭を散策していた。


 使用人も下がって二人きり。穏やかな日差しが周囲を照らしている。


 緑鮮やかな木々が道なりに植えられており、心地よい日影が作られている。


 問題が全て片付いたルーシェは、落ち着いた気持ちで彼にエスコートされていた。


「実は指輪がなければ、私と結婚したら呪いのせいでウィリアム様までも不幸になってしまうところだったんです。陛下のお声があっての婚約でしたから断ることもできず、かといって相手に迷惑をかけられなくて必死に探していたんです」

「でも、もう呪いは解けたから、指輪がなくても大丈夫なんだよね?」


 彼がルーシェを優しく見下ろしている。


「ええ、妖精の女王様が解いてくださると約束してくれましたから」


 彼の碧眼を見上げながら微笑んだ。


 指輪は注意書きが記された箱に丁重に仕舞っている。ハイゼン家の子孫の記憶が風化して指輪の由来を忘れ去られても、文字として残していれば、大切な想いは伝わるはずだから。


「あの、この度は色々とお力添えいただき、感謝いたします。これでハイゼン家の心配事がなくなりました。改築がもうすぐ終わるので、家族と一緒に戻りたいと思います」


 ウィリアムには別に想う人がいる。これ以上、彼の側にいたら、きっと彼のことがもっと好きになってしまう。距離を置いて冷静になろうと思っていた。


 ところが、急に彼は立ち止まり、それまで浮かべていた笑顔を消し去った。


「実は、ルーシェ嬢にお願いがあるんだ。前に交わした結婚の契約についてなんだが」


 彼と同じことを考えていたので、ルーシェの心臓の鼓動が一気に跳ねた気がした。

 彼のことだから、悪い話ではないと思うが、契約自体が仮面夫婦で物騒なので、思わず緊張してしまう。


「……なんでしょうか?」

「そんな身構えなくても大丈夫だよ。実は以前私が愛のない夫婦生活になると言っていたが、それは妖精の呪いのせいだったんだ。夜に騒がしくなったら、妻と一緒に夜を過ごせるはずもない。だから、結婚は無理だと思っていたところに陛下から縁談話があり、あのような条件をあなたに出さざるを得なかったんだ」


 ルーシェは思わず目を丸くした。


「では、他に想い人がいたから、私とは夫婦生活を送りたくない訳ではなかったのですか?」

「違うよ。それを理由に告白を断ったこともあったが、それは本当の理由を話せなかったからだ。ルーシェ嬢とは、その、偽りではなく、本当の良い夫婦になれたらと願っている」


 そう告げる彼の頬がほのかに朱に染まっている気がした。

 どうやら本当のようだ。そう理解すると、じわじわと喜びが全身に広がっていく。

 気づけば満面の笑みを浮かべていた。


「嬉しいです。私もあなたと婚約して一緒に過ごしているうちに、どんどん惹かれていったんです。私、あなたのことが」


 最後まで言えなかった。彼はそっとルーシェの唇の前に手を差し出し、続きの言葉を制止したから。


「待ってほしい。その言葉は私から言わせてほしい」


 そう言う彼の瞳は、今日の青空のように色鮮やかで、情熱的に潤んでいた。

 彼はルーシェに添えていた手をそっと外すと、目の前にひざまずき、ルーシェを仰ぎ見る。


「ルーシェ嬢、新月の夜に初めて会ったときから、あなたのことが気になって仕方がなかった。あなたと婚約してからは、あなたの純粋な人柄に触れ、ますます想いを募らせてきた。どうか、私の想いを受け止め、これからの人生を共に歩んでほしい」


 彼の真摯な告白に胸が震える。気持ちがどんどん溢れて、堪えきれなかった涙が頬を伝う。


「ウィリアム様、喜んで」


 泣いてくしゃくしゃになりそうな顔で、精一杯の笑顔を浮かべて、差し出された彼の手を躊躇なく取った。彼はすぐに立ち上がり、ぎゅっと想いを込めて熱く抱きしめてくれる。


「愛しているよ」

「私もです」


 喜びで満ち溢れる気持ちは、しばらく落ち着きそうになかった。


 愛のない結婚だと思っていた。でも、思いがけず彼からも愛されて、これからの幸福を予感せずにはいられなかった。


 爽やかな風が、庭を吹き抜け、梢を優しく揺らす。

 木漏れ日の微細な粒がこぼれ落ち、まるで光のシャワーのようにルーシェたちに降り注いでいた。




 <完>


最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[良い点] すごく可愛いお話で面白かったです。 ルーシェもウィリアムも素直で優しくて可愛くて好きです。 登場人物がみんな良い人で、優しい物語で、読んでいて幸せな気持ちになりました。
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