相談
「それで、相談と言うのはなんだい?」
王宮に忍び込んでから数日が経っていた。ウィリアムが非番の日、ルーシェは彼と離れの一室で会っていた。
メイドたちは退室しており、二人きりでテーブルを囲んでいる。卓上には湯気立つお茶が菓子とともに置かれていた。
「あの、新月の屋敷妖精についてなんですけど……」
ルーシェがそう切り出すと、彼の青い目が途端に輝き出した。テーブルに身を乗り出して、かなり興味津々だ。
「うん、どうしたの?」
「あの、彼女の正体なんですけど……」
「うんうん」
「その、実は、驚かないで聞いてほしいんですけど」
「うん、いいよ。覚悟しているよ」
緊張で胃がキリキリしているルーシェとは違って、なぜか彼はウキウキと楽しそうだ。
これから彼の期待を裏切るかもしれないのに。そう考えると、恐怖にも似た感情が襲ってくる。
指輪を取り戻すと決めたけど、もう自力では無理だとも思っていた。だから、彼に事実を打ち明けて協力をお願いしようと考えていた。
でも、前にも躊躇したとおり、彼は治安を守り、犯罪者を取り締まる立場だ。お尋ね者がルーシェだと分かった途端、今までの良好な関係が壊れるのはもちろんのこと、婚約だって破棄されるかもしれなかった。
それでも彼と過ごしているうちに、彼ならば理解してくれるかもしれないという気持ちも芽生えていた。
彼は以前「何でも私に相談してほしい」と言ってくれた。その言葉に縋るような気持ちで頼るつもりだった。
ルーシェはぐっとテーブルの下で握っていた拳に力を入れる。
「ごめんなさい! 実は、私がやっていたんです」
絞り出すように自供すると、彼はいきなりテーブルに手をついて立ち上がった。
「ああ、やっぱりそうだったんだね! ありがとう話してくれて」
彼はツカツカと素早く歩き、ルーシェの傍に近づいてきた。いきなり間合いを詰められて、思わず身構える。
すると、彼が急にルーシェを頭ごと抱きしめてきた。顔が服越しとはいえ、彼の鍛えられた腹筋にちょうど当たる。彼との密な接触に違った意味でドキドキが止まらなくなってくる。
「ようやくあなたに会えた」
その声は、嬉しさで感極まっていた。
「……あの、怒っていないんですか?」
「怒るわけないよ。ずっと会いたかったんだ」
「でも、私はお尋ね者でしたし……」
「仕事の立場上、捕まえなくてはならなかったけど、あなたにずっと会いたかったのは本当だよ。あなたが打ち明けてくれるのを待っていたんだ。あなたが私の呪いを解決してくれたときから」
彼の態度が急に変わったから、もしやと思ってはいたが、やはり彼に疑われていたようだった。
騙していて申し訳ない気持ちになってくる。
「ごめんなさい、ずっと隠していて。本当はもっと早く話すべきだったのに、あなたに嫌われるのが怖かったんです」
すると、彼は体をルーシェから少し離し、静かに頭を振った。
「謝る必要はないし、嫌うわけないよ。あなたのことだから、きっと何か訳があったんだろう? 屋敷に侵入しても、高価なものには決して手を付けず、何かをずっと探していたんだから」
やっぱり彼は事情を察してくれていた。決して責めない彼の優しさに気づいて、緊張していた気持ちが少しずつ解れていく。
「ええ、ずっと指輪を探していたんです。あれがないと、ハイゼン家の呪いが抑えられないと聞いていたから。でも、先日妖精の女王様と出会って、呪いを解いてくれることになったけど、あの指輪は取り戻してほしいと言われたんです」
「妖精の女王様? あなたは妖精だけではなく、妖精で一番偉い人にも出会っていたんだね」
彼はとても驚いたのか、目を丸くして見下ろしていた。
「ええ、実はハイゼン家の先祖が、妖精の女王様の娘と結婚して、二人の間に子どもが生まれていたんです」
ルーシェが見た妖精たちの過去の記憶を詳しくウィリアムに伝えると、彼は驚嘆の声を上げて衝撃を受けていた。
「おかげで納得したよ。あなたの瞳が新月の夜に輝いていたのは、妖精の血を引いていたからなんだね」
「そうだったんですか……? 目のことは全然気づきませんでした」
たしかに彼はルーシェの瞳にやたら注目していた。まさか自分の身体の一部に異変が起きていたとは気づいてなかったから、特に気にしていなかった。
「今度の新月の夜に鏡で観察してみるといいよ。ところで、その指輪の在処だけど、もしかして王宮に現れたのは……」
「はい、陛下がお持ちだったからです。以前舞踏会で陛下にお会いしたときに話していた指輪がそうだったんです」
「あの、ルーシェ嬢の祖父が陛下に差し上げたという、あの指輪かい?」
「ええ」
ルーシェは気まずそうに正直に答えた。
「そうか。なら私から陛下に交渉してみるよ」
「ありがとうございます。でも陛下は了承してくださるでしょうか。一度差し上げたものを取り戻すなんて」
「大丈夫だよ。陛下には貸しがあるからね」
ウィリアムの頼もしい言葉を聞いて、ようやく重い気がかりが軽くなった気がした。
彼は再び自席に戻り、ルーシェと向き合った。
「ところで話は戻るけど、私が妖精に呪われていたのは何故だろうか。知っているなら教えてもらえないだろうか」
彼は暗い表情をしていた。
彼にしてみれば、急に妖精が見えなくなり、夜に寝られなくなったのだから、さぞかし辛かっただろう。彼の知りたいと願う気持ちをよく理解できた。でも、伝えてショックを受けるのではと躊躇いもあった。
「実は、妖精たちはウィリアム様に怒っておりました。キラキラ光る綺麗なお菓子をくれるとウィリアム様が約束したけど、守らなかったと」
彼は愕然として、しばらく言葉を失っていた。
「……そうだったのか。妖精が急に見えなくなってから、彼らと関わった記憶が曖昧になってしまって、原因の心当たりがさっぱり分からなくなっていたんだ。たぶん当時私はまだ子どもだったから、考えなしに社交辞令で軽はずみな約束をしてしまい、忘れてしまったんだろう。まさか、そんなことで長年苦しめられるとは思ってもみなかった」
彼の眉間に皺が寄っている。彼の苦渋が手に取るように感じられた。
今度はルーシェが立ち上がる番だった。彼の傍に近づいて、彼の肩にそっと手を添えた。
「心中お察しいたします。きっと私たち人間と妖精では、考え方が根本的に違うところがあるんですね」
「ああ、そうだね。ルーシェ嬢も今後も妖精と付き合うなら気をつけるといい」
「はい」
肝に銘じるようにうなずいた。
今のところ、彼らと良好な関係を築いているので、それを維持できるように心がけようと強く思った。
§
それから一週間後、ルーシェの父は血相を変えて王宮から帰ってきた。
「陛下から指輪を賜ったぞ!」
父が大事そうに懐のポケットから取り出した小さな箱の中身は、ルーシェがずっと探していた、あの指輪だった。
「まぁ、どうしたんですか?」
「どうやらサミエル卿が口利きしてくれたようだ。今回の婚約には、ハイゼン家が王家の血筋を引いているからと理由があったが、その証がハイゼン家にあったほうがよいと」
「まぁ、さすがウィリアム様ですわね」
「ああ、サミエル卿は今回の婚約の件で陛下に貸しがあったのも影響があったと思うが、まさかこんな貴重なものをいただけるとは」
何も事情を知らない父は、王家の紋章が刻まれた指輪に気後れしているようだ。
同じように祖父も感じたからこそ、指輪を返還したのかもしれない。
だから、事実を話すべきだと決心した。再び指輪を手放されては大変だから。
御伽噺のような現実離れした話だけど、きっと父なら信じてくれる。
「お父様、実はその指輪は――」