王宮潜入
新月の夜が再び訪れる。
真っ暗な空のキャンパスに、無数の星々が、静かに煌めていた。
ルーシェは今日のために念入りに下調べ済みだ。父から王宮の内部情報を聞き出しただけではなく、事前に王宮に住む妖精に賄賂の服を渡して有益な情報を教えてもらっていた。
なんと、万が一のために王宮には抜け道があるらしい。ルーシェはそこから侵入することにした。
妖精がいなかったら決して近づかない洞窟のような暗くて狭い道を歩き続ける。
妖精が明かりのように光っているおかげで視界を確保できていた。
行き止まりにあった重い扉を開けると、いきなり知らない場所に出ていた。屋内だから王宮のどこかだろう。
どこを見ても代り映えのない石造りの壁に囲まれた空間だった。抜け道自体が非常時の使用だからか、周囲には人の気配がなかった。
『大丈夫、声と音さえ出さなければ、気づかれないから』
側にいる妖精にルーシェは無言でうなずく。
『指輪はこっちみたい』
妖精たちの案内で、ルーシェは進んでいく。途中、巡回中の騎士とすれ違ったが、廊下の隅で立ち止まって息を殺していたら、妖精の言うとおり全然気づかれなかった。
進むにつれて、どんどん周囲の装飾が豪華になっていく。王族が住む場所のようだ。
とうとう目的地に着いたみたいで、妖精が示す方向に大きな扉があった。
『ゆびわは、この中にあるって聞いたわ』
『でも、扉の前に人がいるよ』
『まっていて、ねむらせてくる』
見張りの騎士二人が扉の前で警備している。
緑色の妖精が浮遊しながら近づき、眠りの粉を彼らの頭上でまいた途端、足元から崩れて眠りに落ちた。
『いいよ、行こう』
騎士たちを避けて扉をゆっくり開ける。ところが、何かベルのような大きな音が鳴り響いてしまった。
ルーシェは知らなかった。扉を開けると、防犯で大きな音が鳴る特殊な仕組みがあったことを。
普段、物を通り抜けられる妖精たちも、全然気づいていなかった。
「何者だ!」
遠くから誰かが近づいてくる気配が聞こえてくる。
(ど、どうしよう!?)
一気に危険は迫ってきて、心臓の鼓動が激しくなる。
もう無理だと怖気づいて捕まる前に帰りたくなった。でも、ここで逃げ出しては、指輪を得る機会は二度と無くなってしまう。以降、警戒されて警備が厳しくなり、忍び込む難度は確実に上がるだろう。
「お願い、眠らせて」
『わかった!』
妖精たちが接近者たちに飛んでいく。その間、ルーシェは壁際に立ち、気配を殺していた。
妖精の眠りの粉のおかげで、バタバタと駆けつけた騎士たちが倒れていく。
『よし、行こう!』
妖精たちの協力のおかげで、目の前の危険は取り除けたが、さらに敵の応援が来るかもしれない。焦るばかりだった。
一歩踏み入れた部屋の中は、暗かったが広々としていて、収納の棚ばかり設置されていた。宝石や貴金属が区切られた収納箱に仕舞われて、整理されて保管されている。かなりの量の貴重品が置かれている。異常があれば、真っ先に緊急事態として警備兵たちが飛んでくるはずだ。
急いで目的の指輪を探さなければならない。
妖精の明かりを頼りにルーシェが足早に棚に近づこうとしたとき、足元で何かカチッと物がはまるような音と感触がした。
(今、何か踏んだ?)
『あぶない!』
妖精が異変に気づいて声を上げる。
頭上から何か物音と気配を感じた。上から何か降って来る。思わず頭を庇うように両手で押さえ、咄嗟に身を屈める。
落下物はルーシェの近くで床に激しくぶつかる。その際に大きな衝撃音が、部屋の中に響き渡った。
ルーシェは周囲を見渡して、何が起きたのか慌てて確認する。
すると、何か金属でできた檻みたいなものが上から落ちてきたみたいだった。ルーシェには何もぶつからなかったので怪我はなかったが、すっかり柵で囲まれて身動きが取れない状況になっていた。
「もしかして、捕まっちゃった……!?」
仕掛けがあったのは、扉の警告音だけではなかったようだ。
「みんな、助けて!」
いつものように妖精たちに助けを求める。ところが、彼らの反応が今回ばかりは怪しかった。
『これ、出入り口がないよ!?』
『ごめんね、こんな大きなものはちょっと……』
『土だったら、なんとかできたのにー!』
「ええ!? そんな……!」
妖精たちから弱気な発言が来るとは思わなかった。
『応援を呼ぶから、待っていて!』
『みんな、助けてー!!』
妖精たちも困り果てて、周囲にいる妖精たちを必死に呼んでいた。集まって檻を持ち上げようとしているが、重いのか全くビクともしない。
そうしているうちに新たな警備の人たちが駆けつけてきた。みんな、揃いで騎士の制服を着用している。彼らが持っていた明かりで照らされる。
「これって、新月の屋敷妖精だろう?」
「まさか王宮にまで現れるなんてなー」
「おい、誰か副団長に連絡しろよ」
ルーシェがもう逃げられないと思ったのか、彼らの会話はいささか緊張感に欠けていた。
でも、ルーシェだけは違った。このまま身柄を拘束されて取り調べが始まったら、身元がバレてしまう。そうなったら、家族だけではなく、婚約者にも迷惑が掛かってしまう。
分かっていたとはいえ、どこかで妖精たちがいるから、なんとかなると楽観視していた。でも、一番最悪な事態になり、泣きそうになっていた。
なんとか不幸から逃れたかっただけだった。でも、自分の見込みの甘さのせいで、結局失敗に終わってしまった。最悪だ。
「うっ、うう……」
どうしたらいいのか分からなくて、我慢しきれなくて泣き出していた。
『ルーシェ、泣かないで……』
妖精たちが心配そうに慰めようとしてくれる。
彼女たちと出会ったときも、そうだった。
母親が亡くなったあと、一人で家の仕事をしていたときだった。
今まで当たり前のようにいた母親がいなくなり、もう二度と会えないのだと思うと、悲しくてたまらずに泣きながら家事をしていたら、突然現れたのだ。
いきなり妖精が見えるようになって驚きの連続で、いつしか悲しみは和らいでいた。
『そうだ! こういうときこそ、奥の手を使おうよ!』
『そうよ、きっと大丈夫! 怒られないわ!』
妖精たちは、揃って大きな声で叫んだ。
『助けて、じょおう様!』
声に反応するようにルーシェの周囲が光に包まれ、次の瞬間には場所が変わっていた。