体育祭一日目③
「いや、あの状態でビリになることってある?」
そう言ってちづるはお弁当に入っている卵焼きをつまむ。休憩時間になり、観客席の一角でお弁当を食べている八人。ちづるがご立腹な理由は、先程行われた教職員の借り物競走によるものだった。
ちづるとつくものクラス、B組の担任は"逆立ちができる人"と言うお題をちづるを連れて行くことによって一番乗りでクリアした。そして、そう遠くはないゴールに向かって駆け出した時点では、他の教職員が引いたお題は余程難題だったのだろう、クリアした者は誰もいなかった。ちづるが駆け出し、ゴール直前というところで振り返ると、担任は運動が苦手なだけでなく体力もあまりないのかすっかりバテてしまった状態で、もちろん距離はかなり離れていた。そんな中、続々とお題をクリアしていく他の職員たちの様子を見て焦りながら、ちづるは早く早くと担任にエールを送った。だがそれも虚しくちづるはただただゴールの目の前にいながら、次々にゴールしていく人々を見送ることになったのである。担任がようやく辿り着いたときにはすでに全員がゴールしていたというわけだ。
「あんな状態で負けるなんて、悔しすぎる」
実際の所、ちづるはお題に当てはまっただけで観客の立場なのだが、もはや自分が競技に参加していたかのように本気で悔しがっている。
「でも、ちづるちゃんの逆立ちすごかったね」
「そうそう!めっちゃきれいだった!もしボクが今、逆立ちやれって言われてもあんなにさらっとできないもん」
しかし、のぞみとかなめから受けた賞賛によって機嫌はすんなり回復した。もっと褒めてもいいんやでとあゆむにも絡むが、はいはい天才だなと軽くあしらわれた。
「それにしても、まさか校長先生が優勝するとは思わんかったなー!」
しぐれの言葉に、確かにといおりも頷く。お題をクリアし、ひょっとこのお面をつけた保護者と一緒にゴールに走ってきた体育教師が優勝すると誰もが思った瞬間だった。黒板消しを持った校長先生が、目を疑う程の速度で現れたかと思えば、そのままゴールテープを切ったのである。校長に課されたお題は"一年A組の黒板消し"だったようだ。一年A組はいろは高校の最上階である三階かつ一番端の教室である。制限時間内に取りに行って戻って来れただけでもすごいと言える程の難題なのだが、クリアしただけでなく優勝までしてしまった校長先生に観客席だけでなく競争しているはずの教師陣からも拍手が起こった。
「あれはびっくりした、くくっ」
まひろは思い出して堪えきれなくなったのか、笑みを溢す。そんなまひろが手にしているお弁当箱は、姉三人のものと比べて二回りほど大きい。
「そんなに笑ってるけど、演技前はめっちゃ緊張してたよな、まひろ!」
笑い出したら止まらなくなったのか、笑い続けているまひろにちづるが言う。毎度のことながら、笑い上戸で緊張しいで、感情が忙しい妹だ。
そんなちづるの言葉が、からかわれたように感じて不服に思ったのだろうか、表情は笑顔のままで、まひろが眉をピクリと動かした。そしてそれに気付いたちづるは即座にごめんなさいと謝る。感情が忙しい妹は、怒らせても怖いからだ。まひろはちづるの謝罪を受けてはっとすると、
「大丈夫!てかこっちこそ気遣わせてごめん!ほーんのちょっとイラっとしただけやから!」
そう言って笑ってくる。いやそれが怖いんやけどと、ちづるが言いかけた言葉をぐっと呑み込む。そんなちづるに、何怒らせてるのさとつくもが言ってくるので、必死にしーっと合図をする。これ以上、火に油を注ぐことは避けたい。だが、まひろも謝ってきたくらいなので、怒りは一瞬で収まったようだった。ちづるはほっとした気持ちになる。
「てか、演技の時間、一瞬やったなあ!あんなに衣装作り苦戦したのに!」
しぐれがちづるとまひろのやり取りを特に気にすることなく話題を変える。実際のところ、なんだかんだ何でもできてしまうしぐれが、衣装作りに苦戦していた様子は見られなかった気がするが。
「しぐれ、あんたはすんなりできてたやろ」
同じことを思ったのだろう。不器用仲間のいおりが気持ちを代弁してくれた。まひろも、若干手間取ってはいたものの、なんとか自分一人の力で完成させていた。問題はもちろんいおりとちづる、ドがつくほどの不器用コンビである。
「ちづるはともかく、いおりが不器用なのが信じられねえ」
心底不思議そうな顔をして言うあゆむにちづるは突っかかるが軽くあしらわれた。しかし同じような表情を浮かべたつくもも、
「いおりDIY得意なのに」
と呟き、首を傾げる。のぞみもかなめも同感なようで頷いている。だが逆に、ドが過ぎる程の不器用ないおりが、なぜか工作はできるということが、羅野家にとっては七不思議の一つだった。
「まあいいやろ、できたんやし!あゆむくんありがとう!」
ちづるも続けてお礼を言う。不器用コンビの衣装が完成したのは、あゆむの助けがあってこそだったからだ。はいはいどういたしましてと、ぶっきらぼうに言うあゆむの衣装は、同じ生地や手順で作ったとは思えないほど、プロのそれだった。そうあゆむに伝えると大げさとだけ言ってそっぽを向いてしまった。こういう時は照れているということを知っているのでニヤニヤしていると、あゆむはちづるの顔を見ていないにも関わらず、その顔やめろと言ってきた。
「のぞぴよ、かなっぺ、つっきゅんも衣装自分で作ったん?」
しぐれのといかけにかなめだけがうんと頷いた。ちづるはかなめの反応を見て、しぐれと同じくかなめもなんだかんだ何でもできるんやなあと考えていたが、はっとして
「つくもはまあそうやろうけど、のぞみも!?」
のぞみこそ、さらっと何でもこなせてしまうイメージがあるのでちづるは驚いた。それは姉妹も同様だったようで、うんうんとのぞみの方を見て頷いている。
「もちろん、自分で作ってはいるんだけどね。分からないところをあゆむくんに教えてもらったってこと」
いつも通り微笑んでいるのぞみだが、分からないことがあるということがあまり信じられない程、のぞみには何でもさらっとこなしてしまうイメージが強かった。
「まあ、のぞみに関しては教えることはほぼなかったけどな。ほとんど一人でできてたし」
あゆむの言葉にほらやっぱりと羅野姉妹四人が口を揃える。もしかして。
「のぞみ、あんたまさかとは思うけど、ほんまは一人でもできたのに、あゆむに教えてもらってるつくもが羨ましくて自分も分からんふりした、ってわけちゃうやんな?」
疑いの目を向けるちづるに珍しく、のぞみが少し目を泳がせた後、ばれたかと呟いた。あゆむは薄々と感じていたのだろう、そんなことだろうと思ったとため息をついている。
「のぞぴよはほんまにあゆりんのことだいすきやな!教えてもらえてよかったな」
うんとここ一番の笑顔で頷くのぞみを見てあゆむはさらに深く、ため息をついた。
「ねえ、ボクらもそろそろ着替えないとまずくない?みんな体操服に着替え終わってるよ!」
かなめの言葉を聞いて携帯電話の時計を見ると、休憩時間が残り十分ほどとなっていた。この後は学年別クラス対抗の種目を行った後、第二の名物全員リレーが予定されている。服装は自由ではあるのだが、綱引きや、大縄跳び、そしてリレーが待ち受けているということもあり大半の生徒は動きやすい体操服に着替えている。八人もこの休憩時間の間に着替えようとしていたのだが幾分、話し込んでしまった。
「急ごう!」
休憩時間残りわずかということもあり、更衣室として用意されている教室はどこもいっぱいであることが予想される。八人はお弁当箱を慌てて片付けると急いで更衣室へ向かった。




