文化祭一日目④
「じゃあ、うちら当番やから行ってくるわ!」
B組に着くや否や、そう言ってちづるとつくもが準備に向かった。二人の準備の間、六人が何をして待っていようかと話し合っている。
「ちづるんがお化けになる前にもお化け屋敷、一回入ってみる?予習的な」
つくつくのメイクの出来も見れるし、とかなめが提案し、のぞみとあゆむはそれでもいいなと賛成する。
だが、とある一人は無言かつ高速で横に首を振っている。妹二人の間で腕を掴み、少し震えているようだ。いおりである。右腕を強く掴まれているまひろは、そんな姉を見て苦笑しながら言う。
「いお姉、怖いの苦手なんよ」
普段から表情を顕著に露わにすることのない、いおりであるが、よっぽど苦手なのであろう、顔は青ざめ、明らかに表情が強張っていることが見て取れる。
「大丈夫やって、お化けなんていーひんから!」
同じく、左腕を強く掴まれているしぐれがあっけらかんと言う。しぐれはお化けなどを信じないタイプらしい。
そんなしぐれに、でも、ともはや少し泣きそうにもなっているいおりが言う。顔だけでなく、薄い唇までもが青くなってきている。かなめは慌てた様子で、苦手なら辞めておこうと優しい口調でいおりに伝える。
「あとでみんなで入る流れになってたけど、大丈夫か?」
一年生の出し物を見て回っているらま鉢は、残す所あとB組のみとなっている。ちづるも見に来てほしそうだったので当たり前のように行くことになっていたが、苦手ないおりはなぜ反対しなかったのか。あゆむがいおりに訊ねた。
「うん、大丈夫。お化けは全員ちづるやと思うことにするから。それに、いざとなったら倒すし。まひろが」
いおりの返答となぜか照れたような顔をしているまひろに、お化け屋敷より物騒だなと、あゆむがぎこちなく笑う。まあ、それは冗談やけど、といおりが話を続ける。
「ちづるが学園祭実行委員として準備とか頑張ったみたいやからさ」
最後の方はかなり小さな声で俯きながら言う。いおりは、苦手なものを、頑張った妹のために見に行こうとしていたようだった。のぞみ、あゆむ、かなめはいつものいおりとちづるのやり取りを見ているためか、珍しくちづるのために何かをしようとしているいおりに少し驚いたような顔になったが、すぐにしぐれとまひろ同様、微笑んだ顔になる。
「もう、その顔やめて。……というわけで、頑張って一回だけは入るから」
いおりを見る五人はにやにや、といった表現が近い顔をしていた。いおりが赤らめた顔で嘆願すると、かなめはごめん、ついと謝った。
「よし、それじゃあミニゲームでもして待ってよっか!確か廊下にあるって、ちづるんが言ってたよね」
あれだ、と、かなめは何人かの先客でできている列の方を指差して言う。お化け屋敷の教室の前にある小さなブースではあるが、何やら和気藹々としたような、楽しげな声が聞こえてくる。
怖いものが苦手な人や、小さな子どもも楽しめるようにと、お化け屋敷に入れない人のためにミニゲームコーナーがされていたのである。ちづるが怖いものが苦手ないおりにも見に来るように誘っていたのは、このミニゲームがあるからだろう。
「何のゲームなんかな!?お化けを捕まえようって書いてあるけど!」
そんなタイトルが書かれたゲームコーナーへ、わくわくした様子のしぐれがぴょんぴょんと飛び跳ねながら向かうのに続いて、五人も列に並ぶ。
ゲームの内容は、シンプルで、用意されているお化けの絵が貼られたペットボトル五本に向かって、特製のリングを投げるというものだ。数字は距離に応じて手前から一.三.五.十.百となっていた。配分がおかしい気もするが、そのお化けの絵と一緒に書かれている数字はポイント数で、計五回投げて引っかけることのできた合計ポイントに応じて、景品がもらえるということだった。いわゆる輪投げの要領である。
「輪投げとか久しぶり!なんか全部引っかけられそうな気がしない?」
輪を投げる動作をしながらかなめが言うとしぐれも大きく、力強く頷き、お化けたち全員捕まえるぞと、同じく輪を投げる動作をしながら意気込んだ。そんな二人のを見てははっと笑ったあゆむは、今度はいおりに向かってその笑顔のまま
「あれなら大丈夫か?」
とお化けの絵を指差しながら訊ねる。お気遣いどうも、といおりもようやく、口元を緩ませた。そうこうしている間に六人の順番が来て、全部引っかけられそうだと自信満々のかなめが先陣を切ったものの、
「意外と難しいね」
そう言ってかなり苦戦している。結果は最後の五回目にしてようやく引っかけることができたのだが、一番近くのお化けであったためポイントは低く、合計一ポイントの獲得となった。
その後、いおり、のぞみ、まひろ、あゆむの四人も挑戦したが、その見た目のポップな可愛さからは想像もできない程、ゲームの難易度はかなり高かったようで、三ポイントの距離のお化けに引っかけることがせいぜいであった。
百ポイントなんて到底無理だと、誰もが思った時。スパンと音がしたと思えば、一ポイントのお化けに輪がかかっている。しぐれである。
「まあ一ポイントはな」
唯一、三ポイントのお化けに輪を引っかけることのできたあゆむが言う。だがその後もしぐれは、三ポイント、五ポイントと確実に輪をかけていく。
どうやら、このゲームを作成したB組の生徒にとっても珍しいことのようで、いつの間にかギャラリーができている。
周りの様子を全く気にすることなくしぐれが放った輪は、十ポイントのお化けを捕らえた。その瞬間、ギャラリーたちの歓声が上がる。
特製リングは残す所あと一本である。百ポイントを狙いに行くのか。観客たちは固唾を呑み、しぐれの動向を見守った。
ほわわん、とでも効果音のつきそうな投げ方で放たれた輪は百ポイントのお化けをめがけてくるくると緩やかに飛んでいく。輪は目標を捕らえると今にも倒れそうな勢いで、お化けの頭上を回転する。回転が徐々におさまり、輪はゆっくりとお化けのペットボトルに引っかかった。百ポイント獲得である。
「全員捕まえた!」
しぐれがくるりとその場を振り向き、白い歯を見せたその瞬間、観客たちはみな、一斉に大きな歓声を上げた。あまりの盛り上がりように、他のクラスにいた人たちでさえも、何事かと顔を出す始末である。
もちろん、すぐそばにある教室、B組お化け屋敷のスタッフも例外ではなく何かあったのかと廊下を覗きに来た。咄嗟のことであったから自らの服装を気にしてはいなかったのであろう。お化け役たちが一斉に顔を出すという不慮の事態にいおりはもはや唖然として固まってしまったが、
「なになに何の騒ぎ!?」
と同じくお化けの格好をしたちづるの登場により我に返ったようだ。教室の外で起きた事態に、全く状況が飲み込めていないちづるにかなめが説明する。
「おーい、ちづるーん!実はほら、しぐっちが全部のお化けに輪を引っかけてさ!」
「まじ!?これ五点のお化けでもむずいのに!さすがしぐれやな」
かなめから聞いた説明にかなり驚きながらちづるが言う。やはりゲーム自体が高難度だったようだ。
「さて、十分楽しんだし、次行こか」
そう言ったいおりがすっとB組を後にすると、さんせーいとしぐれが、そして他の四人も後に続く。次はどこ行くかと話している六人に対して
「いや、お化け屋敷わい!」
と、ちづるの声が廊下に響いた。その声は急いで準備をして動き回っていたからか、少し掠れていた。




