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学園祭!……の前に①

 

「学園祭やあー!」


 B組の教室に入ったと同時に、ちづるが叫んだ。そんなちづるを見たクラスメイトは驚いた様子であったが、即座に笑っておはよ、今日も元気だねと声をかける。ちづるもクラスメイトにおはよーと笑いかける。そして、一番近くの席に座っていた子に話しかけた。


「さっき、いおりが言ってたんやけど十月に学園祭があるんやろ!?それ聞いてうち、もう楽しみで楽しみで!」


 文字通り、ちづるは期待に身を躍らせている。クラスメイトはそんなちづるを見て吹き出したあと、そうだよと答えた。

 やっほーい!そう言ってちづるが喜ぶ。そして毎度のことながら、いつも通り机に突っ伏しているつくもを見つけると


「つくも!学園祭!」


 と唐突に話しかけた。つくもは机に突っ伏した姿勢のまま、顔を少し上げてちづるを見ると、楽しみで仕方ない、そんなわくわくしたちづるを哀れに思うかのような表情をして次の一言を放った。


「その前に中間テストがあるけど」


 それを聞いた瞬間、ちづるは膝から崩れ落ち、テスト……テスト……とうわごとのように呟き出した。先程までのテンションとは天と地の差である。

 自己紹介でも言った通り、ちづるは勉強が大の苦手だった。それはもう、壊滅的といっていいほどに。


「ちづるちゃんは英語が特に苦手なんだっけ?」


と、クラスメイトがちづるに訊ねる。自己紹介後にクラスの何人かの質問を受けた際のちづるの回答を覚えていたようだ。


「そうやねん!でも特に苦手ってだけで他のやつも全部苦手!」


 なぜか笑顔でそう答えるちづるに、クラスメイトは苦笑している。


「教えてもらえばいいんじゃないの?いおりとか頭よさそうだし」


 つくもの言葉を聞いた瞬間、ちづるはあほか!と言い、自身の頭を両手で抱えた。


「あのいおりに勉強を教わるやて?そりゃ何回も頼んだことはあったさ。けどな、教えてくれた回数は片手の指ですら余るほどやったわ。しかも教えてって頼んだ時のいおりの顔ときたら、」


 そこまで言うと、ちづるは頭を抱えたまま首を横に振り、聞けるわけないやろー!と言って床に手をついた。思い出しただけでも恐ろしい。それほどまでに、その時のいおりは冷酷な表情をしていた。

 つくもは、過去の二人のやりとりを想像して、まあそれは無理かと思い直したのか、じゃあまひろは?まひろなら教えてくれるでしょと訊く。


 だが、まひろも無理と言ってちづるは首を振る。


「なんで?怒ると怖いから?」


 と、つくもが納得いかないような表情をしてさらに訊ねた。まひろ本人がいたら姐さんモードで怒られそうである。ちづるはそこには特に触れずに、


「ちゃうねん。まひろが勉強教えてくれへん理由は至ってシンプル!」


 何故か少し間をとってから


「まひろも勉強できひんから。」


 そう言ったちづるは悲しいという気持ちを抑え込んで笑った。まひろもちづるよりは少しだけマシ、という程度で、成績はほとんど、どんぐりの背比べであった。つくもが意外そうに、そうなんだと呟き、じゃあ、しぐと言いかけたところを、ちづるが遮った。


「つくもくん。君は正気か?」


 しぐれに勉強を教えてもらおうとした時のことを思い出し、ちづるは虚しさから微笑んで言う。その表情を見て何かを察したかのように、つくもは即座にごめんと謝った。


「しぐれは勉強できるけど教えてもらっても何言ってるか全然分からんくて」


 ちづるが遠い目をして呟いた。しぐれの解説は基本的に擬音を用いる上に、独特な表現や言い回しを多用するためまずはしぐれワールドを理解しないとお話にならないのである。それは例え、血を分け、十六年もの時を一緒に過ごしてきた、四つ子の姉妹であっても理解できないほどなので、到底、難易度の高さが伺える。つまり、しぐれからも勉強を教わることはできないのである。つくもは、ちづるに同情したのか、どんまいと静かに呟いた。だがそんなつくもにちづるは一つの疑問が湧く。


「そう言うあんたはどうなん?つくも、勉強できるん?」


 つくもが授業中に起きて勉強しているところを見た回数はそれこそ片手の指でも余るほどだ。ちづるはつくもも自分とまひろと同じく、勉強できない仲間なのではないか、と密かに期待した。だがそんな期待もつくもの次の言葉で打ち砕かれる。


「まあ、おれも勉強苦手。テストの点数は大体平均点かそれよりちょっと上くらい」


 嘘やろ、とちづるは小さく呟いた。あんなに授業ごとに寝ていて全く聞いていなくても、平均点以上が取れるなんて。

 世の中不公平や、そう言ってちづるは大げさに泣きマネをしてみせる。だがつくもはそんなちづるを気にする様子もなく、


「おれはちづると違って教えてくれる人がいるから」


  とだけ言った。そんなつくもに詰め寄って


「あゆむか、あゆむなんか!あいつ何だかんだ真面目やし、つくもには甘いからなあ」


 と訊ねるだけ訊ねた後、納得したようにうんうんと頷く。あゆむ、うちにも教えてくれへんかな。


「ううん、あゆむじゃない。あゆむもおれと一緒で勉強苦手だから。教えてくれるのはのぞみとかなめ」


「そうなん?まあ、のぞみは頭よさそうやから分かるけどかなめも?」


 のぞみは本が好きでよく読んでいるから国語得意だろうなと勝手に思っていた。つくもたちからも博識と言われていたし、頭はよさそうだ。それでいて、ぼーっとしているようで周りをよく見ていて気を遣ってくれたり、冷静な所があるのでなんとなくできるやつだと感じていたのだ。まあそれも、弟に関連することでなければ、ではあるが。

 だが、かなめも勉強ができる、というのはかなり意外であった。てっきり仲間かと。


 そんな気持ちを微塵も隠さずちづるが訊ねると、つくももちづるの言いたいことがわかったのか


「かなめ、頭いいよ、意外と」


 そう言って、兄の汚名を一応返上した。ちづるは、まじか、めちゃくちゃ意外やわーと普段のかなめの言動を思い出しながら言う。もし、この場にかなめがいれば、なにをー!二人とも失礼だなあ!と怒りそうな会話である。


「だから、テスト期間中は部屋を交代してマンツーマンで教えてもらってる。二人とも全般的に勉強できるけど、特にのぞみは国語、かなめは社会が得意だから、その二つの教科は得意な方から、あゆむと順番に教えてもらってる」


 つくもの言葉を聞いて、へえ、いいなあとちづるは呟いた。そして自分とのあまりの違いにちづるは、つくもをかなり羨ましく思った。むしろ言葉にも出していた。


「じゃあちづるも教えてもらえば?」


つくもが言った。ちづるはそんなつくもの提案を意外に思い、聞き返した。


「教えてもらう?うちが二人に?」


 つくもは何もためらう様子はなく、うんと答えた。それに、のぞみとかなめならいいよって言うだろうしと、あくびをしながら続けた。


 先生以外の人から教えてもらうなんて考えたことすらなかった。自分の姉妹から教えてもらうことが不可能に近いので、誰かに教えてもらうという発想がそもそもなかったのである。


「うん、そうする!」


 ちづるはようやく、いつもの笑顔になり、元気に言った。そうと決まれば。


「よーし、二人に頼んでくる!まひろも教えてもらった方がいいからまずかなめのとこに」


  そこまで言ったところで予鈴が鳴る。朝のホームルームの時間だ。


「しゃあない、あとで行くとするか……」


 担任がクラスに入らや否や、机に突っ伏しているつくもに注意しているところを横目に、ちづるが呟いた。





 

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