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これから

「あのね、ちづるちゃん」


 改まった様子でちづるの目を見て話すのぞみにちづるはたじろぐ。そんなちづるを優しい表情で見つめ直してのぞみが続けた。ちづるはなんだか恥ずかしくなり、つい目を逸らした。


「まずは、ちづるちゃんが悪いところは一つもないってことを伝えさせてほしい。そして、その過去を持っていてもう一度踏み出すことは確かに難しいと思う。だけど少しでも興味があるんだよね。ならやってみても良いと思うんだ。だってさ」


 ちづるはそこで話を切ったのぞみの方を向き、続く言葉を待つ。


「……だってさ、ぼくたちはまだ高校生だから。やりたかったのにやらなかった後悔は大人になってからも多分ずっと引きずることになる。それってすごくもったいないと思うから」


 今のちづるちゃんが苦しむ姿はもちろん見たくないけど、後悔するちづるちゃんも見たくないんだよね、わがままでごめんね、そう言ってのぞみは微笑み、


「だからもう一度がんばってみない?ちづるちゃんには最高の理解者であるいおりちゃん、しぐれちゃん、まひろちゃんの三人に加えて、なんとぼくたち四人もいるし」


「そーだよ!ボクらもちづるんの味方だよ!もしちづるんがやりたいって思うなら応援する。めちゃくちゃ応援する!」


 いおり、しぐれ、まひろと自分の弟たち三人を見回しながら言う。そして、のぞみの言葉にかなめも続けて力強く言い切る。そんなかなめの顔は、いつの間にか大号泣していたらしく、涙と鼻水で大変なことになっていた。


 あゆむが、ほら、とまひろ経由でティッシュをかなめに渡す。ティッシュを受け取り、お礼を言ったかなめは収拾のつかなくなった顔を拭く。そんなかなめを見て苦笑しつつ、あゆむは


「オレは、ちづるならできるとか無責任なことは言わねえけど、お前がやるって言うなら応援する」


 とちづるの目を見て、いつものようにぶっきらぼうに、でもいつもよりも優しさの込もった声で伝える。


「おれも応援する。試合あったら見に行く」


「あんた、試合中寝えへんやろな?」


 つくもの言葉に対して、ようやくいつもの笑顔で返したちづるを見て真野兄弟も安心したように笑う。そんな真野兄弟とちづるの様子を見てしぐれは


「先越されちゃった〜、けどもちろんしぐも全力で応援する!スポーツしてる時のちづるは楽しそうやしかっこいいから!」


 と言っで笑う。中学の時だって、高校の助っ人の時だって。応援に行った時に見たちづるの姿がとても生き生きしていたことを知っている。だからこそ、苦しんできたちづるに対して何も言えなかったもどかしさを、真野兄弟が取り払ってくれたことに、しぐれは密かにそして大いに感謝していた。


「わたしも!それにもし、前みたいにちづ姉になんかやってきたりする人がいたらぶっ飛ばしてやるから安心して!」


 表情と声こそ、笑っているまひろだったが、その目は決して笑っておらず、まるで獲物を狩るハンターのような目つきをしていた。そんなまひろを見て、それ安心して大丈夫?いやめちゃくちゃ心強いけどさ、とかなめが苦笑する。


「まあそういうことやから。手のかかる妹やで、あんたは、ほんまに」


 いおりが自分のベッドに戻りながらそう言うと、かなめは、いおりん素直じゃないんだから〜と言い、これやから、いお姉は!もっと素直になって良いのに!としぐれも続いた。そんな二人にいおりはうるさい、と一言だけ放ち、おそらく照れているのであろう、クッションを抱えて顔を埋めた。素直じゃないねえと、かなめとしぐれが笑う。


「みんな、ありがとう。ちょっと考えてみるわ」


 ちづるが笑顔でそう答えた。もうすっかり、声のトーンや大きさもいつも通りに戻っている。


「ふふ、どういたしまして?あ、そうだ。まだ今日写真撮ってなかったよね」


 思い出したように言うのぞみ。かなめは、やばいボクこんな顔だ……と慌てふためく。泣いたかなめの顔は少し腫れ上がり、目元と鼻も赤くなっていた。そんなかなめにのぞみは大丈夫、かなめくんはかなめくんだよと、下手したらフォローではないように取られてもおかしくないフォローを入れる。だが、幸いなことにかなめはフォローとして受け取ったようで、そうだよね、これもまた思い出になるかと前向きになった。

 そんな二人のやりとりに、あゆむは、かなめがいいならいいけどと、少し呆れたように笑っている。

 

「じゃあ早速撮っちゃおっか!せっかくだし、しょうゆちゃんとケチャップも一緒に!」


 かなめはそう言って上手く撮れそうなアングルを探る。


 撮る時は目開けろよと、すでに目を閉じているつくもにあゆむが言う。


「大丈夫、おれはおれ……」

「いやあれ、そういう話じゃねえんだよ」


 先程の、のぞみがかなめへしたフォローをなぜか自分にも取り入れようとするつくもにあゆむがため息をつく。


「この角度良さそう。みんなここに並んでー!あ、今日はちづるん真ん中ね!」


 うち!?と少し驚きつつも任しとき!と張り切るちづる。


「うん、いい感じ!よし、みんな、撮るよー!もちろん掛け声は……!はい、」


「らま鉢ーズ!」


 だからこれ毎回やんのか?と少し照れた様子のあゆむが呟くと、もちろん騒音コンビは黙っていない。


「あっれれー?ちづ姉さーん、なんだか恥ずかしがってる子がいますよー?」


「えー、でも今回はわりと大きめに言ってましたよねえー?」


 そんな二人のやりとりにあゆむは、ああもう、うるせえこいつらと言い、赤らめた顔を隠すようにそっぽを向いた。だが内心では軽口を叩けるまでになったちづるのに対して良かったと思ってもいた。まあ、うるさいし、できれば静かにしてほしいことに変わりはないのだが。


「まあそれはそれで調子狂うしな」


 とあゆむが笑って呟く。またもや騒音コンビが食いつき、なになにー?何が調子狂うん?と問い詰める。 

 あゆむはニヤリと笑ってちづるが静かだとってこと、と言った。

 そんなあゆむに珍しくちづるが、うー、と呻き声を上げ、してやられたような、悔しげな表情になる。


「チェキできたから、ノートも書いて書いて!」


 そんなちづるにかなめがそう言ってチェキを渡す。そこにはとても楽しそうな、安心したような笑顔を浮かべる自分と、そんな自分を優しく見守るかのような七人が写っていた。


「うわもう、うち、らま鉢だいすきになってもーたなあ」


 写真を見てしみじみとそう言うちづるに、かなめは、今まではだいすきじゃなかったのかと詰め寄る。


「ううん、さらにってこと!みんなありがと!」


 そう言ってちづるは前回同様チェキをど真ん中に貼り、大きい字でらま鉢だいすき!!!!!!!!と書き込んだ。


「いや、おれらの描くスペースないし」


 つくもが呟いた。


「あるある!この辺にきゅって詰めれば大丈夫、大丈夫!」


「諸悪の根源が何を偉そうに……」


 いおりがため息をついて言う。しかし、七人は書く内容を打ち合わせ、ちづるの言う通りにきゅっと文字を詰めて書き込んだ。


 がんばれ、応援してる、ちづるの味方


 そう書かれたノートを見てちづるはまた、涙を流しノートを大切そうに抱える。

 すると、突然、しょうゆとケチャップがご飯の時間だとでも言うように、大きな鳴き声を上げるので八人は驚き、笑い合った。いつの間にか、かなり時間が経っていたようだった。外からも、十七時を知らせる音楽が聞こえてくる。

 そろそろ帰らなきゃだねと、のぞみが言うと、リビングからも、えまがそろそろ帰るよと声をかけてきた。あまりのタイミングの良さに、また八人は笑い合った。

 再度、廊下から、聞こえてる?とえまの声がする。声をかけてもなかなか部屋から出てこない八人の様子を両親たちが心配して見に来たようだった。

 ドアは開けたままだったのでえまが覗き込んでくる。すると泣き腫らしたかなめと涙を流しながら笑うちづるを見つけて、ぎょっとした表情になり、二人に何があったのか訊ねる。

 かなめが何でもないと笑うのに続いて、ちづるもうれし泣きやからと笑顔で答えた。えまはそれならいいけどと引き下がってくれた。帰る準備もできてるよと言ってかなめがバッグを肩にかけ、立ち上がる。その間、あきらはちづるにほんまに大丈夫なんかと何度も訊いてくるので、大丈夫やってと強めの口調であしらう。


「お邪魔しました」


 そうま、えま、のぞみ、あゆむ、かなめ、つくも玄関から出る。まだ九月の初旬とはいえ、なんだか日が落ちるのが早くなってきたようだ。少し暗くなった外の空気は、軽く震えてしまうくらい肌寒く、秋の訪れを感じさせた。

 また、月曜と言って車に乗り込む真野一家を見送り、両親たちに続き、家に入る。いおり、しぐれ、まひろが部屋に向かう中、ちづるは玄関に伏せられた写真立てを見つめる。そして、よし、と呟くと伏せてあった写真立てを起き上がらせた。

 そこにはちづるのテニスの試合を姉妹三人が応援している写真が飾られていた。そんな四人の顔は、とても楽しそうだった。


 

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