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ちづるの過去②

 いつもよりは少し静かなトーンで話始めたちづるを見ていおりは、はぁと軽く息を吐き、ちづるに近づき、頭をポンと軽く叩く。しぐれとまひろは両サイドに移動し、ちづるの手を取った。そんな三人の姉妹の顔を見回し、ちづるも意を決したように話を続ける。


「さっきも言ったけど……。大したことじゃないって思われるかもしれへんけど、うちの中では大したことで……」


 不安げに話すちづるをうんうんと優しく頷き、見守るのぞみとかなめ。反対に、戸惑いながらも黙って見守るあゆむとつくも。


 そんな四人を見てちづるは少し笑う。


「うち、中学の時ソフトテニス部入っててん。それまではずっとダンスを習い事でやっててんけど、あ、今もやってるけど、ってそうじゃなくて、テニスをやるのは初めてで。けど部活見学した時に先輩たちが優しくて、テニスも楽しそうやったから入ってみよっかなって思ってさ」


 ちづるは話しながら、後ろの壁にかけてあったテニスのラケットを手に取る。


「それで始めてみたらめちゃくちゃ楽しくて。初心者やったけど、先輩たちも優しく教えてくれたし、夢中で練習して。帰ってきても時間忘れるくらいずっと外で素振りして、次の部活の時にボールがうまく返せるようになるともっと楽しくて、また練習して」


 ちづるが元気のないところを初めて見たことでかなり動揺していた真野兄弟だったが、テニスを始めた頃を思い出してか、少し元気を取り戻したちづるを見てつられて少しほっとしたような顔になる。


「うちってさ、自分で言うのもなんやけど運動神経めちゃくちゃ良くて。もちろんちゃんと練習してたからってのもあるけど始めてから数ヶ月でかなり上手くなった」


 そう言いながらまた少し悲しげな表情になる。


「そんな時、県大会の予選に出るメンバーを決めるために部内で試合をすることになって。初心者とかも関係なく全員で。さすがに始めたばっかりやから勝ち残れるとは思ってなかったけど、やるからにはって、結構気合入ってた」


 ちづるは笑って言うが悲しいという気持ちを隠し切れてはいなかった。


「でも、自分が思ってたより上手くなってたみたいで、同級生の子に結構差をつけて勝ってしまった。その子は小さい頃からプロになりたくて頑張ってテニス練習してた子やった」


「……!」


 真野兄弟がはっと息を呑む。そんな真野兄弟の反応を見て、まさに予想してる通り、とでも言うように、四人の顔を見回し、ちづるは頷いた。


「うん、先輩たちは褒めてくれたけど、やっぱりその子からは良く思われんくてさ。そのうち部活内では他の子たちもうちから離れていって、同級生の中では孤立するようになった」


 その時の自分の感情を確かめるように、少しずつ、整理しながら話すちづるを七人が静かに見守る。


「結局その時は県大会には行けんかったけど、予選でもわりと勝ち進むことはできたな。あの時は不安も強かったけど、それでもテニスが楽しいって気持ちが何より強かったから何とか続けることができてた」


 それでもその時は楽しかったのだと、思い出しながら言うちづるの表情は少しだけ明るくなる。


「それからも毎日必死に練習してたんやけど、ある日顧問の先生から声かけられて。次の予選、かなり良いとこまでいけるやろうし、なんなら県大会出場しても良い結果出せるかもしれんから出てみーひんかって話やった」

 

 当時、辛い中でも必死に頑張って練習を続けた甲斐があったと感じ、素直にうれしかったと話す。


「うちは、出る!って即答した。けど、それは先輩差し置いてのことやったって後から知った。良くしてくれた先輩は三年生でもうこれが最後のチャンスやったのに、うちが軽率に奪ってしまった」


 それは違う、と言いかけたかなめをのぞみが制する。首をゆっくり横に振り、最後まで黙って聞こうとでも言うかのような目をしたのぞみにかなめも渋々ではあったが頷き、静かにちづるを見守る。


「その先輩は実力やからって言ってくれたけど、うちの見えんところに行った時めちゃくちゃ泣いてたってのがわかった。それを見るのは辛かった」


 言葉を詰まらせるちづる。つい先程、黙って見守ろうとかなめを制したのぞみであったが、しんどそうに話すちづるの様子を見るのはとても心苦しく感じていた。だが、それでもちづるがゆっくりであっても、自分のペースで話し出してくれるのを待つ。


「けど、やからこそ、これは掴み取ったチャンスやって、そう思い直して、先輩の思いもちゃんと受け取って頑張ろって!」


 そこまで話したあとちづるはまた言葉を詰まらせた。ちづるの頬に涙が伝う。そんなちづるを見て、いおりは何も言わずに背中をさする。まひろもティッシュを差し出した。


「ん、ごめん。ありがと。……先輩は応援してくれたけど同級生との関係は修復できてないままやった。そん時から物がなくなるようになって」

 

 まひろから受け取ったティッシュで涙を拭い、話を続けるちづるの手をしぐれは優しく、それでいて強く握る。そんなしぐれにちづるは微笑んで、


「最初はリストバンドとかタオルとかで。まあでも、どっかに置き忘れたかなって思ってたんやけど。それが隠されてたってのが分かったのはシューズが無くなった時やった」


 と、ゆっくり話を続けた。


「それで先輩に相談したんやけど、自分の管理不足やろって言われてもーて。これも後から分かったことやけど、実は先輩も同級生がうちのもの隠すのに加担してて、シューズを隠したのは先輩やったらしい。そん時、うちって部活で疎まれてて邪魔な存在なんやって思えてきて、めちゃくちゃ虚しくなった」


「そんなのって……!」


 のぞみの言う通りに黙って話を聞いていたかなめだったが、さすがに怒りを抑えることができず、立ち上がった。そんなかなめを見て、態度にこそ出さなかったが、のぞみ、あゆむ、つくもも同じ感情を抱いていた。冷静さを取り戻したかなめは座り直す。


「……怒ってくれてありがと。けど、実はその話を知った時、いおりもしぐれも自分のことのように怒ってくれた。まひろに至ってはその同級生と先輩のとこまで行って怒鳴り散らしたくらい。そのまま掴みかかりそうやったらしくて、こっそりついてってたいおりとしぐれが慌てて止めたって聞いた」


 感情を露わにするかなめはもちろん、のぞみ、あゆむ、つくもからも、その顔を見るだけで、自分のために怒ってくれていると感じ取ることができた。そんな四人を見て少し笑顔を取り戻したちづるは改めて、姉妹の顔を見る。まひろは自分の過去の突発的な行動を顧みて、恥ずかしくなり、顔を背けた。しかしそれで過去のちづるの心が救われたことは確かだった。


「それからすぐ部活は辞めた。結局テニス部は県大会には行けんかったって話は聞いたし、部活の同級生とも、その後の二年間でクラスが一緒になる子もいたけど必要最低限しか話さんかったから、テニス部に関わることはなかった」


 俯いたままのまひろの頭を優しく撫で、ちづるは話を続けた。


「高校に入っても、スポーツは好きやから部活にはもちろん興味あった。けど、やっぱり怖かった。また同じことを繰り返すんちゃうかって。それで結局どこにも入らんかったけど、高校では、生徒の人数が少なかったこともあってよく助っ人頼まれて。でもそれくらいの関係性でスポーツができるっていうのは気楽で楽しかった」


「転校する時、どの部活の子たちとも、仲間って感じやったし良い関係築けてたと思うで」


 しぐれが優しくフォローを入れる。そんなしぐれにちづるはありがとと微笑む。


「まあ、そんなわけで!これが?うちが部活入らんって理由!です!」


 最後は明るくまとめようとしたちづる。そんなちづるを最後まで静かに見守っていたのぞみは、ちづるちゃん、とだけ声を発した。

 んー?なに、のぞみとちづるが答える。


「あのね、ちづるちゃん」


 のぞみは深呼吸をし、ゆっくりと話し始める。

 ケチャップとしょうゆが構ってくれと言わんばかりに鳴いていた。




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