俺が“彼女”に返したいもの
カーテンの隙間から射し込む陽光で目が覚める。
目の前数センチには、あどけない顔で眠るうちの猫がいる。
起きない様に額にそっとキスをして、朝食と弁当を作る。
今日も変わらず、弁当は二つだ。
そう。二つだ。
あいつらに遠慮する必要が無くなったのだから、一つで良いだろと?
違うんだ。もうひとつは、鈴の為の弁当なんだ。
もう六時なのか。よし。そろそろ鈴を起こすか。
寝室に行くと、鈴は布団をギュッと抱き締めて眠っていた。
寂しかったのだろうか?
鈴を抱き締めながら、耳元で囁く。
「鈴、おはよう。朝だよ」
「んんん......かける......おはよ~......」
まだ少し呂律が回らない口調で挨拶が返ってくる。
あ、寝癖が猫の耳みたいに立ってる......可愛い......
「鈴、寝癖が猫の耳みたいになってるぞ~」
「え......っ!」
あれ? 優しく教えた筈なのに、みるみる顔面を蒼白にさせていく。
そんなに寝癖を見られるのが嫌だったのか?
鈴が必死にとかすと、徐々に馴染むように無くなってしまった。失敗した。写真に撮っておけば良かった。
「ほら、朝ごはん食べるぞ?」
「......う、うん。今行きます」
やっぱり元気が無い。
どうしてなんだ......
でも、抱き締めたり頭を撫でたりするときは本当に幸せそうな笑顔を見せてくれるから、俺と居る事が不満な訳じゃ無いと思うんだがな......
「行ってきます。で、行ってらっしゃい」
「はい。行ってらっしゃい。行ってきます」
少し頬を染めて挨拶を返す鈴。
一緒に登校するのに、どうしてもこれがやりたいと言って聞かなかったのだ。
教室に入ると、昨日の様な敵意は感じなかった。
その代わり、鈴と仲が良くなった数人の女子が、こちらに駆け寄って来た。
「鈴ちゃん!! 大変だよ!!」「小猫ちゃんの机が!!」「あんなの......酷いよッ!!」
鈴の机......?
俺の隣の机に目を向けると......
『死ね』『ブス』『消えれば?』『趣味悪っ!』『ビッチ』『尻軽』『猫ババ女』『生意気』etcetc......
おまけに、机の上には枯れた花の花瓶が乗っていた。
なんとまあ、古典的な......
鈴はと言うと、口を開けたまま呆然としている。
更に、机の中には虫の死骸や、どこから見つけて来たのか溝鼠やカエルの死骸まで入っていた。
最悪だ。
胃の奥から沸き上がってくる、どす黒いナニカ。
怒りなんて生ぬるいモノじゃ無い。
殺意だ。
「翔くん......」
鈴が、不安そうな表情で俺を見つめていた。
そうだよな。こんな事されて、不安にならない方がおかしいよな......
「鈴。大丈夫だ。俺が必ず犯人を見つけ出して____」
「違うんです! 翔くん! ......翔くん、とっても恐い顔をしています。私はそこまで気にしていないので、そんなに恐い顔をしないでください......翔くんが心配です......」
はっとした。
見れば、何人かの生徒は歯の根が噛み合わない程震えていた。
そんなに、俺は恐かったのか......
犯人は必ず突き止める。必ずだ。鈴に手を出した事を、後悔させてやる。
そう、一度強く気合いを入れ、意識を切り替える。
「とりあえず......写真撮るか」
これは、歴とした犯罪だ。証拠は残しておくべきだろう。
カシャッとシャッター音を鳴らす。
「......片付ける」
「......ありがとうございます。翔くん」
「俺は、何があっても鈴の味方だ。 ......だから、もっと頼ってくれ」
なんとか朝のホームルームには間に合った。
何人かの生徒が手伝ってくれたのも、早く終わった理由だろう。
特に、机の落書きは油性ペンで書かれていたので落とすのに難儀した。
「御城さん、手伝ってくれてありがとう」
「うむ。良いって事よ! 友達のピンチに駆け付けるのは、良いJKの条件だよ!」
俺の心はもうゲッソリだ。
しかし、一番最初に手伝ってくれたのが御城さんである手前、邪険に扱う事ができる筈もなく。
......なぜか椅子の背もたれを念入りに拭いていたのは気になったが、それよりも、鈴がいつもより密着してきて理性が辛い。
あとで、二人きりになったときにでも理由を訊いてみよう。
「翔くんの彼女は私ですから。私だけが翔くんの彼女ですから」
鈴は何故か御城さんにそう宣言していた。
「ふーん、で、何でそれをウチに言うのかが分からないな~? ま、気になる事でも無いし? 取り敢えず綺麗になって良かったね」
鈴......
あ、そうか。俺が御城さんに絡まれない様に言ってくれているのか。
本当に、細かい所までよく気がつくなぁ......
「チッ 醜い嫉妬ね」
「ほんとっスよね......」
うーん! 最後のコマが終わった時の解放感!
ただ、この多幸感を感じられるのも鈴のお陰だ。
今までの俺だったら、この後に何をされるのかに意識が向いて幸せを感じる暇など無かっただろう。
全部、自分で掴み取らないといけない。待っているだけじゃ、変わらないんだ。
「鈴、いつもありがとうな。これからもよろしく」
「......はい」
感謝は口に出した方が良い。取り返しのつかない事になってからじゃ遅いから。
お読み頂きありがとうございます。
弁当はどこへ......?




