「以前助けて頂いた猫です」と言われても......あなた、どう見ても美少女ですよね?
あれから半年経った。
いじめは今も続いているし(担任にも相談したが、厄介事の臭いを敏感に感じ取った担任は「こちらで対処しておく」と言って逃げてしまった)、店長は相変わらず当たりが強い。
そして、今は春休みの終わり。
明日からは二年生になる。
二年、三年の範囲は春休み中に終わらせたので、定期テストで少なくとも赤点を取ることは無いだろう。
この二週間毎日のようにバイトが入っていて、正直な所メンタルが限界だ。情けない。
そんな事を考えながら俯いて歩いていたら、地面が斑模様に濡れた。
......あれ? 俺、泣いてんのか?
無意識で泣き出すとは、相当やられているらしい......と思ったが、違ったようだ。
ポツポツと。次第に音を大きくしていくにわか雨は最終的に雨のカーテンを作り、さながら半年前の再現のようになる。
このあと子猫でも出てくるのか? と身の無い想像に思わず苦笑する。
が。その想像は、強ち間違いでも無かった____間違いと言えば間違いなく間違いなのだが、想像の遥か斜め後ろに反り返る様な現実が、家の玄関先で待っていた。
雨に佇む彼女は、とても幻想的で、可憐で、到底俺なんかが扱う言葉じゃあ、表しきれないほど美しかった。
誰かに見惚れて、放心する。といった経験をする人は少ないのでは無いだろうか。
俺も、これが初めてだった。
腰まで届く青みがかったグレーの髪。染めていては決して出せないその髪色は、同色の虹彩と合わさって儚げな印象を与える。
それに、目測百六十後半と見られる身長は、女性にしては高いのだろうが、百八十と少しある俺と比べると、やはり小さく見える。
総合すると......そうだな。小動物の様なイメージだ。子猫。
とにもかくにも、話しかけない事には前に進まない。
「どちら様でしょうか?」
「私の事?」
他に誰が居ると言うのだろう......
「とりあえず、早く鍵を開けて欲しいな?」
こてん。と首を傾げる彼女の魅力に勝てる男は居ないと、確信した。俺も負けた。
まあ、どっち道こんな雨の中帰す訳にもいかないし。ちょうど良かったんじゃないか?
素直に鍵を開け、彼女を中に招き入れる。
子猫の様な彼女は、雨が降る前から玄関先に居たのだろうか。全く濡れていない。
だが、体温は少なからず低下するだろう。
そういうときは暖かいものに限る。
「コーヒーと紅茶と......ホットミルク、どれが良いですか?」
「......? 貰えるの?」
「はい。せっかくですから」
「じゃあ......ホットミルクをお願いします」
かしこまりました。
心の中で呟き、牛乳を少しぬるめに温める。
......偏見かもしれないが、彼女は猫舌そうだな......と。
甜菜糖を少し溶かして、彼女の元へ持っていく。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
恐る恐る口を近付けた彼女は......
「熱く......無い......」
「やっぱり猫舌でしたか?」
マグカップを両手で包み込む様に持ちながら頷いた。
......あのカップは家宝になるな。
「やっぱりって、なんでですか?」
「いや、雰囲気が猫っぽいなって。ただそれだけ」
「......ふふっ。 なんですかそれ?」
猫っぽい彼女が小さく笑うだけで、周りの空間が華やぐ。
本当に、不思議な人だ。
「それより、体。濡れてるけど、なめ......拭かなくていいの?」
「あ、ああ。そうだった。ありがとう。じゃあ、失礼して良いかな?」
「ごゆっくり~」
どちらが客人なのか分からなくなってしまった。
バスタオルで軽く全身を拭いた俺は、軽く呻いた。
なにせ、彼女がテーブルに突っ伏して寝ているのだ。
「(いくらなんでも無防備過ぎだろ......)」
とはいえ、起こすのもあれなので、自室から毛布を持ってきて彼女に掛けてあげた。
あの毛布も家宝になるな......
数時間後、熟睡していた彼女がやっと目を覚ました。
「......お、はよう?」
「もう遅い時間だけど、お早う」
おはよう、か......
久しく言っていなかった言葉に、涙腺を刺激される。
「で、色々聞きたい事があるんだけど、良いかな?」
「うん。なんでもきいてきください?」
まだ少し寝ぼけているのか、呂律が回っていない。
本当に。極限まで男子の夢を凝縮した様な人だ。
「まず、君はだれ?」
「以前助けて頂いた猫です。神様にお願いして、人間として生活させてもらう事にしました。不束者ですが、よろしくお願いします」
前言撤回。
極限まで男子の夢を凝縮した様な猫らしい。
色々とおかしい所はあるが、彼女が猫なら、納得してしまう。
「じゃあ、君の名前は?」
「小猫 鈴です。タマって呼んで下さい」
「......」
「冗談です」
愛らしい顔を全く崩さずに言うものだから、騙されそうになった。
「結構遅い時間だけど、帰らなくて大丈夫なの?」
「帰る......? どこに?」
「えっと......小猫さんの住所は?」
「ここ」
..................え?
え?
ここに住むと? そういうことですか?
Oh......my god 神様、どういう事ですか?
割りとナチュラルに出てきた英語はこの状況にピッタリなもので、小猫さんを遣わした神様に向けた言葉だった。
お読みくださり、ありがとうございます。
ヒロイン(猫)登場です。