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6.国王陛下がアホになった過去

 ユーティスに関する奇妙な噂が聞こえてきたのは、私が十歳の頃だったと思う。その時ユーティスは十二歳。


『賢かった第一王子がアホになった!』

『第一王子は毒にやられて頭のネジをすっとばしてしまったらしいぞ』


 だが、そんなわけはないと思っていた。

 だって噂が聞こえてくる前にユーティスが王宮に帰る間際、『行ってくる』と私に言った時。

 最後に私をじっと見て、今から狩りに行く猛禽類のような目をしていたから。あんなやる気に満ち満ちたユーティスが、急にアホになるなんて考えられない。勿論すっかり快復していたのだから毒の後遺症なんかであるはずもない。

 

 でもその噂の真偽を確かめる機会は何年もやって来なかった。

 それ以来ユーティスが毒にやられることがなくなったからだ。


 そんな変わり果てたユーティスを目の当たりにしたのは、実に四年後のことだった。

 毒にやられ運び込まれたのではなく、彼は自らの足で、この薬屋へとやってきたのだ。


     ◇


「久しぶりー、リリア」


 四年ぶりに店のドアを開けたユーティスは十六歳になっていた。

 語尾を伸ばしたその口調は、幼さを感じさせる柔らかさがあり、ぬいぐるみを抱いていても違和感がないくらいの甘さだ。

 そしてその笑顔。我が家ではついぞ見せなかった天真爛漫さに溢れていた。

 別人の出来上がりだ。

 だけどその目は変わっていない。


 だから私はただ一言、眉を顰めて言った。


「何その顔。」

「ひどいなあ。久しぶりに会うのに最初の一言がそれ?」


 それでもユーティスは笑顔を崩さない。

 噂の正体はこれか、とため息を吐く。


「そんなの私に通用するわけないでしょ。ぞわぞわするからその口調と張り付けた笑顔、やめて」


 幼さを装う顔と口調とは真逆に、華奢だった体にはほどよい筋肉がまとわれ、その骨格もほとんど大人と言っていいものになっていた。


 私のげんなりした顔に、ユーティスは至極楽しそうに口を吊り上げて笑った。


「つまらんな。周りはすんなり信じたぞ。驚愕の顔が居並ぶ様は圧巻だった。おまえにも見せてやりたかったくらいだ」

「騙される方がおかしいのよ」


 あっさりと愚王の仮面をかぶるのをやめたユーティスは、楽しそうにくつくつと肩を揺らして笑った。

 ああそれそれ、その笑顔は見慣れてる。


「いや。すぐにわかるのはおまえくらいのものだ。あれらは俺を見ていないからな。誰も」


 そうなのかな。

 第一王子なんだから注目を集めそうなものなのに。

 それに王宮にいれば毎日会うんじゃないのかな。たまにしか会わない、しかも久しぶりの私よりもよっぽどわかりそうなものなのに。

 見れば、その瞳はどこか寂しげだ。きっとユーティスは気づいてないんだろうけど。


 もしかしたら王宮の人たちは、幼いながら何を考えているかわからないとユーティスを恐れていたのかもしれない。私が初めて会った時からユーティスは聡明で怜悧な瞳をしていたから。

 だから、幼く天真爛漫な隙だらけの子供らしい姿になったことを、ほっとして受け入れたのかもしれない。

 なんとなくそんなことを思った。

 まあ、単にあのプライドの高そうなユーティスがそんな演技をするとは思いもしなかったというのが実際かもしれないけど。


「それで? おまえはなんのためにそんな擬態をしている? 俺としていることは同じだろうが。凶暴な中身を大人しそうな見た目で偽っている。その髪も、メガネも。まあそれはそれでいいが」


 ユーティスはカウンターに頬杖をつき、私の緩く編んだ三つ編みを弄ぶ。色素の薄い栗色の髪が日の光に当たると、キラリと光って金のように見える。


「ちょっと、ほどかないでよね」


 そう言って髪を取り上げ背中に流すと、ユーティスはオモチャを取り上げられた子供みたいな顔をした。


「私は本心を偽ったりはしてないわ。印象第一の客商売だから、薬屋らしく、聡明な少女を装って――いや、それらしく、してるだけじゃない」


 私は見ての通り言葉もきついし、愛想笑いも得意じゃないから、見た目だけでも薬屋っぽくしているだけ。いわばコミュニケーション力の補完だもの。

 この大きなレンズのやぼったい眼鏡も、もさい格好も、思った以上の効果を上げている。

 対してユーティスは、私の言葉に心外とばかりに片眉を上げた。


「俺はおまえには嘘などつかぬ。今までも、これからもな」

「その時点で嘘くさいわ」


 こんなに信ぴょう性がない言葉は初めて聞いた。


「昔はよく近所の悪ガキどもに絡まれていたようだが、あいつらはどうした。その見た目では余計侮られ絡まれるんじゃないのか」

「あっちは腕でなんとかした」


 私が昔ガキ大将をも沈めた――いや、鎮めた自慢の力こぶを盛り上げて見せると、ユーティスは目を細めた。


「相変わらずなようで安心したが、そろそろ腕に頼るのはやめておけ。同じ年頃が相手じゃ勝てんだろう」

「まだいけるわよ」


 相手があんたみたいに鍛えてなければね。

 そう言う暇はなかった。


 私の言葉にユーティスは、息をつく間もなくカウンターに手をつくと、だん、と床を蹴った。ひらりと身を翻してカウンターを飛び越えたかと思うと、あっという間に私の体はカウンターに縫い留められる。

 私の体はユーティスとカウンターに挟まれ身動きがとれない。

 しかもカウンターについた彼の腕で顔の両脇を挟まれ、見たくもないのに整った顔、まさに見かけだけは王子様なフェイスを直視せざるをえなくなる。


「ちょっと、いきなり何? どいてよ」


 必死にその胸を押し返そうとしても、その硬さを思い知るだけでぴくりともしなかった。


「と、いうように、おまえはもう俺にも勝てん。わかったらそろそろお転婆は控えておけ」


 美麗な顔をこんな間近に近づけて言うのはずるい。低い声で耳元に囁かれると、なんだか背筋にぞくりとしたものが走った。

 咄嗟に私は「わかったから!」と口走っていた。


 ユーティスは満足そうな笑みを浮かべるとぱっと身を離し、再びカウンターをひらり飛び越えて元の椅子に収まった。

 解放され、内心でほっと息を吐く。


 まだ胸がどきどきしている。

 それがまたなんか悔しい。

 私はむむむ、と口を歪めた。


「ちょうどいい、リリアには今後も付き合ってもらうとしよう」

「付き合うって?」


 正直もう勘弁してほしい。無駄な抵抗を試みたことでげっそりとしていた私は、惰性で訊き返した。


「ありのままにいられるのはおまえを相手にしているときくらいだからな。王宮で阿呆の仮面をかぶりつづけるのは至極疲れる。だからここへは息抜きに日参するとしよう」


 私は思わず「はあ?」と甲高い悲鳴にも似た声を上げていた。

 何で私が毎日ユーティスに振り回されなきゃいけないのよ。もう今日で十分だ。

 確かに王宮の陰謀とは無関係の私相手であれば、難しいことを考えずに思ったようにずけずけと毒を吐くこともできるだろう。けど私に何のメリットがあるというのか。


「そりゃこれだけ本性との乖離が激しかったら疲れるのは当たり前よ。でもそれは自己責任でしょ? 何で私が付き合わなきゃいけないのよ」


 こんな整った顔を毎日見せられていたら、他の男がただの野草に見えてしまって仕方ない。恋も結婚もできなくなるじゃないか。


「おまえにも責任はある。自分で言ったことの責任は持つべきだ」


 ん? 私何か言ったっけ。


「それ何の話?」

「たったの四年しか経っていないのに忘れたか」

「四年も経ってたら十分に忘れられるわよ」

「ほう……。俺には忘れようにも忘れられない強烈な思い出なんだがな」


 『強烈な思い出』?

 ということは、あれか?

 私が思いっきりユーティスをひっぱたいたやつ?


 いやでも、あの時そんな『言質は取ったぞ』とばかりに脅されるようなこと言ったかな。

 自暴自棄になってるようなユーティスを見かねてぶち切れたことは覚えてるけど、何を言ったかまでは思い出せない。


 そう思って顔を上げれば、ユーティスの顔を見て固まった。

 何故か笑っていたのだ。


 吊り上げるような魔王のごとき笑いでもなく。

 無邪気を装った張り付けた笑みでもなく

 ただ、懐かしむような、その時をいとおしむような。


 不意に仮面の下に隠れているこんな顔を見てしまうから、放っておけなくなってしまうのだ。


「ユーティスこそ、そろそろその仮面も脱いだらいいじゃない。もう命を狙われるだけの子供じゃないでしょ。ユーティスのことだからもう味方も作って周りを固めてるんだろうし、布陣も万全になった頃なんじゃない?」


 仮面を脱いで、王宮の人たちとも本音で向き合えばいいのに。そうしないと、いつまでも寂しいままなんじゃないだろうか。

 さっきの寂しげな瞳が脳裏に焼き付いていて、つい余計なお世話を言ってしまった。

 「ほう?」とユーティスが上げた声には楽しさが滲んでいた。


「なんだ。そこまでわかってたか。おまえはつくづく面白い。やっぱり俺が見定めた通り、飽きない」


 ユーティスが愚王の仮面をかぶることで命を狙われる状況を回避したことは、状況から考えたら誰だってわかる。


「面白がってる場合? いつまでもこのままってわけにはいかないでしょ」

「まだだ。今はまだ時期じゃない」


 私には国のことも政治のこともわからないから、ユーティスが言うならそれまでだ。

 あ、そう。と返した私に、ユーティスは席を立ちあがり暇を告げた。


「と、言うわけでまた明日も来るぞ。気力が回復する薬草茶でも用意して待っておけ」

「300ニールになります」

「友人相手に商売する気か」

「殿下と私がいつ友人になったんでしたっけ」


 幼い頃、「おまえが持ってきた薬はまずくて飲めん」とか言われたことは忘れていない。

 嫌味で返せば、何故かユーティスは、いやに嬉しそうな笑みを浮かべた。


「ほう……。それはいい。話が早く済みそうだ」


 ん?

 なんで毒づいた言葉にそんなに喜ぶ?


「友人からだとなかなか次に進みにくいとよく聞くからな」


 小さく呟かれた言葉は、よく聞こえなかった。

 ただ、とっても悪そうな顔で笑っていたので、触らぬ神に祟りなしとばかりに訊き返しはしなかった。


     ◇


だけど。

 正直を言えば、母を亡くし、一人でこの店に立つのは暇なことが多いし、いらぬことを考えてばかりだったから、毎日のように決まった時間にユーティスとくだらない話をしたり舌戦を繰り広げたりするのは嫌じゃなかった。


 ユーティスも、毎日ニコニコ仮面をかぶっていたせいか、その頃から少しずつ柔らかい顔も見せるようになったなと、今は思う。

 黒髪に黒い瞳で一見すると冷たく見えるユーティスが、私とのつまらない話でくつくつと笑ったりするのを見るのも、嫌いじゃなかった。




 でもそんな日々はある日突然終わりを告げた。

 ユーティスの父、前国王が崩御したからだ。


 ユーティスの命を狙っていた第二王子派と第三王子派は、愚者の仮面をかぶったユーティスが王位継承者として相応しくないとの世論が高まると、今度は互いを敵として見定め、王子たちはその犠牲となってしまったのだ。


 結果として、この時王位継承者として生き残っていたのは、ユーティスただ一人だった。

 だからユーティスは愚王と呼ばれる傀儡の国王となり、学園に通うこともなくなり、そしてこの薬屋にも現れなくなった。

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