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5.薬屋の少女と第一王子 ※ユーティス視点

 第一王子で、しかも賢く王に相応しいと見られていたユーティスは、幼い頃から命を狙われていた。 

 王妃だった母は既になく、国王は側室二人とその息子たち、第二王子と第三王子にばかり目をかけていて、後ろ盾がなかったからだ。


 ユーティスが八歳の時、毒に倒れた。

 幼い頃から毒にならされていたから一命はとりとめたものの、解毒と療養が必要だった。しかしそんな状態で王宮に留まれば追い打ちをかけられかねない。それを危惧した国王が宮廷薬師であるダーナーにユーティスを託すようになったのが始まりだった。


     ◇


 ユーティスは毒に倒れる度にダーナーに連れられ、町はずれの薬屋へと運び込まれた。

 最後に毒に倒れたとき、ユーティスは十二歳、リリアは十歳だった。


 リリアは幼い頃から、何かとユーティスの面倒を見たがった。体を拭いてやるとびしょびしょの濡れタオルを持って来たり、よく眠れるようにと調子はずれの歌をうたったり。

 邪魔だ、いらぬと言っても聞く様子はなく、性懲りもなくやってくる。


 両親そろって薬師であり、自分も何か役に立ちたいと考えているのだろうことはわかったが、ユーティスからすれば寝込んでいる姿など見られたくはなかった。

 毒にやられたということは、誰かにその存在を疎んじられているということだ。誰かにこの世からいなくなってほしいと願われている存在だということだ。そのことに思い至ったとき、真っすぐにこちらを見るリリアの目がどう変わってしまうのか。それを目の当たりにしたくはなかった。


 あの日もリリアは森で見つけたらしい戦利品を手に、ユーティスが寝ている部屋にそっと忍び込んできた。

 血色の悪い顔を向けると、リリアはびくりと肩を揺らした。いつもユーティスはすぐに気が付くのに、何年経っても、自分は忍べていると思っているのが可笑しい。

 あの毒と陰謀渦巻く王宮で神経をすり減らしているのだから、人の気配には自然と敏感になる。そんなことにも思い至らないほど、平和に生きてきた少女だった。ずっとそんなことは知らずに生きてほしい。そう思った。


「入ってくるなといつも言ってるだろう」


 だから自然と声が鋭くなった。


 命を狙われ、長く生きられるかわからない自分になど、深く関わってはならない。そう思うのに、王宮に帰ると時々無性にこの少女に会いたくなった。

 いつでも傍にいたらいいのにと相反する思いが胸に渦巻いた。


 相手が王位継承権を持った第一王子であっても、毒舌を振りまく嫌な子供であっても、態度を変えない。おかまいなしに毒舌に言い返すし、丁寧に看病もする。そんなのはリリアだけだったから。

 損得などおかまいなしに、自分がやりたいようにしてるだけ。そんなリリアといるのが、心地よかったから。


「この部屋もベッドも私のもの。入る権利はありますーう」


 いー、と歯をむき出しにして見せて、リリアは居直るようにスタスタと部屋の中へと入ってきた。

 後ろ手に隠していた草をユーティスの顔の傍にそっと置く。


「これね、スズ草って言って――」


 ユーティスは重い腕をなんとか動かし、枕元に置かれた草を力なく払った。


「……こんな小汚い草など、いらん」


 わざわざ森まで入って採ってきたのだろう。

 リリアの手は傷だらけだった。だから後ろ手に隠していたのだろう。そんなことしなくていいのに。どうせこの命は、大人になることなく誰かの望みのままに尽きてしまうかもしれないのに。全て無駄になるかもしれないのに。


「スズ草の匂いを嗅ぐと、ゆっくり眠れるんだよ」


 リリアは床に散らばったスズ草を拾い集めて束ねて、ベッドサイドのチェストに吊るした。

 もうこんなユーティスの態度には慣れっこというように。


「そんなもの、何の役にも立たん。薬でもない、単なるまじないのようなものだろうが」


 ずっと眠っていなかった。だから持って来てくれたのだということはわかっていた。

 きっとこの顔は隈だらけでみっともないことだろう。


「ユーティスには今はたくさん寝ることが必要なの。薬は万能じゃない。毒をなかったことにしてくれるわけじゃない。しっかり寝たら、ユーティスの体がもっと戦えるようになるよ」

「医者でも薬師でもないおまえの言う通りにする筋合いはない。邪魔なだけだ。早く去れ」


 いずれ死んでしまうだろうユーティスのことなどかまわないでほしかった。

 ツンと言い返してくる少女の心根が誰よりも優しく、ユーティスをいつも気遣っていたのを知っていたから。ユーティスが亡くなれば、悲しむことはわかっていたから。いっそ嫌いになってくれればいいのに。優しくも強くもあるリリアは、何を言われても軽くいなしてしまう。

 それどころか、むっと口を尖らせると、リリアはユーティス相手にお説教を始めた。


「お父さんがよく言ってる。自分にとって何が有益で、何が害なのか、よく見極めることが大事だって。そして自分に有益なものは手放しちゃだめ。そんなんじゃ、魔窟のような王宮で生き抜いていけないでしょ」


 欲しいものを欲しいと言えば、今度はそれが狙われる。欲しいものこそ傍には置いておけない。それが王宮という場所だ。


「そうだ、その魔窟ではみなが俺の死を望んでいるんだ。生き延びたところで、また命を狙われる。こうして人に迷惑をかけて無駄に生きるくらいなら、いっそ――」


 パアン、と乾いた音が小さな部屋に響いて、ユーティスは壁を向かせられていた。

 ゆっくりと顔を戻せば、真っ赤な顔で怒りに拳を震えさせているリリアがいた。


「バカじゃないの?! 誰だって、自分が生きたいなら生きればいいのよ! いちいち誰かの迷惑とか考えてたら生きていけないわ。誰にも迷惑をかけずに生きるなんて、どだい無理な話なんだから!」


 ユーティスは呆然と、リリアを見つめた。

 リリアの目の端には涙が滲んでいた。


「だいたいねえ、ユーティスのお母さんがお腹を痛めて産んでくれたんだよ? これまでユーティスのために誰かが一生懸命ご飯を作ってくれたんだよ。死を望む人に報いるくらいなら、お世話になった人に報いて生きなさいよ! 方向が間違ってるのよ、方向が!」


 怒りを爆発させるように言い切ると、リリアはぐいっと涙を拭った。

 そこにはもう涙は光っていない。

 ただただ強いまなざしがあるだけだ。


 初めてだった。

 自分のために涙を流すほどに怒ってくれた人は。


「私たちだって、ユーティスに生きてほしいから――、いやその話は今はいいわ、他の誰がどう思おうがユーティスが生きることには何の関係もない。くだらない絶望に酔いしれてないで、さっさとすっかりぐっすり寝なさいよ。それで元気になったらもっとがむしゃらにがめつく生きたらいいのよ。ちょっと聞いてる? わかったの? わかったら返事!」


 ユーティスは、次第に笑いが込み上げてくるのがわかった。


「ふ……。ふふふ。ははははは――!」


 おかしかった。これまで自分が思い悩んでいたことが。

 疎まれ、厭われる存在である自分を、悪いものと決め込んでいた。生きていてはいけないのだと思っていた。

 だけどユーティスだって生きたかった。だけど、生きていていいなんて、言われることがあるとは思ってもみなかった。


 でも確かにリリアの言う通りだった。

 死ねと願う者に報いるより、生きよと願う者に報いるべきとは確かにその通り。感情任せのようでいて理にかなっているところがリリアのすごいところだ

 いつまでも笑っていると、リリアが気味が悪そうにひいて見ていることに気が付いて、またおかしくなった。

 きっとユーティスがこんなに笑うなど、何が起きたのかと思っているのだろう。

 また何か言われるのかと警戒すらしているのかもしれない。

 鋭いようで何にもわかっていないこの少女が、ひたすら愛しかった。


「わかった。確かに俺が愚かだった」

「わかったんならいいけど。――本当にわかったの?」


 何故笑ってたかわからないからだろう。訝しむようなリリアの瞳に、ユーティスは真っ直ぐに答えた。


「ああ。悪夢から醒めた心地だ」


 久しぶりにすっきりとした気持ちだった。

 とても気持ちがいい。

 このままぐっすりと眠れそうだった。


「その草はそこに置いておいてもいい。でももう持ってくるな。手が傷だらけになるぞ」


 リリアは言われて、はっと手を後ろに隠す。病人に心配されていては薬師の娘として不甲斐ないとでも思っているのだろう。リリアが窺うようにユーティスを見ていたので、またおかしくなってユーティスは笑んだ。

 そしてリリアが傷だらけになり持ってきてくれたスズ草を眺め、自然と目を閉じた。

 傍には、いつまでもリリアの気配があった。

 ユーティスが静かでも確かに息をしていることを確かめるように。

 傍にあるその温もりが、何よりも心地よかった。


     ◇


 それからユーティスがリリアの家に運び込まれることはなくなった。

 ユーティスが、欲しいものを手に入れるために動き出したからだ。

 リリアが言った通り、『生きる』ために。

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