番外編1.令嬢の目に映る国王陛下と婚約者 ※アイリーン視点
公爵令嬢である私アイリーン=シュバルツが、リリア様の手足となり尽くすと決めたのは間違いではなかったとすぐに思い知らされました。
正式に王妃となったリリア様のお傍に侍るようになった私は、毎日目の回るような忙しさに見舞われているのです。
私がいなかったら、まともに回らなかったのに違いありませんわ。
リリア様がさぼっているからではありません。行動力がありすぎるのです。
聡明で判断力もあり、吸収も早く、おまけに次々と新しいことを考えては陛下に提案し、すぐに行動に移されるので、サポートする私はとんでもない忙しさです。
当のご本人はケロッとされておりますが、それでも寝室に帰れば泥のように眠ってしまうそうで、もう少しセーブしてくれと、私が陛下に文句を言われています。
リリア様に言うことを聞かせられるのは私だけだからなどとうまいことを言われますが、さんざんリリア様を思いのままに翻弄されてきた方に言われても、と思わず鼻で笑ってしまいたくなります。
しかも陛下が物足りなそうにいつもリリア様を見ておられるものですから、ノールトの血管が日に日に太く膨らんでいく様を見ているのもまたスリリングです。
陛下の我慢がきかなくなるのが先か、ノールトの血管がぷちりと切れるのが先か、楽しみに見守りたいところなのですが。
まったく、結婚してまでも世話の焼けるご夫婦ですわ。
リリア様のお体のためですから、仕事量の調整はさせていただきました。
ですが今度は、夕食後には陛下に攫われていってしまうようになりました。おかげで陛下は近頃お肌つやつやの毎日ご機嫌でございます。リリア様も本当に嫌でしたら殴ってでも止める方ですし、毎度恥じらいつつ文句を言っている間は静観しておきましょう。
本当に夫婦仲のよろしいことで、喜ばしい限りですわ。まあ、勝手にやってくれたらなおいいのですけれども。
そんな毎日ではありましたが、私が働き甲斐を感じているのは確かなことです。
リリア様は王宮に長く仕える身では考えもつかないようなことを発案なさるので、驚かされてばかりで。
それが顕著なのが食事の慣習を変えてしまったことです。
法の厳罰化や選挙制への移行が正式に決まり、お二人の命が狙われることが格段に少なくなったため、外で食事を済ませるのを見直すこととなったのです。
そこでリリア様が考えたのは、貴族をランダムで巻き込むことでした。主にはその日たまたま王宮に来ていた貴族を誘いますが、時折邸にいる貴族を呼び出したりもします。
そうしてテーブルには先に料理を配しておき、国王夫妻がその日の気分で席を選びます。その後、貴族たちも一人ずつ入室し、座る。
国王夫妻に一挙手一投足を見守られながら毒を盛ることは困難ですし、事前に仕込むのは己が毒を食らうリスクがあります
当然料理は冷めてしまいますし、ワンプレートで済ますなど私達には考えられないことでしたが、合理的な陛下はなるほどとすぐに実行をお決めになりました。
このお二人が中心にいると、どんどん城の中が変わっていきます。おかげで今では「冷めてもおいしい料理」を開発するのが貴族内でも流行しています。
とは言えリリア様には社交界に繋がりがなく、まだまだうまく人を使うということができません。そういうときに私が必要となるのですが、まあそうして次々やることが増えますので、目の回る忙しさなのです。
今日もリリア様を探して執務室をノックすると、小さく「どうぞ」と応えがありました。
リリア様の声です。
何故小声なのかしらと疑問に思いながらも、気が急いておりそのままドアを開けました。
するとそこには長椅子に座るリリア様と、その膝を枕にして目を閉じた陛下の姿がありました。
あっ、と思い慌てて辞そうとすると、リリア様は「大丈夫。用件は?」と苦笑されました。
見ると、部屋の隅には陛下の護衛、オモテのカゲと呼ばれる隻眼の男もいました。
「お休みの所お邪魔してしまい、申し訳ありません。来週の舞踏会の件で少々お尋ねしたいことがありましたの」
リリア様の手は無意識のように陛下の髪をさらさらと愛でるように梳いており、似た者夫婦だなと思わされました。
陛下が見ていないときにはこんなにも素直にその愛情をお示しになられるのに、面と向かっているとつんけんと冷たい態度ばかり。きっと、王妃となった今も気恥ずかしいのでしょうね。
まったく、毎夜愛されている身とは思えないくらいの初心さでこちらが当てられてしまいます。
小声で用件を済ませましたが、その間も陛下は目を覚ます様子はありませんでした。
このところ日夜関係なく奔走されていましたので、お疲れが溜まっているのでしょう。
そう思い、部屋を辞そうとしたときにふと気が付きました。
陛下の口元が、わずかですが緩んでいます。
これは狸寝入りでございますわね。
まったく、夫婦そろって素直じゃありませんこと。
狸な陛下には気兼ねなく退室の挨拶をすると、何故かオモテのカゲも一緒に退室してきました。
「他のカゲが来たからな。交代だ」
私の視線に疑問を感じ取ったのでしょう。答えるように言って、私の隣を並んで歩き始めました。まるで今度は私を護衛してくれているようで、なんだかどぎまぎします。そんなわけはないのですけれども。




