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3.国王陛下は告ぐ

「俺が沈んでる間に、それぞれよくも言いたいことを――」


 げほっ、と咳込んでから、ユーティスは「もういい」とノールトの手を外した。

 ユーティスが無事だとわかるや、ノールトは再びキッ、と鋭い双眸を私に向ける。


「だがまあ何故俺が殴られるに至ったかはわかった。すまんが、リリアの他は席を外してくれるか。少々灸を据えねばならないようだ」


「はい、仰せのままに」


 アイリーンはにっこりと華やかに笑んで、淑女の礼をとった。

 ノールトはまだ何か言いたげにしていたものの、アイリーンとラスに両脇を挟まれ外へと連れ出された。

 オモテのカゲは、どうやらアイリーンの無双ぶりがいたく楽しかったようで、隻眼を歪めてまだまだくつくつと笑っていた。

 案外笑い上戸なのか。

 いや、そうでもなさそうだ。アイリーンのまっすぐな背中をとても楽しそうに見ながら、後について出て行った。

 

 執務室に二人きりになると、ユーティスは私にソファに座るよう勧め、自分も座った。

 何故か私の隣に。

 背もたれに肘をついて、半身をひねるようにして私の方を向く。

 そこにはもう痛そうな顔はなく、ただただ楽しそうな顔があった。


 あれ?


 さっきまで眉間に皺まで寄っていた気がするのに。

 怒っている様子はない。


「で? 言い分を聞こうか」


「言いたいことはさっき言ったからいい」


 ユーティスの泰然としたその様子に、私はなんとなく、一歩引いた。いや、座ってるからこれ以上後ろには下がれないんだけれども。


「ほう……? まだ言い足りなそうに見えたが」


「そうだけど……そうなんだけど……アイリーンの乱入でなんかよくわかんなくなっちゃって」


 アイリーンが王妃にならないなら、誰が王妃になるのか。

 アイリーンが私の代わりにつとめると言っていたのは何のことなのか。

 ノールトは何故あんなにも私を目の敵にしているのか。

 ユーティスが私のために奔走していたというのは、何の事なのか――毒の知識のある私を王宮に置くことだったのではないのか。それはもう終わったことではないのか。

 聞きたいことはたくさんあったのに、ユーティスに間近に座られると途端に言葉が出なくなった。


 くそう、あの拳を振るった勢い、もう一度帰ってこい!

 何故こんなにも弱気になるのか。

 ユーティスのこととなると、思うようにならない自分がもどかしい。

 

「そうか。じゃあ俺から話してもいいか?」


 少しだけ考えて、こくりと頷く。

 文句を言うより、もやもやの答えを知りたいから。


「だがまあさっきの様子を見れば、お前は言葉で言っても信じんだろうな」


 そう言って、何故かユーティスの顔が近づいた。

 え、と思う間もなく、ユーティスの唇がふわりと私の唇に触れた。

 すぐに離れて、ユーティスは私の顔を見た。


「そういうことだ」


 いや全然わかんないし。

 呆然としているうち、ユーティスはしばし考えるようにして、それから「ふむ」と頷いた。


「まあ、人払いはしたし、いいか」


 そう言ってユーティスは私の顎をくいと取ると、そのまま深く口づけた。


「んんーーー!! んん?! んんんーーー!!」


 話すって言って全然話してないじゃん!

 どういうことかちゃんと話せ!

 話せーーーーー!!


 というのは喉の奥で言葉にならず。

 歯列を割って入った柔らかな何かに口内を蹂躙され、合間に荒い息を吐きながら、私はユーティスの背中をバンバンと叩いた。

 それでもユーティスが止まることはなく、私が苦しげに息を継げばその度に口づけは深まった。

 苦しさに、背に触れていたユーティスの服をぎゅっと握り締めると、やっとユーティスの顔が離れた。

 頭がくらくらとしてユーティスの胸に倒れ込むと、ふわりと抱き留められた。


「これはいかんな。止まれなくなる」


 何でそんなに楽しそうなの。全然「いかん」って思ってなくない?

 私の無言の抗議が届いたのか否か。


 ふっ、と満足げな吐息が耳に降りかかり、「リリア、好きだ」と甘い声が囁いた。

 思わず首まで真っ赤になり、慌てて耳を抑える。

 耳!

 っていうか。


「うそだ……。いっつもいっつも、仮面をかぶってばっかりで、ユーティスの本心なんてどこにあるのかわからないよ」


「そう言うと思ったから行動で示してやった。わかるまでいくらでもしてやる」


 そう言ってユーティスの手が再び頬に伸びたから、「いや、ちょ、待って!」と慌ててその胸をぐいぐいと押した。


「無駄な抵抗だと何故わからん。煽っているようにしか見えんぞ」


「そんな脳内変換いらない! どこのロマンス小説よ! そんなのは私とルーラン伯爵夫人が夜中にふふふと笑いながら楽しむ物語の中だけで十分なのよ! 私が聞きたいのは」


 喚きたてる私の頬を、ユーティスが長いその指で撫でる。


「俺がおまえの傍にいるためには、王妃にする以外なかったのだ。最初は、俺が王位継承者から降りれば王位争いもなくなり、リリアの傍にいられて一石二鳥だと思っていたんだがな。想定外にも俺が王位を継ぐこととなり計画が狂った。全てが済んでから迎えに行こうと思っていたが、状況がそれを許さなかった。だが例えどんな形であれ、傍にいたかった。今おまえを手放しては、二度と手に入らないような気がした」


 ユーティスの瞳は熱に潤んでいた。

 その瞳がかすかに揺れる。


「おまえがそんなことを望んでいないのは知っていた。母の跡を継ぎ、薬屋店主としてやっていくつもりなのも、陰謀渦巻く王宮などごめんだと思っていたのも知っていた。俺のわがままだとは知っている。だから強引におまえを罠に嵌める他なかった。そのことをおまえは怒っているのだろう」


「半分は合ってる。けど半分は違う」


「半分は何だ。言ってみろ。言われたところでおまえを逃がすつもりはないが」


「アイリーンを王妃にするんだと思ったから。アイリーンが、私の代わりにって言ってたから」


 おずおずと私がそう言えば、ユーティスの笑みが楽しげに象られた。


「嫉妬か」


 嬉しそうなのが無性に腹が立つ。

 そもそも、そんな簡単な話じゃない。婚約者として強引に連れて来られて、用が済んだらさっさと本当の婚約者を連れて来られたと思えば、翻弄された乙女心の弔いに鉄拳の一つや三つや九つくらい振るいたくなったって当然だ。

 だが。

 どんなに言い立てても、ユーティスの言った二文字に落ち着くのが悔しい。

 むっとして口を噤めば、ユーティスの笑みはさらに深まった。


「楽しいな。これまで俺のことなどなんとも思っていないようだったおまえが、まさかそんな感情まで抱くようになるとはな」


 それは、ずっと蓋をしてきたからだ。

 手に入らないと思っていたから。

 自分の中にあるものを見ないようにしていた。


 ユーティスは頑なに噤んだ私の唇を、頬に触れていた親指でそっと撫でた。


「ところで。俺も肝心なことを聞いていない。おまえが俺に一番言いたいことは結局何なんだ?」


 ここでそれを聞くのか。


「さっきノールトに何やら喚き立てていたようだが。不幸にも俺は少々沈まされていたんでな。よく聞こえていなかった。もう一度言え」


 絶対聞こえてたよね。


「それは、だから……」


「早く薬屋に帰りたかったおまえが、何故殴り込みになど来た?」


 好き、だから。

 小さく口を動かしたけれど、擦れてうまく声にならなかった。


「ん?」


 聞こえなかった、というように、これ以上もないほどに笑みを象ったユーティスの顔が近づく。

 まてまてまて、これ以上近づかれたら私の顔が爆発する。もう既にこれ以上ないくらいに真っ赤でじんじんしてるのだから。


「だから! それは。――ユーティスが、好きだから。傍にいたいの! 他の女の人がユーティスの隣に立つのなんて、嫌なの!」


 もうどうにでもなれ。

 目をぎゅっとつぶって、言いたいことを言った。

 一番、言いたかったことを。

 そんな私にユーティスはしごく満足そうに笑んだ。


「ようやくおまえが手に入った」


 そうして私の唇をなぞっていた親指の代わりに、ユーティスのやわらかな唇がそっと触れた。


「ちょ、待っ……」


 まだ私が聞きたいことは、ロクに聞けていない。

 だけど開きかけた口は、あっという間に塞がれた。それどころか深く穿たれ、言葉にならない声ばかりが漏れ出る。


「――待たない。これまで十分待った。おまえが俺を好きになるまで、一体何年かかったと思っている? おまえが眠る隣で、これまでこんなにも我慢してきたというのに。そんな男がこの世にそうそういると思うなよ」


 艶やかな唇が楽しげに持ち上げられて、再びそれは私の視界から消えた。

 息すら満足に継げない。

 頭の中までじんじんとして、体全体が甘く痺れるようだった。

 このままではどうにかなってしまいそうだった。

 待って、と言いたいのに声にならない。

 苦しげな呻きとなって漏れ出ても、ユーティスはそれすら愉しげに笑うだけ。


 もうダメだ。

 しばらくは抵抗しても意味がない。


 私にももはや、抵抗する力は残っていなかった。

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