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8.国王陛下と毒の終焉

 私達はエトさんのお店へと戻った。

 話を聞かせてもらった以上、報告しなければならないからだ。


 事の顛末を聞いたギトさんは、白い眉毛で覆い隠れそうな目を伏せた。


「そうか。やはりドルディだったか」


「私もドルディが儲け主義に走っていると聞いてはいたわ。でも決して貧しい人からはお金を取らなかった。悪い子じゃなかったんだけど……どうしてこうなってしまったのかしらね」


 二人とも、知らぬ間柄でもないドルディを止められず悔悟の念を抱いているのだろう。

 私達がドルディの元に辿り着いたのは、いろんな人が手足を使って調べ上げてくれたからだった。


 ノールトはクッキーに漬け込まれていた毒の素となる植物アコルリナを買っている薬屋をリストアップしてくれていた。

 でもアコルリナは毒になるだけじゃなく薬にもなるから、買っていたっておかしいことは何もない。だからこそドルディもアコルリナを使ったんだろうけど。致死率も高いし。

 だから、カゲにお願いしたのだ。その中で、庭でドライフルーツなどを天日干ししているような薬屋、それから薬草園や庭、畑などを持っている薬屋を。

 他に使われていた毒草は中には毒草と知らずにただの花として売られていることもあるし、売買記録に残るような特殊なものじゃない。だけど花の根を使っていたことから、自身の薬草園か庭を持っているのではないかと思った。

 それらの条件に合う薬屋は三軒あった。その中で紫に変色してるようなドライフルーツを干してる家が見つかればいいなと思ったんだけど、さすが諜報担当のカゲ。見事に見つけてくれたのがドルディの薬屋だった。


 ギトさんが物言いたげにしていたのは、やはりドルディの動向を気にしていたからだった。でも見咎められて以降は毒を精製している様子がなかったから、はっきりと告げることもできなかった。


「弟子入りを志願しに来たときから、ドルディは患者ではないそのずっと向こうの遠い何かを見ているようなところがあった。それが何かはわからんかったが、今思えばあやつはその時から手段が目的に入れ替わってしまっていたんだろうな」


 ドルディがしていることには多くの矛盾があった。

 それを一つ一つ指摘していたら拳がいくつあっても足りなかったくらいに。


「あいつは母親のことでどこか歪んでしまったからな」


 ギトさんの声には、取り返しのつかない後悔のようなものが滲んでいた。

 どこかで止められたはずなのに。それができなかったことを悔やんでいるのだろう。


「慕っていた母親に教えられた方法で、人を殺す道具を作る。母のように亡くなる者を減らすため始めたことであったのに、その矛盾には思い至らなかったのがおかしな話だがな」


 ユーティスの言葉にラスも頷いた。


「貴族なんてどうでもいい。そう思ってたから、疑問に蓋をしちゃったんだろうね」


 貴族も王族も、国民が困っていても何をしてくれるわけでもない。

 ただ毎夜パーティに明け暮れ、血で血を洗う権力闘争をしている。そんな人たちがどれだけ命を失おうと、ドルディにとってはどうでもよかったのだろう。

 国民には王宮の中で王やその周囲がどれだけ国のことに思いを馳せ、駆け回っていることを知りようがないから。


「私の夢も、薬が買えなくて困る人がでないようにすることだった。そのために、お金を稼がないとって考えてた」


 そのために誰かが死んでもいい、苦しんでもいいとは思えなかった。

 でもそれはユーティスが身近な存在だったからなのかもしれない。毒に苦しみながらも王宮に帰っていき、この国のために己の役割を果たそうとする姿を見ていたから。

 もしユーティスと出会えていなければ、同じ道を辿っていたのかもしれない。


「一歩間違えれば、私もドルディみたいになってたのかな」


 思わずぽつりとそう呟けば、静まり返っていた室内に一気に声が返った。


「ならんじゃろ」

「いや、ならないでしょ」

「ならないわよ」


 それから吐き出されたため息の後に、ユーティスが静かに私を見て言った。


「おまえとドルディは違う。おまえがどう間違っても、誰かの犠牲を許すはずがない。そんなことは、ここにいる皆が知っている」


「ありがとう……」


 ドルディもこうして誰かと話すことができていたら、どこかで道は変わったのかもしれない。

 ギトさんやエトさんが気にかけて声をかけても、ドルディが心を開くことはなく、一人こもっていたそうだ。

 店のことはほとんど店員任せだった。


 でもそうして毒によって膨大な報酬を得たことで、貧しくお金のない人からは金銭をもらわず薬を渡すことができるようになっていたという。だが、他に方法はあったはずだ。

 貴族用に置いていた化粧品だって、相当な売り上げになっていたとのことだったから。


「根底には、母親が亡くなったのは国のせいだという恨みがあったんじゃろうな」


 ギトさんは悔いのにじむ声で、ぽつりと呟いた。

 それを受けて、ユーティスは深く頷いた。


「確かに国民が満足な治療を受けられず、薬を得られずに死にゆく現状は国の責任だ。等しく医療が受けられる体制を整えているところではあったのだが。改めて、くだらん足の引っ張り合いをしている貴族どもの尻を叩かねばならんな」


「あ、それ前に言ってた施療院の話?」


 ユーティスの言葉に、ぱっと声を明るませたラスが訊き返す。

 施療院? 等しく医療を受けられる? なにその素晴らしい話。私も聞きたい。


「何それ何それ、いつからそんなこと考えてたの?」


「ずっと前からだ。だがなかなかあのボンクラ共を動かすのが大変でな。まあ公爵には借りもできたところだ。今ようやくうまく動き出した。この間メーベラにも頼んだ件と併せて進めなければならんし、まあそれもおいおい話す」


 すっごい気になったし、今すぐにでも聞きたかったけど、まだ公にできない話なんだろう。ここにはギトさんもエトさんもいる。

 二人も、きょとんとしながらも次第に期待に頬を綻ばせた。

 ギトさんはユーティスをじっと見た。


「今回のことはドルディが悪い。庇いだてできるところなど微塵もないくらいに。だが、万民が等しく適切な薬を得られる世の中になることは、我ら薬師の宿願じゃ。期待させていただこう」


 暗く翳っていた空気が、少しだけ希望の見えるものになった。

 ドルディのことはやるせないものが残る。

 だけど、カゲとノールトに調べてもらった通り、ここ近年王宮に蔓延していた毒はドルディによってもたらされたものだった。

 そのルートを絶てたのだから、毒が利用されることは格段に減るはずだ。


 その希望を胸に、私たちはエトさんのお店を後にした。


     ◇


 ラスが先に立って歩きだし、私はふと背中から「なあ、リリア」とユーティスに声をかけられた。


「なに?」


「さっき俺は熱烈なプロポーズを聞いた気がしたんだが。あれはどういうことだ? 改めて聞いてやるから詳細に説明してみろ」


 いつの間にか隣に立って歩いていたユーティスが、私の顔を覗き込むように見ていた。その目がどこか浮き立っているように見えるのはどういうことか。私が聞きたい。


「は?? 何言ってんのよ。人の熱弁をどんな風に聞けばそう取れるのよ」


「俺を一生守ると決めたんだろう? だから毒の研究に持てるだけの時間を費やしたんだろう。大切な人、とも言っていたな。あれは全部俺の事だろう」


「そんなこと――」


 言ったか。

 頭にきていたし、深く考えた言葉じゃない。私の中にあった言葉が溢れてきただけだ。


「心に深く沁みたぞ。おまえがそれほど俺を想ってくれていたとはな」


「そりゃ、目の前で苦しんでる人がいたら助けたいって思うのが薬師のサガでしょ」


 そうだ。薬師にとっては自然なことだ。

 あれだけ苦しんでるのを見たら、なんとかしてあげたいと思うのは人情だ。


 ユーティスが意味ありげに笑って、その話はそこでおしまいになった。

 何故なら私がいつまでもぐるぐると考え続けてしまって答えを返せなくなってしまったから。



 一生?


 私、一生ユーティスの面倒見るつもりだったの?


 うーん。


 そう言えば、思ってたかもしれない。心のどこかで。


 だけど。それは毒に倒れたら私が力になる、ってことで。でも父がいないのだからあの薬屋ににユーティスが運び込まれてくることもない。

 それに私はもうじき王宮を去るのだ。


 そうだ。これで毒のことは片が付いたのだから。

 あとは、メーベラ様のところでユーティスに『リリアにも協力を頼みたい』と言われてた件だけだ。

 あともう少し。

 あともう少しで私の役目は終わるんだ。


 だからもう、そんなこと考える必要も、ないんだ。

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