3.薬師の少女は黒き猛禽類に狙われる ※ユーティス視点
店を出てしばらく後。
背後から、
「腹黒仮面野郎ーーー!!」
というリリアの怒声が聞こえてきて、ユーティスは腰を折って笑い出した。
「く……! はっはっはっ!!」
声に出てるぞ、と言ってやりたかった。
きっと心中で叫んだつもりだったのだろう。
薬屋の周囲で様子を窺っていた人々が、一様に引いていく様が面白く、笑いが止まらなくなった。
再会早々、『いい加減十八にもなって、そのアホ面張り付け続けるのしんどくない?』とでも言うようにこちらを見るから、その仮面を脱いでやったというのに。
あの呆然とした顔。
そしてこの怒声。
すぐに思い出してしまい、笑いを収めようとしても肩が震える。
リリアはユーティスのことなどお見通しだと思っているのだろうが、きっと見当違いのことを考えているのに違いない。
だって、何年もユーティスが準備していたことにすら気づいていないのだから。
突然立ち止まってしまったユーティスを、後ろについて歩いていた護衛が「陛下……?」と訝しげに窺い見る。またとぼけた愚王に戻ってしまったと思ったのかもしれない。
「ああ、なんでもない。少し愉快なことを思い出していただけだ」
さらりと答えて怜悧な瞳を護衛に向けると、明らかにほっとしたように肩の力を抜いた。
前に向き直り、また漏れてしまいそうな笑みを、爽やかな微笑に変えて民衆に向ける。
「きゃあ! ユーティス様よ! 本当に見た目だけは格好いい……って、なんだかおかしくない? いつもの平和ボケした顔じゃないわ」
「こんなしっかりして見える王様だったら、安心して国を任せられるってもんだが」
「おい、俺さっき向こうで聞いたんだけどよ、そこの薬屋でユーティス様が殴られたらしいぜ!」
「は?? もしかしてそれでまたネジが飛んだんじゃないの?」
「でもさっきの顔、もっとアホになったようには見えなかったよな。いや確かに同情するくらい顔にくっきりとした手形がついてたけどよ」
「ねえ、だったらもしかして、また元の聡明なユーティス様に戻ったんじゃないの?」
「でも、子供の時みたいな冷たさは感じなかったしなあ」
「一体何が起きてんだ……?」
人々のざわめきが広がっていく。
そうしていずれ人々は薬屋の一件とユーティスの変化を結び付け、リリアを『国を救った英雄』とでも称し始めることだろう。
十分にその噂が広まれば、第二段階への準備は整う。
リリアには『また来る』と言っておいたのだが、あの様子では怒りに我を忘れてそれどころではないだろう。
そもそもリリアがどんなに足掻こうと、ユーティスには逃すつもりなどないのだが。
宮廷薬師の誘いなど瞬時に断られるのも目に見えていた。
だがそれでいい。より最短で目的へと辿り着ける。
ユーティスに巻き込まれ、全身で面倒がり、怒る姿が今から目に浮かぶようだ。
だがリリアには、それに応える責任がある。
たとえ幼い時のことであったとしても。
――自分で言ったことには責任をとらないと、な?
ユーティスの猛禽類のような黒く鋭い瞳が細められた。
その顔を彩るのは、心から楽しそうな笑み。
王宮の人たちが見ることはない、彼の心からの、笑み。
「楽しみだな」
もう少し。
あともう少しで、欲しいものが手に入る。