2.国王陛下と元第三王妃
翌朝、ユーティスは離宮にいるという元第三王妃のメーベラ様に会いに行った。
けれど、高熱が出ていてとても話せる状態じゃないと追い返されたそうだ。医者に話を聞いたところ、仮病ではないようだった。
メーベラ様は第三王子が亡くなってからというもの、離宮に引きこもってしまったという。
第二王子派と第三王子派の争いにより第三王子が亡くなると、弔い合戦となり第二王子までが犠牲となってしまった。
そのショックで、第二王妃は自ら命を絶った。
全て母である王妃たちが命令したことではなく、王子たちを担ぎ上げようとする者たちの謀略の結果だった。
本来であれば悲しい記憶ばかりの王宮ではあるが、前国王亡き後も留まっているのは、ここが亡き王子と短い時間を過ごした唯一の思い出の場所であるからだという。
そんなメーベラ様が、何故私を狙うのか。
考えても理由が見当たらなかった。
結局面会がかなったのは、私が快復した後のことだった。
だから当然私も一緒についていくと言った。だって他人ごとじゃない。自分のことなのだから。
私がひかない構えを見せていると、ユーティスが折れてくれた。
離宮に足を踏み入れるのは初めてだった。
初日に王宮内を案内してもらったときには、離宮の話は聞いていなかったから。
メーベラ様の側近の男に案内され部屋に入ると、青白い顔でソファに座っていたメーベラ様は、ぎゅっと奥歯を噛みしめるようにして立ち上がった。
それから深く腰を折る。
「この度は……私の管理が行き届かず、護衛が先走ったことをしてしまいました。申し訳ありません」
「あなたの命令ではなかったと言うのだな?」
確認するようにユーティスが問えば、メーベラ様は目を瞑り首を振った。
「いえ。あの者は私のためにしたのですから、それと同義でしょう。私は我が子を失ってから、そのことと向き合わずに来た。誰ともその話をせずに来た。だからあの者は勘違いしてしまったのです。私がユーティス国王陛下を恨んでいると」
メーベラ様は揺れる瞳をユーティスに向けた。
「話を聞こう」
そう言ってユーティスが促し、私たちはソファに腰を下ろした。
それから再びメーベラ様は胸に溜めていた言葉を吐き出すように口を開いた。
「ユーティス国王陛下。あなたは王位をお望みではなかったでしょう。ご自分が争いの種であることもわかっておられた。だから愚かな王子を演じ、勢力の大きな第二王子に王位を譲ろうとお考えになった。違いますか?」
「その通りだ」
命を守るためだけじゃなかったのか、と私はユーティスの顔を見た。ユーティスはメーベラ様をまっすぐに見ていた。
「ですから、その後起きたことはすべては結果でしかなかったのです。なのにあの者は、あなたが第二王子と第三王子を潰し合わせるために仕組んだことなのではないか。そう考えてしまったようなのです」
確かに、起きたことを並べて考えてみれば、そう疑うのもわかる気はした。
「でも私はあなたがそのようなことをする人ではないと知っておりました。弟である第二王子にも、我が子にも、愛しそうな目を向けてくれたのを覚えています。だからこそ無用な争いを避けるため王位を譲ったのだと私にはわかっていたのです。でも悲しみに暮れる私は、私のすぐ傍でそんな疑いを抱いている者がいることになど気づかずにいました。ずっと耳を塞いで、ずっと何も見ずに来たことは、私の罪です」
本人たちを置き去りにして物事が進み、しっぺ返しを受けたのは手を下した人でも画策した人でもなく矢面に立たされた幼い王子たちなのだ。
王族に生まれたというだけで、このような不毛な――。
それなのにまた同じことが繰り返されようとしていた。
だからメーベラ様はこれほどまでにも悔いているのだろう。儚く消えてしまいそうなほどに。
「そうして王宮にリリア様がいらして、私がまた同じことが繰り返されなければよいのにと憂慮していたのを、あの者はユーティス国王陛下だけが幸せになるのを私が許せないと思っていると、勘違いしたのだと思います。それで、陛下がたいそう大事になさっているというリリア様を弑すれば同じ目に遭わせられると考えたのだと思います」
なるほど。
直接ユーティスをどうにかするより、大切な人をなくす辛さを味あわせようってことだったのか。
随分歪んでる。そう思ったけど、長年の鬱屈した思い、傍にいて何もできないもどかしさ、そういうものが歪めさせたのかもしれない。
目を伏せ、それから再び顔を上げたメーベラ様は私とユーティスを交互に見た。
「罰を受けるべきは私です。あの者はただ忠を尽くそうとしただけなのですから」
メーベラ様の瞳から大粒の涙が零れた。
その瞳には、後悔と、罪の意識が暗く影を落としていた。
命を奪われることの理不尽さを誰よりわかっていたのに止められなかった。また繰り返してしまった。その悔悟は大きいだろう。誰に何を言われなくとも、メーベラ様自身がわかっている。
ユーティスはしばらく黙っていたけど、ややして息を吐き出した。
「話はわかった。だが罪を裁くのは王ではない。法だ。でなければまた禍根が生まれる。私は一切の私情を差し挟まない」
「はい……」
メーベラ様は目を伏せ、首を垂れた。
「あなたを裁くのはあなた自身だ。傍に置いた護衛の管理もできなかったことは相応の責任があると言える。閉じこもっていては誰の何の益にもならない。今後は過去のことも先のことも、よく考えて過ごすといい」
メーベラ様は、苦しそうに顔を歪めた。
罰してもらった方が楽になる。
そう思っているのが分かった気がした。
「ただ、あなたのその繰り返したくないという思いを見込んで、頼みたいことがある」
ユーティスの言葉にメーベラ様は、はっと顔を上げた。
「いずれ、このような血で血を洗うような争いを繰り返さないために、国王として手を打つつもりだ。今はまだ時期ではないが、その時が来たならば、協力してほしい」
その言葉に、メーベラ様は目を潤ませた。
「はい……。どなたかがそう仰っていただける治世を待ち望んでおりました。私がここに残っている意味が他にもあるのなら、できることはさせていただきたいと思います」
頷いてその答えを受け取ると、ユーティスはくるりと私を振り返った。
「それでいいか、リリア。おまえにも協力してもらわねばならん。頼めるか」
いいか、と訊くのは私が狙われた本人だからだろう。私は別に仕返しがしたいわけじゃない。メーベラ様と同じ、二度と同じことが繰り返されなければいいだけ。
ユーティスはただ愚王の仮面をかぶって逃げてたわけじゃない。ずっと、この国を憂い、どうすべきか考えてきたんだ。
やっぱりユーティスの傍に来てよかった。
私がその助けになれるなら、こんなに嬉しいことはない。
「勿論、私も協力するよ」
私には関係のなかった王宮。権力闘争も遠い遠い出来事だった。
だけど今はもう無関係ではない。
こうして涙する人がいなくなればいい。心からそう思った。
◇
それからメーベラ様の部屋を後にした後、私は廊下を歩きながら、じっと考えていた。
繰り返さないためには、制度を変えるだけではだめだ。
何より毒の断絶が重要になる。
だから私は一つ、メーベラ様に訊ねた。
第二王子と第三王子は、一体何を食べて亡くなったのかと。
答えは、パウンドケーキとキッシュということだった。
私が毒を盛られたのは前菜にかけられたソースと、クッキー。
まだその全容は見えない。だけど、頭の中で何かがもやもやとかたちどっていった。




