1.国王陛下と町へ
「おいしい~」
「うん、イケるね」
「まあ、食べられるならなんでもいい」
私が頬張っていたのはサンドイッチ。
ラスはホットドッグで、ユーティスは伸ばしたパン生地にそぼろ肉を乗せて巻いたもの。
ユーティスは冷めた感想言ってたけど、その後も無言でもりもり食べてるから気に入ったんだろう。素直じゃないやつめ。
イートインはコーンスープをつけてくれたんだけど、それがまたすきっ腹に沁みるわけで。
「くはあ~。やっぱりご飯はしっかり食べないとね」
「このコーンスープ、毎日食べたいくらいだよ。まあ、無理だけど」
そう。同じお店に来たら今度はそこが狙われる。
だから毎日違うお店に行かなければならないのだ。
私が昨日ユーティスに提案したのは、町に下りて朝ごはんを食べよう、ということ。
ついでにお昼用にお弁当も買って帰る。夜はどうしたらいいか悩んでたんだけど、ノールトとかラスとか、信用できる人に買ってきてもらうことになった。ちょっと大変だけど毒を避けるためには仕方ない。
水も町で水筒に入れて持って帰る徹底ぶり。
これで口から毒を摂取する可能性は限りなくゼロに近くなるはず。
「リリアと一緒にご飯を食べるの、初めてかもね。こういうのもいいね、朝からテンション上がるよ」
ラスの言葉に、うんうんと頷く。
コーンスープおかわりしたい。
「わかるわー、いつもと違うことするのって、なんかわくわくするよね。そして朝からおいしいもの食べると元気でるよね」
「俺は久しぶりだがな。前は何度もリリアと――」
「あ、マウンティングやめてくださーい陛下。何度も寝食を共にしてるからって。どうせリリアのご両親も一緒だったじゃないですか」
『寝食を共に』って誤解されがちなワードはやめてほしい。
そして今朝の寝起き美麗顔ドアップを思い出して何故かまた顔が熱くなる。なんだこのリサイクル可能なエネルギーは。
「ちょっとラス、その言い方やめてよね。お店兼家が狭くて私の部屋がユーティスに取られてただけだから」
「え。陛下って、リリアのベッドで寝てたの?」
何故かユーティスが、ふっ、と笑った。
「人の部屋を奪っておいて何よその勝ち誇ったような顔は。せめてもっと申し訳なさそうにして」
「そういえばおまえ、よく俺の枕元で寝てたな。歌をうたいながら」
ユーティスの言葉に、ラスが「ぷぷーっ」と口を抑えた。
「陛下、子守唄歌ってもらってたんですかあ?」
「こいつが勝手に歌っていただけだ」
「ちょ……! だから、幼い頃の私をバカにするのはやめてってば! 朝ごはんは楽しく食べるものなの! わかった?!」
テーブルをダン! と叩いて立ち上がると、二人はしらーっと平和な会話を再開した。
「ホットドッグうまいわー」
「食べ飽きん味だな」
くっ……!
なんかわかんないけど腹が立つ。
「このお店、お弁当も作ってくれるみたいだから、一緒に頼んじゃう?」
思い立ったように、ラスがお店の張り紙を見上げて言った。
「そうだな。またこの味が食べられると思うと、昼が楽しみになるな」
ユーティスが単純にご飯を楽しみにできる。これって、すごいことなのかもしれない。
いつも毒の存在がちらついていたんだろうから。
「自分で選んでるから、より一層『あー、早くお昼にならないかなー』ってわくわくが高まるんだよね。これもお弁当の醍醐味」
毒を避けるためっていう後ろ向きな理由だけど、こうして食を楽しんでしまえばマイナスをプラスに変えられる。
私には転んでもタダで起きてやるものかという不屈の闘志が宿っている。
だって、長年毒に苦しむユーティスを見てきた私の前に、毒を差し出したのだ。全力でたたかってやろうじゃないかとふつふつしていた。
第二段、いつでもかかってこい! と思うのと同時、安全な食は確保していかなくちゃいけないし、無関係な人も巻き込みたくない。さあて、相手はどう出るかな。どう返り討ちにしようかな。
そんな物騒なことを考えていると、いつの間にかユーティスが食べ終わっていた。
「ねえリリア。今日はお化粧はしてないんだね。せっかく昨日のリリアかわいかったのに」
「化粧品に毒が仕込まれてるかもしれないからね。そっちもどう安全確保するか課題よね」
毎日化粧なんて面倒くさいからあんまり積極的に対策練る気も起きないんだけど。
「残念ですね、陛下。またあのかわいいリリアが見られなくて」
「一通り顔見せは済んだからな。後はいつものおさげにでかい眼鏡でいい」
「あんな華々しい王宮でおさげでいられるわけないでしょうが。行き合うご令嬢たちにブリッジするくらいに見下げられるわよ」
『あんな雑巾みたいな子が王妃になるなんて許せない!』って総攻撃をくらうのは目に見えている。
今は町にいるから目立たないようにいつものような恰好をしているものの、帰ったら化粧はなくともそれなりに装わせてくれと侍女ズに約束させられている。
でもそれも別に『どうせいつもと同じ』とか言うユーティスのためにしてるわけじゃないしぃ。
「陛下、余裕ですね。まあ寝室でリリアの素顔見放題ですもんね。そうだ俺、朝起こす係しましょうか?」
にこっと笑って言ったラスに、ユーティスがこの上なく冷たい視線を返す。
まあユーティスは私より遅く寝たのに私より早く起きてたくらいだから、それは不要だろう。
しかし普段は化粧がなくてもまあいいとして、ご令嬢方と対面するようなときは要注意だ。
口紅や頬紅に毒を仕込むのはわりとポピュラーな手だから。
昨日はルーラン伯爵邸でお化粧してもらったからよかったんだけどね。
服も、万一にも毒針などが仕込まれていないか丹念に調べてから着た。ごてごてしたドレスだと調べるのも大変だから、しばらくは簡素なものにしてもらってる。朝はこうして町に出ないといけないしね。
侍女も日替わりじゃなくて、専属。不特定多数の出入りがあると、何かあったときに掴みにくいから。
でもそんな風に最初からすべてのものを疑ってかからなきゃいけないのは、精神的にしんどい。
しかもあれこれ慎重に調べていると、世話をしてくれている侍女たちだって、こっちが疑われるのではと緊張するだろう。
それでは互いに疲弊してしまう。
味方を増やすことは、身を守ることにも繋がる。
なんとか侍女さんたちとコミュニケーションをとらねば。
よし。今日の課題はそこだな!
気合を入れて、ふと手に持っていたものに気が付く。
おっと忘れてた。
「これ、ユーティスの護衛さんに渡したいんだけど」
そう言って、簡単に包んでもらったサンドイッチを示す。
姿を現さないけど、ずっとどこからか護衛をしてくれてるらしいのに、私たちだけ食べるのは申し訳ない。
「なんだ。おまえが食べるのかと思ったら」
「そんなに食べないわよ! 護衛さんも朝ごはんまだでしょ?」
「そんなこと気にせんでも、城に戻れば適当に食べるだろう」
「歩いてるうちにお腹空くじゃない。サンドイッチなら歩きながらでも食べられるでしょ」
主食と野菜と肉類が一度に片手で食べられるのだから、サンドイッチは最強だ。
そう言うとユーティスは、ふっと笑い、片手を上げた。
するとどこからともなく、すっと人影が現れてユーティスの斜め後ろに立った。
「お呼びですか」
全身黒づくめ。頭も黒い布で覆っていて目しか出ていないし、動きやすそうなさらっとした服も上下黒、不自然なほどに黒。
逆に目立つわ。
なるほど。だから往来を一緒に歩かないのか。たぶん陰から見守るタイプの護衛さんなんだろう。
ルーラン伯爵邸で見た隻眼の護衛さんは普通の騎士の格好をしていたから、忍び歩き用と顔出し用がいるのかもしれない。
「リリアから差し入れだ。食べながら歩けと」
「食べながら……ですか」
布の隙間から出ている青黒い目が、明らかに戸惑っていた。
なんかごめん。
「あ、無理にってことじゃないんだけど。今は無理なら後で渡すし、いらなかったら私のオヤツにするし」
ユーティスにはさっきああ言ったけど、正直食べようと思えばまだ食べられる。
「しっかり朝食を食べていつでも動けるよう万全に整えておけ、という王妃の心遣いだ」
まだ王妃じゃないって。そしてそんな言い方したら断われなくなっちゃうじゃない。
慌てたけど、護衛さんは私に目礼して受け取ってくれた。
「では、いただきます」
そして包み紙をその場で開け、中身をがっと掴んだかと思うと一気に口に押し込んだ。
「え」
口元を覆っていた黒い布をくいっとめくったのは一瞬のことだった。ほとんど次の瞬間には再び元の黒づくめな顔に戻っていた。
だけど、ちらりと頬に大きな傷跡のようなものが見えた。忍ぶにはそれが目立ってしまうから、顔も隠しているのかもしれない。
護衛さんはまだ口はもごもごしていたものの、私とユーティスにペコリとすると、そのまますっと陰に消えて行った。
ラスも「すげー早わざだったな」と感嘆の声を上げた。
「あの護衛さん、何ていうの?」
「あれはカゲだ。名前は持たない。三人いて、交代で常時俺の護衛をしている。城の者は、護衛は一人だと思っているがな」
そうか。いつも外に出てくる人は一人なんだ。それがルーラン伯爵邸で見た隻眼の護衛さんなんだろう。
「何で名前がないの? 三人いるのに不便じゃない」
そう訊ねると、ユーティスは何故か私の頭にぽん、と手を乗せた。
「その話はまた今度しよう」
何となく、ユーティスがどこか痛そうな顔をしていたからそれ以上聞くことはできなかった。




