7.国王陛下と朝
鳥の鳴き声が聞こえない。
朝の光もうっすらとしか届かない。
もう体は朝だと訴えているのに、何故いつもの朝を感じないんだろう。
そう思ってゆっくりと目を開けて、私は固まった。
「わーーーーー!!!」
不審者!!
違う国王だ!
目の前にユーティスの顔があった。
「よく眠っていたな」
ここはどこかと思ったら、そうだった、昨日から王宮に来たのだった。
広々とした窓にはカーテンが閉められていて、僅かな光が漏れ入るだけだった。
その薄暗い光の中、ユーティスの黒曜石の瞳が面白げにこちらを見ていた。
「いや、なんで朝っぱらからそこにいるのよ」
そこ……っていうか、何で一緒に布団に入ってるの。
心臓に悪いわ。
起きたら目の前に美麗な顔があるのをご褒美だと思うのは小説の中だけで、現実はただひたすらに驚く。
「ずっと居たが?」
「は」
こともなげに答えたユーティスに、思わず疑問符も付け忘れる。
「昨夜からずっとここにいた。」
昨夜の記憶を思い起こす。
確か――。
そうだった。
後になって毒の影響が出るといけないから、もう少し様子を見ると言って、ノールトが退室した後もユーティスは私の部屋に残ったのだった。
それから動き回ると毒が回ってはいけないからと、そのままベッドに寝かせられ、そのままうとうとして寝ちゃったんだ。
それはわかった。
わかったけど。
「なんで自分の部屋に帰らなかったのよ」
「何故? ここは俺の部屋だ」
「は?? ここ、私の部屋って言ってなかった?」
そう言って案内してくれたはず。
「そうだ。だから、俺とおまえの部屋だ。夫婦になるんだから当然だろう」
私の右耳に触れ、黒曜石のピアスを片手で弄ぶ。
ぐわっと赤くなったけど、一瞬で醒めた。これはいずれ他の人がつけるべきものだということを思い出したから。
「だからまだ結婚してないし、そう言う問題でもない! 私のプライベート空間は?」
「寝室は一緒だが、私室はそれぞれ続き部屋がある」
「いやいや寝室を別にするべきでしょ?!」
完全におかしなことになっている。
昼間はユーティスはほとんど執務室にいるだろうから、私室が一緒でも私が独り占めできる。
だけど寝室は、寝る時間が一緒なんだから一緒に寝るしかなくなるじゃん。
「寝ている間に命を狙われたらどうする」
真っ直ぐな目でそう問われ、私は言葉を止めた。
そうだった。ここはギャーギャー呑気に騒いでいていいところじゃなかった。
朝の驚きと頬の赤みがみるみるひいていく。
昨日だって毒を盛られたばかりだったのだ。気を引き締めねばならないのに、すっかりとぐーぐー眠っていた。
私がユーティスを守らなければならない立場なのに。
「ごめん」
そう一言告げれば、ユーティスが私の頭をさらりと撫でた。
「互いに生き抜くためだ。一人より二人の方がいい。おまえもそう言っていただろう?」
うーん。前にそんなことも言ったような、言ってないような。
でもそれを今持ち出す?
それからただ自然と触れてくるのはやめてほしい。ドギマギするから。
自分のものみたいに私の髪をさらさらと弄ぶユーティスの手から逃れるように、ベッドから身を起こす。
ユーティスの手が寂しそうに空をつかんだ。
だからそのオモチャを取り上げられたみたいな顔はやめてって……。
「よし。じゃあ行こう! 安全でおいしい朝ごはんを食べに」
着替えようと寝衣に手をかけかけて、すぐに止めた。
「私の私室ってどっち?」
「そこで着替えてもかまわんぞ。ここはおまえの部屋だし、夫婦だしな」
「どっち」
重ねて問えば、ユーティスは優雅にベッドに寝そべったまま、指一本で指し示した。
「ありがと」
続き部屋に入ると、既に侍女が待ち構えていた。
「わ」
「おはようございます、リリア様。お着替えをお手伝いさせていただきます」
そうだった……。ここでは着替えすら一人じゃないんだった。
めんどくさい。
っていうか、全部聞いてた?
は、恥ずかしい……。
私は羞恥でくずおれそうな膝をなんとか立たせ、満面の笑みの侍女たちのににこにことした視線をひたすら耐え忍んだ。




