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3.国王陛下と義母

 王宮に向かっているのだとばかり思っていたのに、何故ルーラン伯爵邸なのか。


 護衛に従者にたくさんの人を引き連れたユーティスはあれよあれよという間に門の中へと案内され、私は見慣れたティールームに座らされた。

 勿論ユーティスの隣。


 扉の前にはラスと、もう一人ユーティスの護衛と思われる人も控えている。隻眼で、均整の取れた筋肉具合が素晴らしい。

 それからユーティスの後ろにも一人。たぶんユーティスの側近なんだろう。さっき私に『国母』とやらの称号を授け婚約を言い渡す際にユーティスの隣から物凄く冷たく物凄く恐ろしい視線を絶えず投げつけていたから、私のことが気に入らないのは聞かなくてもわかる。


 そして向かい側には、ルーラン伯爵夫人。私の両親と同世代ながら、ぽってりとした唇が魅力的な夫人は、いつも笑顔でかわいらしい人だったけど、今日は国王の前だからか、その笑みもどこか控えめだ。


「ようこそおいでくださいました、ユーティス国王陛下、リリア様」


 私の呼称につけられた「様」に、距離を感じる。

 口調もいつもの気安いものではない。

 ユーティスの前だからってわかってはいるけど、私たちの関係性が変わってしまうようですごく複雑だった。

 

「うむ。これから一か月の間、リリアが世話になる。くれぐれもよろしく頼む」

「へ? 世話になるって……」


 思わず口を挟めば、衝撃の事実が告げられる。


「おまえはルーラン伯爵夫人の養子になったのだ。いくら『国母』の称号があるといっても、どこの馬の骨ともわからぬリリアを王妃に迎えることには反対する者たちがいる」

「はああ? だからって、そんな勝手に――!」


 ルーラン伯爵夫人のことは好きだ。

 母や姉のようにも思っている。

 だけど、私には家族がいる。二人とも亡くなってしまったけど、今でも父はダーナーで母はサシュアであることには変わりない。


 混乱する私に「リリア」と声をかけたのはいつものルーラン伯爵夫人の穏やかな声だった。


「娘なのだから『リリア』と呼んでいいわね。あなたに言えないでいることを、ずっと心苦しく思っていたのよ。あなたの意に反することなら断るつもりもあった。けれど、これはお父上のダーナー殿に頼まれたことでもあるのよ」

「え……父が?」


 ルーラン伯爵夫人はこくりと頷いた。

 ユーティスが話の先を引き取る。


「病にかかっていることがわかって、ダーナーはリリアを一人、遺して逝ってしまうことをひどく気にしていた。『薬では私もサシュアも救えない。薬だけでは幸せにはなれない。人には、リリアには、誰か傍にいてくれる人が必要だ』と、そう言っていたんだ」

「それって、あの時――」


 宮廷薬師にならないかとユーティスが我が家に突然やってきた、あの時。

 私が話の途中でかっとなって、ユーティスを引っぱたいてしまったから最後まで聞くことがなかった。

 そんな続きがあるとは思っていなかった。

 しかも、それを言ったのが父だったなんて。


 唇がわなわなと震えた。

 父はなす術なく逝ってしまったと思っていた。

 けれど私を気にかけ、あれこれ動いてくれてたんだ。

 それを知って涙がこみ上げそうになり、下を向く。



 って、ちょっと待て。

 現実的なことに思い当たって涙が引っ込んだ。


「ねえユーティス。父が亡くなったのは、ユーティスが宮廷薬師になれって言ってきた一週間前のことよね」

「そうだが?」

「王妃になれって言ってきたのは、今日のことよね」

「今日のこともうろ覚えになったらしまいだぞ、リリア」


 そんな揚げ足取りに腹を立てる気持ちの余裕はなかった。


「一体いつから――、どこからこの計画は進んでたの?」


 思えば、ラスが現れたのだって最近の話じゃない。

 ルーラン伯爵夫人の養子に、という話だって父が亡くなる前だという。


「ねえ、ユーティス。あなた、いつから私を巻き込むつもりでいたの……? もしかして、最初から私を宮廷薬師にするつもりなんてなかった、なんてことはないよね」


 最初から王妃にすることが狙いだった、とか。いやいや、そんなのユーティスにメリットなんてないはず。

 私の頭は目まぐるしくフル回転していた。

 ユーティスの長大な計画に巻き込まれている気がした。でもその目的がわからない。最終ゴールはどこにあるのか。スタートはどこだったのか。


 ユーティスが突然アホ王子を始めたのは十二歳の頃。

 それにより王位継承者として相応しくないと見られ、命を狙われることがなくなった。

 きっとその間に、体力と知識をみるみる身に着けていき、自身が国王として立つ計画を練り始めたんだろう。そして王宮内に味方を作る。いずれ手ごまとして使えそうな私を監視する。

 うん、そこまではなんとなくわかる。

 けど。


「もしかして、ルーラン伯爵夫人と私が出会ったのも、ユーティスが仕組んだことだったの?」


 その言葉には、ルーラン伯爵夫人が慌てて首を振った。


「それは違うわ。あれは本当に偶然。まったくの逆で、あなたとわたくしの仲を知った陛下が、わたくしにあなたを預けることを打診されたのよ」

「そう、ですか……」


 ルーラン伯爵夫人は、気づかわしげにじっと私を見ていた。


「陛下が貴族なら誰でもいいと思われたのではなく、ご自分に有利なツテを辿ったのでもなく、ただあなたと親しかっただけの私に義母となることを求められた。だからこそ、私はこのお話をお受けしたのよ」


 やはりルーラン伯爵夫人も、あらかじめ打診を受けていたから私のことを心配してあれこれと訊いてくれていたのだ。

 エトさんも、ラスも、ルーラン伯爵夫人も、ユーティスの意図を知りながらも、私の気持ちを聞いてくれた。その場で頷かず、私のためになるならと考えてくれたのだ。

 ありがたいことだった。

 強引にここまで人々を巻き込んだユーティスには腹が立つけど。


「それにね」


 ルーラン伯爵夫人の顔にはいつもの楽しそうな、いたずらっぽい笑みが戻っていた。


「あなた言ったじゃない。立場が遠すぎて好きとか嫌いとか語れない、って。だったら、私が少しでも障害を取り除いてあげられたらいいって思ったのよ」


 え、いや、障害って……。

 見れば、ルーラン伯爵夫人は少女小説を読む乙女のように、目をキラキラさせて私とユーティスを見ていた。


 もしや。

 エトさんと同じく身分が違いすぎるゆえのかなわぬ恋だとか思ってるのかな?!

 いやいやいや、そんなの小説の中だけの話だから!


 私が思わず無言でぶんぶんと首を振ると、ルーラン伯爵夫人は「照れなくていいのに……」とより一層嬉しそうに顔を綻ばせた。


 やめてー! 違うから!


 なんか言ってよ、とユーティスを見れば、爽やかに賢王の顔で笑っている。


「協力感謝する。リリアは私が幸せにすると誓おう。一か月と短い間にはなるが、行儀見習いと淑女教育をよろしく頼む」

「はい、承りました。ですが一か月あれば十分ですわ。リリアは特別筋がいいんですもの。これまでだって難なくクリアしてきましたわ」


 その言葉に、はたと思い当たる。

 私は夫人と遊んでいるつもりだった。

 けどいつの間にかお茶会だけじゃなくて食事やダンスまでするようになっていたのは、あれも計画のうちだったのか。教育だったのか?!

 ぱっとルーラン伯爵夫人を見れば、「うふっ」と楽しそうに笑い、ウインクを一つ。



 ……はー。



 ユーティスはどこまで計算していたのだろう。

 どこからどこまでが計画で、偶然だったのか。

 私は改めて、この隣に座る男がおそろしいと感じた。


 いや、ずずっとお茶飲んでる場合じゃないよ!!



 こんな腹黒でねちっこい長大な計画を立てる男なんかに、どだい私が太刀打ちできるわけがなかったのだ。

 私は手遅れと完敗を悟った。


 ああ。一体何度完敗を思い知らされるのか。


 きっ、と隣に視線を向ければ、ユーティスはゆるりと笑った。


「だから言っただろう。言葉には責任を持てと。おまえが言ったんだからな。自分に有益なものは何でも利用しろ、手放すな、と」



 ぐ……!


 そう言えば言ったあぁー。



 ぐううぅぅぅ~~!!





 ぐやじい~~!!



 ぐうの音しか出ない!!!

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