1.国王陛下の来訪
「ねえ、リリア。宮廷薬師として王宮に来てくれないかな? 信頼できるのはリリアだけなんだ」
まるで断られるとは思ってもいないのだろう。
ただにこにこと笑顔を浮かべ、幼い頃から知る彼――齢十八の国王ユーティス=レリアードは言った。
それに対して私はただ一言、顔色も変えずに返す。
「嫌。」
グゴゴゴゴゴ――、と笑顔のままのユーティスの背後から黒いものが湧き上がるのが見える気がする。
私は彼の仮面の下の素顔を知っているから。
その笑顔の意味は、「なんだと? もう一度言ってみるがいい」だ。
私は彼と同じように視線だけで返した。
――いい加減十八にもなって、そのアホ面張り付け続けるのしんどくない?
しっかりと通じたようで、ユーティスは先程の害のなさそうな笑みをさらに深めた。
――放っておけ。
相変わらず外面と本性は完全に分離されているようだ。
彼の容姿は元々冷たい印象がある。
肩まで伸びた黒髪は斜めに流され、片側だけ耳にかけられている。その耳には瞳と同じ黒曜石のピアス。
おまけにその顔立ちは誰もが惚れ惚れするほど美しく整い、怜悧だった。
黙っていればクールビューティ。
それが国民たちの評であったが、彼のその笑顔とのんびりとした喋り方のおかげで知性を欠いて見えた。
よく言えば親しみやすい。悪く言えばアホっぽい。
そんなだったから、その目の奥に毒と冷たさを秘めていることに誰も気が付かないのだろう。
ここまで完璧に擬態するからこそ、彼は人々から愚王と呼ばれ生き延びてきたのだ。
私が「嫌。」のたった一言で斬って捨てたから、ユーティスは困ったような顔を作り、小首を傾げてみせた。
「宮廷薬師がどうして嫌なの? 理由を聞かせてくれる?」