好き好き野郎の、好き好き
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
「好き嫌い、していいぞ」
そう言われた経験、お前にはあるか?
たいていの家庭じゃ、好き嫌いはよくないことだって教わって育つだろう。栄養バランスとか、よそ様の家で食事する時にみっともないからとか、いかにもな理由をつけられてな。
でも食べ物にかぎった話じゃなく、好き嫌いはだれにでもある。「あれは、やりたくない」「こいつ、消えてほしい」とか、ふとした拍子にわけもなく湧き出すことも。
好き嫌いをしないことが本当にいいことならば、俺たちはとっくに克服し、遺伝子レベルで伝わっているはずじゃないか? 少なくとも、俺はそう思う。なら「たで食う虫もなんとやら」に、どれだけの意味があるのか?
もし考えたことがあるなら、この話、少しは参考になるかもしれないぜ?
俺が先の「好き嫌い、していいぞ」を言われたのは、幼稚園に上がる前後だったかな。
当時はな、ブロッコリーが俺の苦手筆頭だったのよ。もうつぼみも茎もダメなんだわ。うちんちのハンバーグのつけ合わせは、ポテト、ニンジン、ブロッコリーの三種の神器。黄、赤、緑の信号機ときている。
で、「進め」のはずの緑をいただく時なんか、口の中は赤信号よ。もちゃもちゃ噛みながら、停滞するという意味で。ある時は息止め、目をつむり、ある時は手近な飲み物でいっきに胃へと運ぶ。ブロッコリーが出るたび、椅子に座る前から攻略法を考えるのが俺の常。自覚できるくらい、顔をしかめていたよ。
その日もブロッコリーが出た。つけ合わせじゃなく、深皿に単独で山のように盛られ、おのおのがつまんでいくパターンだ。
手をつけずにやり過ごすことはできる。でもその姿が目に入るだけで、眉をしかめる俺に、父親が声をかけたんだ。
「好き嫌い、していいぞ」って。
最初は耳を疑うも、母親もなにもいわない。半信半疑ながら、俺はブロッコリーにまったく手をつけないまま、ごちそうさまを告げる。両親はなにもいってこなかった。
いい証拠を手に入れたぞ。部屋に戻った俺は、ブロッコリー特有の青臭さから逃げおおせた口内を感じながら、ほくそ笑んでいたよ。
これから先、ブロッコリーを食べさせようとするなら、この日、この時のことを盾にとれる。そうすれば両親も強い言い方でとがめることはできないはずだ、とね。でも、そのような考えを巡らせるのは無用だった。
両親が、僕にブロッコリーを出すことはなくなったんだ。皿につけることはおろか、視界に入れさせることもしない。もう心の中でガッツボーズしたね。
家で縁がなくなれば、外でのつき合いもぞんざいになる。そして、他のものにもとばっちりが出る。
学校の給食で出るブロッコリーも、食べずに缶の中へ戻していくが、他の「ちょっとなあ」と思うものさえどけていく。
ひじき、大豆、こんにゃく、豆腐……和食系のおかずは、ほとんどノータッチになった。ブロッコリーほどひどくはないが、嫌いよりのしろもの。食べられないわけじゃないが、できればかかわりたくないもの。そいつらに、片っ端から絶縁状を叩きつけていく。
学校の先生は、多少うるさかった。缶へ戻すことを止めて、食べ終わるまで教室に残されることもあったさ。でも、一度覚えた我慢をしない楽しさは、そんなものでは衰えない。
ついに先生もさじを投げた。誰も俺に、好き嫌いを突っ込まなくなったんだ。おかげで、ますます好きなものばかりを食べる俺は、卒業までの6年間でぶくぶく太ったよ。
痩せていた俺を知っている連中ともお別れ。中学校にあがってからも、クラスには問題なくなじみ、友達もそれなりにできる。部活に入らなくてもいい学校だったから、遊び歩く機会も増えたなあ。俺の横幅も体重も、ゆったりではあるがとどまらず増え続ける。
両親も相変わらずで、俺に何も突っ込んでこない。好きなものを、金の許す限りは食べられる。夢のような時間だったなあ。
だが一年の冬頃。俺のクラスのひとりが、急に休んだ。俺と同じ、学年屈指の巨体で好き嫌いの激しい男。コンビニのから揚げ串を、日に3本、4本は食するのが当たり前だった。
「いよいよ身体を壊したか?」と食生活の乱れをする生徒は、ひそひそうわさをしたよ。次は俺の番じゃないか、ともね。
俺だって体調不良は怖い。好きなものを食べられない時間が、増えるわけだからな。
こう見えても食っちゃねしているばかりじゃない。外へ出る時は大股早足を心掛けているし、エレベーターを使うところを、階段で何フロアも上がる。
少なくとも足腰なら、周りに劣っていないと自負していた。だからこれまで、不調なく過ごせていると思っていたし、あいつが休んだのはそれらの怠慢のせいだと決めつけていたねえ。
で、その帰り際のことだ。いつも買い食いに寄るコンビニで、俺は休んだそいつを見かける。学校には来ていなかったのに、なぜか学ラン姿。明かりのついたホットスナックのケース前で吟味するようすは、俺にとって見慣れたもの。
――ひょっとして、これらを食いたいから、学校を休んだんか?
そんなことを考えつつも、俺はパッケージされたお菓子も好き。お気に入りのポテチやせんべい、炭酸を籠に入れたが、あいつはまだケースを前かがみでのぞき込んでいた。
から揚げ串以外に、春巻きや山盛りポテトが、だいだい色の光に照らされ、金網に横たわっていた。周囲に飛び散るきつね色の衣たちは、先に外へ連れ出されたもののだろう。
店員さんは背中を向けて、カウンター上のたばこをいじっている。こちらをちらりとも見ず、あいつも決めかねているのか声をかけない。
変な奴、と俺はそいつの横をすり抜け、商品を入れた籠をレジへ置く。
その籠から離した左手を、がっと掴まれた。ケース前のあいつが手を伸ばしたんだ。俺が顔を向けるより早く、そいつは思い切り俺を引っ張る。ごりっと肩が内側で鳴った。
不意を突かれて踏ん張れなかった俺は、引きずられる。あいつはそのままレジとレジの間、店員さんが出入りする自由ドアを開け、中へ入っていこうとする。俺もろともだ。
店員さんも振り返る。仏頂面をわずかもほころばせることなく、そいつも俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。
店の中へ引き込まれる……! そう悟るや、俺は掴まれた手を強引にもぎ放つ。追いすがる腕たちをすり抜け、店外へ飛び出したよ。走って走って、赤信号を二回ほど無視して道路を横切ってから、ようやく振り返った。あいつも店員も、俺の後を追いかけてはこなかったよ。
その日、両親はこの上なく不機嫌だった。俺とはろくに目を合わせず、口も聞こうともしてくれなかったなあ。
で、あいつはそれから学校に来なくなっちまった。その半月後くらいに、あいつの家も空き家になっていたっけ。聞いた話では、高額の臨時収入があったとかなかったとか。
件のコンビニは、あれ以降、俺は近寄るのを止めたよ。だが聞いたところによると、あいつが休んでから数日後に、「プレミアムポーク」なるホットスナックを売り出したらしい。
なかなか好評を得たが、半年後には突然、販売を中止。コンビニそのものも撤退して、今はフィットネスクラブになっているんだ。




