表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

好き好き野郎の、好き好き 

掲載日:2020/01/27

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「好き嫌い、していいぞ」

 そう言われた経験、お前にはあるか?


 たいていの家庭じゃ、好き嫌いはよくないことだって教わって育つだろう。栄養バランスとか、よそ様の家で食事する時にみっともないからとか、いかにもな理由をつけられてな。

 でも食べ物にかぎった話じゃなく、好き嫌いはだれにでもある。「あれは、やりたくない」「こいつ、消えてほしい」とか、ふとした拍子にわけもなく湧き出すことも。

 好き嫌いをしないことが本当にいいことならば、俺たちはとっくに克服し、遺伝子レベルで伝わっているはずじゃないか? 少なくとも、俺はそう思う。なら「たで食う虫もなんとやら」に、どれだけの意味があるのか?

 もし考えたことがあるなら、この話、少しは参考になるかもしれないぜ?

 

 俺が先の「好き嫌い、していいぞ」を言われたのは、幼稚園に上がる前後だったかな。

 当時はな、ブロッコリーが俺の苦手筆頭だったのよ。もうつぼみも茎もダメなんだわ。うちんちのハンバーグのつけ合わせは、ポテト、ニンジン、ブロッコリーの三種の神器。黄、赤、緑の信号機ときている。

 で、「進め」のはずの緑をいただく時なんか、口の中は赤信号よ。もちゃもちゃ噛みながら、停滞するという意味で。ある時は息止め、目をつむり、ある時は手近な飲み物でいっきに胃へと運ぶ。ブロッコリーが出るたび、椅子に座る前から攻略法を考えるのが俺の常。自覚できるくらい、顔をしかめていたよ。

 その日もブロッコリーが出た。つけ合わせじゃなく、深皿に単独で山のように盛られ、おのおのがつまんでいくパターンだ。

 手をつけずにやり過ごすことはできる。でもその姿が目に入るだけで、眉をしかめる俺に、父親が声をかけたんだ。

「好き嫌い、していいぞ」って。


 最初は耳を疑うも、母親もなにもいわない。半信半疑ながら、俺はブロッコリーにまったく手をつけないまま、ごちそうさまを告げる。両親はなにもいってこなかった。

 いい証拠を手に入れたぞ。部屋に戻った俺は、ブロッコリー特有の青臭さから逃げおおせた口内を感じながら、ほくそ笑んでいたよ。

 これから先、ブロッコリーを食べさせようとするなら、この日、この時のことを盾にとれる。そうすれば両親も強い言い方でとがめることはできないはずだ、とね。でも、そのような考えを巡らせるのは無用だった。

 両親が、僕にブロッコリーを出すことはなくなったんだ。皿につけることはおろか、視界に入れさせることもしない。もう心の中でガッツボーズしたね。


 家で縁がなくなれば、外でのつき合いもぞんざいになる。そして、他のものにもとばっちりが出る。

 学校の給食で出るブロッコリーも、食べずに缶の中へ戻していくが、他の「ちょっとなあ」と思うものさえどけていく。

 ひじき、大豆、こんにゃく、豆腐……和食系のおかずは、ほとんどノータッチになった。ブロッコリーほどひどくはないが、嫌いよりのしろもの。食べられないわけじゃないが、できればかかわりたくないもの。そいつらに、片っ端から絶縁状を叩きつけていく。

 学校の先生は、多少うるさかった。缶へ戻すことを止めて、食べ終わるまで教室に残されることもあったさ。でも、一度覚えた我慢をしない楽しさは、そんなものでは衰えない。

 

 ついに先生もさじを投げた。誰も俺に、好き嫌いを突っ込まなくなったんだ。おかげで、ますます好きなものばかりを食べる俺は、卒業までの6年間でぶくぶく太ったよ。

 痩せていた俺を知っている連中ともお別れ。中学校にあがってからも、クラスには問題なくなじみ、友達もそれなりにできる。部活に入らなくてもいい学校だったから、遊び歩く機会も増えたなあ。俺の横幅も体重も、ゆったりではあるがとどまらず増え続ける。

 両親も相変わらずで、俺に何も突っ込んでこない。好きなものを、金の許す限りは食べられる。夢のような時間だったなあ。

 

 だが一年の冬頃。俺のクラスのひとりが、急に休んだ。俺と同じ、学年屈指の巨体で好き嫌いの激しい男。コンビニのから揚げ串を、日に3本、4本は食するのが当たり前だった。

「いよいよ身体を壊したか?」と食生活の乱れをする生徒は、ひそひそうわさをしたよ。次は俺の番じゃないか、ともね。

 俺だって体調不良は怖い。好きなものを食べられない時間が、増えるわけだからな。

 こう見えても食っちゃねしているばかりじゃない。外へ出る時は大股早足を心掛けているし、エレベーターを使うところを、階段で何フロアも上がる。

 少なくとも足腰なら、周りに劣っていないと自負していた。だからこれまで、不調なく過ごせていると思っていたし、あいつが休んだのはそれらの怠慢のせいだと決めつけていたねえ。

 

 で、その帰り際のことだ。いつも買い食いに寄るコンビニで、俺は休んだそいつを見かける。学校には来ていなかったのに、なぜか学ラン姿。明かりのついたホットスナックのケース前で吟味するようすは、俺にとって見慣れたもの。

 

 ――ひょっとして、これらを食いたいから、学校を休んだんか?

 

 そんなことを考えつつも、俺はパッケージされたお菓子も好き。お気に入りのポテチやせんべい、炭酸を籠に入れたが、あいつはまだケースを前かがみでのぞき込んでいた。

 から揚げ串以外に、春巻きや山盛りポテトが、だいだい色の光に照らされ、金網に横たわっていた。周囲に飛び散るきつね色の衣たちは、先に外へ連れ出されたもののだろう。

 店員さんは背中を向けて、カウンター上のたばこをいじっている。こちらをちらりとも見ず、あいつも決めかねているのか声をかけない。

 変な奴、と俺はそいつの横をすり抜け、商品を入れた籠をレジへ置く。

 

 その籠から離した左手を、がっと掴まれた。ケース前のあいつが手を伸ばしたんだ。俺が顔を向けるより早く、そいつは思い切り俺を引っ張る。ごりっと肩が内側で鳴った。

 不意を突かれて踏ん張れなかった俺は、引きずられる。あいつはそのままレジとレジの間、店員さんが出入りする自由ドアを開け、中へ入っていこうとする。俺もろともだ。

 店員さんも振り返る。仏頂面をわずかもほころばせることなく、そいつも俺の腕を掴もうと手を伸ばしてきた。

 店の中へ引き込まれる……! そう悟るや、俺は掴まれた手を強引にもぎ放つ。追いすがる腕たちをすり抜け、店外へ飛び出したよ。走って走って、赤信号を二回ほど無視して道路を横切ってから、ようやく振り返った。あいつも店員も、俺の後を追いかけてはこなかったよ。

 

 その日、両親はこの上なく不機嫌だった。俺とはろくに目を合わせず、口も聞こうともしてくれなかったなあ。

 で、あいつはそれから学校に来なくなっちまった。その半月後くらいに、あいつの家も空き家になっていたっけ。聞いた話では、高額の臨時収入があったとかなかったとか。

 件のコンビニは、あれ以降、俺は近寄るのを止めたよ。だが聞いたところによると、あいつが休んでから数日後に、「プレミアムポーク」なるホットスナックを売り出したらしい。

 なかなか好評を得たが、半年後には突然、販売を中止。コンビニそのものも撤退して、今はフィットネスクラブになっているんだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
気に入っていただけたら、他の短編もたくさんございますので、こちらからどうぞ! 近野物語 第三巻
― 新着の感想 ―
[一言] 最初はヤッターと思うかもしれませんが、何も言われなくなると寂しく感じたりします……。 小心者の自分だったら、そこまで徹底されると「本当にいいのかな?」とだんだん不安になって、そのうち苦手だけ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ