9 KYはもう死語だな
今話題のワイバーンさんがわざわざ自ら殺されに出向いて下さったようだ。
「またか…。数は?」
慣れた様子でそう問う依頼主の顔は次の言葉で驚愕に染まることとなる。
「ご、五体です!」
「何!?バカなッ!!見違えではないのか!?」
うん。聞いてないんですけど?
「い、いえそんな筈は…。街壁の守衛からの報告ですので」
「……不味いな。このままでは街が滅びかねん……。我々で対処するしかないのか?しかし金が…どうやって…」
白を通り越して土色になった顔で何事かぶつぶつと呟きながら考え込むおっさん。
「まあまあ、そう深刻にならずに。今は僕たちがいますから」
そんな様子を見かねたのかリアムは特に気負った様子もなくいつもの爽やか笑顔で励ます。そしてその言葉にハッと顔を上げるおっさん。
「…リアム殿。無理を承知でお願いします。どうか我々を助けては貰えないでしょうか…。今この街には5体ものワイバーンを撃退できる備えはありません。3体ですら手に負えずあなた方に頼る始末だ。追加の報酬を払いたい所ですがお気づきのように我々には金が…無い。3体分の報酬ですら方々を回って何とかかき集めたものなのです。ですが今ワイバーンを何とかしなければ街の人々の命がッ……!──この通りです。どうか、どうか我々を助けて頂きたい!!」
そう血を吐くように絞り出すやいなや哀れなおっさんは地面に身を投げ出し何度も額を床に擦り付ける。
「…どうか顔を上げてください。貴方の思いはしっかりと伝わりました。全て、お任せください。僕は力無き人々を助ける為に冒険者になったのですから」
ひたすらに「どうか、どうか」と繰り返す男にリアムは優しく手を差し伸べ微笑みかける。
「──っ!!ありがとう。この恩は必ず、必ずやお返しします」
「いえ、これは僕が望んですることですから」
そして今度はこのやり取りを黙ってみていた後ろのパーティーメンバーにリアムは向き直る。
「ごめん。勝手に決めてしまって。でも今はこうするのが正しいと思ったんだ」
「…しょーがないわねーリアムは。文句なんか無いわよ。皆リアムのそういう所が好きで一緒にいるんだから」
「そうです。貴方は自分の信念にしたがって行動してください。それをフォローするのが私たちの役目なんですから」
「…腕がなるな」
勝手に決めたことを謝るリアムに浴びせられる暖かい言葉の数々。無愛想なヴァーンですら微笑み(実際はフルフェイスで見えないので恐らく)のサービス付きだ。皆リアムが大好きなんだねぇ。リーダーの強力な求心力を骨組みに信頼や友愛、絆で肉付けされた何て理想的なパーティーなんだ☆
…茶番だな。
ないわ~。トイレはどこかな?今にも吐瀉物が口から溢れだしそうなんだが。そもそもワイバーンってのは数が増えるほど危険度は相乗的に増すんだよ。一体でも十分B2を殺せるワイバーンが追加で二体!はいそうですかとは普通はならない。コイツらの頭は大丈夫か?俺だったらもう20万追加されても絶対にやらん。割りに合わない。
「じゃ、紅蓮だけサービス残業するってことで。俺は一匹分の10万貰ったら帰るから」
「「……っ!」」
俺の言葉で部屋を満たしていた和やかな空気が凍りつく。
「はぁっ!?この状況で何いってんの!?あんた少しは空気読みなさいよ!!」
「あ?何で俺がお前らに気を使って空気を読まなきゃなんねーんだ?はっきり言うが俺はタダ働きはゴメンだ」
「…お前は!また!また見捨てるのか!?今ここで僕らがやらなければ何百という人々が死ぬんだぞ!!それを──」
一瞬で沸騰したリーナとリアム。リアムに至っては俺の胸ぐらを掴み至近距離で怒鳴り散らす始末。だが今回は前回のようには事が運ばない。てか唾を飛ばすな汚い。
「──くっ」
「リアム!?」
「お、これを避けるか。ただのスペック馬鹿かと思いきや意外と錬っているとみえる」
襟を掴んだ両手ごと頭部をはね飛ばすつもりで繰り出した瞬速の手刀はギリギリのところでリアムに回避された。そこから更に後ろへ回避し俺との距離を取る。
「……今、本気で僕を」
整った顔に一筋深々と刻まれた紅い裂け目から溢れる血を拭きながらリアムは驚愕の表情を浮かべている。俺はソファーから立ち上がりそんな脳味噌お花畑野郎を冷たく見下ろし告げる。
「俺は、警告した。次再び俺に干渉するようなら殺すと。それを無視するって事はつまり死にたいってことだろう?だから望みを叶えてやろうとしたまでだ。感謝し給へ。お前は、今日、ここで、死ぬ」
「……」
遠くでリーナやセナがごちゃごちゃ騒いでいる様だがスイッチの入った俺には届かない。影の様にするりと一歩踏み出そうとした時ヴァーンが俺とリアムの間に割って入る
「…邪魔だ。俺はそこの教えてもらった地雷を敢えて踏みつけたくせに、足が吹っ飛んだら何で?って顔をするような、脳味噌の足らねぇ二足歩行する猿を駆除しなければならないのだ」
この猿のせいでどれだけ多くの冒険者が苦しめられたか考えるだけで胸が痛む。なまじっか力があるせいで大抵の冒険者は異を唱えられず枕を濡らしてきた事だろう。この猿は最早害獣だ。害悪である。だからこそ冒険者の存在意義に則り俺が駆除する。
「……確かにこいつにも非はある。だが俺は“紅蓮”の一員としてここを動く訳にはいかん。お前も今俺たちを敵に回してメリットなど──」
「「ヴァーン!!」」
敵の前でグダグダと喋るデカブツのがら空きの脇腹へ俺は気で強化した強烈な横蹴りを叩き込む。無挙動からの攻撃は見事にクリーンヒットしヴァーンは矢のように離れた壁に突き刺さった。
「…っ」
「邪魔、だ。二度言わすな」
最早意識はないであろうヴァーンへ中指を立てながら俺は極限まで練り上げた気を身に纏う。もういい面倒だ。邪魔するなら全員ここで殺す。依頼の3体はひじょ~~にかったるいが俺一人で倒せば済む話だ。そっちのデメリットよりコイツらと行動を共にするストレスが上回った。
「あ、あの…。室内での乱闘は…、というより依頼は…?」
「あ゛あ゛ッ!?」
思わぬ方向からの言葉にそちらを睨みつけると依頼人だった。俺が容赦なく放出し続けていた殺気に怯えつつも決死の思いで介入してきたといった様子。
……しまった。こいつがいた。このままここで戦ったら死にかねんな。仕事の途中で私闘を繰り広げたあげく余波でクライアント死亡とか洒落にならん。俺が今まで苦労して築き上げてきた信用は一瞬で灰と化すだろう。まったく思い通りに行かない世の中である。クソが。
俺は小さく舌打ちをすると殺気を消し身繕いをし営業スマイルでクライアントに向かう。
「これは大変失礼しました。少々頭に血が上っていたようです。壊れたものについては紅蓮に請求をお願いします」
「おい!」
「ちょっと!!」
「うるせぇ。てめーらが自分から見えてる地雷踏み抜いたせいだろうが。てかそこに刺さってる筋肉は抜かなくていいわけ?そろそろ窒息するんじゃね?まったくこれから仕事だってのに怪我するとか冒険者失格だな」
「お前がやったんだろうがッ!!」
リアムは俺の前まで歩いてくると至近距離から睨み付けてくる。俺も当然睨み返したため大変不本意ながら近距離で見つめ合う形となってしまった。
「今日のことはよく覚えておく。レイ、お前とはいずれ白黒つけなければならないようだ」
「その時はちゃんと遺書用意してから来いよ」
「…ふんっ」
こうして密かに起きたワイバーン襲撃以上の街の危機は商業ギルド会長の一言によって回避されたのだった。その本人は後に「10年は寿命が縮まった」と言ったとか言わなかったとか。
「おー、こりゃ派手にやってんね」
「……」
「でも意外と被害が限定的なのは兵士が頑張ってんのか?ふーんなるほどね」
「……」
「…はぁ、まださっきの根に持ってんの?仕事に私情を持ち込むのは良くないですよ?」
俺は隙間なく建ち並ぶ家屋の屋根から全体の状況を観察していた。あちこちで火の手が上がってはいるが激しく移動してる様子もなく上手くワイバーンを拘束できているように見える。しかもそれぞれ結構離れた位置である為ワイバーンは相互に連携ができず各個撃破のまたとないチャンスである。
そう思い、実に遺憾ながら今回共闘することとなってしまった二人、リーナとセナへ声を掛けたのだが、当の二人は大層不機嫌なご様子。
「…ヴァーンを殺しかけといてよく言えるわね。肋骨がバラバラだったんだけど。何か言い訳あるのかしらこのクズ野郎」
「特に無いけど?する必要も感じないね。てかその程度で済んだのか。俺は内臓破裂させるつもりだったんだけど…。頑丈だねぇ」
ジト目で睨んでくるリーナに適当に返す。
「必要を感じないって…。あんた自分が何したか分かってんの?人を一人殺しかけたのよ?」
「だから何?お命大事って話?道徳が説きたいなら教会か孤児院にでも就職すればいいんじゃないかな?個人的には教会がオススメだよ☆」
「…はぁ、もういいわ。あんたには何を話しても無駄みたいね」
「そういう事だ。俺は一番奥に行く。遅れてる子に気をかけて待ってあげる様な優しさは俺に期待するなよ」
「「あっ─」」
俺は後で黙っているセナにも声をかけ屋根伝いに走り出す。
はぁ、何でこうなったんだか。大方俺がまた何か悪さしないように見張りをつけたんだろうが迷惑極まりない。紅蓮のメンバーだろうがなんだろうが居るだけ邪魔だ。そもそもコイツらがいようといまいと俺が行動を変えることは無いのだ。ここ数日で一生分のため息を吐いた気がする。
因みに奥というのは兵舎から見て、という意味だ。奥の方が増援が到着しにくいため一番危うい。ここが瓦解してフリーになった個体が他の個体と連携しだすと厄介だし、人が来にくいということはそれだけ俺の実力を知る人数が減るということだ。まあ後ろの二人がいる手前、当然全力なんざ出さんが。それでも俺の『B2には見えない雑魚』というパブリックイメージを保つ為には少ない方が望ましい。
大通りを飛び越し目的地まで最短ルートで突っ走るとすぐに今回の標的が俺の索敵範囲に入った。どうもコイツに対応していた兵士連中は全滅したらしい。当のワイバーンはというと、ありがたいことに現在ビュッフェ形式で遅めのランチタイムと洒落混んでいるようである。全く関係無い話だが、ホルモンってよく食べる気になるよな。臭くね?俺なら腕か脚からいくと思うわ。食感が良いのか?……んー?まあ今はいいか。
つまりチャンスだ。
俺は更に速度を上げる。後ろからクレームがばんばん飛んでくるが気にしない。
俺はそのまま食事中のワイバーンの真横まで屋根伝いに位置取る。気配も音も消し、風下から忍び寄ったので今だに此方には気がついていない様子。我ながら惚れ惚れする穏形だ。
ワイバーンってのは亜竜の中でも最下位に属している。飛竜系統なだけあって地竜系統の亜竜よりは格上だがその外見は竜というより羽の生えたでっかいトカゲに近い。印象としては竜種がカッコ怖いのに対してコイツらはキモ怖いだな。
それでも竜の一門なだけあって馬鹿げた保有魔力とそれによるアホみたいな回復能力、身体能力がある。竜を殺すには方法が二つ。一つが竜核の破壊や断頭といった一撃で回復不可能な致命的ダメージを与え命を刈り取る方法。もう一つはちまちまダメージを与え続け、回復できなくなるまで相手の魔力を削り切る泥沼な方法だ。
そして俺が採るのは前者。
俺は剣を抜き放ち空中に身を踊らせる。
狙うは断頭。ワイバーンの首は特に強固な鱗によって守られているが俺には関係無い。極度に集中した気によって俺の刃はワイバーンの首なぞバナナのように切断できる。
俺は着々と近づくワイバーンのうなじへ剣を振り下ろそうと──。
「ちょっと!何で先行っちゃう訳!?あんた協力って意味が──あっ」
「そうです!もう決まった事なんですから責任を持って仕事を──あっ」
はい。やっと追い付いたKY二人組が全てを台無しにしてくれやがりました。
「グルルアアァァァ──ッ!!」
「マジかよおおぉぉぉ!!」
俺の存在に気がついたワイバーンは今の状況を正しく認識したらしく滅多に見せない溜め無しのブレスを俺にぶちまけて来やがった。
「ヤベッ」
俺は咄嗟に羽織っていたぼろコートを前面に翻し全身を包む。
直後、体を揺さぶる重い衝撃。同時にコート内部がサウナのように猛烈に暑くなる……だがそれだけだ。
奥の手を防がれ、驚いたように一瞬硬直するワイバーンと俺が交錯する。
「死ね」
交錯の瞬間、全身を平均的に覆っていた気の全てを握った剣へ注ぎ込む。気の全集中によって超絶強化された剣は予定通りあっさりとワイバーンの首を叩き落とした。首を落とすと同時に気も元に戻す。
「「はあああ!?」」
一瞬ヤバかったが何とかなったなと息を吐き出した時上の方から何か素っ頓狂な声が響いた。
あの馬鹿二人どうしてくれようか。