8 イケメン死すべし
依頼主指定地点は街のほぼ中心部に位置しているようなので、活気というものが何処かへ飛んでいったメインストリートを道なりに進んでいたのだが、中心部へ行くほど異臭が鼻を突き始める事態に遭遇することとなった。
「ねぇ、何か臭くない?」
徐々に強くなるその臭いにとうとうリーナが声を上げた。
「そうですね。なんとも言えない酷い臭いがします。それも中心部へ向かう程強くなっているような気が…」
「みたいだね。ここからじゃ道が曲がってて見えないけど中心部に何かあるのは間違い無いよ」
「でも何が?こんな街中にこんな刺激臭を発する物なんて…」
「うーん」
箱入りの良い子ちゃん達にはこの臭いが何か分からないらしい。だがこの一嗅ぎで胃が収縮しだすすえた臭いに俺は心当たりがある。
「…死臭」
「ああ」
隣を歩くマナがポツリと呟いた言葉に俺は同意する。
この時俺は、死体が見当たらないしワイバーンに襲われた連中が一所に集められてるんじゃね?と適当に考えていたのだが、この後その予想を裏切り思いもよらない光景を目撃する。
ソレは例の豪華な屋敷を囲む壁に作られた門の前にあった。
「何…これ…」
「嘘です…こんな…」
ソレを目にした一同は目を覆う。その惨状には俺も流石に引いた。
そこにあったモノを一言で表すなら、見せしめ。老若男女問わず総勢30人以上の人間が裸に剥かれそれはもうバラエティに富んだ方法で痛めつけられ磔にされていた。例えばある者は生皮を剥がされ露出した筋肉に蛆が湧き、殺してくれと壊れたように呟き続け、またある者は腹を裂かれてそこから零れた内臓が地面にまで達している。これじゃあ生きている奴は半分もいまい。死んだ奴もそのまま放置され腐りつつありハエがたかっている。臭いの大本はこれだな。
「うわ~、悪趣味過ぎるだろこれは…」
「…イカれてる」
珍しく顔をしかめるたマナも同じ考えなのかそれに同調。
「全くだ。自分家の前にこんな刺激臭を放つサムシングを堂々と展示するとか、やべぇ特殊性癖でもあるんじゃね?」
「…そこ?」
「ん?他に何が?」
「…」
ここで俺は周囲の騒音レベルが思ったより低い事に気が付く。原因はわざわざ探すまでもなく、前にいるリアムが意外にもずっと黙りこんでいるからだと分かる。
「っ……!」
その瞳はこの小さな人林の一つ、四肢を切り落とされた子供の死体を一点にうつしているようである。リアムは何かを必死にこらえる様にギリギリと歯を食い縛り、固く握り締めたその拳からは血が滲んでいる。
「間違っている…。この世界は間違っているッ……!」
「行きましょう…悔しいですが今の私たちに彼らを救うことはできません……」
「…リアム」
そう微かに呻く様に絞り出したリアムにセナとリーナが優しく寄り添う。その後少しして心の整理がついたのかリアムが傍の二人へありがとうと微笑みかけていた。
はぁ~、いいですねぇ~イケメン様はモテモテで。落ち込んでると美少女からの甲斐甲斐しいメンタルケアサービスまで付いてくるとか。これが俺だったら絶対こうはなるまい。下手したら後ろから刺される。
「マナはあそこに入らなくていいの?」
「何で?」
女性は基本的にイケメン様が大好きだと思っていた俺は一向に動こうとしないマナを不思議に思いそんなことを聞いたのだが、何言ってんだコイツみたいな目で見られた。
「あんなんでも一応パーティーリーダーだろ?気にならないワケ?」
「ならない。冒険者なら自分のケアは自分でするべき」
「そこは完全に同意。じゃあマナはリアムに個人的な感情を抱いていないと?」
「?、どういう事?」
「いやだってあんな面倒な馬鹿と行動を共にするとかそれが無きゃやってらんねーだろ」
俺だったら絶対にゴメンだね。さっきだって怒れるリアム君がいつ眼前の屋敷へ突撃かますかヒヤヒヤしていた。領内で絶対の権限を持つ領主に正面からケンカ吹っ掛けるなど自殺と同義だ。まあ流石にそこまでの馬鹿じゃなかったようだが。いずれにせよ今後参加者に紅蓮と書かれている依頼は全て断ると心に決めている。二度と会いたくないものだ。
「…別に。抜ける理由が無いからいるだけ」
「ふーん?」
理由なら腐るほどあると思う。寧ろコイツらと一緒にいるメリットを聞きたい。てかリアムが面倒な馬鹿ってとこは否定しないのね。
リアムに絡まれたり、鼻が暫く使い物にならなくなったり、リアムに絡まれたりしたが当初の予定としては非常に順調だ。俺たちはあの凄惨な処刑兼見せしめ現場から離れ、依頼主指定場所まで来ていた。
そこは悪臭充満する大通りから少し外れた所にあるなかなか大きな屋敷だった。門番へ依頼書と腕輪を見せ、中へと案内される。遠目からは大きな屋敷だと思ったのだが近くで見ると所々汚れていたりとメンテナンスが行き届いていない様子が散見され若干金払いに不安を覚えつつも大人しく応接室へ通された。応接室自体はかなり手入れされているらしく小綺麗で高価そうな調度品もちらほらと目につく。
現在依頼主は忙しいらしく待っていてもなかなかやってこない。備え付けのソファーにどかっと腰を下ろしぼーっと屋敷の主を待つ。
う~ん。暇だ。時間を無駄にするのは好きじゃないしこの間に何かしたい。普段なら気の鍛練でもしているのだが今は人目があるしな。鍛練自体は全力でやらないと効果ないし、だからと言ってコイツらの前でわざわざ己の底をお披露目するなぞ論外だ。…となると残るはアレだな。俺の攻撃主体は気によるものだけどやはり基礎能力の向上も疎かにはできぬ。
「……あ、あんた、な、何やってるワケ…?」
「あん?見れば分かるだろ」
リーナが信じられないモノを見る様な目を向けてきたので端的に返す。
というか今忙しいから話しかけるのは止めてくれ。俺は依頼主が来るまでにこれをあと三セットやらなければならないのだ。
「はぁ~、もう何から突っ込んだらいいのやら…。──とにかく、うるさいからそのフンフン言うの止めて」
「無理」
「ああもうっ!ちょっとマナそこどいて」
焦れたリーナが俺を取り押さえるべく俺の背中に座っていたマナに声をかける。
「おいっ、マナを退かすなよ。意外に結構重くていいトレーニングになるん……ぐっ!」
「重いのは装備のせい。私自身は重くない。訂正して」
後頭部に重い衝撃。今は気でガードしてないからかなり痛い。…と言うか、体重気にしてるのか。冒険者に男も女も関係ないとか言ってたのに随分と女の子らしい事で(笑)。いや俺は良いと思うよ?筋肉系女子。ストイックに自身を鍛える姿には好感が持てる。少なくとも一緒に仕事するなら体重だの化粧だの言ってる奴より断然望ましい。まあそんなこと言ったら本気で殴られそうなので言わないけど。
「ソウデスネー」
「……」
「ちょっと!話聞きなさいよ!」
「あ~はいはい。ちょっと待ってね~。あと少しで終わるからね~」
「この─っ!」
マナとリーナによる妨害をものともせず俺は筋トレを断固として遂行。
「ふぅ」
既定のセットを終え良い汗をかいたとソファーで寛いでいるとリーナが真っ赤な顔で突っ掛かってきた。
「あ、あんたねぇっ!!」
「あーもう何なの?空き時間に何してようが俺の勝手じゃん。他の三人を見ろよ。それはもう見事にガン無視ですわ。少しは見習ったらどうかね?それともアレか?俺に構って欲しいの?構ってちゃんなの?」
「なっ─!?そ、そんなわけないでしょ!!」
俺のセリフにリーナは真っ赤を通り越して何か別のモノに変身しそうなレベルで怒っている。
「あれっ?何でそこで言い淀む?もしかしてマジなの?実は寂しん坊?」
「…レイやり過ぎ。そろそろヤバい」
「ん?それはどういう──わお」
マナからの思わぬ忠告に従ってリーナを見ると、今までの激情はどこへやら完全に感情というものが欠落したかような無表情のナニかがそこにいた。
やべっ、からかい過ぎたか。コイツはオーバーかつ馬鹿正直にリアクションするから面白くてやり過ぎた。今のリーナからは得体の知れない嫌な雰囲気を感じる。こりゃ俺もちょっと覚悟した方がいいか。
意識を戦闘モードへと移行。あらゆる状況、攻撃、イレギュラーへ対処できるように神経を鋭く張り詰めリーナの一挙手一投足に注目する。
「お待たせして申し訳ない」
この狭い室内で魔力と気の協奏曲というよりハードなロックが爆音でおっぱじまりそうな時タイミング良く部屋の扉が開いた。
「い、いえこちらこそアポイントも取らず急に押し掛けてしまい…」
流石に不穏な空気を察したのか怒れるリーナを宥めるため割って入ろうとしていたセナが一番に声を上げた。
部屋に入ってきた今回の依頼主はこんなでっかい家を所有しているとは思えない疲れた顔のおっさんだった。長いこと安眠できていないのか目の下に染み付いたクマや、街のお偉いさんにしてはかなり安価だと思われる服装を見るに俺の懸念はより大きくなるばかりだ。
「こちらが依頼として呼び立てたのですからお気になさらず。…おや、取り込み中でしたか?」
「いえ、大丈夫です。ええと、今回の依頼の依頼主は貴方ということでよろしいですか?」
セナに代わって今までヴァーンと難しい顔で何事か話し合っていたリアムがうってかわった爽やかフェイスで答えた。
「そうですね。正確には依頼主の代表でして、この街の商業ギルドと自治会の会長しております。ああ、どうぞ寛いでください。新しくお茶をお入れしましょう」
そう言う依頼主に従い俺たちはテーブルを挟んだ対面のソファーに腰かける。
「それで、大変失礼ですがそちらは?こちらには冒険者が来るとしか知らされていなかったもので」
「ああ、それはとんだご無礼を。一人例外がいますが、僕たちはB2ランクパーティー“フラッピングホークス”です。ここらじゃ、“紅蓮”と言った方が分かりやすいでしょうか」
「紅蓮?それはあの“紅蓮”ですか?たった1パーティーで街をスタンピートから救った?」
ふーん。そんなことやってたのかコイツら。名前は知ってたけど具体的な功績とかは知らなかったな。興味無かったし。しかしスタンピートか…。よくもまあ、あんな面倒くさいもんに関わろうとしたもんだ。俺なら速攻街捨てて逃げる。
「ええ、その“紅蓮”です」
依頼主からの問いにリアムは自信と誇りに満ち溢れた微笑みを浮かべる。他の面子も心なしかドヤ顔をしている様に見えてちょっとイラついた。
それからはリアムを始めにパーティーメンバーそれぞれの自己紹介を終え最後に俺の番が回ってきた。
「それで残りの君は?」
「B2冒険者のレイです。今回はレイド規模とのことで“紅蓮”だけなく自分も参加します。敢えて強調しますが、自分は“紅蓮”ではないのであしからず」
俺はいつも通りの営業スマイルを顔面に張り付け当たり障りなく返答。しかし渋い顔のクライアント。
「…失礼だが、君は見たところ一人の様だが?他にパーティーメンバーはいないのですか?」
「ああ、自分の力量を懸念なさっておいでですか?自分はパーティーではなく個人としてB2ランクですので扱いとしては自分一人で隣の“紅蓮”と同等とされます。まあ確かにB2二組でワイバーン3体はなかなか重いですが何とかなるでしょう」
俺が楽観的にハハハっと笑ったちょうどその時部屋の扉が慌ただしく開かれ飛び込んできた男が叫んだ。
「ワイバーンです!!」