4 ファ○キン・リアム
「…!…い!おい!」
「…んあ?」
目を覚ましたら、リアムがブチ切れていた。
「お、おま、お前は何をやっているんだ!!」
「あばばばばば」
リアムが凄い形相で俺の胸ぐらを掴んでゆっさゆっさするもんで脳がシェイクされる。おいやめろ。後頭部が椅子にガンガン当たってるじゃないか。
「ちょっ…!やめてリアム!」
「そうですよ!やめてください!」
セナとリーナにリアムが引き剥がされようやく俺は胸元の自由を手にした。
「ゲホッゴホッ、何なんだよ一体。俺が何したってんだ」
そうこぼした途端流れる謎の沈黙。
「お前がそれを言うのか」
それを破ったのは未だに怒りが収まらないのか肩を震わせたリアムだった。
「は?何のことだ?俺にはお前が何にキレてるのか分からん」
「…じゃあ聞くが。お前はここに来てから一体何をしていた」
「えーと…」
寝惚けた頭で昨日のことを何とか思い出す。
「領主と商談して、決裂したから寝てた」
「このッ…!よくもぬけぬけと」
「リアム!」
俺の回答の何が気に障ったのか再び掴み掛かろうとするリアムを後ろの二人がなんとか諌める。
「お前は、多くの人々が、襲われ、傷つき、地に伏している間、何もせず、ただ寝ていたと、そう言うのかッ!?」
「そうだねぇ」
臨界近くで言葉も途切れ途切れに紡がれたリアムの問いに俺は気のない返事をした。
てか固い長椅子の上で寝たせいで体がこってしょうがない。こんなことなら上に寝袋敷いて寝ればよかったかな。
「お前はそれでも冒険者かッ!人々が虐げられていたら助けるのは当然のことだろう!それをお前は─おい!聞いているのか!」
眠気を我慢しきれずついついあくびをしたことで火に油を注いでしまった。
「悪い。寝起きで頭回らねーからちょっと一服してくる」
そう告げると俺は相手の了承も確認せずに席を立ち、建物の外へ向かう。視界の端でまたリアムが取り押さえられていたがまあ気のせいだろう。
「まだ暗いんですけど…」
てっきり朝かと思っていたが教会の入り口の階段に腰かけて見上げた空は暗かった。しかも星のカンジから俺が寝てからまだ三時間もたって無い可能性が濃厚。道理で眠い筈だ。
適当な店で買ったやっすい葉をパイプに入れ火を着ける。そして一吸い。チープな煙を肺いっぱいに吸い込み、紫煙を虚空に吐き出す。
「はぁ~、面倒くせぇ」
最近ハズカシ~イ騎士道もどきが冒険者の間でも蔓延していると思っていたがここまでとは。よく恥ずかしげもなく「弱き者のため!」とか「一人はみんなのために、みんなは一人のために!」とか口に出せるな。俺なら赤面ものだぞ。…いや、リアムは少し違うか。バックグラウンドがな…
「もどるか」
一服を終え、重い心を引きずりながら俺は教会の中に戻った。
時間を空けたお陰か俺がもどった時リアムは若干の冷静さを取り戻したようだ。まああくまで若干だが。その証拠に今度はヴァーンがリアムの後ろについている。そしてこの時起きて初めて俺は全員の顔を正面から見た。
わ~お、不信感しかない。
マナを除く四人から突き刺すように照射される視線にはそれはもう強烈な俺への不信感が装填されていた。
「それで?何の話だっけ?」
どっこいしょと再び椅子に腰を下ろし話を続けるよう促す。
「─ッ!お前はまだ─!」
「リアム。ちょっとこっちに来い」
冷静さをどこへ置いてきたのかまたまた爆破しそうになったリアム君は後ろのヴァーン先生に連行されて行った。
「リアムがいると話が進まないからね。それで?何でアンタはここで寝てたのよ。それに聞いたわよ、領主様を騙そうとしたんですってね」
「は?俺は自分の労働力を特別価格で提供しようとしただけだ。それを『騙そうとした』とは遺憾だね」
「賊を狩るのに20万も吹っ掛けたそうじゃない!たかが賊の相手で何でワイバーン2頭分もお金が要るのよ!こんなのおかしいでしょ!」
「…王国の法規に“冒険者取引”は依頼人と引受人との交渉によって金額を決めることになっているけど?」
「そんなことを言ってるんじゃな──」
リーナによる不当な中傷に俺は断固として抗議するが、どうも言葉が届いているか怪しい。尚も続けようとするリーナの相手が面倒になってきたのでしょうがないからこっちが折れることにした。
「分かった分かった!次からはもうちょっと謙虚に吹っ掛けるよ」
「だから吹っ掛けるのをやめなさい!」
「オーケーオーケー、適正価格にするから」
「絶対よ」
鼻息荒くこちらを睨むリーナ。こいつリアムのことどうこう言えないだろ。このパーティーは短気しかいないのか?それともアレか?火炎系魔法を使ってると短気になるとかそーゆーアレか?
「それでどうしてあなたはここで寝ていたのですか?」
リーナが興奮で使い物にならなくなったのでセナが代わりに俺に問う。まあ流石にここまで来るとコイツらが何で怒ってるのかは察しがつく。
「要はお前らが気に入らないのは何故困っている人を助けずにいたのかってことで合ってる?」
「その通りです。先ほどリアムが言ったように襲われている人がいたなら助けるのが冒険者というものでしょう。今回の件でみんながあなたに大きな不信を持ちました。『このままレイドメンバーとして背中を預けていいのか?』というほどに」
「見解の相違だね。俺を含め多くの冒険者は一から自力で奈落の底から這い上がってきた。だから自身の力を安売りしたりしない。“力”は冒険者にとっての商品であり自分で苦労して獲得した物だからだ。無償提供なんてしたら値が崩れるだろ?お前は人助けでスカンピンにされて食いっぱぐれたいのか?」
「…ですが!力ある者が力無き者を守ることこそが本来の正しい姿でしょう。そうやって皆助け合って今まで生きてきたのです」
「レイの言うことが正しい」
「なッ─!マナ!?」
「アンタどういうことよ!?」
今まで黙って事のなり行きを見守っていたマナによる唐突な奇襲を受けセナ、リーナが大きく動揺する。
「レイの言うことが正しい」
「何故マナがそんなことを言うのですか…?」
「…私もそうだから。でもそれを分かった上で安売りしてる」
「…な?マナもこう言ってるし、俺だけじゃないんだよ」
「でもレイも悪い。助けるのは自由。でも人の危機に付け入って毟るのはダメ」
「あーもう分かったよ!やめりゃあいいんだろ!やめりゃあ!もうやらねーよ!」
こいつらといる間だけはな。
「本当に?」
マナが真っ直ぐに俺の目を見て聞いてくる。体格差的に上目使いの様になり不覚にも少しドキッとしたのは俺が墓まで持っていく秘密とする。
「ああ、もうやらない」
負けずにこちらも見つめ返しそう答える。
嘘は言っていない。それがいつまでか言っていないだけだ。そもそも俺の推測通りならこっちも取引をご破算にされた借りがあるってのに何で俺だけ責められにゃならんのだ。
「…ならいい。セナとリーナもそれでいい?いいならこの話はもうおしまい」
「…分かったわよ」
「私もそれでいいです」
おーおー、身内だとこうもあっさり引き下がるのかい。その優しさを少しでもいいから俺にも向けて欲しいもんだ。
「…話は着いたからリアムとヴァーンを呼んでくるわ。そのあとこれからの事を話し合いましょう」
「わ、私も行きますっ」
そう言ってセナとリーナはここにいない二人を探しに行った。そしてポツンと残された俺とマナ。
「あ~なんだ、その、仲裁に入ってくれて助かった」
人にお礼をすること自体ほぼ無いので照れ隠しに頭をかきながら、少しぶっきらぼうに感謝を伝える。あのままじゃ平行線だし、下手に両者感情的になったら武力衝突の可能性もあった。そうなったらお互い無事では済まない。マナはそれを察し仲裁に入ってくれたのだろう。
「いい。私もレイには初対面の時の借りがある」
「ははっ、あれはなかなか衝撃的だった」
「これでチャラ」
「ええ~、下手したら死んでたんですけど」
「でも生きてる。リアムとも取り成さないとだから差額は現金でいい」
「金取んの!?」
「冗談」
そう言ってマナはフフッと笑った。
分かりにくい。こういう無表情タイプの冗談は非常に分かりにくい。完全に本気で金取るつもりだと思ったわ。あとコイツが笑ったとこ始めてみた。結構…略。
「…もっと笑えばいいのに」
「なに?」
しまった。思わず考えてたことがポロッと口から溢れていたようだ。未だに上目使いが効いているとみえる。これはよくないな。情が移ると簡単には切り捨てる事ができなくなるから極力人に関心を向けたくないのだが。…少し距離を置くか?
「なに?」
マナからの二度目の追及。…スルーしてはくれないか。
「いや、大したことじゃないよ。せっかく可愛いんだからもっと笑えばいいのにと思っただけ」
「…っ。余計なお世話。私は冒険者。冒険者に性別も美醜も必要ない」
「だろうな。でも見た目は個人の努力でどうこうなるものでもないから、せっかくいいもの持ってるなら有効活用しないと勿体無いと俺は思うよ。まあ、こんな俺に言われたくはないだろうけど」
「…」
そう言いつつ使い込みすぎてやや前衛的なデザインとなった己の装備を見下ろす。
「連れてきたわよ」
「えらく時間かかったな」
「外で復興の手伝いしてたのよ」
「ふーん」
戻ってきたリアムを見た感じではすっかり冷静になっているようだ。
「話は聞かせてもらった。もう僕から言うことは何もないよ。でも最後にレイ、君に問いたい。今この光景を見て何を思う?」
そう言ってリアムは後ろの惨状を指差す。
教会の中はなかなかのカオスと化していた。一列に並べられた死体とそれにすがりついてる連中の泣き声や包帯でぐるぐる巻きにされミイラみたいになってるやつらの呻き声、悲鳴でうるせぇし、その間を忙しなく動く医師や看護師、聖職者の声も混じって俺よく寝られたなってカンジ。そこら中に血が飛び散っていて教会内部は血の臭いが充満している。
この光景を見て何を思うかだって?ハッ、何度も言うが最早見飽きた。今更何も感じねーよ。まあコイツらが欲しい言葉くらい察しがつくが、俺のスタンスも加味してこの言葉を贈ろう。
「えーと、ご愁傷様?」
半笑いで耳をホジりながらの言葉に返ってきたのは拳だった。
「…ぐっ」
「クズが!」
頬を思い切り殴られ勢い余って地面に倒れこんだ俺にリアムは遥か高みから純度100%の軽蔑の視線を向ける。
「…それでこれからどうするの?」
「そうだね。依頼の方も結構緊急だから─」
理不尽な暴力に晒されたかわいそうな俺を誰も気にすることなく会話が進んでいく。
まあぶっちゃけあの拳は避けれた。上位冒険者に気や魔力で強化されていない攻撃程無意味なものはない。だが俺もリアムも話を進めるために事の落とし所を探っていたのだ。んで、リアムの性格を考えるとしょうがないので俺が折れて殴られる事に。
にしてもこの野郎。わざわざ殴られてやるんだからもうちょっと手加減しろよ。思い切り殴りやがって。奥歯折れてたらどーするよ。短い時間だがコイツらと行動して分かった事がある。俺は、リアムが嫌いだ。
ほっぺた痛い…