36 暴力ダメ絶対。
さて、修行をつけてやることにしたは良いが問題が一つある。貴族の娘を内壁どころか街壁の外へ連れ出すなど、誘拐以外の何物でもないという点だ。
当然それを見逃すはずの無い人物が一人。そのジジイはにこやかに近づいてきたかと思った瞬間、ラリアットをかます勢いで俺を引き離す。
「テメェ正気か?お嬢様を街の外へ連れ出すってのか?この方をなんだと思ってやがんだ?ああ?」
「こんな安置で棒きれ振って何になるってんだ?やるからには徹底的にやる。それがそのお嬢様の望みなんだろ。だから黙ってな。半年でアンタより強くしてやるよ」
「爺や!…お願い。今を逃したらあたしは一生籠の鳥になる。そんな気がするの。だから行かせて」
「お、お嬢様…しかし…」
流石のジジイもお嬢様の言葉には弱いのか、ジジイがひるんだ隙に俺は追い打ちをかける。
「アンタが仕えてるのはどっちだ?リンドヴルムか?ラティファか?」
「ぬうう……」
「じゃ、そーゆーことで。後はよろしく☆」
ごちゃごちゃ言われる前にと、俺はラティファを連れ<長距離転移>の魔法石を即時発動した。ま、あのじいさんなら何とかするだろ。屋敷ではそれなりの立場にあるようだし?
誘拐先はウルから程近い浅部。
「……ここが、外”ね?」
「そうだ」
森は昼なのに薄暗く、空気も生温い。ここにあるのは陽光と花の香りに満たされた貴族の庭園とは違う生々しく湿った“生き物の匂い”
索敵魔法の反応をみるに他の冒険者も近くをうろついているようだ。もう少し奥へ行くか。
「……ふうん。いいじゃない。修行場ってわけね」
周囲を見回したラティファの声は強がっている。だが、肩がわずかに震えているのを俺は見逃さない。
「ハッ、ビビってんのか?」
「う、うるさい!それ以上に楽しみなの!だって、あたし……こういうの、ちょっと憧れてたんだから!」
そう言って足を一歩踏み出すが――
――ガサッ
茂みが揺れた瞬間、ラティファの肩が跳ねる。だがすぐに胸を張り直す。
「い、今のは……動物よね!? たぶん!」
「風だ」
「……知ってたわよ!ほんとはね!」
明らかに強がり。それでもその表情には喜色が浮かんでいる。森の濃い匂い、湿った空気、鳥の鳴き声。すべてが初めてで、全部が新鮮、そんな表情だった。
「わぁ……すごい……!城の庭園とは全然違う……生きてるって感じ……!」
そう言うと、ラティファは小さくガッツポーズした。
「あたしね、こういうの……本当にワクワクする!強くなれるって思うと……胸が熱くなる!ようやくあの鳥籠から出られたんだから!」
その瞬間――
――ギャッ!
近くの木々が大きく揺れた。
「ひゃッ……!? な、なにいまの!!」
「今のは獣だ」
「で、出るのね……本当に出るのね……!!」
それでもワクワクが勝ってしまっている顔だった。
「行くぞ。今日、お前は“本物の戦士の世界”に足を踏み入れる事になる」
「……うん!行きましょレイ!!――あたし、ちゃんと強くなるから!」
そう言って、胸の高鳴りを抑えられないままラティファは自分の足で森の奥へ進んでいく。
「止まれ。ここらでいい」
さて、始めるとしますか。期待に胸膨らませている所悪いが、これからする事は俺ですら気分が悪い、しかし避けては通れない通過儀礼。
「ラティファ」
ちょいちょいと手招きする。
「なに――ゔっ…」
俺は覚悟を決めるとラティファのその端正な横っ面を殴り飛ばした。
「え…え…え…?」
ポタポタと自らの鼻から流れ落ちる鮮血を手で受け止め、何が起きたか理解できない呆然とした視線を向けてくるラティファ。
だが俺はそれに応えることもなく続けざまにラティファの顔面を本気で殴り付ける。グチャリと嫌な感触の後に殴った拳に生暖かさが残る。
「痛”っ―な、何…?どういう―うぐっ」
仰け反ったがら空きの腹に蹴りを追撃。気絶ないよう気をつけながら倒れ込んだ彼女へさらに拳を振り下ろす。
「い、いや、やめて!やめてよ!何でこんな――いやぁぁぁ…」
問いには答えない。ただただ無言で無感情に無機質に淡々とラティファへと拳を振るう。逃げようとするラティファを引きずり戻し追加で5~6発殴った頃には俺の手は血に染まり、森林浴にでもぴったりだった森の澄んだ空気は鉄と生臭い匂いに汚染されていた。
そしてラティファは出血し膨れ上がった顔を庇うように身丸めて縮こまり震えている。数分前の端正に整った美しい貴族の令嬢の姿は見る影も無い。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
まだだ。ここでやめたら意味が無い。
俺は顔を庇うラティファの手を無理矢理引き剥がすと、更なる鉄拳を振り下ろし、マウントポジションから容赦無く暴力を降り注ぐ。
さあどうする。このままだと死ぬぞ。
ぐったりと死んだ瞳で力なく横たわるラティファへ努めて無情に無機質にさらなる拳を振り下ろそうとした瞬間であった。
「う――ああぁぁああああぁあああ!!!」
突如俺を押しのける様に身体を起こしたラティファ。瞬間、俺の右のこめかみに衝撃が走る。石で殴られた、そう悟った時には立場は逆転していた。
後ろに倒れ込んだ俺にのしかかり、ラティファは両手で抱えるようなでっかい石を何度も何度も何度も俺の頭へ振り下ろす。度重なる重い衝撃、頭蓋が割れる痛みに俺の意識が混濁し、最早動けないと分かるにも関わらず恐慌状態のラティファは叫びながら石を振り下ろし続ける。そうだそれでいい。
「そこまで」
流石に俺も限界を感じたあたりで尚も振り下ろされる石を砕く。肩で息をしながら破壊された武器の代わりになるものを探すべく必死に這っていくラティファ。
「あ〜クソッ、痛ってぇ…」
そんなラティファを尻目に立ち上がった俺はハイポーションを2つと一方を取り出すラティファへ放りもう一方を自分で飲む。
と、ここまでは昔とあるクソジジイに受けた仕打ちを真似ただけなのだが。実際俺の経験上有用と判断したので取り入れてみたわけだ。今回に関しては石を使っていたのは良かったな。環境物を利用した点は評価できる。俺の場合は頸動脈を噛みちぎるというシンプルなものだったが、その点コイツはなかなか悪くない。
狙いは主に二つ。一つは胆力の養成。これが無くて初陣で死んだ人間を大勢知ってる。ラティファに関しても牙はあれど所詮は温室育ち。殴られる、ましてや己の死を感じる瞬間など味わったことはまず無いだろう。ケンカやDVで殴られるのとは訳が違う、殺意がこもった殺す為の暴力、圧倒的な死の気配。これらを経験させておきたかった。
特に淡々とした無機質な暴力ってのはかなりクる。初めに強烈なのを経験しておけばちょっとやそっとの事では動じなくなるものだ。とはいえこれがトラウマにならなけりゃの話だが。まぁ、そーゆー奴はどの道この業界長くはないので、早いうちに分かって良かったではないか。
二つ目は適性の見極めだ。何を重視するか大雑把に今後の方向性を決める。死を間近に感じた時の反応で分かる。まずフリーズして身体が動かなくなる、又は諦めて足掻くのをやめた場合、前衛は向いていない。次に殴り付けた後逃走といったように身を守る行動をとった場合は防御型が適性。そして最後に脅威の排除、俺を殺そうとした場合には攻撃型となる。先ほどの行動を見るにラティファは俺と同じ攻撃型だ。教えやすくて助かる。
その人間の本質と鍛え方とが対応していないとチグハグな戦い方になってしまう。ある程度は矯正できるとはいえギリギリの境界線では致命的になり得る。
「暴力に慣れろ。暴力を加えることに慣れろ。暴力を加えられることに慣れろ。忘れるな。剣を取るとはどういう事か。お前が足を踏み入れようとしている世界はこういう場所だ。これが俺からのファーストレクチャーだ」
ハイポーションによってダメージは回復したはずだが、依然として俺から距離を取って縮こまっている彼女へ歩み寄り問う。
「どうだ折れたか?」
俺に声をかけられビクッと震えるラティファ。
「な、何がよ」
「心だよ。やめるならいつでもいいぞ」
この言葉に目を見開いたラティファの瞳には未だ強い光が宿っていた。これまでの憧憬とは違う、地に足の付いた鈍く鋭い光。
「ちょっとびっくりしただけ!!折れてないっ!!」
ニヤリ
はぁ、ようやく終わった。俺は本来嗜虐趣味の変態ではないので痛めつけるのも嬲るのも趣味ではない。相当ドタマにキてない限りサパッと一撃でがモットーでなのである。
まったく、教えるってのも大変だな。
今回は尺短めです。
尺長めで低更新か尺短めで高更新かで悩み中。
暫く前者でゆきまする




