35 いろんな意味でやべぇ奴認定されてますねこれは
屋敷を囲む二重城壁、平時は開放されている外壁をくぐり、ウルの都市機能を担う建物群―通称貴族街を抜けた先。石造りの内壁は城塞のように広大で、金の装飾が施された白亜の壁面は陽光を浴びてキラキラと反射光が目に刺さる。
俺が嫌々ながら、渋々、忸怩たる思いで、ため息混じりにも、やってきたのはウルの中心、街の心臓部にしてこの街の最高権力者がおわします御所。そう公爵邸である。
「ごめんくださ〜い」
これまた優美な彫刻の施された門前で無作法にも気の抜けた声を上げる俺に門の両脇を固める守衛が嫌な顔をした。
「お前ここがどこか分かってるのか?リンドヴルム家の御屋敷だぞ」
「いやだからぁ、そのリンドヴルム家のお嬢様の家庭教師に」
「お前みたいなのがお嬢様の家庭教師であってたまるか」
「んだよ、せっかくこっちはちゃんと仕事着で来てやったってのに。アレか?鎧か?キンキラキンな鎧でも着ときゃ満足か?言っとっけどあれ実戦じゃマジで役に立たねーぞ?」
「そういう問題じゃ無い」
なんならいつものラフなオフスタイルで来ても良かったんだぞ?まったく失礼な奴らだ。こちとら受けたくもねー依頼でわざわざ出向いてやったってのに。
「騒がしいですぞ。一体何事か」
公爵家の門前で押し問答すること暫し。騒ぎを聞きつけたのか、パリッとした燕尾服に身を包み執事然とした初老の男が門の内から顔を出した。
「それが…このみすぼらしいのがお嬢様の新しい家庭教師と名乗りまして」
「ほう…」
つま先から頭のてっぺんまで不躾にもジロジロ眺められる。蔑むようにふっと鼻で嗤われた。
「お帰りください。たまにいるのですよ、分不相応にも公爵家へと取り入ろうとする輩が。ここは貴方のような人間が足を踏み入れて良い場所ではない」
俺としても是非ともそうしたいところなんだが、残念な事にあのギルマスに脅迫されている。このまま帰ったら何をされるか分かったもんじゃない。脳裏にちらつくあの薄気味悪い微笑みにげんなり。
しかたなくにっこり笑って(ついでに守衛二人にも見せつけるように)ギルドの紹介状を見せる。こいつはなんとギルマス直筆、その上ギルドの紋章にギルマス個人の徽章の連名仕様である。まず無視はできないだろう。
「大変恐縮ではございますが足を踏み入れさせていただきますね?」
「ううむ……」
紹介状に目を通したクソジジイは悔しげながらもチラリと俺の腰元に目を向ける。あーセキュリティ上帯剣したまま屋敷に入るのはよろしくないか。
「剣が気がかりなら預かってな。無くすなよ」
ポイと腰に吊るした剣を鞘ごと投げる。まあ武器はこれだけじゃないんだが。全部取り出したら一山になる。
「なんと不躾な……」
危うげ無く受けとったジジイは僅かに俺の愛剣を鞘から引き抜く。刀身に目を走らせた瞬間、その瞳に鋭い光が宿ったのを感じた。
「…これは貴方の獲物ですかな?」
「それ以外のなんだっつーの?」
まさか誰かから盗んだとでも思われてんのかね。なんて嫌なジジイだ。
「……ご案内いたしますこちらへ。ああ守衛の方はそのままで。この件は私が引き継ぎますので。ご苦労様でした」
「はっ、承知しました。ヴェイル殿が付いているのであれば我々も安心です」
色とりどりの花々が植えられ花の香りで満たされた庭園。今も庭師によって手入れがされている楽園のような庭を執事の先導で屋敷まで歩く。だがここで耳を疑うような台詞が前を歩く高級使用人の口から飛び出した。
「おいクソガキ、ここは本来テメェみてぇなドブネズミが入っていい場所じゃねぇからな。どうやってギルドのギルマスに取り入ったのかは知らねぇが、滅多なことしたらぶっ殺す。覚えとけや」
このジジイ人目が無くなった途端豹変しすぎじゃね?
元ヤン執事から次々に飛んでくる罵詈雑言を適当に流しつつ(面倒臭いので)ようやくリンドヴルム公爵の住む館へと到着。
「わぁお、すんげぇ」
―――大扉を抜けた先に広がる光景は、まさしく別世界であった。
高天井から吊るされた巨大な水晶のシャンデリアは昼でも煌々と輝き、虹色の光を床へと散らす。床一面に広がるのは職人が数年を費やしたであろう大理石のモザイク画。白と黒、朱の石が組み合わされ、王家の竜を象った紋章が足元で睨みを利かせていた。
空間を彩る生花を活けた巨大な花瓶からは濃厚な香りが漂い、庶民には息苦しいほどの贅沢さを醸している。壁に掛けられた巨大な肖像画は歴代のリンドヴルム家当主たちだろうか。
さらに奥へと続く大階段は緋色の絨毯に覆われ、手すりは黄金細工の蔦模様。段ごとに磨き抜かれた装飾が光を反射しまるで登る者を試すかのような威圧感を放っていた。
その頂上、いやに風格のある男を先頭に数人の集団が通りかかる。周囲の諂い方から先頭の男こそ当代のリンドヴルム家当主、ジグムント・アドルフ・マクシミリアン・フォン・リンドヴルム=アウローラ公爵閣下その人なのだろう。タイミングが悪いにも程があるぞ。
僕のような庶民からすれば公爵など神に等しい存在だ。そしてなにより領内において領主は絶対。生かすも殺すも自由。僅かな非礼で首が物理的に飛ぶ。故に一般市民に過ぎないこの身をしては最上級の礼でもって神が荒ぶる事無く過ぎ去る事を祈るしかない。
「このネズミはどこから湧いた」
だが俺の祈りも虚しく最悪な事に公爵閣下の視界に入ってしまったらしい。彼のお方は人では無く何か別の下等な生物を見るような視線と共に冷たく告げる。
「駆除しろ」
「ハッ!」
当直の騎士数人を含む守衛十数人に囲まれる。向こうは当然抜いている、つまり、この俺に刃を向けてくれちゃってるわけだが。流石にこんなしょーもない事で公爵家と戦争なんざ御免被るのでここは穏便に軽く殺気を滲ませる程度の対応にしておく。こっちの話聞きそうなタイプじゃないし、さてどうしたもんか。
「お待ちくださいませ」
この後何が起きるか悟ったのか知らないが、間髪入れずに間に割り込むデキるジジイ。
「旦那様。この者はラティファお嬢様の新しい家庭教師でございます」
この言葉に公爵はふと何かを思い出すような仕草を見せる。
「…ああ、アレのか」
それきり俺への関心を失ったのか一瞥もすること無く行ってしまった。それにしても実の娘をアレ呼ばわり、なるほどそーゆー感じのご家庭ですか。
「おいクソカスゴルァ…俺に恥かかすんじゃねぇぞゴルァ…しかもテメェ…その殺気…頭沸いてんのか…!?」
何だこのジジイ。
一悶着あったがやっとお仕事の時間だ。家主へのお目通りも済み、粗相したら殺すと脅され案内されたのは曰くお嬢様専用の修練場。そこは館の裏手、内壁近くにひっそりと隔離でもされているかのような場所であった。
見ると話の通り少女の後ろ姿が一つ。一つにまとめた緩くカールのかかった金髪振り乱し、こちらに気が付かない程熱心に木剣を振り続けている。
そのあまりにも健気で幼気な後ろ姿に思わずちょいと仮想戦のお誘いをかましてみる。
結果は明白、特に反応も無く見事な唐竹割りであった。しかしその後に思わぬ事態が起こる。
意外や意外、なんとこのお嬢は驚いたようにバッと振り返ると俺を凝視したのだ。歳のほどは14くらい、大層気の強そうな小娘がそこにいた。
「今…あたしに何かした?」
へぇ…。
「爺や説明して。誰よコイツ。何このキモいの」
意味深にニヤつく俺を放置しお嬢様は執事のジジイへ目を向ける。俺の説明を受けるにつれ、お嬢様のご尊顔はみるみるうちに曇り給うておられる。
「は?家庭教師?この小汚いのが?あたしはこの街で一番の剣士を呼んでこいって言ったんだけど。それがどうしてドブネズミが来るのよ。こんなのに剣を教われっていうの?」
俺を指さしながら執事のジジイに食ってかかるお嬢様の怒りはさらにエスカレートしていく。
「今うちにいる冒険者だったら“雷鬼”とかじゃないの?あたしを騙そうったってそうはいかないわよ!ギルドに直接乗り込んでやる!」
おっとこいつはマズい。公爵家相手に無能を紹介したとあってはそれこそ大問題だ。ギルマスは俺の性格を知っている。俺が家庭教師なんぞという高尚な仕事に向いていない事など百も承知だろう。であれば奴が望むシナリオ、それは能力はあれど人格に難ありとして俺が返品されること。そうすればこのお嬢要求は無下にせずに適切な人材を派遣できるようになる。そのためにはある程度の実力は示す必要がある。
チラリと訓練内容に目を向ける。10m程先に鎧を着せた人型の巻藁、そしてそれに向かって剣を振るお嬢。遠当て、”飛燕”の練習か。
「ちょっと拝借」
ジジイの制止を無視して木剣をお嬢様の手から奪うと、無造作に一閃。ゴトリと斜めに落ちる人型の巻藁。
「斬れた…?木剣なのに…」
「関係無い。放出点を絞れば刃自体は形成できる」
「ふ、ふぅん?ちょっとはやるようね。でもこれくらい――」
論より証拠。目を丸くしたひよっこが強がりを口にする前にほんの少し違和感。
「ん…?」
斬られた巻藁の奥、リンドヴルムの屋敷を囲む内壁へと近寄って壁を押してみると半分から上が倒壊した。
「……てへっ☆」
ペロっと舌を出す俺。
「あーーーっ!!」
やっちまった。
内壁の倒壊した部分の補修は衛兵に任せつつ、弁償代が気になる所ではあるが一旦仕切り直しだ。
ひっそりと隔離されたような場所と言えどそこはやはり貴族、丁度良い日よけの下ちょっとしたお茶会でも開けそうな備え付きの調度品の椅子にどっかりと腰を下ろしたラティファ嬢。執事のジジイが差し出したタオルで汗を拭ったお嬢様はふんぞり返って有難くも自己紹介をしてくださる。
「ひれ伏しなさい!このあたしがラティファ・ルイーゼ・リンドヴルムよ!本名は長くて面倒だから省くわ。あんたみたいな庶民は本来会話する事も許されないんだから感謝するのね!」
「あー、B2ランク冒険者のレイでぇす。よろしく」
追い返されない所を見るに多少は実力を認められたか。後は俺が返品されればオッケー。
「んで?そのラティファ嬢は何をお望みなんです?ご令嬢の少々お転婆な嗜みにお付き合い差し上げればよろしいんで?」
「なに?馬鹿にしてる?立場わかってんの?」
俺の態度にガッツリ眉間にしわを寄せるラティファ嬢。本来ならクライアントに対してこんな態度は取らないのだが、ギルドからのオーダーは『しでかす前にさっさと振られてこい』なのでこの暴挙だ。あとシンプルに貴族が嫌い。彼女の背後に控える執事のじーさんが般若のような顔になっているが無視。
「分かっちゃいますぅ?こっちも暇じゃないんでね。遊び相手が欲しいなら―」
「遊び…?」
何が気に障ったのか、この一言にラティファ様は立て掛けた木剣を引っ掴むとつかつかと俺に詰め寄る。
「勝手に決めつけんなッ!!」
怒声と共にビシッと目の前に突きつけられた木剣。
「あたしは本気だッ!!力が必要なの!政治の道具じゃない、あたしがあたしとして生きるために!!」
「…ほぉう?では学びたいのは剣術でなく、ちゃんと使える戦闘スキル全般であると?」
「そうよ!」
「なるほどねぇ…。『あたしがあたしとして生きるため』か…」
なら、と木剣を押しのけ至近距離からラティファの瞳を覗き込む。
「その為にお前はどこまでやる?何を賭ける?」
「全てよ」
彼女の碧眼の奥に迷いの色は無し。
「ハッ、口ではどうとでも言える」
これは少し箱入りのお嬢様にリアルというものを教育して差し上げるか。
「――お嬢様!お下がりください!」
「待って!」
俺の懐にダガーを確認したジジイが血相を変えてラティファの前に出ようとするが、俺に害意が無いのを察したのか彼女はそれを制止。そしてドブネズミ如きに後れを取ってなるものかという貴族としてのプライドかはたまた本人の勝ち気さ故か、俺へ挑発的な笑みを向ける。
「受けて立ってやろうじゃない」
「ハッ、いいね」
俺はそのまま取り出したダガーで自分の手首を切る。心臓の鼓動に合わせて止め処無く流れ出す血液。ボトボトと足元に血が溜まり、むわっとした鉄と潮の匂いが周囲に満ちる。
「えっ……ちょっきゅ、急になに…し…うぷ」
「動くな。軽いテストだよ」
俺は血に塗れた手で動揺するラティファの顔に触れ、肩に触れ、最後は頭の上から血を注ぐ。整った顔や美しい金髪、小綺麗な服ジがワジワと朱に染まってゆく。
「どうだ?」
「え…どうだって言われても…。ぬるぬるして気持ち悪い。あと生臭いし鉄臭い」
「ゑっ、あ、そう…あれぇ?」
期待したリアクションとは程遠い。てっきり俺は気絶するかパニックになるか、『高貴なる妾に何しくさっとんのじゃ!この下郎!処刑してくれようぞ』的な事を叫ばれるかと思っていた。てか後ろのジジイが今にも言いそうだ。さっきの宣言の手前一応黙ってはいるが。
う〜ん、なら次だ。補血薬を飲みつつ血が付いたままのダガーをラティファへ渡す。
「刺してみろ」
両腕を広げ、ここだと自分の腹を示す。渡したのは刃竜のダガー。俺の装備も貫ける。
「えっえっ何どういう事?お腹なんか刺したら死んじゃうじゃん!!」
「ハッ、冒険者ナメんなよ?これくらい日常茶飯事だっての」
「本気なの?自分を刺せって…馬鹿なの?あんたさっきから何がしたいの!?」
「いいから、やれ。力が欲しいんだろ?だったらやれ。思いっきりやれ。加減したら落第だ」
動揺のあまり素っぽい口調がチラ見えするラティファへさっさと刺せと圧をかける。
「わ、わかったってば!……いい?やるよ?ホントにやるよ?死んでもあたしは知らないからね!」
「落第まで〜五秒前〜、5…4…3…」
止めに入ろうとするジジイを視線で黙らせつつ、ぷるつく手で短剣を構えるラティファにさらに圧。
「こっこの…っ!―――やあああ!!」
「っ」
ガードせず、急所をずらす。鋭い痛みが走る。指示通り容赦無く突き出されたダガーは根元近くまで俺の腹に突き刺さった。だが前述した通りこの程度慣れたものなのだ。
「ふむ。血への耐性あり、力への渇望、そして攻撃性もあり、か」
「ハッ…ハッ…ハッ…こ、攻撃性って!!アンタがやらせたんじゃん!!ていうか!まだお腹にダガーぶっ刺さってるんだけど!なんで平然としてんの!?」
あーそうだったとズボッと刺さったままだったダガーを引き抜きポーションを飲む。
「たまにいんだよ、生き物を傷つけられないっていう腰抜けが。『できない』と『やらない』は全く別だからな。お前は違った様で何よりだ」
前者は能力の問題、後者は意思の問題。
チラと目をやる。全身血に濡れ肩で息をする公爵令嬢。その姿は今まで見たどんな貴族の娘よりも美しく俺の目に写った。
「ハッ、様になったじゃねーか」
ニヤリと笑う。貴族なんてのはどいつもこいつも去勢されちまってると思っていたんだが、いるところにはいるもんだな。この小動物をニャンコで終わらせるか虎に育てるかは俺次第ってか。面白い。
「気が変わった。合格だ。言っておくが、俺に容赦や情けを期待するなよ。徹底的にやる。その代わり耐えきった暁にはまともになってる事だけは保証してやるま、それも今ので心が折れてなきゃだが?」
この言葉でラティファの瞳に期待と高揚が宿る。
「折れてない!折れてない!よろしくお願いします!」
「よし、ならついて来い。今から“外”へ行く」
「え"今から!?その前にちょっとお風呂に入りたいなぁ〜…なんて…」
「どのみち汚れるぞ。せっかくキレイになったのにまたお嬢に戻る気か?」
「えぇ…本気?…本気か…あたしこれでもこの国最高位の貴族の娘なんだけど…」
「おらキリキリ歩け」
――いつのまにか立場が逆転している事に気がつかない俺とお嬢様であった。
ラティファの本名はこちら「ラティファ・ルイーゼ・アナスタシア・リ・リンドヴルム=アウローラ」さんです。




