34 ギルド関係者は腹黒い奴しかいないのか
朝起きたら冒険者ギルドから召喚状が届いていた。看板娘エリーに手渡されたそれの中身を要約すると『B2ランク冒険者レイは同マナを伴い本日中に当ギルドへ出頭せよ』だ。何これ怖い。しかも封蝋の紋章を見るにギルドマスター直々のご命令ときている。とても怖い。つーか何で俺が麗しきエリー亭に滞在してるって知ってんだ?届け出なんてしてないぞ。
やだな~行きたくないな~と思いながらも渋々顔を出す事に。
寝間着姿だった俺と対照的に既に身支度を済まし食堂で朝食と摂っていたマナを伴い赴いた先で、俺達は衝撃的な光景を目撃した。
本来建物が整然と立ち並び、街を訪れた者にどうだ凄かろうとドヤ顔をかましているべきメインストリート。その一角があろうことか半壊しているではないか。点在する黒いシミを避けつつ歪んだ石畳を歩く俺たちに向けられる周囲の目は心なしかいつもより鋭い。
そんな一角の中心にあったのは見るも無惨な冒険者ギルドの姿であった。壁や屋根の三分の一は崩れ外からでも内部がまる見え。ただ、逞しいというかなんというか、半ば廃墟のようになってしまった建物でも絶賛営業中らしいギルド酒場から聞こえる冒険者達の声もありギルドは何ら問題なく機能しているようだ。
「どーもー、随分と斬新なリフォームですね?最近のトレンドはシースルーですか。個人的には担当した建築家はクビにすることをオススメしますよ」
未だ血の匂いが残る室内、カウンターにて何やら難しい顔をしながら書類と向き合っていたアイシャさんに何事かと声を掛ける。パッと書類からその端正な顔をあげたアイシャさんは俺を認識するとニヤリと笑った。
「風通しが良くなったでしょう?有志の方々が親切にも改装をしてくださったんですよ」
俺は僅かに目を細める。
「有志の方々?」
「昨日“異形”が出まして。すぐに対処はしましたが、Dランク冒険者三名B2ランク冒険者一名の変異だった事もありこの様な結果に…」
「Dも?B2なら分かる。でもDランクは深部に出入りしない」
このマナの問いに俺も内心同意する。俺自身魔境に出入りする事もあり変異には執拗なまでに気を配っている。確かに人間である事にこだわりは無いと言ったが、それはあくまでも俺が俺であるならばの話だ。醜悪な理性なき化け物になるのは御免被る。
「その点は残りのパーティーの方々に聴き取り調査中です。元々変異や発狂のリスクが高い職業ですから何とも言えませんが」
ふぅと疲れた様子のお姉さん。徹夜なのか目元にクマが見て取れる。
「今回は人的にも物的にも周辺に大きな被害が出ました。我々への風当たりはこれから更に強くなると覚悟すべきでしょうね」
アイシャさんはさっきまで向き合っていた書類をマナと俺へ差し出す。内容は被害報告と周辺住民の声といったところか。
「実際冒険者の追放や管理下に置くといった声も上がっています。まぁこれは冒険者ギルド発足当初からある議論ですが…」
「ギルドはどう動く?」
こーゆー厄介事からの防波堤としての役割もギルドにはある。安くない手数料と会費を毟り取っていくんだからそれくらいはしてもらわねば。
「特に無し、です。冒険者制度の意義は周知の事実ですので。これも民意を汲んだというパフォーマンス、人気取りの一環ですね」
冒険者制度の意義を端的に言うなら、魔獣対応のアウトソーシングだ。本来、魔獣対応を含めた治安維持は領主に行う義務がある(というか、無法地帯化して最終的に困るのは領主)。ただ通常の対人の治安維持だけでなく魔獣対応まで自前の軍で行うとなると途轍もない軍容を必要とし、維持費に関しては天井知らず。実際にはそこに損耗まで重なるとなれば、必要な時だけ雇えてそれも成功報酬、死んでも懐が痛まない専門家のなんとありがたいことか。
さらに一般市民にも恩恵はある。F〜Eは安い手間賃でこき使えるし、上位冒険者、特にAランクともなれば消費するアイテムや装備の補修、狩ってきた魔獣の素材等桁違いの金が動く。10%もハネれば乾いた街が潤うこと間違いなしだ。つーわけで、冒険者は制度として成立している。
「ん、分かった」
上記意義をマナも理解して納得したようだが、それでもアホが感化されるってこともある。打てる手は打つべきだな。
「俺に手伝える事があるならやりますよ」
薄い笑みでもって告げた俺に、アイシャさんは同じように笑って返す。
「それには及びません。騒いでいる方々にはご納得して頂けるよう誠心誠意ご説明をしていますので」
黒い笑顔を交わす俺とアイシャさんであったが、何やら受付の奥から他のスタッフがアイシャさんを呼びに出てきた。
「あ、少々お待ち下さい」
奥の扉へ引っ込んだアイシャさんを見送ると、横から突き刺すような視線に気がつく。マナがしかめっ面で俺を睨んでいた。ウーズの一件でも思い出したか。
「そんなおっかない顔してどうした?せっかくの可愛いお顔が台無しですよ?」
クイッと顎を持ち上げる俺の手を手荒くはたき落とすマナ。
「なんだよ、非処女のクセに今更純真ぶる気か」
「その言い方やめて」
「じゃーどう言えばいい?“人殺し”か?」
「……」
“その言葉”を耳にした途端マナは顔を背けると黙りこくってしまった。マトモなことに、マナには未だ葛藤があるらしい。
少しして戻って来たアイシャさん。
「それではとうぞこちらへ。ギルドマスターがお待ちです」
受付カウンターから出ると俺達を促す。
案内に従いつつ、トンテンカンとギルドを補修してる連中に目を向ける。ふと浮かんだ疑問を先導するアイシャさんへ投げた。
「これくらい地系統の魔導師なら簡単に直せるんじゃないですか?」
「それですと他の方々の仕事を奪ってしまいますから」
あ〜なるほど、雇用ね雇用。大事だよね雇用は。食い詰めた連中は何をするか分からんからな。社会奉仕活動ご苦労様です。
カウンター横の階段を上がったギルド二階。ここまでくると一階の吹き抜け部分もよく見え梁にいまだべっとりと残る血痕もよく見える。
とはいえ清掃は俺の仕事ではないので、スルーして進む。階段を登った先、3つの会議室と資料室の前を通り過ぎ——ようとしたところちょうど会議室から出てきたリアム(その他も一緒)が忌々しげにこっちを見ていた。
「ぺっ」
「後で掃除してくださいね、それ」
「…はい」
リアムの野郎の横を黙って通り過ぎ向かうは最奥、ギルドマスターの執務室。他と違い傷一つない執務室の扉をコンコンコンとアイシャさんがノック。続いてどうぞという男の声。
分厚い扉を抜けると、まず香り高い茶葉の匂いが鼻をくすぐる。重厚な黒檀の机、その上には乱れひとつない帳簿と整然と積み上げられた書類の山。部屋の隅には銀のティーセットや葡萄酒の瓶が並び、訪問者にもてなしの雰囲気を演出しているが、使われた形跡が見当たらない。
総じて保存された舞台装置のような無機質さを感じる。そしてこの空気。粘っこく纏わりつくような印象を覚える。隣でボソリとつぶやかれたマナの「ここ何か変」に全くの同意見を述べたい。
次に目に入ったのは二人の男。窓を背にデスクに座る優男とソファーでくつろぐパツキンロン毛なチャラ男。こっちの優男がギルマスか。
ソファーに腰掛けている方が俺の存在を認めると一瞬目を見開いた。
「ん……?」
この一瞬の視線で俺の明晰な頭脳に電流が走った。今の感じ、どこかで覚えがある。
「…」
この男とは初対面の筈だがそんな気がしない。さてどこだったか。
「……」
「えーと…」
「……」
チャラ男は顔を引き攣らせて目を泳がせるが今の俺の意識には届かない。
「その辺で」
見かねたギルマスの声で我に返る俺。知らず知らずのうちに男の超至近距離で考え込んでいたようだ。
「おっとこれは失敬」
野郎の顔面が至近距離にあるという不快な状況から脱するべく速やかに元の位置へと戻る。背後でぶはぁ…と安堵の声が。
「今回お二人をお呼びしたのは北の最深部での一件の事です。そこの彼はお気になさらず」
逆光故か、机に座るギルドマスターの目元は影に沈み、笑っているはずの口元とは不釣り合いな冷たさを漂わせていた。
その後続くのはありきたりな事情聴取。
ヴェルナーから既に報告は上げられているはずだが、多少奴の活躍を盛ったくらいで特に誤魔化しも何も無い。一通りの報告を終えるとあっさり受理された。
「はい、結構です。概ね報告と相違は無いですね。ご足労いただきありがとうございました」
ここに長居はしたくないと心を一つに速やかに帰ろうとする俺とマナ。そこに地獄へと突き落とす声が響く。
「ああ、レイ様はお待ち下さい」
結果マナだけ先に返される。出ていくときの少し心配そうなマナの瞳が心の拠り所だ。
執務室内にはギルマス、チャラ男、アイシャさん、そして取り残された俺。実に嫌な流れだ。とりま営業スマイルでヨイショしておこう。
「これはこれは、本部評議会に1席を持つギルドマスターともあろうお方が何の御用向きでしょう。僕のような木っ端冒険者を認知されているとは大変光栄ではありますが、ご自身の時間は大切になさってくださいませ」
「普段の口ぶりで結構ですよ。私に媚びたところで貴方への評価は変わりません」
「はて普段の口ぶりとは…?僕には何のことか…」
「貴方のことは一通り調べさせて貰いました。そこのアイシャ君がご執心の人物がいると耳にしたものでね。いけませんよ。勝手は」
壁際に立つアイシャさんはスイッとギルマスから目を逸らす。
「ふーん俺なんか調べても面白くないだろ。んじゃ、いつも通りに。で、本題は?あんな通り一遍な報告を聞くためにわざわざ呼び出したんじゃないだろ?」
「フフフ、裏付けは大切ですよ。実際この報告書はにわかには信じがたい。出来の悪い御伽噺でも読んでいる気分でしたよ。今どき吟遊詩人の駄文ですらもう少し謙虚なものです。…ねぇ?」
ソファーのチャラ男がビクッと跳ねる。
「まあ、その一件はもう結構。直に見て概ね把握しました」
デスクの上で手を組むとにっこり笑う。一見すると人当たりの良さそうな微笑みだか、細められた瞳の奥は実験動物へ向ける観察のそれだ。
「…ただそうですね。ご推察の通り本題は別にあります。――先日、子爵家のご子息と揉めたそうですね?今は何とか押さえ込んでいますが…うるさくせっついてきていますよ。貴方をギルドから追放しろとね」
「ハッ、随分恩着せがましく言ってくれるじゃねーの。折衝はギルドの仕事だろ?」
追放はギルド規定に厳密に規定されている。地方貴族の圧力程度で実行できる程軽くは無い。
この言葉にギルマスは苦笑を浮かべる。
「そこが辛いところです。冒険者ギルドに所属している限り、例えそれがどんな人格破綻者の糞野郎であったとしても、政治的な干渉から守る義務が我々にはある。ご存じ『中立性の原則』ですね」
ただとギルマスは言葉を繋ぐ。
「追放要求は突っぱねる事もできますが依頼者への干渉までは防げません。このままいくと貴方はほとんどの依頼から干されることになるでしょう」
「ふーん」
殺りに来ないところをみるに戦争するつもりはないか。利口だな。貴族といえども所詮は公爵家の鞄持ち、上位冒険者と戦争すればただでは済まないと分かっている。親父からストップでもかかったか。
俺の気のない返事にギルマスは少し驚いたような表情を見せる。
「意外ですね。もう少し慌てるものかと」
「依頼は元々あんまうけてないからな。話はそれだけか?」
「いえいえ、ここからが本題。実のところあんな小物はどうでもいいのですよ」
フッと肩をすくめるギルマス。
「実は奇遇なことに今私にも悩みの種がありましてね。貴方とて依頼は無いよりあるほうが良いでしょう?あ、紅茶でもいかがですか?」
デスクから出てきたギルマスが問答無用にチャラ男を退かし(チャラ男は壁際に立たされていた)、テーブルを挟んで向かい合うソファへ座る。アイシャさんが淹れて来てくれたティーカップに口をつければもはや商談のテイストだ。
お互い一息着いたところで、ギルマスは人当たりの良い無機質な微笑みで話を切り出した。
「君の悩みと私の悩み、両方解決できる良い方法があるのですが、乗りませんか?」
「ほぉう…?」
「くぁていきようしぃ〜?」
俺の発したすっとんきょうな声がギルド中に木霊した。
ギルマスの言う良い方法とは、この街及び周辺地域一帯を領する公爵家、そのお子様に剣術をご指南し奉るという大層ご立派にして崇高なお仕事の紹介であった。
「アンタ家庭教師って辞書で引いてこい。調べたんだよな?俺みたいな性格ひん曲がってる社会不適合者が務まる仕事じゃねーって事くらい分かんだろ」
「自覚がお有りなのは大変結構な事です。…ただこちらも先方へそう伝えているのですが、『ウルで一番の剣士を連れてこい』の一点張りなのですよ」
「ならヴェルナーでも呼べよ。アイツも剣は相当使うぜ?」
「ええ、しかしその雷鬼君へオファーしたところ貴方のお名前が」
「………」
あんの野郎〜余計な事を。
「嫌だね。何が悲しくて金持ち貴族の坊々の相手なんざしなきゃなんねーんだよ」
「お相手は女性ですよ」
「ならお嬢だ。どっちも変わらん」
ギルマスはふぅ〜とため息をつくと意味深な笑みを浮かべる。
「困りましたね。受けていただけないのでしたらこちらとしましても強硬手段に出るしか無い」
「ほぉ~?面白い。その強硬手段ってのは何だ?」
「貴方をAランクに推薦することになります」
「は?」
コイツ今なんつった?
「言ったでしょう、概ね把握したと。雷鬼様の報告書にあるように侯爵級悪魔との戦闘を主導したのは彼ではなく貴方だ。この事実は十分Aランクへの推薦根拠となります」
「ハッ、やってみろよ。あんた曰く出来の悪い御伽噺以下の駄文、そんなもんを根拠に評議会を招集したら恥かくのは推薦したあんたと書いたヴェルナーだぜ?」
ついでにヴェルナーの野郎を巻き込みつつソファでふんぞり返って無理だねと断じる俺に、しかしギルマスは揺るがない。
「ええ、始めのうちはそうなるでしょう。しかしこう見えて私、評議会でもそれなりの立場にあるのですよ。そんな私があえて提出した駄文。冒険者ギルドのお偉方は大層貴方に興味を持たれるでしょうね?はてさて、その中で貴方が今まで通り実力を隠し通すことができるか見物です」
「………」
ギルマスは追い打ちをかけるように大仰に続ける。
「素晴らしい取引ではありませんか。受ければ公爵家とのコネクションができ、断ればAランクへの推薦が得られる。どちらに転んでも貴方に損はない。何故渋るのか私には理解できませんね」
「ケッ…よく言うぜ」
どっちに転んでも嫌いな貴族共に絡まれることになるだろうが。何故俺がB2ランクで居続けるかその理由までも把握してるってか。よく調べてやがる。クソが。
「ああ、もし良いお返事をいただけるのでしたら、そこで暇そうにしている彼を好きに使ってもらって構いません」
「ちょっ」
唐突に話を振られ、如何にも私は無関係ですという体を装っていたチャラ男が声を上げた。ふむ、一旦置いておいたがコイツは誰だ?
「彼は優秀な情報屋です。貴方を調査していたのも彼ですよ。一度バレかけたと大層怯えておりましたが。覚えていませんか?北の最深部へ向けてウルを出発する時のことを」
この言葉にある情景が俺の脳裏をよぎる。
―――――――『そんないつもなら微笑ましく眺める往来に今の俺は鋭い視線を走らせる。
通行人含めた俺の周囲には見当たらない。上か?屋根の上は遮蔽物が多すぎてここから見つけるのは至難か。ちっ、目が合っていれば。』―――――――――――――
「お前かああああ!!」
「ひええええええ」
ここは繋ぎ回です。
これから二つのストーリーが同時進行していく予定。
公爵家のご令嬢回ではない方はかなり鬱なので注意喚起
テーマはそうですね、ウルの光側と闇側です(ニヤリ)
プロットは既にできてますので、あとは作者のやる気次第ですかね。ギャップをお楽しみいただけましたら幸いです。




