21 あの人絶対俺のこと好きだろ!!(思春期男子の苦悩)
あの後俺達は誰にも気兼ねすることなくゆっくりと食事を楽しみ、素知らぬ顔で例の兵士達のテーブルの前を通り過ぎて店を出た。そして現在ウルの大通りを冒険者ギルドへ向かって移動中だ。
「北の最深部へ行くつもり?」
大通りの雑踏の中、隣を歩くマナからの問いに俺はニヤリと答える。
「なかなかエキサイティングな旅になりそうだろ?今回は助ける助けないの話にはならないだろうしマナ的にも大満足な筈だ」
「…私達だけで行くの?」
「当然。障害物は少ないに越したことはないからな。…何?ビビってんの?」
嫌らしい笑みと共に発せられた俺の言葉にマナはムッとした表情で返答。
「情報が少な過ぎる。2人だと不測の事態に対応できない。リスクが大きい」
「ハッ、馬鹿らしい。でかい成果を得るにはリスクなんて取ってなんぼだ。ノーリスクで得られるものなんざたかが知れてるぜ」
マナの見当違いな発言に思わず笑ってしまった。隣からジロリと発せられる視線が顔に刺さる。
だがまあ見当違いってのは確かだ。大多数の冒険者がまさに当てはまる。どいつもこいつも死なないように、怪我しないように、安全に確実に倒せるように、自身より数段格下の相手しか選んでいない。それは最早鍛練でもなければ経験とも呼べないただの作業である。蟻を数百匹殺したところで強くなれないのと同じだ。
そもそも俺達のような底辺の人間が相応の収入と社会的地位を得るには並大抵の努力では済まない。リスクを負うのは大前提、命を担保にした上でどこまで危険を犯せるかが問題となってくる世界だ。そんな世界でノーリスク?最高に笑える冗談だ。そういう馬鹿共にはこう言ってやりたい。そんなんだからお前らはいつまで経っても下位なんだよ、と。
「…軽減できるリスクなら軽減すべき」
「そこは否定しないよ。だからギルドで情報収集するんだろ?まあそもそも嫌なら別にマナさんは来なくても構いませんけど?俺一人で行くし。その時は一人でお留守番かな?あ、リアム達んとこに戻るって手もあるか」
「馬鹿にしないで。レイが行くなら魔境でも迷宮最下層でもついて行く。自分の言葉を曲げるつもりは無い」
「それはそれは」
俺はマナの言葉にニッコリと微笑んで頷く。
何がマナをそこまで駆り立てるのか知らんが、だったら本当に連れてってやろう。とりあえず次は竜谷観光ツアーでも企画しようかね。いずれはマジで迷宮最下層まで行ってやろうじゃないか。コイツは極論として言ったんだろうが、残念だったな。そここそ現在俺のメインの狩り場だ。いざその時になって後悔するがいい。ククク
黒い笑みを浮かべた俺とそれにジト目を向けるマナという構図で歩くこと少し。俺達は冒険者ギルドの前まで来ていた。
「どうぞお入りくださいませお嬢様」
高級執事の様な洗練された所作でもってギルドの引き戸を開き先に入れとマナを促す。
「…何?」
「レディーファーストだよ。俺にも淑女に対する最低限の心得はあってね」
「不気味」
当然マナは俺に胡乱な目を向けてくるが俺が真面目に答える気がない事を悟ったのか、捨て台詞を残すとそのまま扉をくぐった。そして少し間を空けて俺もそれに続く。
「…おい、マナだ」
「元紅蓮のマナ…」
「あれが…」
「B2の身でタイラントベア15体を単騎で屠った化け物」
「意外と小さいぞ」
「ちっ…」
・
・
・
マナがギルドに入った瞬間、それまで喧騒に包まれていた酒場が水を打ったように静まり返る。そして一斉に注がれる周囲の視線。その視線を鬱陶しそうに受け止めつつマナはこれが狙いかとでも言いたげに一瞬俺を睨む。
その視線をさらりと受け流しつつ俺はマナより一歩下がった所でマナさんに恭順の姿勢を保つ。敬愛すべきパーティーリーダーであるマナさんとその従順なる下僕な私というポーズを取りつつ周囲の視線が確実に俺から逸れたのを確認。次に起きるであろう『出る杭は打たれるイベント』を回避するべくそろりそろりと離れたギルドのカウンターへ向かう。
もうお分かりかもしれないが先日起こったタイラントベアとの戦いはすべてマナが一人で片付けた事になっている。何故かというと俺のパブリックイメージの問題だ。「B2とは思えない雑魚」ってのは何かと便利でできることなら維持したい。そんな所にB2が単騎でタイラントベア10体撃破!なんてセンセーショナルなフレーズだろうか。紅蓮の再来かとばかりに噂が駆け巡ること間違い無しだ。俺には外見的な偽装もあるからリオンをボコった程度ならどうにかなる。だがこれはダメだ。正式な討伐としてギルドの記録に残されてしまっては隠しようがない。
そういう訳でマナに貸しの精算を詰め寄ったり、他の連中には圧力を掛けたりして無理矢理口裏を合わせそう虚偽の報告をしたのである。ごねるかと思ったマナも流石に俺への罪悪感があるのか、拒否ったらいい加減俺がキレると察したのか知らないが承諾。紅蓮のネームバリューも加わり無事こうして情報の隠蔽に成功した訳だ。
背後で案の定マナに絡みに来た男達の声を聞きながら心でそれも俺の力を利用した対価だとマナへ語りかけカウンターへ目を向ける。
「うげっ…」
「…レイ様、『失礼』という言葉を辞書でお引きください。きっとお役に立つ言葉であることでしょう」
「いや失礼とかどの口で言ってんだ」
まあ会って早々嫌な顔した俺にも問題はあるがいつもの営業スマイルから発せられたあんまりな言葉に思わず苦言を呈す。
「はぁ~…何で毎回毎回いるんですかね?アイシャさんは俺の専属マネージャーか何かですか?」
「そんなことを言われましても。私は決まったシフト通りに来ているだけですので。寧ろ私はレイ様が私の熱心なファンでわざわざ私のいる時間を狙って来ているものだとばかり…」
「は・い?」
「でも申し訳ありません。貴方の事は嫌いではありませんが異性としてはイヌの糞以下かと。ですのでそのお気持ちに応えることは私にはできかねます…」
神妙な顔で俺へのお断りの言葉をつらつらと並べる性悪。その内容の酷さにひきつった笑顔で言葉を挟む。
「…えーと、もう一回いいですか?誰が誰の何ですって?つーか俺が振られたみたいな雰囲気出すのやめてもらえます?」
しかしイヌの糞以下って酷すぎるだろ…。そもそも人として認識されてねぇし。アレか?嫌いではありませんってペット的な意味でか?そーゆーことか?てかさっきの失礼云々のくだりはどこ行ったよ!?自分の発言には責任を持ちやがれ!
「いえ、ですから──」
「いつまで無駄話してるつもり?」
にっこり笑顔で俺の傷ついた心へ追い討ちを掛けようとするアイシャさんを止めたのはいつの間にか近くまで来ていたマナだった。
チラッと入り口の方を見るとボコボコにされて床で伸びている数人の男達。…容赦ねぇ~。まあマナは一見すると小柄で華奢なか弱き乙女だからなぁ。イケると考えた馬鹿共が見事に地雷を踏み抜いて吹っ飛んだらしい。哀れな…
「俺から始めたんじゃねぇわ。文句ならこの腹黒に──」
「まあ!これはマナ様。まだお二人はパーティーを組んでらしたんですね。私はてっきり前回の依頼でレイ様への愛想を尽かされたものとばかり…」
「いくらなんでも早すぎじゃないですかね?前回の依頼ってまだ数日前なん──」
「元々尽きる程の愛想も持ってない。それにレイがこういう人間なのはパーティー組む前から知ってる」
「お~い無視すんな~。三人でキャッチボールしようぜ?俺もグローブ着けてんですけど?」
「ああ、利害の一致ですか。なら納得できます」
…ダメだ。完全に俺は居ないものとされている。もういいや、情報収集はマナがやってくれんだろ。俺はギルドに来たもう一つの目的を達成しよう。あとアイシャさんは勝手に納得したみたいだが、理由が利害の一致ではない事は確かだ。俺には害しかない。
げんなりとした気分でカウンターを後にし、酒場の真ん中辺りで周囲を見渡す。探し人共は壁近くの席でジョッキ片手に楽しく歓談中のようだ。暇か。
「よぉ~う。超凄いB1冒険者のリオン君?こんな時間からお酒を嗜まれるとは。いやはやエリート冒険者の余裕と言うヤツですか?随分と良いご身分な事で」
そう言いつつ探し人であるリオン達のテーブルへ近寄り勝手にテーブルへ腰かける。
「…てめぇ俺が誰か分かってんのかッ!!ナメた口きいてるとぶっ殺す…ぞ……」
俺の期待通りに激昂したリオンはイスを蹴って立ち上がるが、俺の顔を認識した途端凄く嫌そうな表情で再び席に着いた。いや~良いリアクションだ。
「チッ、何の用だよ?用がねぇならさっさと消えろ」
「あれあれ?リオン君は僕を殺したいんじゃなかったっけ?チョー凄いリオン君なら雑魚な僕を周りに気付かれずに瞬殺できるでしょ?そんなチャンスを見逃すの?……ほらっ、そっちの二人もそんなに縮こまってたらエリートの貫禄が無くなるよ?」
「……分かった!俺が悪かった!見た目とランクで見下したのは詫びるからその嫌味をやめろ!」
俺の連続攻撃に耐えかねたのか、俺が登場した途端フルフルとすっかり萎縮してしまった他の仲間を庇うためか、とうとうリオンが音をあげた。
「自分の非を素直に認められるのは良いことですね。でもまだ他に何か言う事があるんじゃないかな?」
にっこりと発した俺の言葉に、リオンは嫌そうに顔を反らすと暫くして小さく言い放った。
「……………助けてくれた事は感謝してる」
その様子にひとしきり満足した俺は今回の本題を切り出した。
「よろしい。そんな正直者なリオン君にはご褒美をあげよう」
そう言いつつ俺はアイテムポーチから取り出した金貨3枚をそれぞれの前に置く。
「解体の手伝い料だ。口止めも兼ねてるからそれなりに色はつけさせてもらった」
「……おい。これだけか?この俺にあそこまで言わせておいてたったの1000Gだと?」
俺なりの誠意をもって提示した金額なのだがリオン君には不服らしい。何がそんなに気に食わないのかリオンは耐える様にそう呟いた。
「人様に助けて頂いたならお礼を言うのが人として当然の事だろう。それにたった1000Gと言うが時給に換算したらいくらだと思ってんだ。上位冒険者になって金銭感覚がイカれたか?」
「ふざけんなッ!あれ解体すんのに俺達がどんだけ苦労したか分かってんのか!?にも関わらずその報酬がこれだけ!?馬鹿にすんのも大概にしやがれ!」
「はぁ…。解体に苦労したんならそれはお前らの技術不足だ。タイラントベアってのは図体はでかいがその構造自体は普通の熊と大差ない。ただ解体するだけならEランクでも4~5時間あればできる。金額で言うなら200もかからないところを一人頭1000も出してんだ。大盤振る舞いだろうが」
「そうじゃねぇ!俺達B1を好きに動かした対価がこれかって聞いてんだ!」
テーブルをバンバン叩きながらそう怒鳴り散らすリオンの言葉を少し吟味してみると、確かに一理ある。
「なるほど。確かにあの口だけの老害連中よりは働いてたな。そりゃあいつらと同じ報酬じゃあ不満か。しょーがねぇ─」
何事も相応の働きには相応の対価でもって応えるべきだ。これは確かに実質邪魔しかしてないあの障害物共とリオンとを同じと見なした俺が悪い。
そう反省しつつアイテムポーチをゴソゴソやると、追加の金貨三枚をテーブルに叩きつける。
「──持ってけドロボー!」
「……っ」
解体業務の報酬としては信じられない程高額な報酬を提示し、これで文句無いだろうと満足げな表情を浮かべる俺。だがリオンは黙って近寄ると胸ぐらを掴み至近距離からドスの効いた声で凄む。
「おい。ふざけるのを止めろ。こんなはした金で俺達が動くと思ってんのか?最低でもこれの10倍は用意しろ。じゃねーとてめぇの秘密を喋っちゃうぜ?」
初対面時と同じ嫌らしい笑みを浮かべる眼前の男の言葉に俺は今まで張り付けていた笑みを消した。
「…お前には貸しがある筈だ。貸したものはかえしてもらおう」
「知るか。さっき受けた屈辱で帳消しだ。バラされたくなけりゃさっさと出すもん出せや。タイラントベアの討伐報酬で金持ってんだろ?」
これは弱みを握ったと思ってますね。完全にたかり屋の手法だ。まあ確かに金なら持ってる。俺の総資産からしたら一万や二万出したところで痛くない。だが俺は理不尽が嫌いだ。今回のような不当な金銭要求に応えるつもりは一切無い。一度鼻をへし折ったつもりだったがまだ足りないようだ。テメーが誰を相手にしてんのか解らせる必要がある。
俺は心底にある殺意という感情の蓋を少し開く。
「これで手を打っといた方が良いと思うけどねぇ。欲望に身を任せた先に待つのは破滅のみ。金でお前らの口を塞げないとなると俺に残された選択肢は…一つだ」
薄い笑み。今までの作られたものではない、俺という一人の人間が発する生々しい感情の発露。そんな俺の素顔の一端を至近距離で目撃したリオンの顔面は一瞬で強張る。
「リオン、こ、こいつはマジでヤバい。関わんない方がいいって。俺まだ死にたくねぇよ」
俺の脅しは効果覿面だったようで、パーティーメンバーの男が心底怯えた声でリオンに縋るような瞳を向ける。
「チッ……。分かったこれでいい」
「そうか!なら良かった!これで貸し借りなしだな。納得してくれたようで何よりです」
舌打ちが聞こえたが思いの外物分かりの良いリオンは俺の胸元から手を離した。ならばと俺も色々を引っ込め朗らかに対応。
「そっちの彼女も大丈夫?これでいいよね?」
一応全員に確認をするため俺が来てからひたすら黙ってるもう一人のメンバーに声をかける。
「ヒッ──はははいぃぃ」
「おい!こいつを脅すな!」
泣きそうな顔でヘドバンするその様子に若干引きつつ、お通夜のようになってしまったテーブルを眺めちょっとやり過ぎたなと反省。
「……え~と」
「レイ。そこで何やってる?早く来て」
「あ~、じゃあそーゆー事なんで。どうぞ宴会を続けてください──今行く」
このまま立ち去ってもいいのか悩んでいたところ、こっちに歩いてくるマナからお声掛けを賜りこれ幸いとその場を後にする。
だが最後にリオンの後ろを通りすぎた瞬間その耳元で囁く。
「逃げられると思うなよ」
暫く更新遅くなります




