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From the Different World  作者: まっとぅん
一章:冒険者レイの受難
19/34

19 タイラントベアってはちみつ食うのかな?

厄介者その一とその二が消え、上機嫌の鼻歌混じりで森林浴を楽しみながらテキトーにモンスターを狩っていく。浅部なので出会う敵も弱く、前回の依頼後から半月もの間深部に潜っていた身としてはちょうど良い息抜きである。もう空気からして違う。深部では常に重苦しい心理的圧力が存在するがここではそれが無い。いや実に気楽だ。たまには浅部の依頼を受けるのも悪くない。そんなことを考えながらアクティブレストをこなしていく。


この時俺は気づくべきだったのだ。マナがあんなにあっさり引き下がったという不気味さを。あの無表情から繰り出される奇想天外な言動の数々を鑑みればヤツが大人しく引き下がるなどあり得ないという事に。


異変はそれから少し経った頃に起こった。


その時俺は擬態樹(木に擬態し獲物を補食する肉食魔獣)を数本伐採し終え小休止をとっていた。


近くにちょうど良いカンジの岩があったのでそこに腰掛けつつアイテムポーチから水入れを取り出すと一気に呷る。乾いた喉にキンキンに冷えた水が染み渡り正に甘露。


「……ん?なんだ?」


異変の前触れは索敵魔法から始まった。俺の索敵魔法は俺を中心とした半径1km弱を対象としている。そして今その範囲内に1つの生体反応がかなりの速度で入り込んできたのだ。


「んん?」


そしてその反応はスピードを緩める事無く中心である俺の元へと一直線に進んでいる様にも感じられる。そして数秒と空けずに後続が索敵範囲内に。しかも最初のひとつと全く同じルートで。


「んんん?」


さらに悪い事に後続はこれで終りではなく更に増える。続く様にして追加の生体反応が1()5()。どうも最後の方が速いらしく前二組との差は徐々に縮まって来ているようだ。


「んんんん??」


そしてもうこの頃には索敵魔法だけではなく耳からでも異変を感じ取れるようになってしまっている。メキメキと木々を押し退け、そして押し退けられた木が地面へと倒れる音。更には野太い獣の雄叫びらしきものまで。それが刻一刻とこちらに近付いてきているのだ。


「あのバカ女……。やってくれたな。確かにこれなら俺も手を出さざるを得ない」


ここまで来れば流石に察する。頭に手を当てつつそうぼやくと俺は鬱蒼と生い茂った木々へ、だが確実にここへ向かって来ているであろうヤツへ魂の咆哮を放つ。


「おいいいい!!お前何してくれちゃってんのおおお?!」


そう叫び終えるか否かの辺りで木々の影から飛び出したるは1つの小柄な人影。そして俺の近くで止まるとそいつは悪びれもせず平然と言い放つのだ。


「ん?偶然」


怒りで震える俺の肩へポンと手を置きつつそう嘯くマナさん目は明らかに笑っていた。


「こ、この……ッ!」


『ああぁあああぁっ!!』


眼前のバカへどう制裁を加えるべきか逡巡している隙に次々と後続のお客様がご到着。あ~も~勢揃いしてんじゃん。


「嬢ちゃんやべぇぞ!ヤツら思ったより速ぇ!もうすぐそこだ!」

「おい!ホントにこっちで合ってんだろうな!?間違ってたらぶっ殺すぞ!」

「ちょっと置いてかないでよ!信じらんないんだけど!!」


先ほどまでの静寂は何処へやら着いた途端口々にわめき散らす連中のせいで騒がしいことこの上ない。だが今はそんなことを気にしている状況ではなく、一番最後のお客様が団体でご到着だ。


「く、来るぞ!」


『ガアアアアア──!!』


「ひいいぃッ!!」


木々をへし折る轟音と共に15体ものタイラントベアが姿を表した。その威容に他のメンツは無様な悲鳴を上げる始末。若干のアンモニア臭が漂ってくるって事は誰か失禁してやがんな?よく見たら例の若者だった。終わったな。もうマナとのフラグは立つまい。


現実逃避してる場合じゃない。ちらっと相手方に視線を向けるとそれはもう大きな影が。あ~クソッ、腹くくるしかないか。


「おい!へたってねぇでさっさと下がれ!居るだけ邪魔だ!」

「雑魚のてめぇに何ができんだ!さっき不意を突いただけでいい気になってんじゃねぇよ!B1の俺たちが手も足も出なかった相手だぞ!」

「そうだ!いくらなんでも甘く見すぎだ!」

「うるせぇ。議論の余地は無い。邪魔だ、下がれ。下がらねぇならまとめて殺す」


俺の言い草が気に障ったのかリオン達が食って掛かるが放置。今はそれどころではない。


「おいマナ。お前5体な。俺を巻き込んでくれやがったんだからそれくらいはやってもらう」

「ん」


障害物10数個を退かし機動の余地を確保した後手短にマナと分担を確認。難色を示すかと思われたがマナは臆する事もなく了承した。


まあぶっちゃけこの程度俺一人でどうにでもできる。タイラントベア15体なんざこの前戦った刃竜と比べればカスみたいなもんだ。だがそれだと俺の気が収まらん。マナにもしっかり苦労をしてもらわねば。単独でタイラントベア5体討伐ってのはB2じゃまず無理。B1でも結構しんどい案件だ。これを物差しとしてマナの実力を測らせてもらいましょう。


「さて、やりますかね」


体を解しつつ眼前の群れに改めて目をやるとそこには、俺の身長の倍は優に超えるそれはもうご立派な肢体のプ〇さんたちが血走った目で、ずらりと並んだ鋭い牙の間から涎を垂らしてこちらを見下ろしていた。


見た目は凶悪だがコイツらは竜種ほど生物から逸脱していない。つまり心臓や大動脈といった生物的な弱点が明確にあり、手を切り落としても再生したりする事は無いって事だ。タイラントベアの毛皮や剥製は高値で売れるので傷は少ない方が望ましい。よって心臓を一突きで絶命させる方針で行こう。観客もいるので6割規制かつ攻撃魔法無し、攻撃点縛りとなればそれなりに楽しめる難易度になるのではないだろうか。


『グルオオオオオオ──!!』


ご本熊様達の前で文字通りの皮算用までしていた俺の内心を知ってか知らずか一段と大きく吼えると一斉に俺目掛けて突進してきやがる。


「俺は前殺るから、マナは後ろ殺って」

「分かった。終わったら手伝った方が良い?」

「ハッ、人の心配する前に自分の心配した方が良いよ──ほら来たぞ!」


獰猛な笑みを口元に湛えながらそう答え、俺とマナは散開。今ヤツらの標的は俺だから俺が位置をずらすことでマナは後方へアプローチしやすくなる。その後一当てしつつタゲ取って離れてくれれば分断成功だ。


この場合俺は敵の突進を正面から対処することになる。立ち上がると4メートルを超える大質量の突進。一体だけでも建築物破壊用の鉄球を生身で受け止める以上の威力。それが10体分だ。受ける側から見れば肉の雪崩という表現が適切だろう。


もし受けるのが俺ではなく紅蓮のヴァーンみたいな防御型のヤツならば正面からでも弾けるのかもしれないが、攻撃と機動に全振りしている俺はまず無理。防御なんて気休め程度にしかできないためプチッと逝くこと間違い無しだ。


よって回避。ギリギリまで引き付けての跳躍回避だ。先頭を飛び越えた後、後列の背中に剣を突き立て背側から心臓を一刺し。そして後列を足場に再跳躍。


一体が途中脱落したことで続く3~4体がスッ転んでるが先頭が既に止まって此方に意識を向けているため追撃は不可能と判断。


「グルルル……」

「おいおいそんなに恨めしい目で見つめないでくれよ。これも仕事なんだ」


言葉が通じてるとは思わないが取り敢えず煽りつつジリジリと俺を囲みだす連中を観察する。どいつもこいつもほぼ無傷で元気いっぱいってカンジ。ったくリオン君やおっさん達は一体何をしていたんだろうね?あれだけ啖呵切っておきながらこの様か。大言壮語極まりない。実に醜悪である。


初撃は防いだ。だが本番はこれからだ。包囲が完了すると同時に四方八方から攻撃の雨あられ。しかし人間という小さな対象を袋叩きにするにはタイラントベアは大きすぎた。互いの身体が邪魔になって俺に届く攻撃量はかなり減衰している。まあそれでも結構な量は来るんだけど。


俺はその攻撃を瞬歩を駆使しつつ時には立ち並ぶ木々を、時にはタイラントベア自体を盾にしながら回避・攻撃し着実に相手の数を減らしていく。


コイツらの攻撃で注意すべきはのし掛かりと薙ぎ払いだ。のし掛かられた場合この巨体を押し退けるのは俺では不可能に近い。よってその先は圧死か一方的にボコボコかのどちらかだ。タイラントベアの全身を覆う強靭な筋肉から繰り出される薙ぎ払いの威力は言わずもがなだろう。朧竜のコートのお陰で爪で切り裂かれる様なことは無いが衝撃はキッチリ届くのだ。2~3発程度なら食らっても死にはしないが、積極的に食らいたいものでは無い。まあどちらも当たればデカイが速度は大したことがないので対処は容易だ。


戦闘範囲を縦横無尽に駆け回りタイラントベアを翻弄しつつ俺は思う。


いやはやなかなか良い鍛練になる。図体がでかいせいで奴等が立った状態だと心臓を穿つには多少跳躍する必要があるのだ。そして跳躍攻撃は隙が多い。必然的に此方からの攻撃は奴等が攻撃しようと屈んだ瞬間に限定され非常に有意なカウンターの鍛練になる。素晴らしい。


ご機嫌でラスト一体となったタイラントベアの相手をしていると背中に軽い衝撃。


「マナさん何で俺んとこまでいらっしゃいました?」

「…レイが勝手に来た」


振り向くとムスッとした表情のマナ。


近くを見ると確かにマナが倒したと思われる損壊の激しいタイラントベアの死体が4体。…なるほど。倒したタイラントベアが邪魔にならない様に移動しながら戦ってたせいでいつの間にやらマナさんの戦闘範囲にお邪魔してしまったようだ。


うげぇ~、邪魔くせぇ。どう動くか分からない障害物が1つあるだけでも機動に掛かる制限を考えるとため息がこぼれる。これだからパーティーってのは──


『ガアアアアア!!』

「ヤベッ─!」


俺がマナに気を取られている隙に残りの2体が前後から同時攻撃を仕掛けて来やがった。しかも両方とも対象を俺にしている模様。なんでだ!?


冒険者としてあるまじき失態に自己嫌悪の言葉を心で唱えながら状況は回避不可能と判断。即座に攻撃点縛りを投げ捨て、すぐ目の前までに迫った前足ごと眼前のタイラントベアを両断。ずり落ちる上半身を見ることもなくそのまま返す刀で後ろの敵を……


「あり…?」


……斬ろうとしたら既に肉片となっていた。


「こっちは私が倒した。レイ、気を抜きすぎ」


今の一瞬で完全に頭から抜け落ちていたマナという存在が俺の背を庇ったという事実に大きく動揺。そして動揺したという事実を認識して更に動揺。


「あ、ああ。そうだな。悪い」


そんな内心を表に出さないように努めて応答しつつ、何故こんなにも俺は動揺しているのか原因を探るべく内面へと潜る。


そんな俺を不審に思ったのかマナはトコトコ俺の前までくるとまたぶっ飛んだ事を言い出した。


「…私と会えてそんなに嬉しかった?」

「はい?」


表情はいつもの無表情だが、目を見れば分かる。例の笑ってる目だ。この的外れなセリフはマナ流の冗談ってとこか。だがこの後の事を考えると冗談に付き合ってる気分ではないので無視。


この後の事とはつまり、「狩ったは良いけど解体どうすんのコレ。二人でやってたら日が暮れるぞ…」という事だ。ああ、ならアイツらに手伝わせるか。テメーの責任を人に擦り付けてくれた分しっかり働いて貰わねば。


そう黒い笑顔を浮かべた俺と話を簡単にあしらわれ不満気なマナは戦闘開始地点まで戻って行ったのだった。

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