11 ヒャッハー!
俺は手土産片手にクライアントの屋敷まで戻っていた。守衛に話を通し応接室で遠くに響く破壊音や悲鳴といった冒険者音楽をBGMに寛いで待つこと数分。連絡を受けたおっさんが血相を変えて部屋に飛び込んできた。
「不手際とはどういう事で──うっ……!」
「随分賑やかですねぇ」
ちょっとやっちまった的な事を伝えたので急いで戻ってきたらしい。おっさんはそのまま視線を俺からテーブル上のブツに移すと固まり嗚咽をもらした。
依頼人の様子から見るに俺の贈り物は大変喜んで頂けたらしい。顔面蒼白で今にも吐きそうと言わんばかりで口に手を当てている。
「……っ、こ、これは……どういう事で……?」
何とかそう絞り出した姿に満足したので優雅に足を組み替えつつ疑問にお答えして差し上げよう。
「いやなに、お知り合いかと思いましてね。友人の死に目にくらいは会いたいでしょう?ほら最期の別れをなさったらどうです?」
俺はテーブルに置いたままの人間の頭部を元依頼人に向かって放り投げる。切って間もないのでまだ地味に温かい。
「ひっ─!」
「それにしても随分広い交遊関係をお持ちのようだ。まさか暗殺者の友人とは!お友達の皆さんにお伝えください。戦闘中の冒険者の近くで変に気配を消すべきではないと」
思いのこもったせっかくのプレゼントを必死の形相で避けたおっさんににこやかに歩み寄る。
「な、何のことか…わ、私には分かりかねます…」
ひきつった笑顔でそう答えるおっさん。バックレるつもりか~。しょうがないなぁ。ホントはこんなことしたくないんだけど自分から話さないなら、ねえ?ああ、胸が痛むなぁ。
俺はそのままおっさんの前までくると耳元でそっと語りかける。
「…娘さん綺麗な方ですね。奥方様は外出中ですか?こんなにお綺麗な娘さんですからきっと美人だ。お二人とも引く手数多になりますよ」
「──ッ!!」
「おっ…?」
その言葉に顔色を変えた一人の父親は俺を突き飛ばし叫ぶ。
「コイツを殺せッ!!」
『イヤッハァッー!』
ほぼ同時に部屋の壁が破られ何人もの完全武装したお友達がダイナミックエントリー。どいつもこいつも殺気を漲らせ瞳からは隠しきれない暴力性を強烈に放射している。浮かべる嗜虐的な笑みは眼前のカモをどう料理するか楽しみで仕方がないと言ってるようだ。いいね~。やはりこの稼業そうこなくっちゃつまらん。
さぁ、楽しくなって参りました!
「それで?どこまでがあんたの筋書きなんだ?」
血の海に独り立つ我は勝利者なり。
あれだけいた馬鹿共は一様に紅の大海へ沈んだ。いやまあバラバラだったり内臓露出したり死因は様々だけど。既にこと切れて物言わぬ肉塊になったという点では一様だろう。
血や脂で汚れた剣を拭きながら隅でバイブレーションしてる物体に問う。
「わ、私じゃない!私は何も企んで無い!!」
「ん~?」
「つ、妻を、妻を人質にとられたんだ!!だ、だから…」
「ほぉ~?」
「私は好きにしてくれ!だが娘だけはッ!!娘だけは見逃してくれ!!」
「娘さんに関しては貴方の行動次第ですねぇ。取り敢えず落ち着きましょうか」
いや、やらないよ?娘を拐って地下の人売りに売っ払うとか。匂わしたけどそれだけだって。そこまで俺は鬼畜じゃない。まあこのおっさんが使えないで損切りする必要がでるなら担保として差し押さえも考えるけど。何事も優先順位が大切。
腰にすがりついて懇願する惨めなおっさんを奥の部屋(さっき野郎共が出てきたとこ)のソファーに座らせ落ち着くまで待つ。ばっちい粗大ごみに占領されて元の部屋は使えないので。
にしてもこのおっさんはこの惨めさが売りなんだろうなぁ。初対面の時もこうだったし。お人好しならイチコロだな。現にリアム達は利用されてるとも知らずに馬車馬のごとく働いてるし。計算か天然か知らんがなかなか上手い。
「す、少し落ち着きました」
「それは良かった。それじゃ取り敢えず両手を机に出してください。…あーそうそう、重ねて前に出して」
「…?あ、あの、これは何の為に…?」
俺の指示通りにおっさんは両手を重ねてテーブルの上に出す。
「はい、もう少し前に。あ~結構ですよ。それでは──ふんっ!」
「ッ!?──ア゛ァあ゛あ゛ああぁぁッ!!!」
何回か調節を重ねてベストポイントに置かれた両手に俺は懐から出したダガーを突き立てる。ダガーは両手を貫通しそのままテーブルに両手を縫い付ける。
「あアァアァああぁ──」
「うるせぇ黙れ。たかだか手にダガーが刺さっただけだろうが。もがくと出血が酷くなるぞ。心配すんなこの程度で死にゃしねーよ」
おっさんは手を固定されてるからテーブルの周りをもがき回るしかない。何とかダガーを外そうとしているが固く縫い付けたから無理だ。
そんな様子を俺は冷たく観察する。まあ拘束を解く方法は一つある。横に引っ張って手を完全に引き裂くって方法がな。それができれば大したもんだが見た感じそこまでの度胸は無い様子。
「ぐぅぅ…な、何故こんな事を……」
「間接的にせよ俺に刃を向けたんだ殺されないだけマシだろ?感謝するんだなこの程度で済んで」
額に脂汗を浮かべ、苦痛に歪んだ顔で発せられる問いに俺は素っ気なく答える。
本当のところは監視魔法を刻印したダカーを刺す事が目的だ。他者に対して直接干渉する魔法は体に触れるか、今回みたいに魔法を刻印したアンカーを打ち込む必要がある。じゃあわざわざ刺す事無い?いやいや、自発的にやったにせよやらされたにせよ俺を利用し殺そうとした事実は消えない。当然痛い目には会ってもらう。
俺は未だ小さく呻く元依頼人を真っ直ぐ見据え、推測を含めた今俺の持っている情報を提示する。
「まず、今回の企みの大筋についてだ。最初に本来五体だったワイバーンを三体と虚偽申告し罠を張る。これ自体はギルドの調査人に金を握らせれば容易だろう。そして依頼を受けのこのこやって来た冒険者を上手く誘導しワイバーン五体の相手をさせる。冒険者は三体と思って来た訳だから当然戦力不足だ。そんでどっちが勝つにしろ残って疲弊したところを伏せておいた暗殺者に殺させる。これでお前らはワイバーン五体分の素材と上位冒険者の装備丸々ゲットするっていう漁夫の利大作戦だろ?」
冒険者もワイバーン三体を確実かつ比較的安全に討伐できる様に十分なマージンを確保してるだろう所に五体ってのが絶妙の数だ。冒険者側も死に物狂いでやればギリギリ勝てるかどうかのライン。どっちが勝つにせよ残った方は疲弊しきっているのは確実なのでこの計画の成算はなかなかに高い。
ん?と眼前の男に振ってみると驚愕としか言いようがない表情。監視魔法で確かめるまでもないな。
「なっ、どこでそれを……?」
「この街に来たときから違和感はあった。数の割りに被害が大きいとか、急に二体増えた筈なのに対応が迅速過ぎるとかな。決定的だったのは奥だけCランク冒険者で固めてた事と始めここを出た時に尾行されてると気がついたことだ。いや驚いたよこの俺にまさか暗殺者を差し向けるとはねぇ」
「そう…ですか……」
手の痛みも忘れたかのように呆けた顔が一つ。
いや、大したことじゃないと思うよ?この稼業を長くやってる人間なら誰しも気が付くと思う。暗殺者は例外だが。俺の目から見ても上手く隠れられていた。あれに気が付くのは極々一部だろう。殺すのもちょっと手間取ったしな。
問題は蹂躙されつつある目の前の市民達を見捨ててウルに帰るって選択肢を取れる俺のような人間は殆んどいないって事だ。大抵は何か変だなと思いつつも決定的な根拠もないしついつい助けに入ってしまう。こういった良心につけこむ面も含めてこの計画の成算は高いと言える。正直者がバカを見るってのは世界の真理だな。
「ここで俺が聞きたいことは三つ。黒幕は誰か、ギルドの調査人の名前、そもそも報酬の30万はあるのか、だ。嘘ついても分かるぜ?」
俺がコイツにかけた監視魔法ってのは内部情報から嘘を見破る為のものだ。嘘の反応を検知するために血圧から脈拍、脳内物質、体表物質まであらゆるものを監視するようプログラムしてある。信憑性は高い。
「…そ、それは──」
「はぁ~、娘を助けたくないのか?言っておくが後ろの肉塊程度の奴なら何人護衛に付けても俺は止められないぜ。もう観念して腹くくれ。誰だ?こんな冒険者を舐め腐った計画を考えた馬鹿は。あんたか?領主か?それとも他の奴?」
「くっ………」
「……嘘は分かるからな?」
「………ふぅぅぅ。分かりました」
暫く葛藤するように頭を抱えた後、哀れな中年男はゆっくり息を吐き出すと意を決した表情で全てを語り出した。
結論から言うと全ては領主の差し金だった。商業ギルド会長かつ自治会幹部のこの男から妻を人質に取り奴隷のように酷使しているという。「クーデターでも起こせば?」と聞いたところ帰ってきた答えは「領主直属の部隊が強すぎて不可能」だった。何でも素行に問題は多いものの力だけは本物らしく元王国近衛騎士団員までいるらしい。さっき俺が皆殺しにした連中もその部隊とのこと。
んで、最近領民からの徴税額が低下しつつあり補填としてこの計画が考案されたそうだ。そこで薄幸として定評のある奴隷くんが交渉役として選ばれたと。当然拒否権は無い。しかし罠を張ったはいいが来たのはまさかの“紅蓮”。やべぇ、簡単にワイバーン倒されちまうと焦った領主は現在直属全てを率いて討伐に向かったらしい。念のためオマケの弱そうな奴(俺だ)が戻ってきた時用に部隊の一部をこの屋敷に配置したという。
「……こんな事を言える立場では無いのは重々承知でずが、私を、領民を助けてください…!私のできることなら何でも致します」
「あ゛?」
唐突に寝惚けた事を口走り出したおっさんを俺は殺気を込めた視線で射抜く。だが男は引かない。強い瞳で真っ直ぐ俺を見据え「この通りです」と頭を垂れる。
…いいね。ここでビビって目をそらす様な奴ならどうせ日和って裏切るだろうから信用に値しない。即刻切り捨ててた。これなら俺も鬼畜にならなくてすむな。
「あんたはそればっかだ。俺は情では動かない。あんたも商人なら交渉をしろ。メリットを提示しろ。俺は他力本願な人間がこの世で一番嫌いなんだ」
「そんな!今の私に差し出せるものなどこの身しか…!ハッ…娘は!娘だけは勘弁を!!」
そんな動かない方がいいよ~。傷が広がって出血多量で死んじゃうよ?
「いらない。どっちにせよ大した金にはならん。……30万だ。討伐報酬10万にプラスで30万用意しろ」
「30万!?そんな大金私には…」
「わかんねぇ奴だな。お前が、俺に、依頼するんだよ!領主とその部下全てを殺し尽くしクーデターを成せとな。領主の資産なら40万くらい余裕だろ」
ニヤリと笑いかける。
「……………悪くないかもしれません。貴方の強さならばあるいは……!」
俺の言葉を時間をかけて咀嚼した商業ギルド会長に不敵な笑みが浮かび始める。
「決まりですね。良い仕事ができそうだ。…っと、その前に──失礼」
「うぐっ──」
俺は刺さったままのダカーを引き抜きドクドクと血が流れ出る傷口に回復ポーションをぶっかける。その瞬間あれよあれよという間に傷口がふさがり薄く跡が残るのみとなった。
「凄いですね。普段ポーションなど使うことがないので知りませんでした」
「中位ポーションなので傷痕は残りますが、それは戒めとでも思ってください。……それでは契約成立ですね」
俺たちは実に良い笑顔で握手を交わすのだった。
さあ祭りだ祭りだ祭りだぁぁぁ。
次こそは…