10 てれれれってれー、刃竜のダガー(だみ声)
「ちょっ、あ、あんた今のどういうこと!?」
屋根から降り立つなりリーナが真っ先に放った言葉がこれだった。
「おうコラ、開口一番にそれかい。他にあんだろ!?『邪魔してごめんなさい』とか『大丈夫?怪我はない?』とか。それともアレか?こうやって婉曲的に俺を始末でもするつもりか?それなら俺にも考えがあるぞ」
「今はそんなことどうでもいいでしょ!?何であんたワイバーンのブレスを正面から食らって無傷なのよ!?」
「リーナの言う通りです。今のは普通のB2ランク冒険者なら死んでいてもおかしくない攻撃の筈。それなのに…。そのぼろコートに何か秘密でもあるのですか?」
リーナ続いて降りてきたセナまで俺の秘密道具に興味津々のご様子。あの村以降俺と目も合わせないくせに現金な奴だ。
「…何でお前らにそんなこと教えてやらないといけないんだ?一時的に協力関係にあるだけで俺はお前らの仲間でも何でもない。B2の二つ名パーティーだかなんだか知らんが私の足を引っ張るのはやめてくれ給へ」
「あんた私に借りがあるんじゃない?」
「うっ…」
そこを突かれると痛い。確かに一度庇って貰ってるしなぁ。まあ知られて困るもんでもないし教えても構わないか。
「はぁ~、分かったよ。これな、素材が朧竜。ぼろく見えるのは元々そういうデザイン。だからワイバーンのブレス程度食らっても痛くも痒くもないってワケ」
「「はあっ!?」」
襟元を引っ張りながら簡単に装備の説明をすると二人の口が同時にぱかーんと開いた。コントかよ。妙齢の女子二人がしていい顔ではない。
「おおお朧竜!?凄いですっ!!こっこれがあの地竜で最上位種と名高い朧竜の装備…っ!こんな近くで実物を拝めるとは…」
「あの…セナさん?近いんですけど」
鬼気迫る顔で詰め寄って来たのは意外なことにセナだった。顔面の数センチ先で大興奮中のセナに思わず仰け反る。女性というか人間に対して耐性の無い俺は大きく動揺することとなる。結構整った外見のセナに急接近され、思わず可愛いな~とか思ってしまうのも一人の18歳男子としては無理なからぬ事ではないだろうか。あと耐性が無い理由は察してくれ。
普段鎖でがんじがらめにしている性欲という名の獣が暴れ始めたため再封印すべく己の内に深く潜る。欲や情で動くとろくなことにならないと俺は経験上知っているのだ。
「信じられないわね…。朧竜の装備なんてAランクでもなかなか手に入らない筈よ?一体それにいくらかけたわけ?」
半信半疑かつ呆れた様な表情のリーナに俺は更なる爆弾を投下する。てかセナさん、俺の装備を色々いじくるのはやめてください。「この色艶素晴らしいです」じゃねーよ。
「自分で狩ったからゼロ。余った素材を売っぱらって加工料とか消費したアイテム代ととんとんってとこかな。流石に竜核砕くしかなかったからスペック的には結構落ちてるけど」
まさに死中に生を拾う戦い。魔法、気、奥の手の『必殺技シリーズ』に至るまで己の全てをとしてすら何度も死にかける相手だった。あれほどポーションを飲んだのは後にも先にもあれきりだ。お陰で暫くお腹を壊した。
「はあっ!?それこそあり得ないでしょ。何であんたみたいのが朧竜狩れるのよ。まさか盗んだんじゃ…」
「んなわけねーだろ。まあ信じる信じないはリーナの勝手だが」
リーナのあんまりな発言に思わずため息が溢れる。窃盗は俺の美学に反するからしない。やるなら正々堂々略奪だな。というか俺信用無さすぎだろ。
「いえ、でもこれはたぶん本物ですよ。ちょっと触っただけでも驚くほどの強靭さがわかりますし。何よりもこの色合い!光を呑む漆黒が非常に美しい!」
コートの中に潜り込んでもぞもぞやっていたセナが声を上げた。
「ふーん。じゃあもし仮に本物だったとして、さっきワイバーンの首を落とせたのは装備の効果だったって事?」
リーナの言葉に思わず俺は首をかしげる。
「装備の効果?どゆこと??俺は普通に斬っただけだけど?」
「いやだから、あんな少ない気でワイバーンの首を斬れるわけないでしょ?装備の効果で強化したんじゃないの?」
「んん??……あ~、なるほど」
二人して頭上に?マークを浮かべるとこ数秒。リーナの発言を精査した結果、決定的な食い違いに気がついた。
「はあ~まったく、リーナさんもまだまだですなぁ。まさかさっきのを認識できてないとは。そんなに速くしたつもりは無かったんだけどねぇ」
ふぅ~やれやれといった態度でリーナの肩をポンポンと叩きそのまま殉職者たちの装備品をかっぱらいに行く。どうせコイツらはもう使わない。だったら俺がありがたく再利用させて貰おうではないか。
「ム、ムカつく態度ね…。いいからどういう事か教えなさいって」
「あん?装備の件で貸し借りは無しだ。これ以上何か教えてやる義理は無いね。因みにこれは純粋な善意なんだが、あの程度の攻撃の本質も看破できないうちはAランクに上がらない方が良い。……ん?これは」
「余計なお世話よ!そんなの私の勝手でしょ!…急にどうしたのよ」
「殺られたのは冒険者みたいですね」
そうだ冒険者だ。ここのワイバーンに対処していたのは兵士ではなく冒険者だったようだ。装備の水準から見るに恐らくCランク。4~5パーティーはいただろう。原型を留めている死体が少ないからパッと見では正確な人数は分からないが。
「……ははぁん、なるほどね」
「??」
BランクはCランクの一つは上のランクであり、額面だけ見るとその戦力にあまり大きな違いは無いように感じるだろう。だが実際はこの二つのランク間には高い高い壁が立ちはだかっている。この壁こそが上位冒険者と下位冒険者との境界。本来非常に低い社会的立場である冒険者だが、この壁を超えた者への待遇は飛躍的に上昇する。同じ冒険者でありながら上位と下位は全く別の生き物と言えよう。そんな上位冒険者の一角であるB2ランクを殺しうるワイバーンにCランク数パーティーというのはかなり心もとないものだ。
一番奥の危うい所にCランクレイドという危うい編成、そしてパッシブにしてある索敵魔法の反応を鑑みるに一つの結論が導き出せる。
「何?どうしたの?黙ってないでなんとか言いなさいよ」
急に黙りこんだ俺を不審に思ったのかリーナが覗き込んでくるのでつい浮かんできた薄笑いを消す。
「いや、何でもない。それじゃ俺は戻って一体分の報酬を請求してくるから。他に聞きたい事もできたしな」
「この状況で本気で手伝わないつもりなの!?」
「当然。俺は利の無いことはしない。あ、でもリアム君が土下座して助けを乞うなら考えてやらんでもないぜ?」
信じられないという表情のリーナに俺はニヤリと笑って見せる。
「もういいわよッ!!」
「お~そうだそうだ早く行け。でねーと一人でワイバーンの相手してる愛しのリアムが死んじゃうよ?」
「うっさい!!」
顔を真っ赤にしたリーナは荒い足取りで未だ戦闘中の場所へ援護に向かって行った。
「…最低ですね。貴方だって誰かに助けられた事くらいあるでしょう?」
まだ残っていたセナが隣で呟く。
「昔な。でもその分の借りは利子込みで清算済みだ。思うに“親切”ってのは投資的側面が強い。ほらよく言うだろ?『情けは人の為ならず』って。これは真理だな。だからまず俺はこう考える。投じた労力に見合うリターンがあるか?それとも今後継続的に何かしらの恩恵を得られるか?とな。今回は“否”だ。だから俺は助けない。助けるメリットが、無い」
「だからって見捨てるのですか!?無駄にしていい命など一つも無いのに!!私だって冒険者です。時には切り捨てなけれはならない命がある事もよく知っています。でも!だからこそ!命の尊さもよく知っている!だからこそ!救える命は救わなければならないのです!それが…それこそが…今まで切り捨ててきた多くの命への私達ができるせめてもの償いなのです」
セナは堰を切った様に話出した。絞り出す様に吐き出される言葉には強烈な自責と後悔の感情が同居していた。この小さな絶叫に思うところが無いでもないが現実というくそったれが俺を引き戻す。俺は命なんて、人間なんてそんな大層なモノではない事を知っている。そしてセナの言葉は続く。
「…貴方の行動には正義が無い。貴方は何のために冒険者になったのですか…?」
とうとう正義とか言い出しちゃったよこの娘!!あああ、恥ずかしい。やめとけマジでやめとけ。後で後悔することになるぞ。主に羞恥心的な意味で。正義は幻想だ。正義なんて言葉は所詮ツールに過ぎないんだよ。権力が自己正当化するため、暴力の行使を正当化するため、汚い中身を外見だけ小綺麗に取り繕う為のツール。“運命”と同じくらいクソみてぇな言葉だ。やめてくれこの議論は恥ずかし過ぎる。
思わず顔を手で覆いたくなるのを必死に堪える。え~と何だっけ?俺が冒険者になった理由?愚問だな。
「金」
「………」
「………」
「………えっ、終わり!?」
セナは他にも言葉が続くと思っていた様で一向に口を開く気配がない俺に驚いた顔をした。
「いや答えたやん。金って。単純明快だろ?」
「……そ、そんなくだらない理由で」
ま、こいつには理解出来ないかもな。根本が違いすぎるし。こーゆー人種とは分かり合えないもんなんだ。冒険者も二極化が進みつつあるみたいだし、今後馬鹿げた理屈を強制されるようになったらどうしよう。
「はぁ~、あのねぇ。冒険者になった理由なんざ元々選択肢があった奴の発想なんだよ。俺は冒険者になる以外選択肢が無かった。この貨幣社会で金が無きゃ生きていけない。戸籍もねぇ、家もねぇ、家族もいねぇ、天涯孤独の13のガキが生きてくにゃ冒険者になるしか無いだろうが。裕福な家庭に生まれ才能に恵まれ、ぬくぬくと育った奴には分かるまいよ。どうせ“学院”あたりでそれはもう平和なモラトリアムをお送りになったことでしょう?まったく羨ましい限りで」
俺なんかモラトリアムのモの字もない血と死の世界で魔獣と戯れるくらいしか道が無かったもんね。そりゃあ価値観も差が出る。
「貴方に私達の何が分かるのですか。平和だとか、ぬくぬくとか、何も知らないくせに」
分かったような事を言われ腹が立ったのかセナが鋭い視線を向けてくる。
「でも大体合ってるだろ?じゃなきゃそんな考えは持たないんだよ。まあ“学院”出は騎士になるのが常だし何かあったんだろうな~とは思ってるけど」
「そ、それは…」
「もういいか?どうせお前が何を言おうと俺は行動を変える事はないんだから話すだけ時間の無駄だ。それより早くリーナ追わないとヤバくね?」
「……この手はできれば使いたく無かったのですが。説得に応じない貴方のせいですよ」
そう言ってセナが取り出したるは一本のダガー。
「…おいっ。それ俺の秘密道具じゃねーか!!」
「ふふふ。私を懐に入れるとは油断しましたね。返して欲しくば私達に協力してください」
「お、お前、正義とかどの口で言ってんだよ…。装備の件もフリか?理解者ができてちょっと嬉しかったのに…」
「あっ、いえ朧竜のコートは素直に感動でしたが、ちょうどこれを見つけたもので」
地味にショックを受ける俺にセナは慌ててフォローしてくださる。そうだよ!普段ぼっちだから装備の自慢ができて嬉しかったんだよ!誰に言っても信じてくんないしさ~寂しかったわ!特に受付のお姉さんの疑わしげな視線は俺の心を抉った。いや敢えてボロく偽装してる俺がいけないんですけどね?
「これもなかなか凄まじい。刃竜の鱗ですよね。まさかこれも狩ったんですか?」
セナはダガーをしげしげと眺めつつ弄ぶ。なかなか扱いが上手い。リーナ曰くセナは弓馬鹿という話だったが…。
「…いや、それは引っこ抜いただけ」
「十分凄いですよ!?B2冒険者が刃竜と対峙して生還したなんて!!」
「…やるよ、それ」
「えっ!?」
それだけ言うと俺は再び屋根まで跳躍。依頼人の邸宅に向かって走り出す。セナがまだ何か叫んでるが無視。
まあさっきのは見た感じ魔術刻印もしてない只のダガーだったからあげても問題ない。そもそも投擲用のだから無くなる前提だし数はまだある。俺からのちょっとした感謝の印という奴だ。
それよりまずは依頼人を問い詰めねば。いやその前に幾つか手土産を見繕って行かないとね。お宅に訪問する際の常識だ。
俺はさっきから索敵魔法に妙な反応をする対象へ忍び寄って行った。口に笑みを浮かべて。
次で序章おわり…にしたい