七代目組長
七宮組の新たな組長が座に着く。
畳の上で一列に並んだ男達は、重苦しい雰囲気の中、新たな頭を待っていた。
沈黙の中、わずかな怒声と慌ただしい足音が近づき、唐突に襖が開いた。
全員が視線を向け、頭を下げるまでの一瞬。彼らは僅かに静止した。
喪服を纏った少女が、静かに立っていた。
真っ黒な着物、不気味なほど透き通った白い肌。唇に紅をさしたその姿が、恐ろしく不吉に思えた。
七宮羽衣、先代の一人娘。
緑色の髪は一つに結ばれ、その瞳はこれ以上ない程に冷たく光っていた。
美しさが、不吉さを余計に際立たせていた。
今朝、先代の葬儀を終えた後とはいえ、全員喪服から正装に着替えて、この場へ座している。
だというのに、彼女は新たな当主を据えるこの場に相応しくない姿だった。
「お嬢!」
遅れて着いた倉島が、慌てたように羽衣の手を引く。
「今日がどんな場かわかってんのかよ!着替えてからって」
「離して」
冷たい声だった。
怒っている。思わず手を離した倉島に代わり、北山が前に出て、頭を下げた。
「お嬢、隣の部屋にお召し物を御用意しています。まずは着替えてからこの場へ........」
「黙って」
諭すような柔らかい声に、羽衣は見向きもせず言った。
父親が亡くなった後だから無理もないか、と北山は考え、さてどう言うかと頭を巡らせていた時だった。
「組長」
背後から、静かな声がした。
羽衣が振り返る。
喪服姿の平木が、そこに跪いていた。
「先代の仇の目星が着きました。」
静寂が落ちる。普段からは想像できない畏まった姿勢に、倉嶋と北山は呆気にとられた。
同時に、羽衣は父親を失った理不尽ではなく、先代の仇も取れない七宮組そのものに怒っているのだと、理解した。
「殺したの?」
「いいえ」
「........ふふっ、何が言いたいの?」
羽衣が微笑んだ。空気が更に張り詰めた所で、ちりんと鈴の音が鳴った。
「続きは私が話すよ。ご当主殿」
ちりんちりんと間抜けな音をさせながら、廊下の奥から喪服姿の人物が現れた。
「須賀っ!?おまえ、盃事の最中だぞ!」
倉島の怒号に、座っていた男達も即座に立ち上がった。
数十人の男たちを前にして、須賀はけらけらと愉快そうに笑った。
「やだなぁ。そこに跪いてる平木くんに呼ばれたんだよ」
「........は?」
ボソリと呟いた北山が、ゆっくりとに刀の柄に手を掛けた。
羽衣が須賀に向き直り、部下達を手で静止した。
「みんな座って」
「........お嬢、トロを許すんですか?」
「聞こえなかったの?」
その言葉に、全員が素早くその場に跪いた。
納得のいかぬまま、北山は平木に視線を向けたが、平木は冷静な表情のままだった。
倉島は、平木の兄貴分である自分に、責めるような視線が集まっているのを、じんわりと感じ取っていた。
「おや凄い。まだ盃事は始めていないんだろう?なのにすごい忠誠心だね。流石だね君たちは」
「そういうのいらない。さっさと喋って」
「わあ怒ってるね........まあ当然か。もう2日も経つのに、犯人まだ見つけてないんだもんねえ」
嗤うその姿に、羽衣の視線が一層厳しくなった。
喪服姿でも、変わらず赤い化粧を瞼に施し、適当に1括りした髪には、何故か藤の花と鈴を飾っていた。
あまりにもズレたその格好が、この人物にはよく似合っていた。
「........いくら?」
羽衣が問うた瞬間、須賀の口角が上がった。
「一千万」
真っ先に倉島が動いた。銃を取り出すのと同時に、羽衣が怒鳴った。
「言うことが聞けないの!」
「お嬢、俺が手足撃って吐かせます。こいつわざわざ俺たちに泥を塗りにきやがった。」
銃を突きつけたまま、倉島は吐き捨てた。
「誤解しないでくれよ。君たちの味方だからこそ、正当な取り引きをしに来たんじゃないか」
ちりんと鈴がなる。鬱陶しい音に、北山が口を開けた。
「おい平木。お前いつまで座り込んでやがる。始末どう付ける気だ」
緊張感が増す中、平木だけは動いていなかった。
「........聞いてんのか、お前は!」
倉島が怒鳴りつける。平木はゆっくり顔を上げ、表情を変えないまま言った。
「二人とも、組長の命令が聞けないんですか?」
「........は?」
「殺れと言われれば殺る。死ねと言われれば死ぬ。俺達はずっと先代に従ってきた。なのにいま組長に従わないのは。羽衣さんを認めてないって事ですか?」
そんなわけがない、咄嗟にそう思った。
だが、否定出来なかった。
自分達が護ってきた少女が、この組を背負う存在になったと、真に理解していなかった。
だからこそ、真っ先に動いた。
平木の言葉に答えず、即座に2人もその場へ跪いた。
「解ったならいい」
謝罪を述べる前に、ぴしゃりと羽衣が止めた。
改めて須賀を見据え、羽衣は言った。
「一千万でいい」
今度こそ、動く者はいなかった。
ぱちぱちと拍手の音と、合わせて揺れるすずの音だけが響いた。
「いやぁ〜良かった!新しいご当主も話のわかる方で何よりだ!」
明るく笑う須賀に反し、羽衣は表情を変えなかった。
「じゃあさっそく取引と行こうか。まずはそちらから、金銭の受け渡しで良いかな?こっちの情報は後程」
「何を勘違いしてるの?」
羽衣の言葉に、須賀は目を丸くした。
間髪入れず、羽衣が言う。
「一千万はあなたの命の値段よ。須賀。」
「........私の命を渡した覚えはないんだけどね?」
「さっき渡したでしょ」
ゆっくりと羽衣が、須賀を指す。
同時に、七宮組全員が立ち上がった。
「さっき私達を侮辱した。だからあなたの命は私が貰ったの。
だけど犯人の情報と交換に、あなたの命を売ってあげる。たったの一千万で生きて帰れるなんて、
私、優しいでしょう?」
柔らかく微笑んだ羽衣の後ろで、全員が須賀を見据えていた。
目を丸くして止まっていた須賀が、暫くして大声で笑いだした。
「あはははは!そう来たかご当主!いいよ、買わせて頂こうじゃないか」
心の底から愉快そうに話し、須賀は袂から1枚の紙を出した。
「これから宜しく頼むよ。七宮組七代目組長」
微笑んだまま、羽衣は紙を受け取った。
幾人か人を殺し、無事に盃事も終わり、羽衣が正統に組長の座を継いで日が経った頃。
倉島、平木、北山の三人は羽衣に呼ばれた。
責任を取らされるのだと覚悟しながら、三人は羽衣に呼ばれた場所へ行った。が。
「........なんで原宿?」
「........なんで俺達、JKまみれの楽園に居る?」
「あっ、北山おまえ蔑んだ目ぇしただろ!そういう目で見んのやめろ!」
「うるさい話しかけるなスケベがうつる」
「は〜??1番やる事やってんのてめぇだろ!」
ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人は、何故か原宿駅に呼ばれていた。
彩度の高い服や小物店、クレープ屋やらなにやらスイーツの店ばかり目に移り、周りでは個性的な若者や女子高生が楽しそうに歩いていた。
明らかに場違いな雰囲気に、倉島以外のふたりは居心地が悪かった。
「おまはへ」
制服姿の羽衣が、漸く現れた。
「........組長、何飲んでんの?」
「タピオカ。知らないの?」
「あー、噂の........」
「これ確かカエルの卵だろ?いっでぇ!」
倉島に腹を打たれ、平木は悶絶した。
呆れたようにため息を吐きながら、北山は言う。
「で、ここに呼んだってことは何かあるんですか?」
「うん。あのね、三人にはタピオカ屋をやってもらいます」
沈黙が降りた。
一瞬の静寂の直後、二人が同時に叫んだ。
「はああああああ!?!」
「タピオカ屋ああああああ!?!」
「はい、俺は公安勤務なんで副業禁止です組長」
「じゃあくらげとトロでやってね」
「「北山ああああああ!!!」」
我関せずと言った姿勢で、北山は無視した。
「つか、なんでタピオカ屋!?オレたち一応裏の者なんですけど!?」
「タピオカって原価安いのにめちゃくちゃ売れるんだって。須賀さんがこの前ついでに教えてくれたの」
あいつ余計なことしやがって!と二人は心の声を揃えたが、命令とあれば何も言えなかった。
くるくると赤いストローを回しながら、羽衣は続ける。
「あと、澄ちゃんがタピオカ飲みたいって言ってたから」
「絶対そっちが本命だよな?組長?」
引き攣った笑顔の倉島を無視して、羽衣は幸せそうに口をもごもごと動かしていた。
がっくりと肩を落とす2人に、咀嚼を終えた羽衣が言う。
「大丈夫。作るの簡単だから。あと女子高生とふれあい放題」
「やります」
「オイ倉島ぁ!!」
ぎゃあぎゃあと騒がしい集団から、通行人が明らかに距離をとっていた。
呆れ帰りながら、北山が声をかける。
「おい、目立ってしょうがねーよ。とりあえず帰ってメニューでも作れ」
「てめえ他人事だからって........」
「あと三人とも」
全員がぴたりと歩みを止めて、羽衣に振り返った。
タピオカを飲みおえた羽衣は、いつもどおり落ち着いた表情で言った。
「お嬢でいいから。あと敬語もいい」
きょとんと呆気にとられる3人を置いて、羽衣は一人で歩いて行った。
数秒後、我に返った3人をが、羽衣の後を慌てて追いかけた。
「おい!待てよお嬢!」
おしまい