表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

七代目組長

作者: 灰歌

七宮組の新たな組長が座に着く。‬

畳の上で一列に並んだ男達は、重苦しい雰囲気の中、新たな頭を待っていた。‬

沈黙の中、わずかな怒声と慌ただしい足音が近づき、唐突に襖が開いた。‬

全員が視線を向け、頭を下げるまでの一瞬。彼らは僅かに静止した。‬

喪服を纏った少女が、静かに立っていた。‬

真っ黒な着物、不気味なほど透き通った白い肌。唇に紅をさしたその姿が、恐ろしく不吉に思えた。‬


七宮羽衣、先代の一人娘。‬


緑色の髪は一つに結ばれ、その瞳はこれ以上ない程に冷たく光っていた。‬

美しさが、不吉さを余計に際立たせていた。‬

今朝、先代の葬儀を終えた後とはいえ、全員喪服から正装に着替えて、この場へ座している。‬

だというのに、彼女は新たな当主を据えるこの場に相応しくない姿だった。‬

「お嬢!」‬

遅れて着いた倉島が、慌てたように羽衣の手を引く。‬

「今日がどんな場かわかってんのかよ!着替えてからって」‬

「離して」‬

冷たい声だった。‬

怒っている。思わず手を離した倉島に代わり、北山が前に出て、頭を下げた。‬

「お嬢、隣の部屋にお召し物を御用意しています。まずは着替えてからこの場へ........」‬

「黙って」‬

諭すような柔らかい声に、羽衣は見向きもせず言った。‬

父親が亡くなった後だから無理もないか、と北山は考え、さてどう言うかと頭を巡らせていた時だった。‬


「組長」‬


背後から、静かな声がした。‬

羽衣が振り返る。‬

喪服姿の‬平木が、そこに跪いていた。

「先代の仇の目星が着きました。」

静寂が落ちる。普段からは想像できない畏まった姿勢に、倉嶋と北山は呆気にとられた。

同時に、羽衣は父親を失った理不尽ではなく、先代の仇も取れない七宮組そのものに怒っているのだと、理解した。

「殺したの?」

「いいえ」

「........ふふっ、何が言いたいの?」

羽衣が微笑んだ。空気が更に張り詰めた所で、ちりんと鈴の音が鳴った。


「続きは私が話すよ。ご当主殿」

ちりんちりんと間抜けな音をさせながら、廊下の奥から喪服姿の人物が現れた。

「須賀っ!?おまえ、盃事の最中だぞ!」

倉島の怒号に、座っていた男達も即座に立ち上がった。

数十人の男たちを前にして、須賀はけらけらと愉快そうに笑った。

「やだなぁ。そこに跪いてる平木くんに呼ばれたんだよ」

「........は?」

ボソリと呟いた北山が、ゆっくりとに刀の柄に手を掛けた。

羽衣が須賀に向き直り、部下達を手で静止した。

「みんな座って」

「........お嬢、トロを許すんですか?」

「聞こえなかったの?」

その言葉に、全員が素早くその場に跪いた。

納得のいかぬまま、北山は平木に視線を向けたが、平木は冷静な表情のままだった。

倉島は、平木の兄貴分である自分に、責めるような視線が集まっているのを、じんわりと感じ取っていた。

「おや凄い。まだ盃事は始めていないんだろう?なのにすごい忠誠心だね。流石だね君たちは」

「そういうのいらない。さっさと喋って」

「わあ怒ってるね........まあ当然か。もう2日も経つのに、犯人まだ見つけてないんだもんねえ」

嗤うその姿に、羽衣の視線が一層厳しくなった。

喪服姿でも、変わらず赤い化粧を瞼に施し、適当に1括りした髪には、何故か藤の花と鈴を飾っていた。

あまりにもズレたその格好が、この人物にはよく似合っていた。

「........いくら?」

羽衣が問うた瞬間、須賀の口角が上がった。


「一千万」


真っ先に倉島が動いた。銃を取り出すのと同時に、羽衣が怒鳴った。

「言うことが聞けないの!」

「お嬢、俺が手足撃って吐かせます。こいつわざわざ俺たちに泥を塗りにきやがった。」

銃を突きつけたまま、倉島は吐き捨てた。

「誤解しないでくれよ。君たちの味方だからこそ、正当な取り引きをしに来たんじゃないか」

ちりんと鈴がなる。鬱陶しい音に、北山が口を開けた。

「おい平木。お前いつまで座り込んでやがる。始末どう付ける気だ」

緊張感が増す中、平木だけは動いていなかった。

「........聞いてんのか、お前は!」

倉島が怒鳴りつける。平木はゆっくり顔を上げ、表情を変えないまま言った。

「二人とも、組長の命令が聞けないんですか?」

「........は?」

「殺れと言われれば殺る。死ねと言われれば死ぬ。俺達はずっと先代に従ってきた。なのにいま組長に従わないのは。羽衣さんを認めてないって事ですか?」

そんなわけがない、咄嗟にそう思った。


だが、否定出来なかった。

自分達が護ってきた少女が、この組を背負う存在になったと、真に理解していなかった。

だからこそ、真っ先に動いた。

平木の言葉に答えず、即座に2人もその場へ跪いた。

「解ったならいい」

謝罪を述べる前に、ぴしゃりと羽衣が止めた。

改めて須賀を見据え、羽衣は言った。


「一千万でいい」


今度こそ、動く者はいなかった。

ぱちぱちと拍手の音と、合わせて揺れるすずの音だけが響いた。

「いやぁ〜良かった!新しいご当主も話のわかる方で何よりだ!」

明るく笑う須賀に反し、羽衣は表情を変えなかった。

「じゃあさっそく取引と行こうか。まずはそちらから、金銭の受け渡しで良いかな?こっちの情報は後程」

「何を勘違いしてるの?」

羽衣の言葉に、須賀は目を丸くした。

間髪入れず、羽衣が言う。


「一千万はあなたの命の値段よ。須賀。」


「........私の命を渡した覚えはないんだけどね?」

「さっき渡したでしょ」

ゆっくりと羽衣が、須賀を指す。

同時に、七宮組全員が立ち上がった。

「さっき私達を侮辱した。だからあなたの命は私が貰ったの。

だけど犯人の情報と交換に、あなたの命を売ってあげる。たったの一千万で生きて帰れるなんて、

私、優しいでしょう?」

柔らかく微笑んだ羽衣の後ろで、全員が須賀を見据えていた。

目を丸くして止まっていた須賀が、暫くして大声で笑いだした。

「あはははは!そう来たかご当主!いいよ、買わせて頂こうじゃないか」

心の底から愉快そうに話し、須賀は袂から1枚の紙を出した。

「これから宜しく頼むよ。七宮組七代目組長」

微笑んだまま、羽衣は紙を受け取った。







幾人か人を殺し、無事に盃事も終わり、羽衣が正統に組長の座を継いで日が経った頃。

倉島、平木、北山の三人は羽衣に呼ばれた。

責任を取らされるのだと覚悟しながら、三人は羽衣に呼ばれた場所へ行った。が。

「........なんで原宿?」

「........なんで俺達、JKまみれの楽園に居る?」

「あっ、北山おまえ蔑んだ目ぇしただろ!そういう目で見んのやめろ!」

「うるさい話しかけるなスケベがうつる」

「は〜??1番やる事やってんのてめぇだろ!」

ぎゃあぎゃあと騒ぐ三人は、何故か原宿駅に呼ばれていた。

彩度の高い服や小物店、クレープ屋やらなにやらスイーツの店ばかり目に移り、周りでは個性的な若者や女子高生が楽しそうに歩いていた。

明らかに場違いな雰囲気に、倉島以外のふたりは居心地が悪かった。

「おまはへ」

制服姿の羽衣が、漸く現れた。

「........組長、何飲んでんの?」

「タピオカ。知らないの?」

「あー、噂の........」

「これ確かカエルの卵だろ?いっでぇ!」

倉島に腹を打たれ、平木は悶絶した。

呆れたようにため息を吐きながら、北山は言う。

「で、ここに呼んだってことは何かあるんですか?」

「うん。あのね、三人にはタピオカ屋をやってもらいます」

沈黙が降りた。

一瞬の静寂の直後、二人が同時に叫んだ。

「はああああああ!?!」

「タピオカ屋ああああああ!?!」

「はい、俺は公安勤務なんで副業禁止です組長」

「じゃあくらげとトロでやってね」

「「北山ああああああ!!!」」

我関せずと言った姿勢で、北山は無視した。

「つか、なんでタピオカ屋!?オレたち一応裏の者なんですけど!?」

「タピオカって原価安いのにめちゃくちゃ売れるんだって。須賀さんがこの前ついでに教えてくれたの」

あいつ余計なことしやがって!と二人は心の声を揃えたが、命令とあれば何も言えなかった。

くるくると赤いストローを回しながら、羽衣は続ける。

「あと、澄ちゃんがタピオカ飲みたいって言ってたから」

「絶対そっちが本命だよな?組長?」

引き攣った笑顔の倉島を無視して、羽衣は幸せそうに口をもごもごと動かしていた。

がっくりと肩を落とす2人に、咀嚼を終えた羽衣が言う。

「大丈夫。作るの簡単だから。あと女子高生とふれあい放題」

「やります」

「オイ倉島ぁ!!」

ぎゃあぎゃあと騒がしい集団から、通行人が明らかに距離をとっていた。

呆れ帰りながら、北山が声をかける。

「おい、目立ってしょうがねーよ。とりあえず帰ってメニューでも作れ」

「てめえ他人事だからって........」

「あと三人とも」

全員がぴたりと歩みを止めて、羽衣に振り返った。

タピオカを飲みおえた羽衣は、いつもどおり落ち着いた表情で言った。

「お嬢でいいから。あと敬語もいい」

きょとんと呆気にとられる3人を置いて、羽衣は一人で歩いて行った。

数秒後、我に返った3人をが、羽衣の後を慌てて追いかけた。

「おい!待てよお嬢!」





おしまい


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ