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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。

現代吸血鬼の葬式

作者: 缶瞑
掲載日:2019/03/18

初めて真面目にあらすじ書いたけど二度と書きたくない。

誰がなんと言おうと吸血鬼百合です。

 遠山瑠璃(瑠璃)が住んでいる部屋は一般的には立派と言えよう。

 駅から徒歩5分以内、新築のため朽ちたところも見られず、間取りは2LDK、十分立派。

 一大学生である瑠璃には毎月の家賃を払えないくらい立派、そんな物件に瑠璃が住めているのは瑠璃が親友の鳥羽エリザとルームシェアをしているためだった。

 大学生である瑠璃に対して、エリザは同じ大学で講師を務めていた。とは言っても2人の間にさほど接点はなく本来ならば交わることもなかっただろう。2人が知り合うことになったのはエリザが話しかけてきたことがきっかけだ。それも講師としてではなくただの1人の女性として気さくに、まるでナンパの如く。

 ナンパされるからには自分は何かしらの魅力があるはずなのだが瑠璃にはそれが分からなかった。目はパッチリとしてはいるがやや離れぎみ、頬には高校時代できたニキビの痕が未だに残り、大学デビューと称し染めた赤毛を肩で切り揃えた、どこにでもいる少女だった。

 性格も聖人君子とは程遠い平凡そのもの、そんな自分になぜ興味を持ち、今ではルームシェアをしているのか瑠璃は未だに聞けずにいた。

 更に言うならばナンパをされはしたがエリザは別にちゃらちゃらした性格ではない。むしろ硬派で、色恋に興味などないといったような性格だった。

 今でこそ理解できるが最初に話しかけてきたときの態度は明らかに演技だったのだろう。

 基本的に物事には執着せず、いつも気だるげ、それがエリザという女だ。

 そのエリザが殺されたのは2人が出会って3年経とうとしていた頃だった。

 犯人は近頃街を騒がせていた連続殺人犯の犯行だろうと警察は言っていたが、エリザの遺体の前で呆然としている瑠璃の耳には入っていなかった。

 大学病院で見せられたエリザは事件性など匂わせないほど安らかな顔をしていたが、首元の縄で絞めた跡がそれを否定していた。

 不思議とその時は涙は出なかった。

 元々ただのルームシェア相手、ただの親友にすぎないのだから――そう思っていたが帰宅して、ただいまの声に反応が無いこと、作った夕食が多すぎたこと、夜おやすみを言う相手がいないことを体験する度にエリザへの思いは膨らんでいき、その日の夜、瑠璃はひたすら枕を濡らした。

 なんで自分に声をかけたのか、なんで自分と居を共にすることを選んだのか、心の底ではエリザのことを深く愛していたこと、聞きたかったこと伝えたかったことは幾つでも思いつくが今となってはもう遅い。

 そのことが更に瑠璃の心を打ち砕いていった。

 いつしか瑠璃は泣き疲れて眠っていた。

 これが普通の親友の死であるならばこの先は普通に葬儀が行われたであろう、親友を殺された者は復讐心で刑事になるなり探偵になるなりしていただろう。だがそこで終わらないのが鳥羽エリザという女だ。



 瑠璃が目を開けるとそこは自宅のキッチン、つい数時間前作りすぎた夕食を前に心を痛めていたところだった。だが先ほどまでとは違うところが幾つか見えた。

 窓からは暖かな光が差し込んでいて、洗わずに放置した食器も無くなっている、そしてなにより死んだ筈のエリザがソファで寛いでいる様がキッチン越しに見えた。

 その姿はこれまで瑠璃が見てきたそれと変わりなく、一つに束ねた黒髪は肩から胸にかけて垂れて、大きい目、高い鼻、そしてその上には赤いフレームの眼鏡をかけており、相変わらずの美しさとほんの少しの妖艶さをかもし出していた。

 生前はこの美貌もあって大学内ではファンクラブ紛いの怪しい団体もできつつあると友人の口から聞いたことがあったが、その団体もエリザの訃報を知ればこぞって病院までやってくるのだろう。


「こっちに来るなら、そこのお茶も一緒に持ってきてちょうだい」


 寛いでいた姿から一転、ふてぶてしさを隠そうともせず命令するエリザの姿は生前と変わりなく、自分の夢ながらによくできたものだった。

 彼女の言うお茶というのは、キッチンに置かれてあるマグカップの中に入った紅茶のことであろう。自分の夢なんだから、あらかじめ彼女の手元にセットしておけば良いのにそうしないのは彼女との生活の中で従者の如く扱われることに慣れてしまったからだろうか。

 持っていくこと自体は別に問題はない。しかし瑠璃は普段と変わらぬ物言いのエリザに違和感を感じずにいられなかった。

 ――私の夢なんだからもうちょっと可愛げのある発言をしてくれても良いのではないだろうか。

 そこでふと馬鹿げた考えが頭の中に浮かんだ。今目の前にいるエリザは夢の中の存在ではなく幽霊なのではないだろうか、と。

 考えているだけでは埒があかないし、そろそろ遅いことにエリザが腹を立てるかもしれない。

 直接話しを聞くために、カップを持ちエリザの元まで向かい、エリザのソファに向かい合うようにして置かれた自分のソファに腰掛ける。


「…死んだんだよね?」

「ええ」

「夢?」

「ええ、でも私は君の夢の中の存在じゃない、2年間君と過ごしてきた鳥羽エリザそのもの、分かるでしょ?」

「なんとなくだけどね」

「よろしい、それじゃあ瑠璃、私は君に幾つか伝えなきゃいけないことがあるの。私は確かに死んだ。でもそれは何百年も前の話――」


 あまりに突飛すぎる言動に瑠璃は言葉を失っていたが、エリザは予想のうちと言うかのように数拍置いて話を続けた。


「私は、吸血鬼なの」

「…日光平気なの?」


 窓から差す光は、浮き上がる埃を見やすくさせ、その延長線上ではエリザが静かに紅茶を口に運んでいた。

 夢なら日光が効かなくても一応納得できるが、瑠璃はエリザが日光を浴びているのを見たことがあるし、にんにく入りの料理を口にするのも見たことがあった。彼女が吸血鬼だというのならばそれはおかしいではないか。

 しかしエリザは呆れたように大きくため息をつくとソファから立ち上がり、日光に向け体全体があたるように、腕を広げた。


「日光なんて現代の創作で作られた設定でしかないよ」

「にんにくは?」

「あんなのは瘴気説のなごり」

「影があるし鏡にも映る」

「創作によるもの」

「血を吸ってるのを見たことがない」

「君が寝てるときに時々貰ってた」

「はぁ!?」


 矢継ぎ早に交わされたエリザと瑠璃の会話は顔を赤くした瑠璃が肩を手で隠したことで幕引きとなった。

 勝手に血を吸ったことで一悶着あったが、吸ったのは生活に支障のない量だったこともあり瑠璃も落ち着きを取り戻し、改めてエリザの話を聞くこととした。


「それで、そんなことを話すからには何か理由があるんでしょう?」

「えぇ、私の肉体は今大学病院に安置してあるのだけど、そこから脱出するのを手伝って頂戴」

「…脱出するだけなら1人でできるんじゃないの?普通に起き上がるでも、霧になるでも自由に」

「霧は創作によるものだから無理、できるとしたら黒猫や黒犬、あとは蝶くらいよ。でもそれで脱出したら絶対にバレるから駄目、貴女以外の誰にもバレることなく脱出したいの」

「…分かった。それで何をすればいいの?」


 エリザの考える脱出計画は以下の通りだった。

 まず今いる病院から抜け出すと確実にバレるので司法解剖等を受けた後、普通の人が死んだときと同じような手順を踏み、葬儀を行う。納棺するまでは人の目があるため納棺後、ひいては火葬炉に入れられるまでに脱出する。そうすると出てくる筈の遺骨が無いため、そこで私がなんとか場を収める。そして最終的に2人で香典を山分けする。遺骨の所在を除けば完璧な作戦である。


「場を収めるったってどうすればいいのよ」

「適当に誤魔化して」

「無理だよ、吸血鬼同士のネットワークとかで脱出できないの?」

「そんなものあったらとっくに使っているよ、でもそれができないから君に頼んでいるの」


 そう言って頼みこむエリザの姿はこれまで見たことないほど真剣そのもので、瑠璃も致し方なく協力することとした。


「それで私がやるのは場を収めるだけ?他はなし?」

「いや、まず役場に行って死亡届とかの書類を提出してほしい。次に葬儀の打ち合わせもしてもらうし、なんだったら喪主になってもらうし、弔辞も勿論君にやってもらう」


 しかしやることは思った以上にあるようで瑠璃は今からでも気が滅入っていた。おまけに最後にエリザが言った願いは呆れるような内容で――。


「最後のお願いの前に、吸血鬼の弱点で杭を心臓に打たれると死ぬってのがあるんだけど」

「?ええ」

「それは残念ながら創作由来でもなんでもなく事実なの、だから…」

「だから?」

「私が司法解剖のときに心臓に杭を打たれないように見張っていて頂戴!!」

「…そんなこと普通されないよ!!」


 いくら相手が自分より何百歳年上と分かっていても怒鳴らずにはいられなかった。



 次の日、瑠璃は役場にてエリザの死亡届を提出していた。

 昨日見た夢のことは未だに半信半疑ではあるが、遺骨の所在を誤魔化すことは例外として、他のことは普通に死亡した場合と変わらないから良しとして即座に行動に移した。

 とは言っても司法解剖が行われる場合は、遺体が返ってくるまで長くて1週間近くかかるため、あまり早くに行動しすぎても手持ち無沙汰となる。

 しかし今日もまた夢にエリザが出てくるかもしれない。その時に報告できるようにやっておいて損は無いだろう。



 案の定、エリザはその日の夜も夢に出てきた。


「司法解剖までまだ時間があるけど緊張してきたわ」

「吸血鬼ならすぐ治るんじゃないの?」

「でもくすぐったくて笑っちゃうかもしれないでしょ?」

「メスで切られたりするのに?」


 瑠璃の返答にエリザは首をかしげていた。吸血鬼に痛みは無いのだろうか、だからこそくすぐったいと思えるのかもしれないが、人間である瑠璃には分かる筈もないし分かりたくもない。

 しばしの間をおいて瑠璃から死亡届を提出したことを話したが褒められはしなかったし、感謝すらされなかった。

 ショックにも感じるが、このふてぶてしさというか傲慢さがあってこそ鳥羽エリザらしいと言える。それに瑠璃自身このエリザのありかたを気に入っていたから不問とした。

 そこまで話したあたりで目が覚めて、エリザとの2人きりの時間は終わりを告げた。



 2日後に夢の中で司法解剖が終わったとエリザから聞き、瑠璃はすぐさま葬儀の手配をし始めた。あらかじめ連絡を入れていたため葬儀が行われるまでそう時間はかからないだろう。

 夢にエリザが出てきたことを見るに司法解剖で杭は刺されなかったようだ。

 エリザの遺体は病院の霊安室で安置されている。今ではエリザが死亡したニュースも十分知れ渡り、ちらほらと生前知己にあった者たちがその顔を一目見ようと訪れていた。

 中には瑠璃が知らない者もいた。

 その男はニュースで死亡を知って訪れたらしく、どうやらエリザと知り合いというわけでもなかったようだ。

 黒い山高帽をかぶり、これまた黒い礼服に身を包み、口元に髭を携えた、齢40といったところのその男はエリザの遺体を前にして腕の前で静かに十字をきったかと思うと、今度はエリザの顔かけを取り、じろじろと観察しだしたのだった。


「エリザの遺体がどうかしましたか?」

「いえ、少し調査のために訪れたのですよ」


 男の言う調査とは、どうやら彼女が吸血鬼の疑いがあり、確認のための調査らしい。

 きっと横で聞いていたエリザはこのとき内心大いに焦っていただろう。事実瑠璃の方は焦っていた。


「吸血鬼などと馬鹿にされるかもしれませんが実際にいるのですよ吸血鬼は!!」


 うん、知っている。

 身振り手振りで吸血鬼の存在をアピールする男の姿は正直言って滑稽にも見えたが、この男が何者にせよエリザが吸血鬼であるということがバレたらまずいので即座に否定する。


「でも彼女が吸血鬼だとどうして?私は彼女と同居してたけれど、それらしいところは一度たりとも見ていませんよ?」

「教会に伝わる吸血鬼疑いのある女性の肖像画が彼女と類似していたものでして、確認せずにはいられなかったんです」


 そう言って男はスマートフォンを取り出して1枚の画像をこちらに見せてきた。

 その画像――肖像画――の中に描かれた女性は髪色こそ金色だったが、目鼻立ちやほくろの位置、目尻の感じは似ているようにも感じた。

 きっとこの絵の中の女性こそ鳥羽エリザの生前と言える存在なのだろう。実際エリザによく似て美しいし。しかしそれを認めたらエリザが吸血鬼として扱われるかもしれないので必死に言い訳を述べる。


「でも肖像画ですよね?それだったら本物とは似てないかもしれないじゃないですか、髪色も違いますし」

「髪なんていくらでも変えられますよ。そして似てないかどうかを調査するための私ですから」


 男は調査を続ける。最終的に男はエリザの頭部に何か見つけたのだろうか、調査を終え、帰っていった。

 その日の夜は急遽作戦会議を開くこととなった。



「あの男、きっと異端審問官でしょうね」


 忌々しげに爪を噛みながら呟いたエリザの表情には多少の焦りが滲み出ていた。

 異端審問官というのがどういうものか知らないが、エリザがそこまで恐れるということは何かしらの力があるのだろうと瑠璃は邪推した。

 事実、異端審問官であるあの男、ハインリヒは魔女や吸血鬼、人狼を見つけ駆除することを生業としていて、それなりのキャリアを誇っていた。

 エリザとしては吸血鬼ということが露呈しようが衆目に晒されようが姿や身元を偽って生活できるし、返り討ちにすることもできよう。しかしそんなことをすれば瑠璃との生活を続けることは困難だろう。それだけは絶対に避けねばならない。

 勘違いで声をかけてしまったことから始まった交友関係だったが、瑠璃は自分の傲慢さを受け入れてくれた。それどころか愛してさえくれた。

 その愛は数百年の間で起伏の小さくなった感情を大いに揺さぶり、生前すらも経験したことなかった恋へと自分を導いた。普段の態度にこそ現れはしないが鳥羽エリザは遠山瑠璃を心から愛してると言えよう。

 そんな彼女を危険に晒すことはあってはならない。


「それで、どうするの?」

「今考え中、異端審問官が絡んでくる以上他の吸血鬼たちは力を貸さないでしょうからね」

「やっぱりあるんじゃん!吸血鬼ネットワーク!」

「あるに決まってるでしょう。君に伝えたら情報が漏れるかもしれないから伝えていなかったの」

「漏らさないよ!」


 自分が信頼されてなかったことにショックは受けたが、確実に漏らさないでいられるかと聞かれて、即座にYESと言えるほど瑠璃は口が堅くなかった。

 そういう点で言えば彼女の判断は正しかったと言えよう。


「あの男、最後にどこかを見てたように感じたけど、どこを見てたの?」

「え?確か頭のてっぺんのあたりを見た後に帰っていったよ?そこになんかあるの」

「まずいわね…つむじの数を見られたかもしれない」


 民間伝承の中においてつむじが2つある者が吸血鬼になるというものがある。

 理由としてはつむじの数=魂の数で吸血鬼は魂が2つあるからという、「どこから出てきたその謎理論!?」と突っ込まずにはいられない理論が挙げられる。事実エリザはつむじが2個あるがために吸血鬼になったのだから仕方ない。


「きっと私が吸血鬼とバレたかもしれないから、葬儀で顔を見られるかもしれないから脱出するのは火葬炉に入れられる直前にする必要が出てきたわね」

「実際効くか分からないけど、吸血鬼の対策に火葬も挙げられるの、だからなるべく危険は避けておきたいけど、それは無理そうね…」

「そうなんだ…あ、本当に2個ある…」


 真面目に作戦を立てるエリザに対して瑠璃は、エリザのつむじの数を数えていた。

 そこでふとエリザの髪色に目が行く。


「エリザの黒髪ってこれ染めているの?」


 頭のてっぺんにある2つのつむじ、しかしそのつむじの周辺の髪は1ミリほど金色で、そこから先の黒髪は染髪によるものであることが見て取れた。

 そういえばあの異端審問官が見せた肖像画では金色の髪だったなと思い起こす。


「ええ、金色のままだと日本のほうでは目立ちそうだからね」

「そっか、肖像画で見たエリザの髪、綺麗だし可愛かったんだけどな」


 翌日見た夢でエリザは濡れ羽色の美しい髪を金色に変えて、こちらの様子を伺っていた。



 葬儀が行われたのは男が現れてから2日後のことだった。

 最後に夢で見たエリザは、異端審問官が斎場にあらわれるかもしれないというのに異様な落ち着きを見せていた。こちらとしては喪主としての務めや弔辞、火葬後に遺骨の所在をどう誤魔化すか等々、することの多さに頭を悩ませていたが、最終的には葬儀屋の助けもあって事なきを得た。

 葬儀は思っていたよりも人が集まり、生前のエリザの交友関係が広かったことを今更ながらに知ることができた。

 その中には予想通り、異端審問官であるハインリヒも紛れ込んでいた。

 ハインリヒは棺の中のエリザを再度確認していたが、その後は特に何をするでもなく、他の参列者と同じように振舞っていた。

 弔辞を見事に務め、葬儀も終えた。最後に待っていた火葬は、正直言って退屈だった。

 エリザの棺が火葬炉に入っていくのを見送って、火葬が終わるまでの40分強を控え室で待つ。

 普通の葬儀の場合、きっと火葬が終わるまでの時間で故人との日々を思い返したりするのだろうか、自分も試そうと思った瑠璃であったが今回に限ってはエリザが死んでいないと知っているため、パッと浮かび上がりはしなかった。

 火葬が済んだ後、瑠璃やハインリヒらが火葬炉の前に向かうと、そこには通常の火葬後と変わりなく拾骨のための箸、骨壷が置かれていた。遅れて火葬炉から出てきた台車には遺骨が置かれていた。


「…」


 驚きはしたが、ハインリヒは勿論、他の参列者の目がある前で声を上げる訳にはいかなかった。

 驚いている間にも拾骨は始まって、骨壷へと収まっていく。一方ハインリヒはというと遺骨が本物であるのを確認した後に静かに帰っていった。きっと彼の中で鳥羽エリザは吸血鬼ではないと認定されたのであろう。



 納骨を終えて、墓地から自宅への慣れない道をとぼとぼ帰る瑠璃の胸中は不安でいっぱいだった。

 エリザに限って失敗するとは思えないが、あの遺骨は素人目に見ても本物だと分かる。ならばエリザは

どこへ行ったのか。考えれば考えるほど不安になる。


「香典っていくらくらい集まったの?100万くらいいった?」


 しかしその不安も、後ろから投げかけられた馴染みある声によって消え去った。


「…はぁ、貴女ねぇ、脱出するための作戦があったなら私にも伝えなさいよ」

「申し訳ないとは思うけど、君からハインリヒや他の者にバレたらと思うと伝えられなかったんだ。許してほしい」

「私のせいかよ…」


 呆れながら振り返った先には、夢と同じく金の髪を背中に垂らしたエリザが立っていた。葬儀の後だから死装束であろうと思っていた瑠璃だったが、振り向いた先にいたエリザは普段過ごす服装と変わりなかったため驚いた。


「それで、聞かせてくれるんでしょう?どう脱出したか」

「ええ、いくらでも聞かせてあげる――」


 エリザが話すには、病室にハインリヒが訪れたときにはすでに脱出を済ませていて、代わりの遺体を葬儀に使ったとのことだった。


「葬儀には私を殺そうとした連続殺人鬼の遺体を使った。殺すつもりはなかったけど抵抗したら動かなくなってね、勿論殺すつもりがあったわけじゃないわよ」

「待って、そこで死んだわけじゃないんだとしたら、なんで帰ってこなかったの?そうすればハインリヒにも目をつけられないで済む。それにあの遺体は間違いなく貴女の顔をしていたわよ?」

「殺人鬼は吸血鬼同士のネットワークを利用して腕の良い整形外科医に整形してもらったの。そして死んだ理由なんだけど、すでに異端審問官らに目をつけられていたの、だから今回の死を利用して奴らの目を欺くことにしたってこと」


 そこまで聞いて瑠璃は、彼女にファンクラブ紛いの怪しい団体ができつつあると聞いたことを思い出した。


「ハインリヒがつむじを確認したときにはもう殺人鬼と入れ替わってたんだよね、ならなんでつむじが1個のだと確認したのにあいつは葬儀に来たの?」

「あの手の奴は自分の直感を信じたがるのよ、だから今回も独断で葬儀に参加したんでしょう」

「そうなの、じゃあもうこれからは誰の目も気にしないで生活できるって訳ね」

「どうかしら、鳥羽エリザは死んだことになるから働くなら新しい戸籍とかをつくらなきゃいけないし、まだまだ面倒ごとはあるでしょ、とりあえず今日は帰りましょう」


 自分の横を通りすぎて家への道を歩き始めたエリザだったが、瑠璃はまだ1つだけ聞きたいことがあった。


「ねえ、最後にもう1つ良い?」

「なに?」

「貴女が吸血鬼ってことも、葬儀を脱出した方法も分かった。それじゃあ、貴女が私に初めて声をかけたときも何か吸血鬼かなにかに関連してだったの?」


 別にそれを聞いたから2人の関係がどうにかなる訳ではない。しかし瑠璃は聞かずにいられなかった。吸血鬼としてではなく1人の鳥羽エリザとして声をかけたのだと信じたかった。しかし返ってきた答えは瑠璃の望んだものではなかった。


「吸血鬼になる者の特徴に赤毛も挙げられるの、説明は今は省くけど初めて君を見たとき吸血鬼だと思ったの」

「それで話しかけたの?」

「ええ、吸血鬼のネットワークは広めておいた方が後々便利だからね…そんな勘違いから始まった君との生活だったけど、今では吸血鬼であるかどうか関係なく君と出会えて良かったと思ってるわ…」


 何ともないかのように歩き続けるエリザだったが、その姿は後ろからでもはっきり分かるくらい耳を赤くして、照れているのだと瑠璃にも理解できた。

吸血鬼の設定はレ・ファニュの『カーミラ』と民間伝承を参考にしました。

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