第二話 小さな約束と大きな勇気(1)
ダイルが初めて王宮に行ってから一月が経った。
その間、ダイルは毎日のように王宮に遊びに行っている。
初めはダイルの母親であるミアは心配で止めていた。
しかし王妃から送られてきた手紙で、ダイルが王宮に遊びに来ることを許してほしいと頼まれ断ること
が出来なかった。
ただ、毎日楽しそうにしているダイルを見て、何も言えないでいた。
ダイルは今日も王宮に遊びに行っている。
前と違うのは地下水路を通って王宮に入るのではなく、しっかりと玄関から王宮に入いるようになっ
た。
地下水路の王宮に続く入り口はしっかりと封鎖され、誰も入れないようになっていた。
ダイルが王宮の入り口である門の前まで来ると、門の警備をしている衛兵に話しかけるのであった。
「こんにちは。遊びに来ました」
王宮を訪れるものは多い。
しかし訪れるものは荷物の運搬や王への謁見を求めるものばかり。
事前に王宮への申請をし、厳しいい審査と調査をクリアして初めて入れる。
こともあろうに、王宮に遊びに来ましたなど行って中に入ろうとしたものなど一人もいない。
しかし衛兵は遊びに来ましたと言うダイルの顔を見るなり、笑顔で門を開けた。
「いらっしゃい。話は聞いてるよ」
「ありがとう」
ダイルは衛兵に頭を下げると、そのまま門をくぐり王宮へ向かっていった。
王妃が衛兵にダイルが来たときはそのまま門を通すように事前に言っていたのだ。
門をくぐりしばらく道なりに歩いていると、綺麗な黒髪を腰まで伸ばした美しいメイドが道の真ん中で立っていた。
立っていたのはユリアだった。
衛兵からダイルが来たと連絡を受けて迎えに来たのだった。
「いらっしゃいませ、ダイル様。マリア様は王宮でお待ちです」
ユリアの笑顔にダイルは頬を少し赤く染めながらも笑顔で返した。
「こんにちは。ユリアさん」
二人は挨拶をかわすとそのまま王宮へと向かっていった。
王宮の入り口まで来ると、ユリアは扉を開けた。
扉の先には、薄いピンク色のドレスを着た青い髪の少女が立っていた。
「いらっしゃい、ダイちゃん。今日は何して遊ぶ?」
嬉しそうにダイルに話しかけてきたのはこの国のお姫様であるマリアだった。
「ダイちゃん。今日は庭でキャロルと一緒に遊ぼうよ」
マリアはダイルに走って近づいて行った。
ダイルとマリアが楽しそうに話しているの所にユリアが近づいて来る。
「マリア様、ダイル様。私は仕事に戻ります。何かあれば何時でもお呼びください」
「うん。ありがとう」
マリアがお礼を言うと、ユリアはお辞儀をしてそのまま自分の持ち場に帰っていった。
ダイルとマリアは、王宮で飼っている子犬のキャロルを連れて庭へと出て行った。
「ダイちゃん、これで遊ぼ」
マリアがダイルに見せたのはフリスビーだった。
犬に投げたものを取ってきてもらうという遊びが平民の間ではやっているのを働いているメイドから聞
き、フリスビーを取り寄せていたのだ。
マリアがフリスビーを投げると、キャロルは走って追いかけ見事口でキャッチをする。
取ったフリスビーを口にくわえキャロルはマリアのもとに戻る。
「おお~すごい。僕にもやらせて」
ダイルはフリスビーを投げる。
キャロルは同じように走りだし、フリスビーを見事キャッチする。
ダイルのもとにキャロルはフリスビーをくわえて戻ってくる。
足元にフリスビーを置くとキャロルは嬉しそうに尻尾を振り喜んでいる。
「次は私が投げる」
ダイルの足元に置かれていたフリスビーをマリアが投げる。
それをキャロルが取って来る。
ダイルとマリアが交互に投げて遊んでいた。
しばらく投げて遊んでいる時、ダイルが投げたフリスビーが王宮の入り口付近に飛んでいってしまう。
王宮の入り口ではユリアと真赤な髪の女性が話をしている。
赤い髪の女性の背後からダイルの投げたフリスビーが飛んでくる。
「危ないアリサ、後ろ!!」
赤い髪の女性は振り返ることなく飛んでくるフリスビーをキャッチする。
「流石ね、アリサ」
「フリスビー・・・なぜこの王宮で」
「ああ、それはたぶん・・・」
ユリアが赤い髪の女性にフリスビーについて説明しようとするとダイル達が走って近づいてくる。
「ごめんなさい。手が滑って変なとこに飛んでしまって」
ダイルはフリスビーを持つ赤い女性に謝罪をする。
「誰かに当たっていたらどうするの。気をつけないと・・・」
赤い髪の女性が振り向きながら注意をしようとするとマリアの姿が目に入る。
「マリア様!!」
「ユリアさん、アリサさん、ごめんなさい」
マリアは頭を下げる。
「マリア様頭を上げてください・・・それはそうと一緒にいる少年は」
傍にいたユリアがダイルについて説明をする。
「なるほど彼が地下水路から王宮に来た少年ですか」
「初めましてダイルです」
ダイルはアリサに頭を下げて自己紹介をする。
「これはご丁寧に。私はアリサ・ヴィクセンです。よろしくね」
アリサは二十歳に満たない容姿に真赤な髪を肩まで伸ばし、顔は幼さを感じさせるが美しい表情をして
いる。
瞳は深紅に燃えており、肩と胸には防具をつけ腰には剣を下げている。
「誰かに当たって怪我したら危ないから気をつけて遊ぶように」
アリサはダイルの頭をなでて手に持っていたフリスビーを渡した。
「ありがとう」
「ありがとうございます」
ダイルとマリアはフリスビーを持って庭の方へ走っていった。
その姿を温かい目でアリサとユリアは二人を見送った。
「マリア様、明るく笑うようになったわね」
「ええ、昔も笑ってはいたけど何処か寂しそうでしたから。でもダイル様との出会い本当に毎日楽しそう
に笑うようになりました」
「マリア様はいい友達ができたよだね」
「ダイル様に感謝しかありません・・・それはそうとアリサは国王陛下の話をまた断ったみたいね」
「う・・・仕方ないでしょ。会うだけあったけど私の心に響かなかったんだから」
「紹介してくださった国王陛下の顔もあるのだから」
「いくら陛下の紹介でもこればっかりは譲れないかな」
「王国最強の剣術と言われる七星流を途絶えさせたくはないという国王陛下の心遣いもあるのよ。あな
た、今まで弟子にしてほしいと来る人すべて断ってるから心配されているのよ」
「陛下にはあまり余計なことはしないでほしいとはっきり伝えたから大丈夫よ。私そろそろ持ち場に戻る
からまたねユリア」
そう言うとアリサは王宮を後にした。
「全く何が大丈夫よ。幼馴染として心配になるわね」
アリサとユリアは同じ下町育ちで、同い年で家も隣同士という事もあり何かと二人で遊ぶことが多かっ
た。
しかしアリサの七星流の修行が本格的になり、あまり会うことが出来なくなったが就職した王宮で再会
を果たしたのだ。
そんな二人も今では十八歳になりユリアは王宮のエリートメイドに、アリサは王族の親衛隊長に更に王
宮を守る衛兵や騎士に剣の指導をする立場となった。
二人は同じ王宮で働くこともあり、暇の合間を見ては合って何気ない話をしていたりする。
ユリアはアリサを見送るとそのまま王宮に戻っていった。
ダイルとマリアは庭でまたフリスビーを使い遊ぶのであった。
庭で遊ぶ二人に一人の老女が近づいてくる。
「二人とも、そろそろ休憩にしませんか」
「御祖母様」
二人に近づいて来たのはこの国の女王であるフィーリアであった。
「あ、おばあちゃん。お邪魔してます」
「いらっしゃい、よく来てくれましたね」
ダイルとマリアはフリスビーを投げるのを止めてフィーリアに寄っていく。
「キャロルも疲れてるでしょうからそろそろ私の部屋で休憩でもしましょうか。クッキーも焼けたことで
すから」
「クッキー!食べる」
ダイルはフィーリアの作ってくれるクッキーが大好きなのだ。
「ふふ、では行きましょうか」
「キャロルも一緒に行きましょ」
マリアは下を出してへばっているキャロルを抱える。
ダイルたちはフィーリアの部屋へと向かうのであった。
しかし王宮の入り口でフィーリアは二人を止めた。
「二人とも汚れていますね。部屋に行く前にお風呂に入りましょうか」
「は~い」
ダイルは大好きなクッキーが先延ばしになって少し残念そうに返事をする。
「マーちゃん。一緒に入ろ」
「うん」
キャロルをメイドに預け、ダイルとマリアはお風呂場まで行くと仲良く服を脱いで一緒に入った。
お互いに背中を洗いあったり、泡で遊んだりしていた。
その後、綺麗になった体で湯船に入る。
学校の二十五メートルプールと同じ大きさはあるのではないかという黄金の湯船で泳いではしゃぐダイ
ルとそれを見て笑っているマリア。
しっかり綺麗になって準備してあった服に着替えると二人はフィーリアの部屋に向かうのであった。
二人はフィーリアの部屋で用意してあった紅茶とクッキーを食べてたわいのない話を三人でしていた。
三人で楽しく話をしていると、フィーリアから王宮の裏にある小さな丘の話を聞く。
その丘は王宮の裏にあり、そこから見る景色は絶景でとても素敵だとのこと。
マリアとダイルは一休みを終えて丘に行くことにした。
「マリア、あれはちゃんと持ってますか?」
「はい。大丈夫です」
「そうですか。なら安心ですね」
フィーリアはマリアに確認し、安心した顔で紅茶を飲んだ。
ダイルはメイドが洗濯してくれた服に着替えると、マリアとともに丘を目指した。
王宮の裏にあり子供の足で30分ぐらい歩いたところにある。
道もしっかり整備されており危険なことも全くない。
しばらく歩いていると二人の目の前に丘の頂上が見えてきた。
二人は走って頂上まで行くと、目の前に絶景が広がった。
手入れされた草や色とりどりの花が辺り一面に広がっており、その先には街に続く街道と奥の方には小
さくも海が見えていた。
近くで景色を見ようと奥のほうまで行くと柵が施されておりその先は断崖絶壁の崖が広がっていた。
落ちたら間違いなく死んでしまう高さの崖だが、しかし二人は崖の先から見える美しく見たことのない
景色に興奮していた。
「凄い、お婆ちゃんが言っていたのはこのことだったんだ」
「うん、すごく綺麗」
「ねえここ僕たちの秘密基地にしない」
「うん。ここで遊んだら楽しそうだもんね」
マリアは顔を少し赤くしながらダイルを見る。
「ねえダイちゃん。王室騎士団て知ってる?」
「なにそれ」
「私達王族を守護する騎士団なんだよ。他にも町の治安活動や魔物討伐なんかもするみたいだけど」
「へー凄いし、なんかかっこいいね」
ダイルは騎士という響きがかっこよく感じていた。
「それでね・・・もしよかったらダイちゃんに私を守る騎士になってほしいの」
マリアは顔を真っ赤にしながらダイルにお願いをした。
「うん、いいよ。僕マーちゃんの騎士になる」
「本当に!!約束だよ」
「うん。約束だ」
ダイルとマリアは固い握手を交わした。
この時の約束がのちに世界の運命を大きく変動させることを二人はまだ知らない。
二人が硬い約束を丘から見える景色をしばらく眺めている横で、崖を上がってくる人影があった。