帰ろう、故郷に
ヨシフを探しに行った連中も、完全に戻ってきていた。見ると、彼は傷だらけでゴーシュに肩を貸してもらってはいる。しかし、元気そうな顔ではあるから、そこまで重くはないらしい。
遅れてきた彼らもまた、辺りに流れる不穏な雰囲気を感じ取っているらしい。事情がわからず、困惑した表情で俺たちの顔を次々に見比べていく。
「君たちは、魔物、なんだね?」
「はい。……黙っていて、すみません」
「アタシはウンディーネって種族。ターくんは……なんだっけ?」
「僕は、まあエルフの類とでも言いますか……」
「アリスちゃんは? 君もやっぱり魔物なのかい?」
「……わたしはれっきとした人間。でも、信じられないでしょうね」
俺はあえて何の感情も込めずに冷たく言い放った。それ以上、マラートの目を見ていることができなくて、つい顔を背ける。弁解するつもりは毛頭ない。この状況で、彼らの疑いを払拭するのは無理だと悟っていた。
周囲のざわつきが一層激しくなる。今はまだ、突然のカミングアウトに動揺しているだけのようだが。それが収まった時、何が起こるか……悪い予感しか頭には浮かばない。
黙っててくれればよかったのに。ふと、そんなことを思った。タークを見る。彼はただじっと口を一文字に結んで前を見つめているだけ。
魔王の名前を騙られて頭に来たんだろう。こいつはだいぶ奴のことを慕っているみたいだったし。でも、ここまで何とか隠し通してくれたのだから、もう少し我慢してくれれば……だが、それは勝手な願いだともわかっている。そもそも、俺が二人を付き合わせている立場だ。
それに、こうなってしまっては、過去のことを考えても仕方がない。この後の出来事次第。なんとか切り抜けて――その先は? すぐに行き詰まりを感じて、俺はただ黙って結論が出るのを待つ。
「みんな、静かに! 闘いは終わったんだ、帰ろう」
「おーっ!」
リーダーの号令に、その仲間たちが声をそろえて同意する。そして、そのままぞろぞろと出口の方に向かって歩き出していった。
……正直、俺は完全に拍子抜けしていた。お咎めなしだなんて。もちろん、俺たちにとってはこれ以上の結果はないわけだけれども。しかし、そんな都合のいいこと、一ミリだって思い浮かべなかった。
魔物は倒すべき存在――俺はずっとそう思ってきた。どのご先祖様の伝記を眺めてみても、必ずと言っていい程、魔物退治の記録が残っている。
そもそも、『サーモンの勇者』の始まりは魔王を討ち滅ぼしたことからであって、そういう風に伝え聞いていた俺としてはずっと、魔物を倒すために両親は俺を鍛えているんだと思ってた。
魔物は悪――そのイメージは魔王城でのひと時を経て揺らいだ。しかし、スニーチカでの魔物の悪行を聞いて、それはまた元に戻り、こうしてモンスター退治にここまでやってきた。
無辜の人々――いや、目の前のこいつらにとって、魔物はそうした存在のはずなのに。散々苦しめられてきたというのに。俺たちを――タークとキャサリンのことは見逃してくれるなんて。
「どうしたんだい、三人とも? 早く来なよ」
「あの……いいの?」
「何が?」
「だって、二人は魔物なんだよ? このまま見過ごしてくれるとでも言うの?」
「魔物だろうが、なんだろうが、俺たちを手伝ってくれたじゃないか。それに君たちは、別に俺たちに害を与えてた連中ではないしね」
飄々と、まるで何でもないことのように語るマラート。それを後ろで聞いていた男たちは、うんうんと何度も首肯を繰り返す。
誰にも、嫌な感じはなかった。ただ純粋な想いからそうしてくれていると、俺は感じた。話がわかるというか、分別があるというか……ふと、思う。俺が同じ立場だったならば、どうしていただろうと。
昔の俺ならば、魔物と聞くや否や有無を言わずに倒していたと思う。でも、今の俺は違った。
初めこそは、この女の身で魔物を倒すのは無理と決めつけていたから、タークたちのことを利用する気満々だった。姫様のふりをして、粛々と機会を窺ってきた。
しかし、今では、この身体でも十分戦えるとわかっている。それでも、今さらタークやキャサリンのことをどうこうしようとは、微塵も思わなかったわけで。
だからか。みんなの心遣いが、どこか嬉しかったのだ。二人のことを少しは理解してもらえたようで。世の中には、いい魔物と悪い魔物がいる。そう高らかに言うつもりはないけれど、それはきっとこれから先も時間をかけて見抜いていくべきことなんだろう。
「さ、いいだろ? こんなところ、もううんざりさ。さっさと、スニーチカに帰ろう」
「ええ、そうね。……ありがとう」
「礼を言うのはこっちの方だよ。――道中豹変して襲い掛かってくるなんてことないよね?」
リーダーはおどけた表情で肩を竦めて見せる。そんな冗談めかした言動に、男たちだけでなく、俺たち三人も声を上げて笑うのだった。
*
「ほいよ、これが約束のペガサスの羽根だよ」
俺はマラートから心の底から欲していたものを受け取った。見たところ何の変哲もないただの一本の羽根を俺は強く握り込む。
街に着くと、大勢の人が出迎えてくれた。戻ってきた俺たちの表情を見て、全てを察したらしい。すぐに大騒ぎが始まった。
この街を苦しめた魔物が、ようやく退治されたのだ。その喜びの大きさたるや、とてもじゃないが測り知れないほど。
そのまま、お祭り騒ぎで宴会が始まった。俺たちも、ぜひ参加するように勧められたのだが、それは断った。仕事が終わった今、これ以上この街にいる理由もない。親玉討伐後の騒動のように、俺たちの正体がまた露呈しても面倒だ。……別に、仲間のことを信頼してないわけじゃないけど。
それで、マラートに頼み込んで、こうして真っ先に報酬を受け取ったわけだ。ここは彼の家の外――内側からは、人々の騒ぎ立てる声が漏れている。こいつが一番の立役者だっていうのに、本当に申し訳ない。でも彼は、嫌な顔一つせずに応じてくれた。
「もう行くのかい? もう少しくらいゆっくりしていっても」
「いいえ、わたしたちはどこまでいっても部外者だから。それに行かなくてはいけないところがあるの」
「えぇ~、いいじゃん。この際、少しくらい! マーくんもこう言ってることだし」
「いいえ、断固としてダメです!」
「アーちゃんのケチっ!」
「まあまあ、キャサリンさん、落ち着いて。はしたないですよ」
タークがごねる彼女を宥めにかかる。下から服の裾を引っ張っているが、彼女の勢いは止まることをしらない。
キャサリンめ……もともと遊びたい盛りなのは知っていたが。無事に元の姿に戻れたら、いくらでも付き合ってやると、どこかで改めて約束してやろう。そう決めた。こうも、邪魔が入るとさすがにうんざりする。
「まあ、色々と事情があるんだから、これ以上無理強いはしないよ」
「ごめんなさいね。……ヨシフとゴーシュによろしく言っておいて。二人には本当に世話になったから」
「いや、それはできないな」
「へ?」
マラートは一つ意味深にほほ笑むと、じっと俺の瞳を覗き込んできた。
不気味だ、ひたすらに不気味。いったい何を言ってるんだ、この男は。緊張に身を固くして、次のやつの言葉を待つ。
「俺も、俺も君たちについていきたい。君のことが好きなんだ!」
「はい? あんた、何言って――」
「きゃぁぁぁぁぁーっ! 告白よ、告白!」
「キャサリンさん、苦しいですってば……」
そう述べる彼の表情は真剣そのもの。とても、冗談を言っている風には見えない。
いやぁ、これはまずい。まずいことになった……。というか、どうして俺は男に告白されているのやら。人生二度目……意味不明、全く理解できない。
もちろん、返答は決まっている。しかし、どう言い繕ったものか。生憎、すぐに良い文句は思い浮かばない。
その代わり、俺の手の中にあるのはペガサスの翼――
「ターク、キャサリン、俺の腕を掴め! 早く!」
「え、え、どゆこと? 告白の返事は?」
「いいから早く!」
「は、はい! キャサリンさんもほらっ!」
「よくわかんないんだけど~!」
「あ、ちょっと、ま――」
左腕に二人の手が巻き付いたのが、しっかりと目に入る。それで、俺はペガサスの羽根を宙に向けて高くぶん投げた。胸の内では、あのラディイアングリスの立派な王都を思い浮かべながら。
ふわりと俺たちの身体は空に浮き上がる。そして、ある程度の高さまで昇ると、南の方角に向けて勢いが加速していくのだった。




