微妙な大団円
いまだに魔物の巨大な腹は微細な隆起を繰り返している。床に倒れ込んだだけで、まだ完全な消滅には至っていないらしい。なるほど、その図体のデカさは伊達ではないということか。
「しぶといわねぇ~」
「さっさと止めを刺して帰りましょうよ」
俺はそっけなくそう返すと、ゆっくりと歩き始めた。一瞬妙な表情をしてから、ゴーシュも遅れてやってくる。
やがて、後ろからバタバタと駆けてくる音が聞こえてきた。顔だけで振り返ると、魔族二人が近づいてくるのが目に入った。
「二人とも、お疲れさま~」
「ゴーちゃん、すごい強いんだね~。アタシ、びっくりしちゃった!」
「そう? タークちゃんのおかげよぉ。いいアシストだったわ」
「えへへ、お役に立てたようならなによりです」
「よっ! いい活躍だったな、みんな!」
そこにマラートが合流してきた。モンスターの頭にしがみついていたはずだが、上手く床に降り立つことができたらしい。その顔には、爽やかな笑顔を浮かべている。
「あら~ん、マラートちゃんもいい働きだったわよぉ」
「お褒めに与り光栄でございますよ。アリスちゃんも、いやぁ凄い凄いと思ってたけど、まさかあそこまでとはね。どこかで、剣技を習った経験が?」
「さあ、どうかしら? とりあえず、今はこいつの息の根を止めるのが先ではなくて?」
「それもそうだな。しかし、アリスちゃんって、本当にクールだなぁ」
「あなたの方は本当に緊張感がないわね」
しれっと吐き出したその言葉に、ぷっとゴーシュが噴き出した。彼はにやけたまま冷やかすような視線をリーダーに送る。
しかし、優男はただ大げさに肩を竦めるだけ。それも、スカしたムカつく表情で。いちいちオーバーリアクション気味だな、こいつ。
さっきまでの真剣さはいったいどこへ行ったのやら。先の戦闘で、大活躍を収めたのと同一人物とは到底思えない。
そんなことをくだらない会話をしていたら、左右から他の仲間たちが集めってきた。結構な勢いで壁に激突したはずなのに、ぴんぴんしている。なんなの、こいつら不死身なの?
「おっ、みんなもちゃんと生きてたな」
「嘘つけ、これぽっちも心配してなかっただろ」
「そうだぜ、マラートさん。悲鳴一つ上げやしなかったじゃないかい」
「ははっ、まあ、ターク君の強化魔法の威力を信じてたからね。それに、君たち、あれくらいじゃ死なないだろ?」
「なあそうだけどさ~」
なおも男たちは不満げだ。唇を尖らせたり、眉間に皺を作ったり。
結局、無事だったんだから、いいじゃないかと思う。これがもし大怪我でもしていたら、少しは責任を感じるところではあるが。
まあでも、あの状況では、とてもじゃないが彼らの元には行く余裕はなかったわけで。ちょっとは心配だったけど仕方ない。
「まったくそんなくだらないこと言ってる暇あるなら、さっさと合流しなさいよね、あんたたちは!」
「いや、さすがに無傷だったわけじゃないから?」
「……見たところ、なんともないように見えますけど」
「アリス、そりゃないぜ~。壁にぶつかった瞬間はさ、ちょっと気を失ったのよ」
「そうそう。身体が頑丈になってもさ、ダメージはあったから」
彼らの言うこともわかるので、俺は閉口することにした。防御増強魔法は、装備や身体の強度を上げるだけ。痛覚を誤魔化してはくれない。
昔、父との特訓の際、初めて使った時にそういう痛い目を見た。母から教えられたばかりで、かなり調子に乗っていたことを覚えている。どんな攻撃も耐えられると思って、相手の一太刀を受けたら、気がついた時には家にいた。
「そういえば、ヨシフが見当たらないようだけど」
「あら、ホント。仕方ないわねぇ、あたしちょっと見てくるわ。――ちょっと、誰か手を貸してちょうだい」
彼は数人の男たちをぞろぞろと引き連れて、部屋の奥の方に進んでいく。
残された俺たちは、無様に横たわるモンスターの顔を見下ろした。あれだけ偉そうにしていたのに、とてもあっけない。
その顔は苦痛に歪んで、一層醜さを増している。息は荒く絶え絶えで、その目に宿る輝きは鈍く力弱い。
このまま放っておいても、やがては死に至るだろう。俺はマラートの方を見た。彼の――リーダーの判断に任せよう。
「全く、こんなことならもっと早くこうすればよかった。いったいどれだけの人間を殺してきた?」
「さあな。お前たちの方こそ、自分たちが幾ら魔物を屠ってきたのか思い出せるか? ――そういうことだ」
魔物の親玉はまだ毅然とした姿を見せている。相変わらずの減らず口を叩いて、弱々しいが憎らしい笑みを浮かべる。
「どうしてお前はこんな真似をしたんだ? 魔王の命令か?」
「魔王……そうさ、全ては魔王様のため。いいのか、ここで俺を殺せば、あのお方が黙っていないぞ?」
「へん、今さら脅しだなんてくだらねえ。自分の立場を考えろよ!」
「脅しだと思うか、この俺は魔王様の右腕。そんな俺を殺したとわかれば、お前らなんぞ皆殺しだ! 街にいる連中もすべて! 父も母も妻も子も、お前らの大事な人間の命を全て奪いつくしてやる!」
それはどう考えてもブラフとしか思えない。しかし、真実の可能性もごくわずかだがあるわけで……判断がつかない。
それはマラートもまた同じようだった。険しい顔をしたまま目を閉じて、微動だにしない。彼の息遣いだけが、張りつめた空気の中を漂う。
「そんなことないありませんよ」
静寂をうち破ったのは、タークの鋭い声だった。彼は集団から一歩前へ抜け出すと、冷たい眼差しで敵の顔を見下ろす。
「黙って聞いてれば、魔王様の名を騙るだなんて……あなたが右腕? ふん、その顔に見覚えはありませんね」
「確かに。第一さ、あの人は自分の配下をどこにも派遣してないはずだけど? どういうことかな~」
「……な、なんなんだ、お前ら! お前らに何がわかるってんだ!」
「わかりますよ。だって、あなたと同じ存在ですから」
ぱさりと、タークはフードを脱いだ。隠していた、彼の魔族としての特徴が露わになる。その耳や肌の色は人間とは程遠い。
キャサリンもまた自らの姿を曝け出した。……いや、あんまり表面的には魔族らしいところはないけど。ただ人間離れした神秘さを醸し出している。
「なっ……お前、いや、あなたは――」
「命乞いなんてみっともない真似、止めましょうよ」
そんなものどこに持っていたのか。タークは小さなナイフを懐から取り出した。それを両手で構え、最後に魔物の顔を一睨みする。
そのまま、何の躊躇もなく、彼は敵の胸に刃を振り下ろした。鋭く、深く、それはその體に突き刺さる。
ぐうおぉぉぉぉぉぉ――部屋全体を揺るがすような断末魔がした。砦を支配していた親玉の身体は次第に透明になっていく。その體は粒子となって、宙に吸い込まれて行った。
「終わりました」
「……君たちはいったい何者だ?」
タークの言葉に被せるように、マラートが低い声で疑問をぶつける。警戒するような眼差しが、魔族二人にだけでなく俺にも注がれた。
それは周りの仲間たちも同じで、全てが終わったはずなのに、少しも緊迫感は薄れていなかった。




