やっときたよ、ゼルシップ!
「わぁ~、奇麗な街ですね!」
「ホント、ホント。ま、ザラ、城下町とノースデンくらいしか知らないんだけれど」
「私の方が酷いですよ~。だって、エルム村しか知りませんからね、エヘン!」
「どうして、そんなことで張り合ってるのさ、あなたたち……」
街の入り口で茫然と立ち尽くしながら謎の張り合いを見せる田舎娘二人に、わたしは少し頭を抱えていた。これじゃあ、おのぼりさんバレバレよ。恥ずかしいったらありゃしない。顔を曇らせて、呆れたように数度首を振った。
特に何のトラブルもなく、わたしたちはプリンクラを出発した。そして、ここゼルシップに至る街道を進んできた。道中の魔物は、山の南側よりも強力になっていたけれど、まだまだ苦戦する程でもなくて。昼過ぎには、目的地に到着した。
ゼルシップは、この国にいくつかある港湾都市の一つ。その中で、最も歴史が深く、最も巨大な場所がここ。つまり主要貿易港なわけだ。
海洋国家であるラディイアングリスにとって、やはり港はほかの何を差し置いても最重要。あまり、他国との関わりが薄いとはいえ、異国の船の出入りはそれなりにはある。ここがこの国の玄関、だからこそ、より力を入れて整備されていた。
この二人が、この街並みを見て驚くのも無理はない。むしろ、そうなってくれて喜ばしいというか。わたしもまた、この国の王家の一員として、この場所には誇りを持っているからだ。
……実のところは、二人を馬鹿にできるほど、わたしもここに来た回数は多くないのよね。ここまでの道中、それなりに険しいし。お父様の遊説に付き合わせてもらえるようになってすぐ、魔物たちが凶暴になったこともある。
なんにせよ、わたしはこの街が好きなのは変わらない。あちこちに水路が張り巡らされてあって、道はくねくねと入り組んでいる。立ち並ぶ建物の外見はどれも美しく、また前衛的でもある。あちこち、海の匂いでいっぱい。
しかし、今日はどうにも道行く人が疎らな気がする。露店の数も、記憶にあるものよりも少ない。街全体から活気が失われている感じがした。
「やっぱり魔物の影響でしょうか」
「っぽいね~。にしても、よく気が付きますね、街のことを気に掛けるなんてこの国の為政者みたい!」
「みたいじゃなくて、実際にお姫様よ!」
「ちょ、ちょっと声が大きいです! ほら、みなさんこっち見てますから」
確かに、数少ない通行人は会話の端々が聞こえたらしく怪訝そうな表情でこちらを見てくる。わざわざ足を止める人までいて。
どこをどう見ても旅人感丸出しだし、その上入口の門のところで騒いでいるのだから、ただでさえ人目を惹くというのに。その上、わけもわからないことを、女言葉で口にすればこうもなるか。
わたしは途端に恥ずかしくなってきた。なんとか誤魔化すように一つ咳ばらいをする。そして、目の前の意地悪な少女の顔を強く睨んだ。
「……とにかく。まずは情報集めが先決だろうね」
「手分けします?」
「うん、そうしよう。ただ、この大荷物を抱えるのもちょっと、ねえ?」
ザラちゃんはニヤニヤと悪戯っぽく笑った。またなにかからかわれそうな気がする。
「わかってるよ、まずは宿、でしょ?」
「そうそう。お兄ちゃんもなかなかわかってきたじゃない!」
なんか釈然としない思いを感じながらも、わたしは街の中へと歩き出した。
*
この街の宿屋もまた、開店休業状態。とても閑散としていたから、部屋を取るのは容易だった。主人もとても歓迎してくれたし。
「タコの魔物ですってよ!」
「え、私が聞いた話はイカだって……」
町の探索を終えた後、わたしたちは部屋へと戻ってきていた。各々が集めた情報を交換するために、自室の備え付きのテーブルで向かい合っている。
「タコでもイカでもどっちだっていいってば。要するに、沖合で怪物が暴れまわっているのには変わりないのでしょう?」
「むむ、もっと本質を見ようよ、オリヴィアさん。タコとイカは全然違うよ!」
「そうです、ザラちゃんの言う通りです。そんなごっちゃにして、タコさんやイカさんに失礼だと思わないんですか!」
ムッとした表情で、彼女はわたしの方に詰め寄ってきた。ザラちゃんはその言葉に横でうんうんと可愛いおさげ頭を振っている。
えぇ……なんでこんなどうでもいいことで、責められているのかしら? 全く意味が分からない。ただただ困惑するばかり。
「えっと、赤色と白色?」
「ち~がいま~すっ!」
「うわっ、それはないですよ、オリヴィアちゃん……」
「なによ、なによっ! 二人とも山育ち……海のないところで育ったのは同じでしょう! それをわたしだけ、いいように責め立てて」
わたしが逆ギレすると、二人はたちまちに怯んでくれた。なるほど、意外とこの手はこれからも使えるかもしれない。
「でもさ、常識じゃん。味だよ、味!」
「ザラちゃん、濁点は余計ですよ……」
「へ? アシ? アシが違うの?」
「……あれ、私がおかしいんですかね?」
よくわからなかったらしく、ザラちゃんはキョトンとした表情でソフィアさんの顔を見つめた。わたしもそれに倣って、まじまじと彼女の瞳を覗き込む。
そんな視線をぶつけられている彼女は、ちょっと困惑していた。口をややぽかんと開けて、ちょっと眉の間には皺が寄っている。
「あのね、二人とも。足の数が違うんですよ。タコは八本、イカは十本」
「え、それマジ?」
「へー、知らなかったぁ。って、ザラちゃん、あなたも知らないんじゃない!」
「あれれ~、そんなはずないんだけどなぁ~」
「可愛らしくとぼけたってダメ!」
妹ちゃんは唇の端に人差し指を当てて、とぼけた表情で首を傾げている。ちょっと、アヒル口まで作りながら。
あざとい、ただひたすらにあざとすぎる。そのわざとらしさは、流石にちょっと鼻につき過ぎた。ふと、もう一人の仲間の表情を窺ったが、彼女もまた微妙な表情を浮かべている。
「でもほら、タコの魔物か、イカの魔物かは大違い。だって、足の数が違うんならさ、攻撃回数とか変わってくるじゃん」
「そんなもっともらしいこといっても、あなたが無知だってことは誤魔化せないわよ?」
「ムカっ! 自分だって、知らなかったじゃん。それに、姫様の方がもっと世間知らずよ!」
「……うぅ、言い返せない。ソフィアさ~ん、助けて~」
「ええと、その、喧嘩はダメですよ、二人とも!」
「はーい」
その言葉に返事をすると、見事にザラちゃんのものとシンクロした。なんだかおかしくなって、目が合うとふふっとどちらともなく笑いあう。
……って、和んでいる場合じゃなかった。というか、全然話が進んでいないじゃない。わたしは気を取り直して、二人に向き合いなおす。
「二週間くらい前ですってね、その魔物が現れたのは」
「うん。近くの漁村の人が漁をしていたら、いきなり襲われたんだって」
「幸いなんとかみなさん、助かったようだから、すぐにその情報が共有されたそうですけど……」
漁師たちは、まずこの街にその情報を持ってきた。そして、闘える者たちが集まってすぐに退治に向かったらしいけれど。
「結果は全然ダメ。以来、ほーちちゅーだなんて、なんとも情けないよね~」
「仕方ないですよ、この三階建ての宿屋よりも大きな身の丈だと言いますし……」
「今じゃ、船を出すとしても近場の漁場だけらしいよね。とても、海を渡るなんて無理よ」
「全くこの国の人たちは何をやっているんだろーね?」
「……うぅ、面目ありません」
ザラちゃんは半目でこちらを睨んできた。わたしは思わず肩を竦める。
わたしはとても肩身の狭い思いを感じていた。王家の代表として、この事態を放置していることに申し訳なさしか覚えない。
ただ、王都には連絡はいってはいるらしい。ただ、未だに援軍は現れていないとか。……たぶん、グラン山で遭遇した彼らがそうだと思う。いまいち、その辺りの話はよくわからなかった。
二人から聞いた感じも似たり寄ったり。確かなことは一つだけ、今この街にその魔物を何とかできる者はいないということだけだ。
「打つ手なし、という感じですねぇ……」
「いいえ、できることは一つだけあるじゃない!」
妹様は声を大にして、弱気なその一言を吹き飛ばした。嫌な予感がして、わたしは彼女の顔を見る。ソフィアさんもまた、怪訝そうな表情をして妹様の方を見ていた。
「さあ、今度はタコ退治の時間です!」
「違いますっ!」
その結論に、いきなりソフィアさんが食って掛かってくれた。私は期待を込めて、彼女の方を見る。
「イカ退治です!」
「……そういうことじゃないっ!」
まったくこの子たち、自分があんまり闘わないからって、そんな気軽に……。ずっと感じていたキリキリとした痛みがここにきて激しさを増した気がした。




