ボス戦
あのモンスター、いったいなんと表現していいやら。ぶくぶくと丸みを帯びた太った体型。ただ肥満体なだけというわけでなく、腕と足は丸太のように太く筋肉質だ。
とにかく巨大なモンスター。ここからでも、その体躯の異常なほどの大きさがよくわかる。見た感じ、いつぞやの石像ブラザーズに匹敵しそうなほどごつい図体だ。
丸々とした大きな二つの眼はぎょろぎょろしている。どこか爬虫類みたいな感じ。口も大きくて、その端は不気味に吊り上がっていた。忌憚なく言わせてもらえれば、ひたすらに醜くそして悍ましい。
紫色の皮膚に覆われているが、そこに体毛は欠片もない。かといって、鱗状になっているわけでもない。ただ見るからにざらざらしていそうだ。
俺たちは暫く入口から動けずにいた。誰一人、身動きする者はいない。目の前の敵の強大さに、怯んでいるみたいだった。
「デーモン種ですね」
「デーモン種? あれがそうなの。初めて見たわ」
「知っているのかい、ターク君、アリスちゃん?」
「わたしは存在だけだけどね」
「……巨人に魔獣――牛とか馬とか、それこそ果ては龍とか――そういうのがかけ合わさった存在です。かなり強いですよ」
タークは簡単にその魔物について説明してくれた。言葉とは裏腹に、彼に恐れる感じは微塵にもない。淡々と事実だけを騙る。
彼のせいで、一層みんなの緊張感が増した気がした。見るからに、その手強さも伝わってくるが、さらにそこにしっかりとした説明を上乗せされると、より強敵感が増すというものか。
しかし、いつまでもこうしているわけにもいかないわけで。とりあえず、俺が先陣を切ることにした。確かに、先に戦った魔物よりも遥かに手強そうだけれど、ビビるほどでもない。
硬直する仲間たちをかき分けて、前に進む。そのまま、敵が待ち構える部屋へと足を踏み入れようとした――が、その前に、腕を誰かに捕まれる。
「お、おい、アリスちゃん!」
「あれが敵の親玉でしょう? まさかここまで来て逃げかえるわけにもいかないじゃない」
「……そうだな。俺としたことが、ちょっと呆気に取られたたよ。さあ、お前ら行くぞ!」
ようやく、他の仲間たちも動き始めた。ぞろぞろと、相手の間合いに気を付けながら、部屋の中に入っていく。
大広間と同じくらい広い部屋。しかし、あそこほど殺風景というわけでもなくて。様々な調度品がそこにはあった。壁にはずらりと謎の絵画が並び、足元には真っ赤な絨毯。さらに、奥は一段高くなっている。天井もとても高い。
さながら、玉座の間とでも呼ぶべきか。元は、領主の砦だというから、主が客人に対して威光を示す場所なのかもしれない。そりゃ、魔王の親分もここを根城にするわけだ。
「ほお、むさくるしい中に、大層美しい女がいるではないか。なんだ? 妖艶な舞でも披露しようというのか?」
がっはっは、と下品に笑う魔物。品定めするかのごとく、舐め回すように視線をぶつけてくる。
ただ単に不愉快極まりない。ぐっと眉間に皺を刻み込んで、その顔を睨み返してやる。
「これは、なかなか俺好みの強気な女だな。尚更気に入ったよ。その気高い心をへし折るのが今から楽しみだ」
にたりと気持ちの悪い笑みを浮かべる魔物。おまけに舌なめずりまでして。
背筋に俗吏と悪寒が走った。ただひたすらに不気味。胸がむかむかする。
「そんなことはさせないさ。俺たちもいること忘れないでもらおう!」
「お前らなぞ、至極どうでもいい。それとも、人間どもは纏わりつく羽虫をいちいち気にするとでもいうのか?」
「な、なんだとぉ~! お前、今すぐぶっ飛ばしてやる!」
「こ、堪えて、堪えてくださいってば!」
見事に長髪にひっかかった単細胞が一人。筋肉ムキムキマッチョマンの彼は、怒りのままに突っ込もうとするが、自分よりも遥かに小さい存在に抱き留められていた。
「ふん。お前らみたいな有象無象、どれだけ束になってかかってきても無意味だ。それを思い知らせてやる」
「人間の底力、甘く見るんじゃないだよ!」
「そうよ、ただのデカブツが粋がってんじゃねえぞ!」
一番凄みがあったのは、ゴーシュだった。まさに怒り心頭。もはや、いつもの口調すらそこから失われている。
「安心しろ、決して殺しはしないさ。じわじわと死にゆく感覚を味わいながら、目の前でその女が嬲られるのを見ているがいい!」
……この闘いに負けたら、どうやら姫は大変なことになるらしい。なにがなんでも負けられないぞ、これは。
「とりあえず、増強魔法を三種掛けます! パウィーア、スピーディア、ガーディア!」
まず初めに、タークの単調詠唱が行われた。すぐに、身体に力が漲ってくるのを感じる。
デカブツは動きが鈍い。だから、さっさと懐に潜り込んで致命傷を与えるのが肝心だ――そんな、親父の言葉を思い出しつつ、俺は真っ先に集団を抜け出す。
手早く抜刀しつつ、敵の腹をかっ裂く心づもり。視界の端で、微妙に棍棒が動くのが見える。
敵の攻撃は思いの外鈍かった。奴の腹部に、俺の刃が到達する方が先だ。勢いよく踏み切って、そのままの速度で大きく跳躍する。
しかし――
「ありゃ……?」
カキンっ、辺りに響く無情な金属音。その一撃はものの見事に弾かれた。
見るからに柔らかそうな皮膚なくせして、物凄く固い。普通に振っただけでは、刀身はその身体に入らないらしい。
気を取り直して、次の技に移ろうとするけれど――
「あぶないっ!」
誰かが叫ぶのと、俺がそれに気づくのはほぼ同時だった。
身動きの取れない、無防備な空中にいる俺。そこに、魔物の巨大な拳が迫ってくる。
「中級水流魔法!」
戦場に響くもう一人の女性の声。紡がれた呪文は、その場に激流を呼び起こす。それは、魔物の攻撃を押し戻すのには十分な威力。
「くっ――! 小賢しいっ――」
「隙だらけだぜ、魔物さんよおっっと!」
敵が突然の魔法にいくらか困惑しているところに、大男が一人手にした巨大な斧を振り下ろす。さすがに力は十分らしく刃はするりと右足に刺さる。
そこにもう一人が畳みかけた。巧みに槍を使う彼は、凄い速度で突きを繰り返していく。
いきなり好機が訪れていた。それに飛びつく仲間たち。入れ替わるようにして、無事に着地した俺はひとまず間合いを取り直す。
固い物を切るコツは……なんだったかな? よく覚えていないけれど、まあ体に染みついた技術。本能のままに、俺は剣を振るいなおそうとするが――
「ふんっ!」
雄叫びと共にいきみながら、デーモンは棍棒を力任せに振り回す。その速度は一回目よりも早い。
前方に突っ込みかけていた身体に何とかブレーキをかけて、俺は反射的に後ろにバク宙を試みた。一瞬反転する景色。そこを何かが横一線に横切る。
「うわっっと!」
「ぐわーっ!」
「――べっ!」
周りにいた男たちは様々な悲鳴を上げながら吹き飛ばされていった。勢いそのままに、びたんと壁に叩きつけられる。壁が崩れて、土煙が巻き起こる。
「行くわよっ、ヨシフちゃん!」
「え、ちょ、ほんとにやるんべか!」
「あたぼうよっ!」
一瞬呆気に取られていると、どこかコメディタッチなやり取りが背後から聞こえてきた。何してるんだ、あいつら……つい気を取られて、振り向くと――
シャキーン! 脳内に響く謎の効果音。なんと、ゴーシュはヨシフの身体を両手でがっしりと掴み、頭上で掲げていた。彼の頭を魔物に向けながら。
そして抱えられているヨシフは、困惑した表情をしていた。なんだろう、無理矢理な合意があった様にしか思えない。とにかく、両手でしっかり剣を握って、その切先を真直ぐ魔物に向けて突き出している。
それは、さながら人間クロスボウであった。いや、もうなんとなくこの後の展開が読める、読める。
「ちょっと、それは止めた方が――」
「止めないでちょうだい、アリスちゃん! ヨシフちゃんの決意、あたし無駄にはしないわっ!」
「いっけぇー、ゴーちゃん!」
「うおおおおおおおっ!」
獰猛な獣みたいな咆哮と共に、人間砲台はぐっと身体を反ると、凄い力んだ表情で人間弓矢をぶん投げた。凄い勢いで、それはモンスター目掛けて飛んでいく――
「ふんっ!」
しかし、容易くデーモンはそれを撃ち返した。まず刃が折れて宙を舞い、その後に矢本体が壁にたたきつけられる。
「ヨシフちゃん~っ!」
「いや、あの、今のは全部、ゴーシュ様の責任じゃ――」
「タークちゃん! あなたが仇を取るのよ!」
「待て待て待て、それは止めてあげてっ!」
錯乱状態に陥ったゴーシュは、素早い動きでタークを捕まえようとした。慌てて、俺が止めに入る。デーモンより先にまずこっちを何とかしないと。
ってか、マラートの野郎、何してやがる!? この危機に―ーいや、一つは自業自得みたいなものだが――ともかく、奴の姿を探して視線を這わせる。
「真上ががら空きだぜ?」
いつのまにか、奴はデーモンの脳天にいた。レイピアの切っ先を下に向けて、一気に突き刺しにかかる。
「ぐぐぐぐぐぐ、効かぬわっ、こんなもの!」
はっきりと強がりだとわかった。その声は、苦渋に満ちている。その顔は、苦悶で歪んでいる。
それでも魔物はマラートを振り払おうとした。彼の身体にデーモンの腕が迫っていく。
「中級爆発魔法!」
マラートは両手を勢いよく左右に突き出した。その先の空間に、二つ爆発が起こる。
響くは、魔物の断末魔。奴はその巨体を大きく揺らす。意識はまだあるようだったが、それでもすぐに動き出せないでいる。
今しかない――それはゴーシュも同じ考えのようだった。目と目で合図を交わして、二人して奴のところに突っ込む。
「痛烈一閃! ダブルゴーシュパンチっ!」
「その刃は鋼鉄すら叩き割る――壊鋼斬!」
ゴーシュはうまく腰を捻ると、量の拳を真直ぐに突き出した。俺は、剣に気合を載せて下から上へと刃を払う。技名を述べたのは、単純に彼につられただけだったけれど。
「ごはあっ!」
とにかくその間抜けさはさておいて、俺たちの必殺技は十分効果はあったらしい。上から束になった血液が降り注いできた。と、同時に、敵の身体はゆっくりと後ろに倒れていった。




