与太話
入口に立っているのは、三人の男たち。一人は先の太っちょなおじさん。そして両脇に備えるのは、気難しそうな眼鏡と、おどおどしたどこか弱気そうなノッポさん。
わたしたちだけじゃなくて、店にいた人すべての視線が彼らに注がれていた。さながら、招かれざる闖入者と言ったところね。まあ、勢いよく回転扉を押し開けて、その上大声で話出したものだもの。いくらか、反感を買うのも仕方ないといったところ。
しかし。どうして、わたしたちのことを探しているのかしら。ちょっとだけ仲間たちに目をやるけれど、村娘さんは可愛いらしく小首を傾げるだけ。そして妹様は、眉を顰めて唇に指をあてた。
黙って様子を見ていろ、言葉にはされなかったが、彼女の纏う雰囲気から伝わってくる。まあわたしとしも納得だ。いかにも、めんどくさそうな気配がする。あの人、なんか感じ悪いのよねぇ……。
ということで、その呼びかけには反応しないことに決めた。……まあ、すぐにバレると思うけどね。ちょっとドキドキ。
しばらく沈黙の時間が続いた。店にいる人の数は両手で数えられるくらいしかいない。しかも、余所者と言えば、わたしたちくらいしかいないというのに。それでも、来訪者の一味はじっと身を固めるばかり。どうして、こっちに向かってこないのでしょうか?
やがて、ふくよかなおじさんは順繰りに店内の客に顔を向けていく。どこかむすっとした表情で。最後に私たちのテーブルに目をやると、再び真正面を向きなおした。その顔はより一層曇った気がする。
「で、誰なんだね、その旅人とやらは!」
「おそらくはあちらの方々ではないかと。他の方々はこの村の人間のようなので」
「ほうそうか!」
ノッポの言葉に少しだけふとっちょさんの怒りは収まったようだ。さっきよりもその声色は穏やかになっている。それでも、まだ語気は荒らげだったけれど。
どうやら、少なくともこの二人には上下関係がありそうね。なるほど、確かに恰幅の良いおじさまは見た目どこぞの貴族感はある。高そうな衣服に身を包み、頭にはシルクハットまで被っちゃって。……馬子にも衣裳って、どういう意味だったかしらね。
とと、そんなことよりも。彼らのやり取りのお陰で、今度はわたしたちが注目を浴びる羽目になった。みんな、面白いように同時にこちらのことを見てきた。
仕方なくわたしは再び二人と顔を見合わせることに。一応は、彼女らの意見も聞いておかないと。
「どうする?」
「話を聞くしかないのでは?」
「えー、ソフィアさん、まじめー! 絶対厄介ごとだってば」
「……かもしれませんけど。じゃあ、ザラちゃんは無視するっていうんですか?」
「いや、まあその、ね? オリ――お兄ちゃん、任せた!」
「ちょ、ちょっと何勝手なことを――」
「あの、もしもし、君たち?」
いきなり声を掛けられて、ドキッとした。振り返ると、いつの間にか入口の彼らが近くにいた。いつやってきたのか、全く気がつかなかった。
しかし、こうなってしまっては仕方がない。最後にもう一度ザラちゃんの方を見るけれど、ただちょっとスカされて終わった。どうやら、彼女が話をすることはないみたい。
「はい、なんでしょう?」
「君たちが、大蛇退治を成し遂げたという旅人なのか?」
「ええ、そうですよ」
「ふうむ、こんな若者がねぇ。しかも、女性とこんな子どもまで連れて」
「誰がじょ――ふがふが」
「落ち着いてください、ザラちゃん」
かすかな囁き声が耳に届いた。見ると、ソフィアさんが怒りに顔を赤くする妹様の口元を押さえている。
男の方に気にする様子はなかったので、そのまま話を続けることにした。ごめんね、ザラちゃん。
「信じようが、信じまいが、事実は事実ですから」
「おっと、これは失敬。気を悪くしたかな?」
言葉とは裏腹に全くなんとも思っていない態度。その鼻につく感じはなんだか懐かしいわね。父様に会いに来る貴族の皆さんにそっくりだわ。
選民思想というのか、どうしてこうプライドが高いのかしら。こういう人って。過度に、自分の財力や能力を信じすぎている気がする……と、王女が思ったところで意味がないのだけれど。
「ウソだと思うのなら、山に入ってみてください。きっと、城の兵士たちと出会えるでしょうから、彼らに聞くといいですよ」
「いやいや、信じるともさ。単純に感心しただけだよ、こんな若いのに、それだけの力を持っているなんて、とな」
「はあ。本当ですかね……で、何か用ですか?」
「おい、さっきから黙っていれば失礼だぞ。この方をどなたと心得る!」
ぶっきらぼうな口調で言葉を返したら、眼鏡の男に食って掛かられてしまった。見た目、かなり冷静沈着な雰囲気なのに、その内面は真逆なのかも。
なるほど。気弱で穏やかなノッポさんと、気が短いこの人とで護衛としてのバランスを取っているのかも。そんなくだらないことを思いついた。
わたしにとっては、そんな言葉何の意味も持っていない。それこそ、わたしのほうこそどなたと心得る、よ。王女よ、王女。この国の。
だが、そんなの口が裂けても言えないので、わたしは少しとぼけた顔をして受け流すことにした。
「まあまあ落ち着かんか。それでな、単刀直入に言えば、お前さんに護衛を頼みたいのだよ。我々は、ゼルシップから王都に向けて旅をしていてね。あの大蛇を倒したというその実力、ぜひ我が下で振るってくれないかね?」
「はあ。そういうことですか……ちょっと待ってくださいね」
わたしは仲間の方に顔を向ける。いったい何度目だろうか。二人とも即座に首を振った。わたしも同意見だ。
「すみませんけど、僕たちやらなければいけないことがあるので」
「そうか、それは残念だな……」
「どうせ自分の力に自信がないんだろう? だから言ったではないですか、我々に任せておけばよい、と」
「よいよい。そんな無理強いする話でもないしな」
「さすがですね、リッチマン様!」
突然、目の前で意味のない寸劇が始まってしまった。それをわたしは辟易とした思いを抱えながら見ることになるのだった。
*
なんだか妙なことがあったものの、夕飯を終えて、わたしたちはホテルに帰ってきた。部屋につくなり、一気に私はベッドに飛び込む。
「やだー、オリヴィアさん。はしたなーい!」
「いいでしょ、別に。もうなんか、どっと疲れたのだから」
「気持ちはわかりますよ、オリヴィアちゃん。ものすごく変な人たちでしたからね」
ソフィアさんが疲れて見えるのは、もちろん歩き疲れたこともあるのでしょうけど。それ以上に、とどめと言わんばかりに、あの連中との会話のせいもあったのかもしれない。
護衛の依頼を断ったにもかかわらず、彼らはすぐにその場を立ち去らなかった。しょうもないやり取りと繰り広げたのち、あろうことか、一緒に食事をしようと申し出てきた。
もちろん、断ろうと思ったのだけれど――
「だってさぁ、お金払ってくれるっていうし」
そう。お代は向こうが持ってくれた。大蛇退治をしてくれたご褒美だとか言って。初めは信じた風ではなかったのに、全く都合がいいというか……。もし、わたしたちが嘘をついていたらどうするつもりだったのでしょうと、少し心配になる。
まあ、結局その好意につけこんだのはわたしたちなのだけれど。とにかく、ご相伴にあずからせていただいた。結論から言って、それはあまりいい選択とはいえなかったけど。
とにかく、やたらめったら自慢話が多いのだ。ゼルシップで、運送業を営んでいるらしいが、近頃の海の状態もあって今は開店休業状態。それで、王都に直接文句を言ってやろうと思い立ったとか。
しかし、それを耳にしているのが、国王の娘とは彼は思わなかっただろう。政治に対する恨み辛みを、わたしは笑顔を噛み殺しながら聞くしかなかった。
「しっかし、どんな魔物なんだろね、沖にいるやつって」
「強力なやつでしょ、はあゆーつー」
「しかし、いよいよまずいことになりましたね……。あのリッチマンさんでしたっけ? あの人の会社もお休み状態ということは、船を使うなんて望み薄ですよ」
「ここは勇者の出番だよ、お兄ちゃん!」
「えー、やだー……絶対強いじゃん」
「明日の午後には着くんだから、それまでに覚悟を決めておいてね、お兄ちゃん!」
追い打ちをかけてくる妹君の声をもう聞きたくなくなって、わたしは枕で耳を塞いだ。そのまま、静かに目を閉じる。……受難の日々は、まだまだ続きそうね。




