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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
勇者の珍道中と王女の冒険
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ボスの下へいそげ

 二階部分もやはり一階部分と同じ構造をしていた。目の前には四本の道。さらに、吹き抜けになっていてさっきまでいたところがよく見える。


 マラートは躊躇なく、目の前の右の道を進んでいった。ぞろぞろと、俺たちもついていく。狭い通路の左右には、いくつか扉があった。しかし、先頭を歩く男はずんずんずんずん勢いよく足を動かしていく。


 目的地はこの先にあるということか。俺にも地図を見せてくれればいいのに。いや、探索の楽しみが減るか。ご先祖様曰く、全人未踏の地域や洞窟の探索ほど、冒険の喜びを与えてくれるものはないとか。家にある手記を読むたびに、子どもの頃はそうした体験記に胸躍らせたものだ。


 ある意味では――魔王城の時もそうだが――これも、所謂ダンジョン探索なわけで。その点で言えば、不謹慎な気もするけれど、これを楽しもうとする自分がいる。


「しっかし、なにもいないわね~」

「そんなの、当たり前じゃん。お前、ぞろぞろと魔物どもが出てくるの見てなかったのかよ?」

「なあに? キャシーちゃんってば早く闘いたくてうずうずしちゃってるのかしら7?」

「へぇー、こっちの可愛い姉ちゃんも、ずいぶんとまあ勇敢じゃあねえか」


 がははと下品な男の笑い声が通路にこだました。相変わらず、彼らは俺とキャサリンをただの女扱いしてくる。舐めてるわけではないのだろうが、低く見ているのには変わりない。


 それでも実力は認めているのか、こうして行動を共にすることについての文句はかなり減ったが。というより、このグループに俺たちのことを否定的に捉える連中はいない。マラートの配慮だろうか。


 それを抜きにしてやはり不気味だ。俺と魔族二人、さらにリーダーを除けば、そんな風に感じている者などいないようだけれど。


 無機質な白い壁に囲まれた、薄暗い道がずっと奥へと続いている気がした。先に控えるのは、真っ暗闇だけ。果たして一体どこに辿りつくのやら。


「本当に、ただの杞憂だったかもね」


 マラートが話しかけてきた。俺は曖昧な表情で頷く。


 確かに、考え過ぎだったのかもしれない。砦に巣くう魔物は、あのちんけなゴブリンの集団だった。……この国の兵士があっけなく敗北を喫したことは腑に落ちないけれど。兵士というだけで、期待し過ぎか。


 思い返してみれば、ラディアングリスの連中だって酷いもんだ。魔王の侵入を許した挙句に、姫様まで攫われて。王の前で無礼を働いた勇者おれにすら、簡単な魔法で脅かされる。この国の連中もまた、そうした情けない連中なのかも。


 人々は闘うことを忘れてしまった。あの時は、その証左とも思えたが。こうして、彼らはただの民間人だというのに自ら魔物たちに立ち向かおうとしている。勇者の――他者の手助けなど、端から期待していない。


 だからかも。こうして、彼らに協力することを決めたのは。俺を勇者だと思わずに、助けを求めてきた。それで、俺も何のしがらみもなく人助けをよしとできたのかも……なんて、どんだけ上から目線だよって話だ。

 

 今の俺は、どんな見方をしたところで、勇者なんかじゃない。もちろん、一国の姫様だというつもりもない。ただ善良な旅人だ。


 やがて、俺たちは突き当りまでついた。目の前には何の変哲もない大扉が一つ。


「この先が大広間……ということらしい。そしてその先がプライベートルーム」

「むむむ、何か感じます。その邪悪なオーラみたいなものを」

「いきなりなんなの、ターク。もっとはっきり言ってよ」

「まあまあ、アーちゃん。アタシもその、気配を感じます!」


 キャサリンが味方すると、どこか言いにくそうにしていたタークは胸を張った。二人とも、揃って真剣な眼差しを俺に送ってくる。


 おそらく魔族特有の何かなんだろう。でも、それは口にはできない。また別の問題を生むだけなのは、このしっかり者の小兵はもちろん、お調子者のウンディーネもよくわかっているということか。


 もちろん、俺としてもそういう事情は分かっているつもりだから。二人の言葉を素直に信じることにした。ドアノブを握る、マラートの横顔に視線を向ける。


「気を付けた方が良いかも。この先に敵が待ち受けてるってことも」

「おいおい、今度はアリスの嬢ちゃんまで。まったく女ってのは、どうにも心配性だなぁ」

「こらこら、そんな言い方よくないだあよ。あんまり油断してると痛い目みるっぺや」

「……どちらにせよ、ここを開けない手はないからな。とにかく、みんな気を抜くなよ」


 そういうと、リーダーはその扉を――


 がちゃがちゃ。……開かなかった。


「鍵、忘れてた」

「おいおい、頼むぜ、リーダー!」


 気を取り直して、今度はしっかりと彼は鍵を開けた。そして、一度は扉を引こうとしたものの、すぐに押すのに切り替える。……いちいち締まらないやつだ。


 しかし、俺はそんなあきれ顔をすぐに元に戻す羽目になった。――目の前には、たくさんの魔物たちが控えていたからだ。




    *




「ふぅ、ようやく終わった」

「なんだ、もうバテたのかい? こんなのただのウォーミングアップにもならないぜ」

「あら~ん? 油断して、やられそうになっていたのは、どこのどなたでしたっけ?」


 ゴーシュの言葉に、俺を揶揄ってきた男は顔を真っ赤にして黙り込んだ。図星を突かれて返す言葉はないらしい。


 それを見て、一瞬ムッとした気分がすぐに晴れていく。ったく、自分のことを棚上げしてまで皮肉を言うために来たのか、こいつは。とんでもない奴じゃねえか。呆れながら、刀を鞘にしまう。


 改めて周囲を見渡すけれど、この大広間と呼ばれた空間はその名の通りただ、だだっ広いだけだった。調度品は何もない。強いてあげるとすれば、豪華な伝統や謎の絵画など、装飾品が贅は凝らしている様だけれど、学のない俺にはよくわからない。


 そして、魔物の群れは、種々様々だった。外で見たものより、一回り程大きなゴブリン。そして、数体のオーク。さらには、いつぞやのスノーウルフや、毛皮が針になった白熊。後は、雪原仕様とでもいうのか、白い退職の丸みを帯びたスライムまで。


 危惧が現実となってしまったことに、さすがにうんざりしたが。それはそれ。別の見方をすれば、覚悟ができていたということもあって、俺たちの対応は早かった。


 敵がこちらを見て、戸惑っている間に、手早く制圧しにかかった。先陣を俺とマラートが切って、後方からタークの支援が飛ぶ。さらに、キャサリンの水魔法が魔物の包囲を容易く押し流してくれた。


 散り散りになった魔物の軍団を、俺たちは四方に分かれて追撃した。先頭時間はものの数分といったところ。合間合間に見ていたが、ヨシフ以外の連中もなかなかに動きがよかった。さすが、マラートが自ら集めてきただけのことはある。


 得意とする得物もバラバラ。斧使い、槍使い、鎖使い、さらには鎌使い……俺も一通りの武器の扱い方は知っているものの、自分よりも優れて見えた。ちなみに、ゴーシュは徒手空拳。自らの身体だけで闘う武闘家タイプ。


 そして、極めつけは――


「良かった、大丈夫だったかい、アリスちゃん?」

「ええ。なんともないわ。この程度の魔物、どうってことないもの」

「それはよかった。その美しい顔に傷でも折ったら大変だ」


 じゃあ誘うなよ、その言葉は喉元まで出かかったが、なんとか止めた。そんなことよりも、こいつの戦闘力の高さだ。


 ゆっくりと涼しげな顔して歩み寄ってきたこの優男。レイピアを奮うその姿は優雅でありながら、一切の無駄がなく。敵の攻撃を紙一重で躱しながら、素早く的確に致命傷を与えることに長けていた。


 その技術の高さたるや、さすがの俺も目を見張るものがあった。周りのものとの差が歴然でもあるから、よりすごく見えるのかもしれない。


「しかしおったまげたなぁ。まだこんなにたくさん魔物がいただなんて」

「でもさぁ、外の人たちもそろそろ撃退してそうじゃない? こっちの魔物よりも断然よわそうだったし」

「そうですね、マラート様。いっそのこと待つというのも手では?」

「いや、一気呵成に攻め込む。ないとは思うけど、援軍を呼び出されても面倒なことになるし」

「賛成ね。こんな敵陣ど真ん中で、何もしないでいるなんて、敵からすれば格好の的よ」


 満足そうに頷くマラート。彼は仲間たちに合図をすると、向こう側にある扉の方に近づいていく。いよいよ、この奥に魔物の親玉がいるのか。


 俺たちはその扉を開いた彼の後に続いた。短い通路が続く。突き当りと思える空間にはぽっかりと穴が――来客を出迎えてくれるらしい、ドアが開きっぱなしになっている。


「ふん、愚かな人間どもめ。性懲りもなくまた来たか!」


 そこにいたのは、バカでかい太ったクリーチャー。いったい何と表現するべきやら。その手には、人間の身の丈ほどある鋼鉄の棍棒を装備していた。

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