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最強勇者と囚われし王女の入れ替わり冒険記  作者: かきつばた
勇者の珍道中と王女の冒険
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久しぶりの安息

 ちゃんとこの村にも、宿屋はあった。よかった、まずは心から一安心。結局、ここが多くの旅人で行きかう村という事実はよくわからなかったけれど、とりあえず泊まるところがあるから、その点で言えばソフィアさんの村のよりも栄えているということになる。……もちろん、こんなこと明言するつもりはないけれど。


 木造二階建ての家屋の中に入ると、カウンターにいたのは短髪のおばさん。痩せ型の神経質そうな女性だ。彼女は退屈そうな顔して、椅子に座って何かに目を落としていた。


 わたしたちが入ってきたことに気が付くと、初めこそはちょっと身を固くした。そして、一瞬とても驚いたような顔をする。目を丸くして、口を()の形に開いて。でも、慌てた様子ですぐに立ち上がると、愛想笑いを浮かべてくれた。


 どうやら、かなり気を抜いていたらしいわね。詰め所でボーっとしている兵士の前を通りがかる時のことを、わたしは思い出していた。


 ややあっけなさを感じつつ、帳場へと近づいていく。内装は、今まで泊まった宿屋となんら違いはない。というか、エントランスの部分でオリジナリティを出す必要もないか。競合する店はほかになさそうだし。


「いらっしゃいませ。ようこそ、お越しくださいました」

「あの三人一緒で部屋をとりたいんですけれど」

「別々で取っていただいても、十分にお部屋に余裕はございますが」


 むっ、意外と商売熱心ね、この女性。向こうにしてみれば、三人別部屋の方が儲けが出るということなのでしょう。ニアマンでも、同じ経験をした。


 正直な話をすれば、別に三人一緒じゃなくてもいいと思うのだ。わざわざ別れる理由もないのも、これまた真理なのだけれど。だから、わたしの結論はどっちだっていい。


 ということで、財布の紐を強く握っている方に伺いを立てることにした。首だけ左に向けて、少し視線を下げる。


「いいんです。あたしたち、仲よし三兄弟なので」

「兄妹で旅をなさってるんですね。どこからいらしたのかしら?」

「王都からです。ゼルシップに行こうと思って」


 ザラちゃんが手早く支払い手続きを済ませながら会話に応じる。慣れた手つきだ。


 それを聞いて、再びおばさんは少しびっくりした表情を浮かべた。机上に置いた鍵から手が離れない。


「えっ! もしかして、山を越えてきたの?」

「ええそうですけど。こちらの人たちは、大蛇のことご存じなんですか?」

「はい。二週間くらい前だったかしら。王都の方に行こうとした人たちがいてね、彼らが大蛇を見たって」

「へー、二週間前って結構最近の出来事だったのね、あいつが現れたのって」

「それで、お城から兵士を呼んでもらったんだけど……あなたたちのことではないのよね?」

「ええ、違いますよ。でも、彼らとは山中で会いました。みんなで、その魔物を退治したんです」

「そうなのねぇ。でも、よかった。これで、南の方にも行きやすくなるわぁ。少しは旅人さんも増えてくれラバいいんだけれどね」


 おばさんは、心底安堵しきった表情をする。しみじみと出てきた言葉は、深い感慨が込められていた。


 確かにあんなのがいたら、気軽に山に入ることすらできないわよね。迂回するっていう手もあるのだろうけど、かなりの手間だろうし。


「はい、手続きはおしまいです。ごゆるりとおくつろぎくださいませ」

「ありがとうございます」


 軽く会釈をして、わたしたちは階段を上っていった。ようやく人間らしい生活を取り戻せるのね。野宿も段々なんとも思わなくなってきたけど、やっぱりなるべくなら避けたいものだから。




    *




 宿屋のおばさんに聞いたお店は、少し入り組んだ路地のところにあった。荷物を置いて一息ついたわたしたちは夕食を取るために、外に出てきた。


 早速、店舗の中に入る。あまり人はいない。お酒を出すお店でもあるが、まあ時間的にはまだちょっと早いのかも。


 わたしたちは、その中の適当なテーブル席に陣取った。


「いい? ソフィアさんはともかく、オリヴィアさんは飲酒厳禁だかんね!」

「ええーっ! なんでよ?」

「飲み過ぎるから。お金は大事にしないと」

「さっきちらりと見えたけど、結構お財布パンパンだったじゃないの」

「おにいの財布もそれくらいだったのになぁ。誰だっけ? 一晩のうちに、使い尽くしちゃった人?」


 うぅ、それはそうだけれど。実際のところは、覚えていないのよねぇ。でも確かに、あの朝目が覚めたら財布は空っぽになっていたわけだし……。


「こちらがメニューになります」


 ダンディな髭のおじさまが、わたしたちのところにやってきた。一枚の紙をゆっくりとテーブルの上に置く。


 そこには奇麗な文字で、色々な料理の名前とお酒の名前も記してあった。やはり、港町が近いからか。比較的、魚料理が多いような気がする。


「わた――僕はこの海鮮ピラフにしようかな」

「お客さん、すみません。今ちょっと、魚介類は切らしていて……」

「へ? どうしてです?」

「……知らないのですか? 今、海は大荒れで、とても漁ができる感じじゃないんですよ」

「じゃあ大陸への定期船は? まさか欠航しているなんてことは」

「そっちもダメです。沖合に、強い魔物が出てるんですって」


 店の人は、眉を顰めて困った感じに答えた。腰に手を当てて、鼻を一つ鳴らす。


 またしても、問題発生か。山の魔物の次は、海の魔物か。あのゲルダンさんもあえてカウントするなら、空の魔物なわけだし。


 改めて思うが、とんでもなく物騒になったものね。そりゃあ、王女わたしも外出の頻度が減るというものだ。


 五年前はもうちょっと、お父様に連れられてあちこち外遊したものだけれど。やっぱり、全ての元凶は魔王なのかしら。いまいち、どういう存在かよくわからないのよね。


 知っていることはただ一つ、わたしにゾッコンだということだけ。彼、本気でわたしのことをお嫁さんにしたかったのだろうか。


 ふと、勇者様の――今、わたしの身体を使っている人のことが気になった。大丈夫かしら、彼。今どうしているか、一ミリたりとも想像できない。


「――以上でよろしかったでしょうか?」

「はい。お願いします」


 何はともあれ、注文を無事終えた。おじさまは再び店の奥へと下がる。結局、海鮮系は一品たりとも注文しなかった。もちろん、お酒も。


「困ったことになりましたね……」

「船のこと? ううん、確かに。まさか、そんなことになっているなんてね」

「どうする? 別の手段を探す?」

「あら、お兄ちゃんは何か素晴らしい考えをお持ちなのかしら?」


 嫌みったらしい言い方だけど、わたしはただ閉口することしかできなかった。特にアイディアなんかない。これが物語の世界ならば、空を翔ける術なんていくらでもあることでしょうけど、そうはいかない。


 さる国にはそうした技術もあると聞くが、生憎うちはそこまでの技術大国ではなかった。あまり海の外の方と交流もないしなぁ。案外、閉鎖的なのだ、ラディアングリスは。大抵のことが、この大陸の中で賄えるから。


「やっぱりやるしかないよ」

「ええと、その海の魔物を倒す、ということですよね」

「ソフィアさん、そんな心配そうな顔しないでよ。ザラまで、不安になってくるでしょ」

「言うのは簡単だけど、あの大きな蛇にすら苦戦したんだよ? 自分一人では、とても厳しいと思うけど」

「でもさ、やるしかないじゃん」

「……はあ、憂鬱になってきた」

「お、落ち込まないで、アルス様! また、ゼルシップに行ってから考えましょうよ」


 この場はソフィアさんの言葉で幕引きになったけれど、しかし、なかなか厄介なことになったわね。わたしは料理を待ちながら、どんどんと楽しい気分が収まっていくのを感じる。


 なんとなく、気まずくて黙ったままでいると、店の扉が開いた。少しよさげな衣服に身を包んだ恰幅のいい男が入ってくる。


「この店に、大蛇を退治した旅人とやらはいるかな?」


 ――それは、どう考えてもわたしたちのことだった。

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