嵐の前の
ざっざっざ、地面にこれでもかとばかりに積もった雪をかき分けて進んでいく。天候は、なんと晴れ。出発前に、リーダーを中心にこれは縁起がいいと大騒ぎしていた。
明朝のこと。マラートが、俺たちを含めて協力者全員のために取ってくれた宿屋を出発して、街の外を行軍していた。無論、目的地は魔族に占領されし砦。どこをどう歩いているかはいまいちわからないものの、ひとまず南西部を目指していた。
メンバーが多いこともあって、比較的歩いていくのは容易だった。俺たち三人は、隊列のほぼ最後尾だった。大男たちが新雪を踏み荒らしてくれるので、荒っぽい道が出来上がっているからだ。俺はただ、それをトレースすれば済む話。
「ねえ、まだ歩くの~?」
後ろから、くたびれきったキャサリンの声がした。相変わらず、退屈しやすいというか、根性がないというか。
もう疲労の限界だ、ということはないと思う。彼女は女と言えど仮にも魔族。か弱い人間の女であるこの俺ですら、まだまだ元気いっぱいだから。
歩き始めてから一時間くらい経つと思うから、その点で言えば、飽きたというのはわからないでもないけれど。それを口にするのは、やはり彼女の堪え性のなさのせいだと思うわけで。
「うーん、もう少しだ。我慢してくれ、お嬢ちゃん」
「もう少し……ねぇ。アタシの目にはだだっ広い雪原しか見えないんだけどなぁ。本当に、近くまで来てるのかしら?」
「いや、そこを疑ったらきりがないから。タークは何か見えないの?」
「そうですねぇ……」
俺を中心にして、前後で言葉が行き交うのが止んだ。最後に受け取ったのは、俺の二つ後ろのおちびさん。
謎の沈黙が出来上がる。再び訪れる沈黙に響くは、雪を踏みしめる音ばかり。木々もないこの場所では、風が葉を揺らす音もしない。そもそも、今日は無風だし。
悪い想像を働かせれば、男たちは俺たち純粋な旅人を騙くらかして、人気のないところに連れていこうと。そして、そこで――
物盗りだけで済めばいいけれど。不幸なことに、今の俺もキャサリンも魅惑的な女性だし……と、ろくでもない事が頭に浮かぶ。
まあ、そうなる前に制圧することなんて容易いけれど。そもそも、こいつらがそういうゲスだなんて、思っていないし。
「あっ! 何か見えます、見えます! うっすらと、何か堅牢な、何かが」
「坊主は目がいいなぁ。それが砦さね」
「近いの?」
「まあ…………はい」
「ちょっと、今の間はなんなの~?」
その質問は青空の中に吸い込まれることになった。またしても、静寂がやって来る。俺は全てを察した。つまり、目的地までは遠くはないが、暫くは歩くということか。
キャサリンはいったいどんな顔をしていることやら。振り返って確認したい気もするが、余計なトラブルを招きそうだったので遠慮した。でもたぶん、げんなりした顔をしていることだろう。
長い長い隊列を成しながら、そんな風に俺たちはただひたすらに雪原を進んでいるのだった。
*
ようやく、俺の目にも件の砦が見えてきた。煉瓦でできた頑丈そうな壁に囲まれて、門扉は固く閉ざされている。そして、奥に潜む豪華な建物の天辺だけが辛うじて見えていた。
俺たちはその遥か手前、遮蔽物が何もない開けた場所で立ち止まっていた。これから最後の段取りを確認するつもりらしい。
マラートを中心に、円陣を組む。近くには、一緒に連れてきた馬たちが数匹待機していた。先頭にいた連中が、引き連れてきたものだ。
「とりあえずレフたちはあの扉の前で大騒ぎしてくれ。そして、魔物どもが出てきたら挑発して、誘い出す。一応馬たちには速力増加の魔法はかけておくから、十分逃げられると思う」
「おいおい、甘く見られたもんだな。たかが魔物だろ? 逃げるなんて、情けないことできるかよ!」
「まあまあ。気持ちはわかるけどさ。いったいどれくらいいるかも検討がつかないから、我慢してくれよ」
「そうだよ。改めて、落ち着いたところで各個撃破したらいいさ」
「ふうん。まあなるほどなぁ……」
言いながらも、顎髭がたくましい小さな筋肉だるまみたいな男は納得がいっていないらしい。眉間に皺を刻み込んで、腕組みをしたまま唸っている。
彼は余程闘いたくって仕方がないらしいな。まったく勇敢というか、プライドの塊というか。陽動も立派な役割だと思うけど。それに、自在に馬を駆り立てるのも楽しそうだと思う。
しかし、そういう反応はこの男に限った話ではなく、陽動部隊の面々はおおよそ気難しそうな顔をしていた。本当に血気盛んな連中だ。ある意味では、とても頼もしいとも言えるけれど。
「隙ができたところで、俺たちはここを飛び出して砦に入り込む」
「待って。こんなところ、すぐに見つかってしまうんじゃないかしら?」
「ああ、それは大丈夫だ。ここには、予め姿隠しの結界を用意しておいたから」
「はい。足元から、謎の魔力を感じますね」
「へー、ターくん、よくわかるね~。言われて、ようやくアタシにもわかったよぅ」
目を丸くしながらも、納得した様に頷きを繰り返すキャサリン。それを見て、得意げに笑うターク。周りの人間は、一人を除いて、珍妙な顔をしていた。
俺だってそうだ。どうにも、この身体だとそういう魔法的な何かは感じ取れない。絶望的に、この身体には魔法の素養がないんだろうなぁ、と思う。姫様は決して、魔法使いにはなれない。まあ、その必要はないしな。
しかし、姿隠しの結界か。大した魔法を使うものだ。俺はマラートのことを少し見直していた。結界魔法は概して、習得難易度は高い。……の割には、うちの妹はかなり得意にしていたけど。話を戻すと、姿を隠すとなれば、そのタネは空間に干渉するか、気配を遮断するか。どちらにせよ、魔法レベルは中級から上級くらい。
「他に質問は?」
マラートは涼しげな顔をして、ぐるりと俺たちの顔に視線をやった。言葉を発する者は、誰もいなかった。
「じゃあ、ミッションスタートだ! 必ず、勝利を――平穏を勝ち取るぞ!」
「おーーーーっ!」
爽やかなリーダーの号令に、男たちの重苦しい雄叫びが融合する。
俺はと言えば、声を出しはしなかったものの、流石に心の中では闘志を燃やしていた。ひょんなことから、謎の闘いに巻き込まれたものの、気が引けるところは一切なかった。




