旅の再開
「あーあ。どうして、全部あげちゃうかなー」
ザラちゃんはまだ文句を言っていた。兵士たちと別れてしばらく経つというのに。それは、ねちねちとしたいやらしいものじゃなくて、子どものいじけた感じに近いけれど。
再び旅を再開して、どれくらい経っただろうか。あの蛇に邪魔されて、通れなかった部分も超えて、軽快にわたしたちは歩を進めている。
出発する直前は、彼らに一緒に行かないか、とまで言われた。しかし、事情が事情もあって、丁重にお断りをして、わたしたちが一足早くあの現場を後にしたというわけだ。
「ほら、兵士たちと仲良くしておいて損はないでしょ。いつまでもギスギスしてるわけにはいかないわ」
「でもさー、せっかく共闘の流れまで作ったのに。あれで、十分仲良くできてたと思うよ、ザラは」
わたしは妹君の言葉に違和感を覚えた。作った……って、まさかこの娘――
「初めからそれが狙いだった、ってことはないわよねぇ?」
「あ、あはは、そんなことあるわけじゃないですか、お姫様~」
ぴゅーという下手な口笛を吹いて、ザラちゃんはわたしの横を駆け抜けていった。すれ違う時に、どこかとぼけたように笑っているのが見えた。
どうやら図星のようだ。本当、誤魔化すのが下手だわね、ザラちゃん。怒りを通り越して、わたしは呆れを覚えていた。
しかも、その企みは一度は失敗しているわけで。共に戦うことになったのは、あの兵士が助けを求めに来たからだし。
まあその成否は別にして、彼女なりに勇者様と王宮の兵士との衝突を何とかしたいとは思ったのだろう。そこは素直にありがたい。
「ソフィアさんもやっぱり少しは残しておけばよかったと思います?」
「ううん、そうですねぇ。お金は大事ですけど、でも兵士さんたちも頑張ってましたし……」
「むっ! ソフィアさんも、姫様の味方をするの」
先に走り出していってしまったザラちゃんはすぐに戻ってきた。それなりに離れていたはずだけど、大した地獄耳であることね。
「そんな味方とかそういうのじゃなくてね。やっぱり、一緒に戦っていただいたわけだから、お礼はしっかりしてもらわないとっていう」
「なーんか、歯切りが悪くない? ――あっ! わかっちゃった。そういえば、ソフィアさん。あの兵士さんと仲良さそうだったですものねぇ?」
一人謎の理論を展開すると、足を止めてニヤニヤと笑い出す妹様。じろじろと、大変失礼な目つきでソフィアさんのことを見ています!
しかし、そんな無礼な振る舞いを受けている彼女は涼しい顔。動揺を少しも見せない。ただニコニコと笑って、堂々とザラちゃんと対峙している。
「何のことでしょう?」
「だから、あの臆病兵士さんと――」
「えっ? 何か言いました?」
平然とした顔で、ソフィアさんは言葉を被せた。いつものように落ち着き払った心地よい声色。だけれども、その奥に有無を言わさない迫力を孕んでいる。
さすがのザラちゃんも少し怯んだ様で。あのにやけ面は引き攣って、目がきょろきょろと動いている。
わたしも身体がびくりとした。普段、物静かな人を怒らせると怖いというけれど……。しかし、この反応、怪しい怪しい怪しすぎる。言葉とは裏腹に、何かあったことは確実でしょう。
「えと、ソフィアさ――いえ、ソフィア様? うちの兵士が何か失礼をしましたでしょうか?」
「別に何もないですってば~」
「ほ、本当でしょうか?」
「ただちょーっと口説かれたというか、何というか……」
「くどかれたっ!」
一際大きな声を上げると、目をキラキラと輝かせる妹様。すっかりと勢いを取り戻したらしい。全身から好奇心を放ちながら、ソフィアさんに詰め寄っていく。
わたしとしても、やはり真実は気になるわけで。彼女ほどじゃないけれど、好奇心に顔を輝かせながら、ソフィアさんの言葉を待つ。
すると、少し怯んだ顔をする彼女。困った様に笑いながら、どこか頬を赤らめた。
「あの、でも終わった話だから」
「いいえいいえ、それでもかまいませんとも! というか、断っちゃったの? どうして?」
「いや、それは……ねえ」
ちらりと、おずおずしながら彼女はわたしのことを見てきた。その視線に、何かただものでないものを感じる。
「あの、わたし、女よ?」
「わ、わかってますってば! でも、いや、ね?」
「はっ! これは禁断の恋の予感……!」
「ザラちゃん、変なこと言わないでください!」
すっかりと素朴な村娘さんは耳まで朱色に染めてしまった。先程の強い拒絶は、単に恥ずかしさが強かったらしい。そのいじらしさが、なんともわたしの心をくすぐる。
とにかく、わたしたちの道中は順調だった。女三人、話題も尽きず、全く気苦労も感じない。しばらくは、この穏やかな時間が続くことを祈る。あんな、大蛇みたいなやつそう何度も出てこられても困るしね。
*
バチバチと静かな闇夜に、焚火の炎が弾ける音だけが響く。満天の星空に包まれて、わたしは食後の幸福感に浸っていた。
「でも、よかったんでしょうか。食料を少し譲っていただいて」
「いいんじゃない? 善意はありがたく受け取っておこうよ。それに、金貨のお礼と思っておけば、丁度いいよ」
ザラちゃんがじろりとこちらを睨んだ。わたしはおどけた感じで肩を竦めて、苦笑いをプレゼントする。
「もうしつこいわよ、ザラちゃん」
「わかってない、わかってないなぁ、お姫様は! お金って、生きていくうえで大事なんだよ!」
「まあまあ。しばらくは人里も遠いわけですし、そんな急を要するってわけでも」
「甘い! 今いくらあるか、わかってないから、二人はそんなのんびりと」
そうは言われても、道中多めに魔物を狩ればいいんじゃない。そう思ったけれど、とても言葉にはできなかった。この燃え盛る火に、油を注ぐようなものだし。
わたしはぷんぷんする彼女から目を放して、傍の茂みに目をやる。闇が無限に広がっているような感じ。言いようの知れない恐怖を感じると同時に、自然の偉大さというか神秘さというのが伝わってくるみたい。
この星空もそうだけれど、旅をするようになってから、いかに今まで自分が狭い世界で生きていたかと、思い知らされる。本で知っていたものが、次々と現実のものになっていく。
それは、かつてのわたしが心の底から求めていたことでもあって。この入れ替わりには、心から感謝している。……そろそろ男としてのあれこれに不便さを感じなくなってきたし。
「そうだ、ザラちゃん。魔法について、教えてもらってもいいですか?」
「えっ!? い、いいけど、いきなりどうして?」
「私にも何かできないかなって思ったんです」
ソフィアさんは見るからにやる気満々だ。ぐっと拳を握って、可愛らしいポーズを取っている。
わたしは再び、二人の方に目を向けた。確かに興味があった。ザラちゃんが使った壁魔法ももちろん。わたしが最後に使ったあの魔法も気になる。
「ううん、魔法ってね、一朝一夕で使えるようにならないんだよ。本人の素養も必要だけど、長い修業期間も必要だし……」
「うっ、やっぱりですか……。はあ、私はまたしばらく足手纏いかぁ」
「あっ、でも魔法の道具があるといいのかも。あれは誰にでも使えるから」
「魔法の道具! ザラちゃん、それはどこにあるの?」
「えーと、アハハ、この世界のどこか!」
がくっと肩を落とすソフィアさん。そして、気まずそうな顔をするザラちゃん。これぞ、ザ・糠喜びというやつですね。少し、ソフィアさんが気の毒。
魔法のアイテムかぁ。本当にあるのかしら、そういうの。物語の中の産物だと思っていたわ、私。
「ねえ、魔法ってどういう種類があるの?」
「いきなりですね……オリヴィアさん。大きく分けると、攻撃魔法と補助魔法ですよ」
「ホジョマホウ……? あっ、あの壁のやつ!」
「そうです、そうです。簡易な結界魔法ってやつですあれ。詠唱知ってれば、オリヴィアさんも使えるよ?」
「へぇー、そうなの? じゃあ、あれはトニトルス? ってやつ」
「あれねぇ、一番低レベルの雷魔法ですけど。ザラの方こそ、なんで知ってるのか、聞きたいなぁ?」
「うーん、なんかね。頭の中に不思議な絵が浮かんで――」
二人に簡潔にあの時のことを話した。ソフィアさんはとても興味深そうに、ザラちゃんはとても疑わしそうにしながら聞いてくれた。
「なんだか、ロマンチック! ですね」
「そうかなぁ? 自分に覚えがない記憶ほど、不気味なものはないと思うけど」
「ていうかさ、初めから教えてくれてればよかったのに」
「うーんだってね、あんまり教えすぎて、魔力を濫用されても困るしさ」
「そんなことしないわよっ!」
と言いながらも、初めていくつか呪文を教えてもらった時には、辺り構わずぶっ飛ばしていたことを思い出していた。
その後も、夜は更けていく。しばらくぶりに落ち着いた時間。明日には、山越えも終わって、いよいよゼルシップの街に近づけるはず。
わたしは、しばらくぶりに訪れるあの港町の光景に胸を躍らせるのだった。




