姫(勇者)の実力
複数戦のコツは、一体ずつ一撃で仕留めること。これが魔法が使えれば、そんなまだるっこしいこと考えずに済むのに。
リラックスしながら、剣を構えて敵が迫ってくるのを待つ。ゴブリンの群れは統率が取れているわけではない。その足並みはバラバラ、辛うじて隊列としての最低限のまとまりは保たれているが。
人型だろうが、獣型だろうが。生き物ならば、首を切り落とせば済む話。一つ、大きく息を吸い込んで、丹田の辺りに力を籠める。切先を地面と水平に構え直す。
敵の姿がよく見える。ぶつぶつだらけの緑色の肌。いっちょ前に、とんがり帽子を被っているが、先端の鋭い不気味な耳は隠せていない。
首から下は、あまり人間とは変わらない。ごつごつして、所々筋肉で太くなっているくらい。いや、流石に身に着けている物も違った。ワイルドに粗末な布の腰巻一枚姿……どこからどう見ても変質者だ。
そんな風に観察していたら、いつの間にやら間合いがいい感じに詰まっている。俺は一気に地面を蹴り飛ばした。多少助走をつけて、跳ねるようにして動く。そのまま、先頭にいるゴブリンの頭を狙いに。
ゴブリンが俺の攻撃を防ごうと腕でガードしようとする前に、刃は見事にその首に通った。体液が宙に飛び散って、俺の衣服や顔に付着する。
そんなものは全く気にならない。この身体の本当の持ち主ならば、可愛らしい悲鳴の一つでも上げるのであろうが。残念ながら、そうじゃない。見た目はか弱い女でも、中身は戦闘経験豊富な男。この程度、一々構うことはない。
続けざまに、身体を捻った。近くにいたゴブリンが一匹、近づいてくるのが見えていたから。回転斬り――こういう風に囲まれた時には凄い便利。……魔力があれば、適当な属性を纏わせてそのまま衝撃波を穴つんだけど。
とにかく、二匹目の首も獲った。頭部が落ちて、残された身体も靄となってすぐに空へと吸い込まれる。
流石に、連続攻撃はこれで終わってしまった。次に控えたゴブリンが容赦なく、その棍棒で殴り掛かってくる。
俺はそれを腕で受けた。痛いけど、覚悟していたほどではない。タークの強化魔法が十分に効いている証だ。
一瞬驚いた顔を見せるゴブリン。すかさずそのがら空きの胴を薙ぐ。つうっと、刃は敵の身体を侵した。そして、その身体は例に漏れず霧散していく。
「これで、まだ三体目かよ……。そろそろうんざりしてくるな」
独り言ちつきながら、足を止める。億劫さに顔を歪めながら、未だ迫ってくる敵を見て、一つため息をついた。
よくもまあ勝ち目もないのに、まだ立ち向かってくる気になれるな。その心意気は、呆れを通り越して、むしろ逆に尊敬できる。だからと言って、手を休める気はないけれど。
女だからって、舐めてかかっていたのかもしれない。その意識を改めたのか、残った連中はそれなりの陣形で突っ込んでくる。
初めから、そういう風にコンビネーションよく向かってきたらよかったのに。まあ結果は変わらないんだけど。だが、慢心はしない。
一匹の魔物が飛びかかってきた。それを簡単に剣で払おうとするけれど、他の手すきのお仲間さんが素早く動くのが見えた。
迎撃を止めて、後ろにひょいとジャンプ。目の前の魔物は無事に雪の上に着地すると、すぐに棍棒を振り回そうとしてくる。
俺はその頭を片手でしっかりと押さえつけ、右の方に足を出し、左の方には刃を振るう。
おそらく遠目に見れば、これはとても滑稽な姿だろう。しかしそうするしか、奴らの攻撃を防ぐ手立てはなかった。
頭部を上から強く圧迫されて、棍棒を振るう手を止めるゴブリンA。そして、見事に蹴りがヒットして、宙を翔けるB。Cは忌々しいことに、身を縮めて避けやがったので、そのまま力任せに剣を振り下ろしてやった。
――一匹足りない。そう思うと同時に、背後に気配を感じた。
どうしたものか。逡巡したのは刹那の出来事。俺は掌に収まりきらないゴブリンの頭を、なんとか掴み持ち上げて後ろに放り投げてみた。
そのまま、勢いをつけて、誰もいない全貌に向かって宙がえりをしてみた。ふわりと浮き上がる身体、忽ちに気色が反転して、真白い床が遠ざかる。
無事に着地すると、目の前ではゴブリンが二体折り重なっていた。そこに容赦なく刃をくれてやる。短い断末魔が上がり、亡骸が薄くなっていくのを視界の端でとらえながら、即座に身体を反転させた。
――見つけた。最期の一匹だ。そんなに大きく吹っ飛んでいたわけではなかった。丁度、立ち上がってこちらに向かってくるところ。
迷わず駆けだして、すれ違い様にその身体を横に切断してやった。幾度も魔物の血液を吸ったというのに、この剣の切れ味は劣るところがない。
足を止めて、鞘に剣をしまった。ぐるりと見渡してみるが、もはや魔物の姿はどこにもない。タイミングよく、目の前にきらりと光る何かが降ってきた。
ひったくるようにして、掴み取る。ぐっと握った拳を開くと、そこには鈍い光を放つ硬貨が一枚。
「……銅貨、か」
これじゃあ、目標金額には程遠いな。そんな、残念さを練り込んだ吐息は、すぐに雪に紛れて消え去ってしまった。
*
再び場所は移って、街の中にある大きな料理屋に俺たちは来ていた。急な魔物退治の褒美兼、決戦前の親睦会、そんなお題目をマラートはのたまわっていた。
腹ごしらえもそれなりに済ませて、俺と魔族二人はやはり隅っこの方で休んでいた。始まってから、一時間近く経つというのに、男たちの騒ぎは収まるところを知らない。
「しかし、あんた。本当に強いんだな! びっくりしたぜ。まるで、アクロバットのショーでも見ているみたいだったよ」
「確かに、あーちゃん、生き生きと動いていたね~。あーあ、アタシの出番まで奪っちゃってさ!」
「まあまあ、キャサリンさん。明日は、思う存分力を発揮できますってば」
適当に談笑していたら、さっきの戦いの場にいた男が加わってきた。それは、俺がこの部隊に参加することに、一番に反対していた奴でもあった。
しかし、俺の闘いぶりを見て、考えを改めたらしい。今や、すっかり気をよくして、こうして馴れ馴れしく――親しみやすく、話しかけてくるくらいだった。
それは、こいつだけに限った話ではなくて。俺の活躍はすぐに全員に伝わってたらしい。あんなにも、女だからとどこか馬鹿にして、さらに下心を込めて、失礼な視線を送ってきたのに、現金なものだ。
俺は内心苦笑いしながら、彼らの言葉に耳を傾けていた。少し気恥ずかしかったのもあった。つい、あんなに激しく動き過ぎてしまった。これも、魔法の力はもとより、姫様の身体の柔軟性があってこそ。
「しかし、こんなべっぴんなのになぁ。今でも、あんまり信じられないぜ」
「まあ、タークの魔法のお陰もあったかしらね」
「はぁ、やっぱり魔法はすごいんだな。マラートさんも、結構な使い手なんだぜ」
ちらりと男は、遠くで給仕の女たちに囲まれるリーダーの方に目をやった。彼は輪の真ん中で、ニヤニヤとスキンシップを取っている。
とても、そんな風には見えないんだが……。だが、明らかに強そうなやつでさえ、彼には人木置いている様だから、相応の実力はあるのかもしれない。そうでなきゃ、自ら魔物退治をするなんて言い出さないか。
「あんたもなかなかの剣の使い手みたいだけどさ、マラートさんには敵わないよ」
「そんなに強いのですか、マラート様は?」
「ああ。それでいて、自分の実力を鼻にかけないし、優しいし。それこそ、勇者って言葉が相応しいよ」
「勇者、ねぇ……」
俺は思わず口に出して、ため息を一つついた。話を聞いている分には、確かにしっくりくるけれど。俺としては不思議な気分……決して、自分の方が勇者然としているなんて言い出すつもりはないけれど。
むしろ、彼がやるというのであれば、喜んで『サーモンの勇者』なんて、不名誉な照合くれてやる。そう思うくらい。忌々しくって仕方がない。
俺はもう一度、マラートの方に目をやってみた。相変わらず、楽しそうに過ごしている。ふと、目が合うと彼はにっこりとほほ笑みかけてきた。俺はすかさず曖昧な笑みを返して、すぐに視線を逸らす。
全くこの街の勇者殿は、随分お気楽そうに見えるものだこと。俺はちょっと呆れながらも、明日の少し思いを馳せるのだった。




