勝利の余韻
「よしっ! 我らの勝利だ!」
隊長が嬉しそうに叫んだ。すると、兵士たちもまた、大きな唸り声を上げる。それは怒号となって大気を揺るがした。そのまま、わたしの前方で大きな輪が出来上がる。
彼らは思い思いのまま、勝利の余韻を味わっているようだった。飛び上がり、抱き着き、大声を出して――本当に喜んでいる。
まったく、いい気なものね。わたしが魔法で足止めしていなければ、勝利はなかったと思うのよ。まあ、もちろん。彼らの力が必要なかった、なんて言うつもりはないはないけれど。
とかく、そんな風に妹様に愚痴を言おうと、真横に顔を向けると――いない。そこにあるはずの少女の姿はなかった。
キョロキョロと周囲にその姿を求めてみる。すると、こちらに近づいてくる男女の姿が目に入った。遠くで隠れていたソフィアさんは顔を綻ばせながら歩いてくる。隣のあの兵士さんもまた嬉しさを隠さずにはいられないようだった。
男女なんて、意味ありげに表現しては見たものの。別に、彼らにカップルのような甘いところはない。なんとなく、今までよりも二人の距離は近く見えただけ。
「やりましたね、アルス様!」
「まさか雷まで起こせるなんて、畏れいったよ」
「まあそうでしょうとも、そうでしょうとも!」
二人は合流するなり、称賛の声をわたしに暮れた。さすがに、少しばかり照れる。
それが根っからの自分の功績ではないとはわかっているが、しかし、それでも誇らしくはあるわけで。丁度良く、近くに妹様もいないから、わたしは少し自慢げに胸を張って見せた。
実際のところ、わたし自身、かなりびっくりしてるんだけど。ザラちゃんから教えてもらっていたのは、火・風・水、そして爆発魔法の呪文。しかも、なんか詠唱っていう長い部分があるらしいんだけど、それをすっ飛ばして、短縮した形――つまり名称しか教えてもらっていない。
この通り、わたしは魔法に疎い。にもかかわらず、どうしてトニトルスなんて言葉を知っていたのか。あの時、頭に浮かんできた光景は……思い出そうとしても、全くダメだった。
「そうだ、二人とも怪我はない?」
「はい、大丈夫です。しっかり守ってもらったので」
「いや、俺は何も……」
「おっと、あなたたちもしかして――」
「ないです、なにも」
すげなく、ソフィアさんにシャットアウトされてしまった。彼女にしては珍しく、感情のこもっていない冷めた言い方だった。
兵士さんの方は少しだけ残念そうな顔をしているから、もしかすると……なんて思ってしまう。まあ、しかし、相手の方が全くつれないんじゃ無理か。少しだけ、可哀想だなんて思ったり。
「あれ、そういえばザラちゃんは?」
「やっぱり、ソフィアさんも知らないか。どこかに消えちゃったのよ、あの子」
「小さいから、どこかに紛れてるんじゃ――って、いってぇっ!」
「小さい、言うなっ! 臆病バカ兵士!」
兵士さんはいきなり小さな叫び声をあげた。そして、そのまま背中の方に手を回して身を屈める。
すると、彼に暴力を振るった犯人――ザラちゃんが姿を現した。ふくれっ面で、その手にはパンパンの袋を持っている。袋の口の辺りをしっかり持って、少し掲げるその姿は、なるほどそれが凶器らしいわね。
「あらあら、ザラちゃん。何をしてたんですか?」
「これを拾い集めていたのよ」
ふふん、と勝ち誇ったように鼻を鳴らすと、彼女はその袋を広げて見せた。ジャラジャラと、金属がぶつかる音がする。
わたしとソフィアさんは、ほとんど同時にその中を覗き込んだ。するとそこには――
「わあっ! 凄いたくさんの金貨! どうしたんだい、これ?」
「だから、拾ったんだってば。だってさ、あれだけ巨大な魔物だよ? そりゃこんなにたくさん金貨を落としても不思議じゃないでしょ」
「目ざといですね~、ザラちゃんは……」
ソフィアさんは、感心しているようだったが、どこか呆れてもいるようだ。まじまじと、金貨拾いの少女の顔を眺めている。
しかし、素早い行動だこと。兵士たちなんか、まだ歓喜にうち震えているというのに。わたしだって、少しは感慨に耽っていたくらい。
「これで、暫くは金欠という言葉とはお別れね~。さ、二人とも、わたしを崇め奉りなさいな」
それにしても、すっかり調子に乗っているわね……。そもそもの話をすれば、実際に闘ったのはわたしと兵士たちなのに。
そりゃ、確かにこの子の結界魔法――よくわからないので仮称――には助けられたけどさ。やっぱり独り占めっていうのはねぇ。
「ザラ。ちょっとその袋、貸してくれないかな?」
「うん、いいよ。はい――」
意外にも彼女は、それをわたしに手渡してくれた。もうちょっとごねると思ったけど。
とりあえずそれを持って、わたしは歩き出した。すぐに、目の前に妹様が現れる。
「ちょっと、どこ行くの!」
「隊長さんのところ」
「はい? それザラの――」
「まあまあ。黙ってみていましょう?」
「ありがとうね、ソフィアさん。ほら、あなたも来る」
「な、なんだってんだよ」
未だに痛みに悶え苦しむ兵士さんの手を引っ張る。そのまま、歓喜の輪の中心にいる隊長さんの方へと近づいていった。
「ちょっといいですか?」
「うん? なんだ、お前たちか」
「全く興が冷めるぜ」
「お前たち、言い過ぎだぞ。――すまない、うちの兵士が」
「いえ、お互い様、ですから」
わたしは大人びた笑みを浮かべることにした。自分は悪くないのに、どうしてそんなことをしなければならないんだ……なんて、思ってませんことよ。オホホホ。
「あの、これを差し上げます」
わたしは、金貨がたくさん入った袋をそのまま彼に突き出した。お礼とお詫び、そして労いのつもりだった。色々と、気苦労をかけたみたいだから。
しかしぴんと来ないのか、隊長さんは少し怪訝そうな顔をする。わたしはなおも袋を彼の方へと突き出した。ジャラリと、欲望の象徴が音を奏でる。
「……いいのか?」
「はい。みんなで頑張った結果ですから」
「そうだが。はっきり言えば、お前だけでも勝てたんじゃないのか?」
「まさか! そんなことないです。皆さんのお力あってこそ、ですよ」
「しかし――いや、ありがたく、受け取ろう。……すまなかったな、邪険に扱って」
隊長さんが頭を下げると、続いて周りの兵士たちも腰を折った。
わたしは無言で首を振った。別にもはや気にしていない。どちらかと言えば、勇者様の方に問題があると知ってから、すっかり溜飲は下がっている。
「俺たち、あんたのこと誤解してたよ」
「そうそう。初めから、そうやって素直にしててくれればよかったのになぁ」
「まあ、勇者殿にもいろいろあったんだろう。……お前も、よく彼のことを呼びに行ってくれた。ありがとう」
「いいえ、そんな……。俺はただ、自分たちだけであのデカイ蛇と闘うのが不安だっただけですから」
「そうか。だったら、しっかり訓練しないとな! あっはっは」
隊長のもっともらしい一言に、どっと集団が湧いた。その当事者と言えば、少し気まずい顔をしながらたじたじになっている。しかし、そんなに深刻に受け止めてる風でもない。
その穏やかな光景にわたしはつい頬を緩めてしまう。初めこそ、どうなることかと思ったが。終わってしまえば、雨降って地固まる。少しは、彼らからの一方的な敵意も和らいだ気がする。
「では、僕はこれで。助かりました、ありがとうございました」
返事を待たずに、わたしは歩き出す。王宮の兵士たちのところから、仲間の下へ。今のわたしは、決して彼らの姫ではない。勇者には、別の居場所があるのだから。




