汗苦しい男たち
何か台でも用意してあるのか。マラートの姿はここからでもよく見える。また、どこからか持ってきたらしい謎の机まであった。彼の上半身だけがそこから出ている。
その左右には一人ずつ男が立っていた。片方は、見覚えがある。ナターシャの旦那さんのレフだ。この間魔物にやられて大怪我をしたという。にもかかわらず、ここにいるということはまだ闘いを止めてはいなかったらしい。
マラートの方に目を戻すと、彼は机の上に両手を置いた。ぴんと、その背筋を伸ばす。
「まずは、みんな。俺の呼びかけに応じて、集まってくれたことを心から感謝する。全員がこの街に暮らすわけではないが、しかし、このあたりの村々に住む君たちならよくわかるはずだ。この街がこの地方において、どれくらい重要なのか。そして、今、どんな脅威にさらされてるか!」
「うおーーーーーっ!」
マラートの問いかけに、男たちが野太い歓声を上げた。空気が震えて、部屋を揺るがすほどの勢いだ。
なんともまあ、暑苦しい――失礼、頼もしいことだ。みんな活力が漲っている。おかげさまで、部屋の温度が二三度上がったんじゃなかろうか。
「おうおう、ありがとう、ありがとう! 旧領主の砦を魔物が占拠して、もう一年以上たとうとしている。しかし、国は何もしてくれない。ならば、俺たちが自分で何とかするしかないじゃあないか」
ばしんっ! 机を強く叩くマラート。そして、またしても雄叫びを披露する屈強な男たち。
……果たして、俺はいったい何を見せられているのか。意味不明な寸劇に加わるヨシフとゴーシュを、なんとも言えない表情で眺める。視界の下端では、タークもまた眉間に皺を深く刻み込んでいた。
なお、キャサリンは非常に興味深そうに目の前で繰り広げられる光景を眺めている。その目はキラキラと輝いていた。
「作戦の決行は明日。陽動部隊と突入部隊の二手に分かれようと思う。陽動部隊には、砦を守る見張りの目を惹きつけてもらい、その間に突入部隊が、文字通り突入する。そんな作戦でいこうと思う」
「陽動部隊の方は、俺とレフが率いることになった。具体的なメンバーはこの後、発表する」
マラートの左の男が声を出した。鋭い眼光、左頬には一本の太い傷跡が残っていて、それが彼の強面をより強調していた。そして、例に漏れずまたしても筋骨隆々。ここは、筋肉パラダイスか何かか?
まあともかく、マラートの作戦はまともなものに思えた。まああとは、この筋肉軍団の力量次第か。砦にいる魔物がそんなに弱い奴とは思えない。なんだかんだ言って、王宮の兵士たちを退けているわけだし。……彼らがどれくらい強いか知らないけれど。
「僕たちは、どっちなんでしょうかね?」
「突入部隊じゃない。マラート直々にスカウトされてるのよ?」
「それ、他の皆さんも一緒じゃないですか」
「……確かに」
なんとなく、身体が入れ替わる前の感覚が残っていて、俺は自分の力を過信していた。てっきり、絶対マラートの率いる突入部隊の方のメンバーだと思っていた。
まあなんだっていいか。どちらにせよ、任された方の役割を遂行するだけ。流石に今の姿で、どんな魔物を倒せると豪語はできないし。
「なあ、マラートさん。訊きたいことがあるんだけど?」
「ん、どうした?」
いきなり前方の方で、誰かの手が上がった。
「さっき会場の隅の方で、女子どもの三人組を見つけたんだが、あれは?」
「ああ、アリスちゃんたちのことか。丁度いい、みんなこっちに来てくれるか?」
その言葉で、俺たちの周囲にいた連中が一気にこちらの方を向いた。こうして、一挙に注目を集めると、凄い気まずい感じがする。
やがて、人混みが割れて次第に道ができて行った。それは、マラートのところへと伸びている。
俺はタークとキャサリンに順々に目配りをした。一つ大きく息を吐いて、仕方なく突如完成した通路を進んでいく。
人々の視線は好奇の色に満ちていた。あけすけな言い方をすれば、ちょっといやらしいというか、下品というか。キャサリン共々、まあ美人でスタイルのいい部類に入るわけだから、仕方ないのかもしれないけれど。にやにやと下卑た感じが実に気色悪い。
「昨日、彼女はひったくり犯を捕まえてくれてな。その時の身のこなし、あれはタダモノじゃあなかった」
「でもよぉ、そんなひょろひょろとした連中、頼りになんのかよ?」
マラートに質問をぶつけたのとは違う男の声がした。そいつは、力こぶを作りながら、どこか馬鹿にするようにこちらを見てくる。
「ここまでの道中、スノーウルフを何匹か倒してきたとも聞いたし、そこは心配ないと思うぞ?」
「でもなぁ……」
「そうだぜ、マラートさん。あんたの目を疑うわけじゃあないけれど、やっぱり戦争に女や子供がいるっていうのはぁ……」
やはり、会場の反応は鈍い。俺たちを不審に思っていないのは、今隣にいるこの優男と、後ろにいるリヨート村出身の二人くらいなものだろう。
いっそのこと、実は俺は男だ、とか明かしてやろうか。そしたら、こいつらどんな顔するか……いや、たんに頭がおかしい奴扱いされて終わりな気がする。
「うーん、困ったなぁ。みんな、賛成してくれると思ったんだけど……」
「マラート、だから言ったろ? そもそも、別にここにいる連中だけで十分さ」
「そうは言ってもな、レフ。砦の連中を相手にするのに、戦力はあって困ることはないぜ?」
「マラートさん、それはわかりますがね。やはり、みんなの士気が下がるのは、いかがなものかと」
この討伐部隊のリーダー格三人が揉めている。こいつらも一枚岩ではないらしい。……それくらい調整しておいてほしかったと思ったけれど、昨日の時点では俺は彼の誘いを断っているわけだし、仕方ないか。
次第に大きくなる喧騒に、俺は少し辟易していた。仲間二人も同じなのか退屈そうにしている。
すると、そこに一人の女性が飛び込んできた。そして開口一番――
「マラート様! 街に魔物が!」
その悲鳴はここにいる奴らの心を一つにするのには、十分すぎた。
*
その女性によると、街に魔物の一団が迫ってきているらしい。それを見張り台にいた人間が発見した。移動しながら、改めてマラートに聞いたところ、こんなことは日常茶飯事というか、珍しいことではないという。
ここ、スニーチカは街の出入り口は南北にある。だから、俺たちは二手に分かれて迫りくる魔物を撃退することになった。
マラートについていった先は、北の門。ここは、俺が昨日この街に来た時くぐったものではなかった。かといって、風景が何か変わるわけではないけれど。
メンバーは、と言えば。俺たちが仲間に加わるのに、否定気味だった連中ばかり。直接言われたわけではないが、実力を周りに見せつけろ、ということか。
ううん、おかしなことになってきたぞ? そもそもな話、向こうから力を貸せと言ってきたのに。まさか、認められるような活躍をしなければならないなんて。
別にこちらとしては、そこまでしてこの街の危機に手を差し伸べたいわけではないけれど。まあ、金稼ぎというか、報酬としてペガサスの羽根をせしめ取ればいいというか。そういう打算的な考えを胸の中に宿して、なんとか不満を飲み込む。
どちらにせよ、だ。レフみたく、家族との時間を犠牲にしてモンスター退治をする者がいるわけで。その事実に、ありていな言い方だが、胸打たれたのは本当のことなわけだ。
だからこうして、マラートに協力を申し出たわけだけれど――
「おー、おー、確かに俺の目にも見えてきた。ゴブリンの集団だ! いやぁ、ターク君はなかなかに目がいいねぇ」
「えへへ、おほめにあずかり光栄です!」
「あれ? もしかして、相手がああいう連中ならアタシの呪文も通用しそう!」
「おっ、それはなかなか楽しみだ。キャサリンちゃんの魔法の威力、しかと見届けさせてもらうよ」
俺たちが現場に到着して数分後、ようやく敵の姿が見えてきた。俺は静かに剣を抜いた。敵との距離は、数十メートルくらい。
「ターク、一応筋力増強魔法、頼めるかしら?」
「もちろんですとも! ――筋力増強魔法!」
彼の言葉と共に、淡い赤色の光が俺の身体に降り注いだ。途端、自らの中に力が沸き上がってくるのを感じる。
敵の数は……ひーふーみーっと、七体か。タークと同じくらいの身長で、手足がムキムキの怪物。全員、その身の丈ほどある棍棒を装備している。
人型の魔物を見るのは、魔王城以来だ。魔狼――曰く、スノーウルフよりも手ごわそうだけれど。まあ、今の俺の試金石にはなるか。
「マラート。わたしだけでやるわ」
「いやいや、アリスちゃん。君の力を疑うわけじゃあないけれど、流石に一人じゃ――」
「まあまあマラートさん。いいじゃないか。この娘の力を見るには丁度いい」
「そうそう。俺たちも近くにいるし、それに危なくなったら、すぐに対処できるさ」
一緒に来た、討伐隊のメンバーはニヤニヤしていた。きっと、何この小娘は粋がっているのか、とでも思ってるのかもしれない。あるいは、意地を張る女の姿がとても滑稽なのか。
ずいぶんとまあ、舐められたものだ。この身体――姫様は確かに筋肉はないし、無駄な肉が多いから、戦闘向きではない。しかし、技術は勇者仕込み。
いざいざ、そこで見ていればいい。すぐにその余裕綽々な感じをかき消してやるさ。
静かに闘志を燃やしながら、俺は敵の一団に向けて駆けだしていった。




