決断
翌日のこと。街の宿屋に泊まって、俺たちは一夜を明かした。もう城を脱出してから、三日が経ってしまった。おかしいなぁ……本当ならば、今頃ラディアングリスに戻って、この入れ替わりについて何らかの手掛かりを掴んでいてもいいはずなのに。
ちなみに宿屋にはタダで泊ることができた。レフ・ナターシャ夫妻がここの主人に話を通してくれたのだ。鞄を取り戻してくれたお礼として。おかげで、なけなしの財産が減らずに済んだ。
ここまでの道中、こんなことばっかりだな。決して見返りを期待して、人助けをしているわけではないのだけど。お礼だって、断ることもできたが、事情が事情、甘んじて全てを受け入れてしまっていた。
そんな自分が情けない。せめて、金さえあればこんな甲斐性のない真似をせずに済むんだが……元の身体の持つ財布にはたんまり金銀銅貨が入っている。以前は、こんなにいっぱいあってもどうしようと、半ば邪険にしていたが、今は心の底からそれを欲している。本当に必要なものは、無くなってから気が付くもの。アルスは、また人生の心理に達してしまいましたとさ。
「それで、今日こそ魔獣狩りに赴く気ですか?」
うんざりした顔で隣を歩くタークが、俺のことを見上げてきた。キャサリンはさっきから不機嫌な表情でずっと黙ったまま。
アタシはここで待ってるんだー! そうごねる彼女を宥め賺して、気が重たそうな彼は誠心誠意頼みにかかって、ようやく二人を外に連れ出すことに成功した。行き先は特に告げずに。
俺が黙っている出かける目的を、二人は勝手に魔物退治と思っている。本当のところは違うのだが。しかし、それをはっきりと言わないのは、なんとなあく後ろ暗さがあるからだ。
だがそれを隠せるのも、まあ目的地に着くまでの僅かな時間しかないわけで。答えあぐねて、結局俺はタークの質問を目で殺すことにした。
瞼を少し閉じて、睨むように彼の顔を見返した。すると、ちょっと不服そうに唇を尖らせた後、彼はそっぽを向いてしまった。
そんなに嫌なのか、魔物退治……。昨日も初め、それを話題にした時は、二人ともとても億劫そうだったけれど。昨夜なんか、仲良く夕食を共にしたというのに、この気の変わりようは驚きだ。……浴室でのことは思い出したくない。ただ一つ、鍵だけは必ず閉めよう。そう、心に誓った。
やがて、目指す場所が見えてきてしまった。道を折れて、街の出入り口とは一度お別れもした。
「あれー、アーちゃん? どこ行くのかしら~?」
「そうですよ。この先は行き止まり――決して、街の外には出られませんよ?」
二人揃ってとぼけた口調、これまたずいぶんな三文芝居だ。キャサリンなんか、あからさまな笑顔を浮かべながら、俺の顔を覗き込んできやがった。
そう、俺はマラートに用があった。近づきつつあるのは、彼の家。ナターシャに聞いた話と併せれば、あそこが町長の自宅、ということになろう。
ついには、道中俺は一言も発することはなかった。そのまま、とうとう家の扉の前についた。備え付けてある呼び鈴を鳴らしてみる。
あまり待たずして、中から現れたのは、他でもないマラートだった。仮にも町長の息子が直々に来客に応じるとは……思い返してみると、昨日家の中を歩いた時も使用人の類は見当たらなかった。あんまり、この家の外見も立派ではないし、意外と町長一家は質素な暮らしをしているのかも。
「――おっと、これはこれは、アリスちゃんじゃないか! どうしたんだい? 僕に会いに来てくれたのかな?」
相も変わらずキザったらしいことこの上ないな。まあ、これ以上を知っているから、軽くげんなりするくらいで済むけれど。
とりあえず、その軽口を目でいなす。ぐっと、目元に力を入れて、非難の色を露にしてみた。
マラートは、口をへの字に曲げておどけたように肩を竦める。ずいぶんとまあ、ひょうきんなやつだ。こういうところも、カッコつけたがり。けれんみが強すぎる。
「ありゃりゃ、違ったかな?」
「……まあ、その通りですよ。えっと、昨日の話なんですけど――」
俺は速やかに本題に移った。ここからは真面目な話。真剣な面持ちで、背筋をぴんと張る。
彼もまたなにかを察したようで、そこから浮わついた笑みが消えた。真面目な――この街の現状を憂い、覚悟を決めた男の顔がそこにはあった。
それと似た表情を俺は見たことがある。遠い昔に、あるいは赤ん坊の頃と決めつけてみてもいいかもしれない。
ずきりと胸の――心のどこかが痛む。魂が何かを訴えている。昨日は無視したそれは、今や俺の身体を突き動かすまでに大きくなっていた。
だから、来たのだ。彼の元へ。助けを求める声に手を差し伸べるため。
そんなの自分にとって一番忌むべき出来事だったのに。あの時は、容易く看過できたのに。一度は見捨てたはずなのに。
だから、これはある種の暇潰し、気の迷い。見返りを期待した偽善行為。無償で誰かに力を貸すという、勇者たる行いでは決してない。
「わたしでよければ、力を貸します」
内心、そんな風にいいわけしながら、俺はそんな言葉を吐き出した。
*
広い部屋の中には、十数人の男たちが集まっていた。みな一癖も二癖もありそうな感じ。共通しているのは、その誰もが自信満々な表情をしていることくらいか。
ざわざわと、辺りは騒がしくなってきた。全員知り合い同士なのか、顔を合わせると会釈を交わし、談笑しあっていた。
俺たちはあまり目立たないところで、主催者が来るのを待っていた。それでもやはり、女子どもはとても場違いならしく、こちらを怪訝そうに見てくる者もあった。うん、なんとも居心地が良くない。
やがて、その一団の中に俺は見知った顔を見つけた。すぐにその二人組と目が合う。
「うん? アリスにキャサリン、それにタークでねえか! 何してんだ、こんなとこで」
「もしかして、マラートちゃんが昨日新しく女の子をナンパしたって聞いたけど、あなたたちのことだったの?」
ヨシフと、ゴーシュだ。二人とも、驚きに目を丸くしてこちらの方に近づいてくる。
それはこっちのセリフだった。こいつらの方こそ、どうしてここにいるのか?
「あたしたちも声を掛けられたのよう。そんな腕っぷしに自信があるわけじゃないんだけどね~」
「何言ってるべか。お前さん、この間だって村の近くに来た魔物を片っ端からぶっとばー―ぶっ!」
ヨシフの身体は話している最中に、ぶっ飛ばされて行った。ゴーシュが思いっきり引っ叩いたのだった。相変わらず、凄まじい剛力……このどこが腕っぷしに自信がない、のやら。
なお当の本人は恥ずかしそうに、身体をくねらせて、頬にピタッと手を当てている。顔を赤らめるおまけまでついていた。
なるほど、彼らもまたここにいる他の連中と同じように、各地から集められた精鋭というわけか。マラートがあちこち巡って、魔物討伐部隊を募ったらしい。昔から、放浪してた甲斐があったと、はにかみながら教えてくれた。
その対策会議がこれから行われるのだ。マラートに協力を進み出たら、すぐにここに案内された。彼は、俺の申し出を快く受け入れてくれた。一度、こちらが拒絶したにもかかわらず。
「いやぁ、でもお前さん方急いでいたんじゃなかったのけ? ペガサスの羽根はどしたんだ?」
「ああ、それがね~。実は、お金――」
情けない真実を曝け出そうとした魔族の口を慌てて塞いだ。すっかり、彼女はお調子者に戻っている。
「おほほほ、困っている人を放っておけなかったのよ。これでも、一応腕には自信があるし」
「はぁ、まあお前さんらがそれでいいんならいいんだが……」
「まあ、わたしとしてはまたキャシーちゃんに再会できて嬉しいわよ!」
「アタシもだよ、ゴーちゃん!」
がしっと、二人は手を握り合った。美しい女の友情がここに……いや、片方は男だし、もう一方は魔族だけど。まあ、いいか。
苦笑しながら、二人の様子を眺めていると、下から袖を引っ張られた。服が伸びる……あんまり洋服のストックはないから勘弁してもらいたい。
「始まるみたいですよ」
タークは、顎を部屋の前方にしゃくって見せた。そこには、マラートが立っていた。勇ましい表情を浮かべながら。
次第に収まっていく喧噪――いよいよ、会議が始まるらしい。




