いざ、戦いの場へ!
突然、乙女の花園に乱入してきた彼は、もう汗だくだった。呼吸も荒くて、今もまだ膝に手を突きぜーぜ―している。
一体何があったというのか。よく見ると、この間みたいな軽装ではない。しっかりと鎧を身に着けて、肘当や籠手も装備している。闘う準備は万全といった感じ。
「どうしたんですか? そんな血相変えて」
「はーはー、じ、実は……」
「大丈夫? お水飲む?」
ザラちゃんは、兵士の顔を覗き込んだ。そして、自らの鞄の中から水筒を取り出すと、それを彼に突き付けた。
「いや、それは……かたじけない」
多少なりとも逡巡したようだが、彼はぎこちなく水筒を手に取った。蓋を開けると、一気に口を付けて、ごくごくと喉を鳴らしていく。
よほど、喉が渇いていたらしいわね。わたしたちが見ていることすら気にせずに、ぐいぐいと水を飲む男。その口の端から、わずかに液が漏れていた。
「ぷはぁっ! 生き返る!」
「それはよかったです。お代は、そうだなぁ、金貨二枚で結構よ?」
「……え、金とるのかよ!」
どうやら本機にしたらしく、慌てた様子で水筒から口を放す兵士。その反動で、いくらか水が地面に零れた。そのまま、青ざめた表情で少し身を固くする。
わたしは笑いそうになるのを必死に堪えた。緊迫感もあったが、なにより、勇者が笑ってしまうとまたトラブルが起きそうな気配がする。
しかし、そんな私の気も知らず。ぷーっと、噴き出したのは妹様。まったく質の悪い冗談だこと。
「ウソウソ、ちょっとからかってみただけ―」
「お、おいおい。勘弁してくれよ!」
「でもいくらかリラックスできたみたいですね。何があったか詳しく教えてもらえますか?」
「ああ、それがな――」
兵士はちょっとだけほっとしたような顔をすると、すぐに深刻な雰囲気で話を始めた。
それによると、どうやら兵士たちは今朝早速大蛇退治に向かったらしい。なんでも、勇者一行が力をかしてくれと求めてきたのは、すぐに全員に伝えられたとか。それで、対抗心を燃やしてそんな強硬策に出た。
彼はと言えば、初めこそその一団についていったものの、次第に不安になったみたい。大蛇との初戦、相当ひどい目に遭ったらしく、結構な人数が大怪我をした。それでも、行軍には全員参加したというのが恐ろしい。
彼の話を簡単にまとめるとそうなった。わたしはずっと苦い顔でそれを聞いていた。全く勇敢なのは結構だけれど、動機が不純すぎる。そんなんで、ちゃんと大蛇を倒せるのかしら。
一方では、結果的に彼らをたきつけてしまったことに責任を感じてもいた。わたしが昨日、彼らのところに行かなければ。あるいは、協力を要請しなければ、彼らに無理を強いらずに済んだのに。
「でも、どうしてザラたちのところへ? 怖くなったのなら、逃げだしたらよかったのに」
「馬鹿野郎! これでも、誇り高きラディアングリスの兵士だぞ! そんな情けないことできるかよ!」
「現実問題、部隊からは抜け出してきたわけですよね?」
その指摘に、彼は気まずい顔して黙り込んでしまった。口元をもごもごさせるが、時々口を開けてはすぐに閉じるばかり。
それにしても、さすがソフィアさん。容赦ない正論をぶつけたものね。果たして、狙い通りか。それとも、無意識か。ううん、後者にしか思えないのが恐ろしい。
「それで、結局僕たちのところに来た理由は?」
彼がやって来てから初めて、わたしは口を開いた。今まではずっと遠慮していたのだ。
やはり、彼は少し曇った表情を浮かべた。まあ、それは予想通り。勇者の印象は変わらないだろうから。
しかし、真実を告げた時――いえ、知った時、どういう反応を取るのかは興味があった。それを今確認することは、できないけれど。
「……こんなこと、言えた義理じゃないけれど、助けて欲しいんだ。あんたの力があれば勝てるんだろ、大蛇に」
やがて、躊躇いがちに吐き出された言葉は、まあなんとなく予想はついていたけれど。
それでも、なかなかに奇妙なものね。昨日とは、立場が真逆。わたしは、一つ柔らかく口元を緩めた。
「困っている人を助けるのが、勇者ですから!」
本当の勇者はそんなこと言わないのかもしれない。そんなことは、上等よ!
勇者がしなくても、勇者はするわ。だって、わたしは偽物なのですもの。
*
わたしたちは林の中を急いで駆けていた。速力上昇魔法までかけて。できることなら、彼らが交戦するまでには間に合いたいけれど。
兵士からちゃんとした要請を受けて、わたしたちはすぐにキャンプ地を出発した。
「魔法ってのは、便利だな~」
「え、なに。もしかして、王宮の兵士たちは誰も魔法が使えないの?」
「お抱えの魔法使い殿は数人いるけどな。でも彼らが闘いに出てくることはない」
そういえば、そういう人たちもいたっ。もっぱら魔法の研究だとかで、部屋にこもり切っりだったわね。子どもの頃、悪戯しに行ってえらい怒られた。
じゃあなんで彼らがお城にいるのかと言われても、よく知らない。それは、お父様のみぞ知るところ。聞いたこともなかった。
「まあでも私の村にも、使い手はいなかったですよ」
「あれ、そうなんだ? うちは一家四人揃って、扱えるんだけどな~」
「そっちのほうが珍しいだろ」
「そうなのかな? こんなに便利なのにかわいそ~」
ザラちゃんは気の毒そうな声を上げた。これから闘いに出向くというのに、緊張感の欠片もない。さっきの言葉をこちらからぶつけてやりたい気分だった。
しかし――
順調に足を動かしていると、いきなり地面が大きく揺れた。その出し抜けの衝撃さに、たちまちわたしたちは足を止める。
「……始まったかな?」
「そう、みたいだな」
この揺れ方は地震……ではないだろう。一度経験があるものだ。
原因を確かめるため、周囲に視線を巡らせたものの、異変は見つからなかった。揺れの強さから言っても、ここからまだ遠くにいるということか。
わたしたちは再び走り出した。さっきまでみたく、軽口を叩きあう余裕はない。黙々と、ただひたすらに急ぐだけ。始まったからには、できる限り被害の出ないうちに。
やがて、ようやく敵の姿が見えてきた。木々の隙間からその巨大な身体が見える。
「小爆発魔法!」
射程範囲に入って、わたしはたちまちその言霊を叫び放った。魔力が淀みなく身体を走る。
すると、敵の顔の辺りで爆発が起こる。耐えかねてか、奴はその身体をくねくねと捩りだした。
たくさんの兵士たちがその大蛇の前で身構えているのを知ったのは、そのすぐ後のことだった。




